どれほど待ちわびたことか!憎き出来損ないの片割れを、この手で叩き潰すのを!いつも私と一春の邪魔をする憎たらしい奴が無様に負けるのを!!トラウマを再発させる一撃を決めた手ごたえがあるが、まだ終わらせん。このままじわじわ嬲り続けて心を砕いてやる!
しかし私が近づくも、奴の反応がない。みっともなく逃げ出すと思っていただけに疑問を抱く。確認するために近づくと奴は気絶しているようだ。それならそれでいい。
観客席を見ると一春と箒が笑顔で私を応援している。その横では出来損ないが呆然と立っている。いい対比だ。これだけで酒のつまみになる。ああ!愉悦だ!!ならもっとその顔を絶望に染めてやろう!!
「どうした、もう終わりか?反応がないようだが、んん?」
2,3度つま先で胴体を小突いてみても反応がない。ならばとばかりに奴の腹を踏む。それと同時に観客が沸き上がる。一春の方を見ると、子供のように無邪気に盛り上がっている。その横では出来損ないの取り巻きたちが泣き叫んでいるよう。そんなことでこの状況は覆らない。私が勝つことに揺らぎなどない!!
「ほら、いつものような態度はどうした?取り巻き共も騒いでいるのが聞こえないか?聞こえないよなあ」
零落白夜を弱めに展開し、敢えて顔に近づける。これなら意識が戻ったときに零落白夜が目の前に映る。奴が目覚め、発狂したところで顔面にこれを打ち込む。これならIS委員会の奴らも満足するだろう
「ハハハッ!!こいつが目覚めるのが楽しみだなあ!!」
「何が楽しみなんだ?」
・・・まさか!?
油断した隙を突かれ、奴は滑るようにして私から距離を取り起き上がる。チッ、動けない所をじわじわ嬲る予定だったのだか。まあいい、ここから痛めつけることだってできる。それに奴のSEは少ししかない。私が圧倒的に優位であることに変わりはない。なら軽く挑発でもしてやる
「どうした?かかってこないのか?」
「そのための準備をするんですよ」
言うや否や、奴は雄たけびを上げる。どこからともなく黒い霧が奴を立ち込め、それを切り裂くと黒い機体を纏った奴が現れる。これが
「獣風情で世界最強に勝てると思っているのか?」
「・・・これだけでは無理でしょう。
「ハッ、奥の手でもあるというのか?そんなハッタリなど私に効くと?」
形態変化以外に奴が隠し技を持ってはいない。IS委員会の奴らの情報では奴の武装も把握している。どれだけブラフを立てようと無駄だ
「ハッタリでないということを見せましょうか」
「いい加減認めたらどうだ?もう策がないと。降参しt・・・」
「■■■~~~~~~!!!」
突然奴は天に向かって声にならない声で叫んだ直後、奴に異変が起こる。今度は内側から現れた黒い球で奴は覆われていった
まさか、ブラフではなかっただと!?
「ねえ、あれって!」
「嘘・・・嘘でしょ!?」
シャルロットが頭を抱え、簪は口を押えながら顔面を青くし、鈴は何も言えず呆然とする。周りも何が起きたのかわからずただ騒いでいる。
鈴たちは分かるのだ、あれは福音事件で暴走したときの前兆だと。鈴たちは束さんから雪広が暴走するまでの一部始終を見たようで、今の状態がその時と一致していることに気づいたのだ。そしてその時と同じように球体が割れ、中から漆黒に包まれた兄さんと機体が出てきた。暴走したときと同じような登場に三人とも焦りが見える
「ってか、一夏はどうしてそんな悠長なのよ!」
俺が焦ってないことに鈴が言ってきた。確かに傍から見れば薄情な弟に見えるだろう。でも兄さんと話して多分こうじゃないかと思うんだ
「兄さんは暴走してない。俺はそう思う」
「はあ!?」
「さっき兄さんと会話したんだ。だからもう大丈夫」
「いや、そんな素振り全く見せてなかったよ?」
兄さんとの会話はプライベートチャネルで行ったから、体感時間はごくわずか。傍から見れば俺がただ立ち上がっただけのように見えるから、簪にそうツッコまれても仕方ない。
すると俺たちの反応がうるさかったのかクズが喚きだす
「何か騒いでるが、どうなろうと千冬姉が負ける訳ねえんだよ。テメエらはそこで奴が無様に負けるのを見て・・・」
バンッ!!!
「っひぃ!?」
突然兄さんがアリーナのシールドバリアに蜘蛛のように張り付き、クズは情けない声を出してひっくり返る。おそらく瞬間加速でクズの方に向かったのだろう。兄さんの顔は黒で塗りつぶされたようになっており、表情が分からない。だからこそ恐ろしく不気味に見える。
取り巻きたちも悲鳴すら出せないでいる。鈴たちは逆に兄さんを警戒するあまり、声を出せないでいる。
そして兄さんはこちらを、俺の方を向いて這うよう近づいてきた。取り巻きたちには安堵を、鈴たちに緊張をもたらす。兄さんがバリアを破ってくるのではないかと警戒しているようだ。だけど、そんな不安をよそに俺の方から近づいていく
「「「一夏!!」」」
思わず三人が叫ぶ。無理もない。バリアがあるとはいえ、それが無ければ手を伸ばせば触れられるところまで近づいているから。バリアさえ破れば俺は即死してもおかしくない状況だろう。でも兄さんはそんなことしない、確信して言える。けれど、どうしてこんなことを?
「・・・」
するとバリアの向こうにいる兄さんがバリアに手をそっと当てる。もしかして、手を合わせたいのか?現実でも勇気づけて欲しかったのかな?見た目に反して繊細だなと思わず笑みがこぼれる。
それなら応援しよう。バリア越しに手を合わせて応援する
「兄さん、頑張れ!」
「イ・・チカ・・・」
ぼそぼそと俺の名をつぶやく兄さん。バリアもあってよく聞き取れず耳を傾けると
「ア・・・リガ・・トウ」
小さかったがはっきりと聞こえた。それと同時に兄さんに変化が起こる
機体から暴走したときと同じ悪魔や堕天使のような漆黒の翼が、羽化したての蝶のようにゆっくりと生える。それと同時に兄さんの左目に収縮するかのように黒が晴れていき、兄さんの素顔が晒される。形態変化で真っ赤だった右目は黄色に光り、左目は黒のオーラを灯していた。しかしその表情からして暴走していないとわかる
「それじゃ、行ってくる」
そう言って俺がうなずくのを確認してからすぐに兄さんは上に飛ぶ。
ISは本当に便利だ。後ろを向かなくても見ることができるのだから。いきなり横一線の不意打ちを躱して奴と対面する。というか、一体何にキレてんだ?
「貴様!一春に何をした!それと、どういうことだその姿は!!」
そういうことか。
「これがコイツの形態変化の本当の姿・・・いや、『第二形態変化《セカンドチェンジ》』ですよ」
「何だと!?」
奴が信じられないと言わんとばかりの睨みを利かせてくる。かく言う俺も半信半疑だったんだけどな。まさか形態変化にもう一段階先があるなんて思いもしなかった。
「ふ、ふざけるな!!そんな変形を聞いたことがない!!さては不正に改造したな!?束のところにいる間に!!」
「なら、この試合が終わった後検査しましょうか?理事長と中立の整備士の下で。言っておきますが、あなたの傘下にいる奴には触らせませんよ」
いつも通り暴論でISを奪いに来ると思ったのでしっかりと正論をかます。というか、今試験中なのを忘れていないか?俺に時間を与えていいのかよ
ならその猶予をしっかりと活用させてもらおうではないか
「ハア゛ッ゛!!」
威嚇するような叫び声をあげて翼を大きく広げて前に突きだし、10枚の羽を空中に浮遊させる。これでビビらないのは流石腐ってもブリュンヒルデ。でも、これで単一能力の準備ができた
「何だ?今更目くらましか?それともそれが新たな能力か?随分とどうしようもない・・・」
突然の
「後ろからの狙撃に気を付けてくださいね?言い忘れてましたけど」
「貴ッ様・・・!?」
威勢よくこちらに飛び出そうとして、奴は思いとどまった。目の前には10の羽が照準合わせて奴に向いていたのを見て突撃をためらったのだろう。来てくれればハチの巣になっていたのに
「それでは、今度はこの包囲網をかいくぐってくださいね」
10もの羽からレーザーの雨を降らしていく。これが今のISの単一能力、『ピューマ』だ。翼から分離した羽がビットに近い機能でレーザーを発射する、イギリスの第三世代の単一能力と似ている性能だ。違いは主にイギリスのが一部オートで動くのに対し、これは一つ一つを完全手動で動かしていることや、数を調節できることだ。ただ、これは外見ではイギリスのと大差なく感じるだろう。今の感じでは。
クズ教師も最初は小さな被弾を繰り返していたが、この包囲網に慣れてしまう。数分としないうちに紙一重で躱されてしまう
「はっ!所詮はイギリスの二番煎じか!種さえわかればこちらのものだ!!」
そして一瞬のスキから瞬間加速で俺の懐に潜りこもうとしてくる。下からの切り上げか。奴はイギリスのブルー・ティアーズの模造品だと思っているのだろう。操縦者が動けないと、都合のいいように考えているから大きな隙を見せている
甘いんだよ
「なっ!?」
奴の渾身の切り上げに対し、左翼にSEを分配して左下半身を覆う。左からの斬撃をいなすと、無防備になった胴に回し蹴りを叩き込む。俺が動けると思っていなかったらしく、驚きの声を上げるしかクズ教師は出来なかった。蹴りが見事に決まり大きく吹っ飛ばす。追撃の準備もぬかりない
「ぐああっ!!」
吹っ飛ばされると今度はレーザーの餌食になるクズ教師。奴が包囲網をかいくぐって悠長に力をためている間に、奴を吹っ飛ばすであろう位置にあらかじめ羽を設置しておいたのだ。微調整の手間もあったが、それでも全て命中したのは良い。これでかなりSEを削った。
ここまでならこちらが有利のように思えるだろう
「くっ・・・」
予想以上の疲労に追撃ができず、思わず苦悶の声が漏れてしまう。実はこの形態ではSEの消費が大きいのだ。レーザーの出力の一部をSEが賄っており、先ほど翼の変形にもSEを使っている。それだけではない。10近くある羽は全て手動で動かしているため、脳をフル回転させている。イギリスのビットはある程度ISに任せているのに対し、こちらはそんな補助が一切ない。新たに生えた10本近くの手を動かしているようで、知恵熱出てもおかしくないレベルだ。こちらのSEも体力も奴のSEと同じくらい限界だ
次で最後の一撃、そうしなければ体が持たない。
だがどうする?こちらから仕掛けるのは分が悪い。羽を散布させておき、向こうから仕掛けてもらうのが得策だ。しかし奴は先に仕掛けてきてくれるか・・・いや、仕掛けてくる。これだけの観衆がいる中で無様な姿を晒し続けているんだ。これ以上そんな姿は見せまいと試合を終わらせてくるはず。何なら一言二言挑発すれば向こうから仕掛けてくれる。
問題はそれにどう対応するか。確実に奴のSEを削るには・・・これが今できる限界か。勝利条件を思い出し、その条件にしてくれた十蔵さんに感謝をする。後は、持っている中で一番頑丈な剣を左手に持ち、体勢を立て直すのを待つ
「貴様、よくもここまで私をコケにしてくれたな・・・!」
「いや、これ試験ですよね?ブリュンヒルデであろうあんたがまさか本気で戦っていたとなれば、さぞ観衆はがっかりするでしょうね。かのブリュンヒルデは一学生に負けるほど衰えた、と」
「殺す!!
ギリギリと歯ぎしりしたかと思うと、俺の挑発にキレるクズ教師。すぐに来れないように羽のレーザーで包囲しけん制しながら自身の周りにも羽を散布する。後はこの包囲網を破ったときにどう来るか・・・
「これで!終わりだァ!!」
突破して瞬間加速され、奴とゼロ距離になる。かすかに見えたのは奴が得意とする上段からの袈裟斬り。瞬時に反応して右手で持っている剣の先を持ち、奴の攻撃を敢えて受け止める。今までほとんどの攻撃を受け流してきたため、ここで受け止めに来るのは想定外だったようだ。受け流された後の二撃目を潰され、一瞬だけ奴は動揺したのと同時に俺の周りに散布した羽からレーザー攻撃を命令する。これはもう躱すことはできない。零落白夜を発動していないからレーザーを無効化することもできない!チェックメイト!!
だが
「うらららああ!!」
躱し切れないと判断したのか、本能で察したのか、奴は剣に力を増してきた。まさか、この剣ごと叩き切るつもりか!?この土壇場で防御を捨てて試合を決めに来るのかよ!
その考え空しく数刻でこちらの剣が砕け散り、無防備な体を晒してしまう
奴の剣と俺のレーザーがそれぞれの体にたどり着いたのは同時だった
今回没にしたこと
・第二形態変化で一人称が「我」になる
ずっと考えていたのですが形態変化のコンセプト的に反するため無しにしました
4月からより忙しくなるので更新頻度が落ちますが、気長に待っていてください