「姉さん。ルミアとシスティーナがお見舞いに来てくれましたよ」
ソティルがコンコンとドアをノックしながら言うと、急かすような大声ですぐに返事が帰ってくる。
『早く入って!暇すぎて死んじゃうっ!』
「・・・ほら、やっぱり」
ソティルが得意気な口調で呟き、二人は揃って苦笑した。
「じゃあ、私は夕飯だけ作って手伝いやら納品やらに行かなければならないのでここで失礼します。あと、ルミアの素性は私から伝えておきましたので」
それだけ言ってソティルはルミア達に一礼を入れると、踵を返して一階に降りていった。
ルミアは元王族だ。異能者であることを理由に王家から追放され、システィーナの家に養子として迎えられた。テロ事件が終結した際にシスティーナ、グレン、ソティルは政府から呼び出されてルミアについて説明を受けたのだが、昏睡状態だったテトラはそのことを聞けておらず、後日にソティルから説明したらしい。
システィーナがドアを開けると、そこにはベッドから起き上がったテトラがいた。その身体にはまだ小さな傷跡がいくつも残っているが、顔の血色はよく、印象的な長い黒髪もしっかりと手入れされているようだった。
テトラはシスティーナとルミアに気がつくと、申し訳なさそうな顔をした。
「久しぶり、心配かけちゃってたみたいだね。まだ全然治らなくてさ」
「治らないって、私を庇ったときの・・・」
「・・・あー、ちょっと語弊があったね。それはソティルが完全に治癒してくれたよ。『傷が治らない』っていうよりも『身体が動かない』って言った方が近いかな?」
テトラは右手を握ったり開いたりしながら自嘲気味に溜息をつく。
「竜化の代償、甘く見てた。まさか腕とか足がピクリとも動かせなくなるとは思ってなかった。でも、人間の身体の一部を無理やり器官も構造も違う竜のものにするんだから、そりゃあ元々の身体はついていけなくなって壊れちゃうよね・・・もっと深く考えとくべきだったよ」
テトラは落胆に似た感情を含んだ声色でそう言ったが、システィーナとルミアはその言葉の意味をよく理解できず、顔を見合わせながら頭の上に疑問符を浮かべている。
一方テトラがその次に発した言葉には、冗談めかしたような陽気さがあった。
「ソティルは『身体の時間を巻き戻すのは一日前の状態が限界ですから、使っても意味ないです。自分でなんとかしてください』って言ってたし。もう、最初に竜化を使えって言ったの誰よ・・・」
口ではそう言いながらも、テトラの顔には薄く笑みが浮かんでいる。
テトラもセラから聞いて初めて知ったことなのだが、ソティルはテトラが昏睡状態の間、エネルギー不足で機能停止する寸前まで必死に世話をしていたらしい。特に、テトラが大事にしていた黒髪は毎日欠かさずケアをしていたと聞いたが、ソティル本人は顔を赤くしながら首をぶんぶんと振り回して否定する。
「まさか一生動かないとかは・・・」
「あ、それは大丈夫だよ」
思わず口から漏れ出ていたシスティーナの一言にテトラは能天気な様子で返した。その声色を聞くに全く心配はしていないようだ。
「竜化の代償って大げさに言ってるけど、ほとんど筋肉痛みたいなものだし、時間をかければ前みたいに動くようになるってソティルは言ってた。実際もう右腕は動くし」
「「・・・・・」」
「完璧なハッピーエンド、とはいかなかったけどさ、私は自分のやったことに後悔なんてしてない。私が動いたからこそ、大事な友達二人を守れたんだしね・・・ま、ルミアが元王女様ってこと聞いた時は流石に心臓飛び出るかと思ったけど」
冗談めかした口調で言いながら片目でウインクをしたテトラ。
「でも魔術競技祭に出れなくなったのはすっごい残念だなー。せめて皆の勇姿ぐらいは見たいけど、この身体じゃ学院に行くことも難しいし」
「・・・私を庇ったからこんなことに───」
「やめてシスティ」
瞬間、テトラの声色が一気に低くなる。朗らかだった表情もきついものになっていた。
「今動けないことと、あの時の怪我は全く関係ない。それに、あれは私が勝手にやったことなんだから、システィが責任を感じる必要なんてない」
「でも、もしあのとき私が避けられていたら・・・」
「私、
「・・・・・わかったわ」
システィーナはうつむきながらぼそりと呟いた。テトラはその言葉を聞いて苦い表情を無理やり明るいものに戻す。
「この話は終わりにしよっか・・・今からする話もめちゃくちゃ重いんだけど」
「えっ、どうしたのいきなり?」
「二人に私とソティルの関係は説明しといた方がいいかなって思ってさ。人付き合いの悪いソティルのことだし、色々質問しても『忙しいので姉さんに聞いてください』とか言ってたんじゃない?」
テトラの的確な推理にシスティーナとルミアは舌をまいていた。ソティルもそうだったが、この姉妹はお互いの考え方や性格は手に取るように理解できているのだ。
「流石姉妹だね・・・お互いの考えてること、ほとんどわかってる・・・」
「あー・・・そっか、システィはともかくルミアは知らないんだっけ。実はね、ソティルと私、本当の姉妹じゃないの」
「えっ!?」
考え込むような仕草をしていたテトラだったが、しばらくすると意を決したように口を開いた。
「それを話すには私がソティルと会う前に起きた出来事も話さないといけないんだけど・・・ごめん、ちょっとショッキングな内容かも」
テトラは悲しげに微笑み、そのまま自分の過去やソティルと出会った経緯、そしてソティルの正体について事細かに二人に説明していく。ルミアはもちろんだが、以前にテトラから少しだけ彼女の過去について話を聞いていたシスティーナもあまりに凄惨な『
「・・・昔についてはこんなところ。あとは私の竜化について説明しようかな」
ショックを受け、目を伏せていた二人のことを気づかうように話を切ったテトラは自分の右の手のひらを見つめていた。
「私は死んだあと、ソティルの身体の一部を使って蘇生されたんだけどね。その時に、ソティルの竜の力を少しだけ貰えたみたい。炎を操って自分の腕に纏わせたり、竜の翼を生やしたり・・・他にもできることはたくさんあるけどね」
「竜の力・・・?」
「ソティルの本当の姿は竜みたい・・・っていうかもう竜そのものなの。私もなろうと思えば竜になれるよ。まぁそんなことしたら暴走しちゃうし、反動も大きいものになるから絶対にそんなことしないけどね」
まるで経験したことがあるような話し方をするテトラ。その顔には後悔のような感情が滲み出ていた。
その表情から、テトラは以前に過ちを犯してしまったことを察したルミアだったが、それについて追求する気にはなれなかった。
「これくらい話せば充分かな。じゃあ気を取り直して・・・」
さっきまでの暗い表情から一転、テトラが能天気な様子でにこやかな笑顔を浮かべる。
「二人とも、私とソティルについて何か質問ある?だいたいのことは答えられると思うよ」
「じゃ、じゃあテトラ達がやってる『仕事』って何か、教えて貰っていい?」
「仕事?仕事って・・・・・あ!なんでも屋のことね!」
ルミアの質問に首を傾げていたテトラだったが、しばらくすると合点がいったように指をパチンと鳴らす。
「たまに私も手伝ったりするけど、あれはほとんどソティルが一人できりもりしてるよ。私が手伝うのは積み荷の護衛とか野菜の収穫の手伝いとか・・・あ、一回だけ迷宮入りしかけてた事件の捜査に協力して解決したこともあったなー。ソティルは書類の整理とかも含めて、寝るまで仕事してるよ」
「えっ!?じゃあソティルって家で勉強してないの!?」
驚嘆するシスティーナに対してテトラは当然とでも言いたげに頷く。
「全くしてないよ。あの子は一瞬でも見たものは記憶できるし」
「何よそれ!?そんなこと人にできるわけが・・・あっ!」
「うん、あの子人じゃないから・・・」
システィーナとテトラの漫才のような会話を聞いていたルミアが吹き出し、それを見たシスティーナが顔を真っ赤にする。
そこからしばらくは他愛もない雑談が続いていたのだが、突然部屋のドアが勢いよく開き、疲れた様子でふらふらとソティルが入ってくる。
「あれ?テーブルの上に置いてあった依頼書がない・・・あ、ここ姉さんの部屋でしたっけ?」
「・・・その間違い何回目?」
「私の記憶が正しければこれで二百九十四回目です」
「律儀に答えなくていいから!?なんでそんなこと覚えてるのに部屋間違えるの!?」
「エネルギー不足で五感機能が少々狂ってましてね・・・」
死んだ目をしながら部屋を出ていこうとしたソティルだったが、ルミア達に気が付くと呆れるようにぼそりと呟いた。
「・・・二人とも、もう外は真っ暗ですけど、帰りは大丈夫なんですか?」
「「・・・・・」」
ルミアとシスティーナが窓から外を覗いてみると、辺りは真っ暗。しかも運のないことに、今日の天気は曇り。月の光が街にさすこともない。
「・・・どうしようシスティ」
「・・・これは困ったわね」
「はぁーーーーーーーーーーーっ!」
わざとらしく聞こえるほど大きな溜息をついたソティル。
「・・・しょうがないですね。二人は私が送っていきましょう。ルミアがいつどこから狙われるかわかりませんし、二人だけでこんな夜道を歩かせるのは危険度が高すぎます」
「ほ、ほんと!?ありがとう!」
「あ、ちなみにこれは依頼として受け取っておきます。だから報酬として三リルはしっかり払って───」
ソティルが姉から怒鳴られたことは言うまでもない。
「待ってくださいシスティーナ。少し話があります」
「え?どうしたの?」
「いいから少し残ってください。ルミア、すみませんが先に屋敷に入って貰ってもいいですか?本当に少しで終わりますから」
「う、うん・・・」
ルミアを先に屋敷に帰らせたソティルはシスティーナの顔をじっと見つめる。
「・・・何よ?」
「その顔を見るに・・・まだ迷っていますね」
「───ッ!」
「姉さんは貴方に何を話したのですか?」
「・・・私が責任を感じる必要ないって」
「私が言った通りじゃないですか。それで?」
「え?」
ソティルの瞳が街灯の薄明かりに照らされ、紅く妖しく煌めく。
「姉さんから話を聞こうが、貴方が迷いを捨てられていないなら、姉さんの言葉に全く意味なんてないんですが」
「・・・・・」
「ま、貴方が責任を感じて姉さんを避けようが私には関係のないことです・・・と、言いたいところなのですが」
システィーナを試すような眼差しを向けるソティル。
「貴方のような令嬢に借りを作っておけば、後々少しは機密情報が貰えるかもしれません。少し面倒ですが、迷える子羊さんにヒントをあげます」
皮肉げに言ったあと、システィーナの目をしっかりと見つめながら。ソティルはその一言を発した。
「強くなりなさい、以上」
この一言だけである。
「え・・・えっ?」
「聡明な貴方のことですから、あとは自分で答えを見つけられるはずです。そうですね・・・どうしても分からないのなら、グレン先生を頼ってみてください。理由は言えませんが、彼は貴方を強くする
戸惑うシスティーナはソティルの背中をただ見送ることしか出来なかった。
「・・・ふぅ、慣れないことはするものではないですね。だけど彼女は強くなる。あの
光のない闇夜の街道にくすんだ白髪が揺らめいた。
不定期投稿は相変わらずです。
竜の代償(使用後)
人間の身体の構造を無理やり竜の身体のものに変えることによって起こる後遺症。
テトラ本人が言っていた通り、原因や症状は筋肉痛とほぼ同じだが痛みは非にもならないほど壮絶。また、神経も麻痺するのでその部分はしばらく動かなくなる。
この代償もテトラが力を使いたがらない一因。