むしろ今までなんでこっちじゃなかったんだろう。
猪の再来
「やっと……やっと今日から復学できるぞーーーーっ!」
「周りに迷惑です」
「い゛ッ!?」
清々しい朝日が昇る朝。ソティルが通学途中で大はしゃぎしているテトラの頭に拳を叩き込んでいた。ソティルはテトラに対しては少々暴力的である。
「ソティル!?一緒に暮らし始めてかれこれ一年ちょいになるけど、私に拳骨する頻度高すぎない!?」
「私も姉さんにかなり拳を叩き込まれてますから、おあいこですよ」
「う、それはまぁ……確かに」
ちなみにテトラもソティルに対しては過激な対応をすることが多い。ソティルは恐らくテトラのこのような性質もコピーしたのだろう。
「それに、先週から鍛錬を再開したのですからこれぐらいは避けられるようになってほしいんですが」
「『その気』じゃないからだよ。グレン先生だって学院にいるときはシスティからよく殴られてるけど、訓練の時はシスティのパンチを全部避けてるじゃん」
ソティルとテトラが鍛錬を行っているフェジテ自然公園だが、偶然にもそこはシスティーナがグレンに魔術戦の訓練をしてもらっている場所でもあったのだ。
テトラが訓練を再開した日にシスティーナとばったりと会った時は双方とも数秒硬直するほど驚いていたが、次の日になれば何事もなかったかのようにそれぞれの訓練を始めていた。どうせだったらグレンと拳闘を交え、その立ち回りなどを習得したいとテトラは思っているが、それが叶うのはまだ先になりそうだ。
「貴方の場合は訓練中も私の攻撃を避け切れてませんからね。まだまだ鍛錬が足りないです」
「ソティルのは早すぎるんだよっ!銃弾並みに速い拳を魔術なしで避けろって無理な話でしょ!?」
「出来ます。実際この世界にもいますし」
平然と言い放ったソティルにテトラはがっくりと肩を落とす。
と、緩み切っていたテトラの顔が一瞬にして強張った。
「なんか、グレン先生襲われてるんだけど」
「……あー、来ちゃったんですね。あの子」
二人の視線の先には、大剣を振り下ろしたリィエルとその大剣をスレスレで白刃取りするグレン、そしてその様子を呆然として見ているルミアとシスティーナの姿があった。
グレンは大剣から手を離すと、すぐにリィエルにヘッドロックを決めていた。
「……グレン先生の知り合いかな?」
「リィエル=レイフォード。制服を着てる辺りここに編入してくるみたいですね……姉さんに悪い影響を与えなければいいのですが」
最後にそう呟いたソティルの顔はとても不安げであった。
「悪い影響?何それ?」
「……あー、えーと……そうです。あの子みたく剣を公共の場で振り回すようなことをするようにならなければいいなー……なんて」
「そんなことしないよ!?」
ソティルの返答は怪しい部分が目立っていたが、何本か頭のネジが外れているとしか思えないあの少女のことで頭がいっぱいのテトラは気が付くことはない。
テトラもソティルも、
「……でも、ヘッドロックかぁ。いつか使ってみようかな?」
「え?」
~~~
「久しぶりですわね、テトラ!足はもう大丈夫なんですの?」
「うん、大丈夫だよ!ソティルから授業の内容は教えて貰ってるから皆と同じレベルにいる……はず」
「ソティルの授業……ちょっと受けてみたいかも」
朝礼が始まる前の教室。テトラは久しぶりのクラスメイトとの会話に花を咲かせていた。一方、ソティルは自分の席に座って
「お前ら席つけー、朝礼始めるぞー」
テトラがクラスメイトとの会話を終えた数分後。教室のドアを開け、気だるげに教卓へと向かうグレン。その後ろをリィエルがトコトコとついていく。突然現れたその少女の容姿にクラスの生徒は色めき立っていた。
「突然で悪いが、こいつは今日からお前らの新しい学友になるリィエル=レイフォードだ。仲良くしてやってくれ」
ざわざわと騒がしくなる教室。無論、その中心は男子生徒である。
「やべぇ……俺、ルミアちゃん派だったのにリィエルちゃん派に移行しちまいそうだ……」
「俺もテトラちゃん派から移行するぜ!お前はどうするんだ?」
「愚問だぜ!俺はウェンディ様一筋だッ!」
「あー!まぁ、とにかく!お前らもこいつのこと色々知りたいだろうし、一旦リィエルに自己紹介してもらうことにするか!つーわけだから、リィエル。自己紹介してくれ」
グレンはざわつく教室の注目を強引に自分に集めた。
しかし─────
「……………………………リィエル=レイフォード」
リィエルはぽつりと呟き少しだけ頭を下げると、再び押し黙ってしまった。
……………沈黙。
「……おい、なんかもう少しねぇのか」
「……もう終わった」
「アホかっ!?なんか趣味とか特技とか、自分の事で話すことあるだろ!」
「……わかった」
リィエルは微かに頷き、一歩前に出た。
「リィエル=レイフォード。帝国宮廷魔導士団、特務分室所属。コードネームは≪戦車≫。今回の任務は──」
「だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!?」
突然、グレンが叫びながらリィエルを抱きかかえて教室の外へと飛び出していく。クラスの生徒のほとんどが唖然としていた。
「……ええ?」
「先生が叫んだせいでよく聞こえなかったけど……なんか軍がどうとか言ってなかった?」
元々リィエルの声が小さいことも幸いし、生徒達はリィエルの発言を聞き取れなかった……一人を除いて。
「……あの年で軍人なんだ」
「へぇ、姉さんはアレを聞き取れたんですね」
「昔から耳はいいから。でも、任務がどうとか言ってたから、他の人にはこの事を知られないほうがいいのかも」
「グレン先生が全力で止めてましたしね。極秘任務とかなんでしょうけど……能力使って調べましょうか?」
「ううん、大丈夫。そんなこと知らなくても仲良くなれるだろうし」
グレンに連れ戻されたリィエルがやっつけ感満載の自己紹介をしている様子を見ながら、テトラは穏やかに微笑んだ。
朝の惨劇を引き起こしたリィエルを間違いなくヤバい奴と思っていたテトラだったが、どうやらその見方は変えられたようだ。
その後、リィエルの「グレンは私の全て」という色恋沙汰としか思えない発言に対して最初に黄色い声を上げたのも彼女だったが。
~~~
思わぬ騒動によって大幅に授業時間が狂ってしまったグレン達のクラスは、急遽実践の授業を行うこととなった。
今回の内容は魔術狙撃の実践───ブロンズ製のゴーレムに設置された六つの的を狙うというものだ。
現在はほとんどの生徒が計測を終え、グレンは手に持ったボードに書かれた結果を再確認する。
「テトラは六発中命中したのは四発か。いい線いってんじゃねえか?」
「あの程度の距離だったら全弾命中させて欲しかったのですが……まだ狙撃については何も教えてませんですし、及第点ですかね」
「お前は三発しか当たってなかったが……どうせわざとなんだろ?」
テトラの結果を見ようとボードを覗きに来たソティル。そんな彼女をグレンは呆れた様子で見降ろしていた。
「生憎ですが、能力を使わなければ私は凡人です。あれが私の実力なんですよ」
「嘘つけ。お前の集中力があれば全弾命中も出来たはずだぜ。目立たないようにしたいのはわかるが、出せる実力は出してくれよ。じゃないとお前に合わせた指導が出来ないんだ」
「……ま、検討しときますよ」
面倒くさそうに言ったソティル。その意識は既に他のものに向いていた。
それの対象はリィエル=レイフォード。現在魔術狙撃を行っているが……五発中一発も命中していない。
「あの子、本当に宮廷魔導士団のエースなんですか?」
「……黒魔術系の
グレンが頭を抱えていると、リィエルがグレンの方へと振り返った。
「ねぇ、グレン。これって【ショック・ボルト】じゃないとダメなの?」
「え?いや、他の呪文でも構わねぇけど……届くのか?」
「ん、届く」
リィエルは再びゴーレムに向き直ると───
「≪万象に
地面から超巨大な
「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──────ッ!?」
「??????????????」
グレンが叫び、ソティルが口を開けたまま静止する。当然、他の生徒達も目を剥いていた。
そんなことを全く意にも介さず、リィエルは垂直に高く跳躍し───
「いいいいいいいやぁあああああああ──────ッ!」
クレイモアを。
彼女の身の丈以上は確実にある巨大な大剣を。
ぶん投げた。
もう一度言おう。
巨大な大剣を、あの華奢な体で、ぶん投げたのである。
投げられたクレイモアは美しい直線軌道を描いてゴーレムへ向かっていき、哀れなことにゴーレムは的ごと粉々に砕け散ってしまった。
「ん、六分の六」
リィエルが得意げにそう呟くと同時に、壊れた人形のように固い動作で後ろを振り返るソティル。
結論から言うと、明らかにクラスの生徒のほとんどはリィエルを怖がっていた。あのテトラやルミアですら顔を真っ青にしている。
「……どうするんですか、これ」
そんなソティルの呟きは、誰にも答えられることなく空へと吸い込まれていくのであった。
~~~
時間は経過し、現在は昼休み。
学院の食堂には多くの生徒達がごった返していた。
テトラとソティルはそんな食堂の長蛇の列に並んでいる。
「す、凄かったね……ちょっと怖くなるぐらいには」
「……あれは私でも肝が冷えましたよ」
ため息をつくソティル。テトラはぐっと拳を握る。
「でも、絶対に悪い子じゃないことはわかったよ。ちゃんとルールには従ってたわけだし、一回ちゃんと話してみたいんだけど……」
「その時は私もついて行きますね」
「……ええっ!?」
テトラが後ろに並んでいたソティルを振り返る。
「……なんですか」
「いや、ソティルの事だから『ふん、私はあんなトラブルメーカーに関わるなんてゴメンですね』とか言いそうだったから」
「否定はしませんけど、そんな風に思われていたのは少しショックですね……」
不機嫌そうに言ったソティルは指に髪を巻き付けながら言葉を続ける。
「私と似てるなって思っただけですよ。それに、クラスの中で一人だけ孤立してるのを見るのは気分が悪いです」
「似てる?まぁ、無気力そうな所とかは似てるっていえば似てるけどさ」
「……とにかく、姉さんはリィエルと話がしてみたいんでしょう?なら、昼休みのうちに話をしてみてはいいんじゃないですかね」
「それもそうだね。じゃあさっさとご飯も食べて───って、リィエルそこいるよ!?」
「あ、ほんとですね。ルミアとシスティーナも一緒のようですけど」
二人の視線の先には苺タルトを小動物のように
「……可愛い」
「姉さん、順番来てますよ」
「え!?あ!すいませんっ!」
ドタバタしながらも自分達の食事が乗ったトレーを手に入れたテトラとソティルは、すぐにリィエル達の席へと向かった。
「えーと、私達も混ぜて貰っていいですか?」
「あ、二人もここで食べるの?うん、大丈夫だよ。皆で食べたほうがご飯も美味しいし」
「ありがとうございます。じゃあ私はリィエルの隣に座りますね。いいですか?」
「……ん」
苺タルトを齧りながらリィエルがこくりと頷いた。ソティルは優しく微笑みながらリィエルの隣の椅子に座る。
そこにクラスメイトであるウェンディとリンが通りかかった。テトラとルミアは二人を呼び止め、一緒に食事を取ろうと誘ったが、二人の返答は曖昧なものだ。
(流石にあんな事したリィエルとすぐに一緒の食事をするのは厳しいよね……)
今日は確実に断られるな、と思ったその時である。
「おぉっ!学院内の美少女達がそろい踏みだな!俺もご一緒させてもらうぜ!」
「あはは、カッシュったら……あ、僕も一緒に食べていいかな?」
突如現れた二人の少年、カッシュとセシル。
彼らは近くの席に座るとリィエルに次々と話しかけ、会話を盛り上がらせていく。
そんな様子に毒気を抜かれたウェンディとリンもリィエルへと話しかけるのだった。
「……凄いね。私じゃウェンディとリンにリィエルの良さを知ってもらえなかったかも」
「ありがとう、カッシュ君」
「へへっ、変な奴とはいえ新しい仲間が独りになるってのは見過ごせなかったからな。出来る限りのフォローはさせてもらったぜ」
快活に笑うカッシュ。
「お礼は今度テトラとルミアと俺の三人でお茶でも───」
「あっそれは無理。ごめんね?」
「私もちょっと厳しいかなー。ソティルはそういうことに興味ないの?」
「姉さん、こっちに飛び火させないでください……ごめんなさいカッシュさん。私も男性とはちょっと……」
「うぅっ!やっぱ無理かぁー……」
力が抜けたのか、テーブルに頭をぶつけるカッシュ。
「でも、ルミアとシスティーナ、テトラの三人が仲良くしてる時点でリィエルが悪い奴じゃないってことはわかりきってたんだよな。クラスの連中も今でこそビビってるけど、『遠征学習』が始まる前には受け入れてくれるだろうさ」
「うん、皆きっとわかってくれるよね」
「大丈夫だよ!皆いい人だし!」
リィエルを中心に盛り上がるクラスメイトの様子に、三人は笑みを交し合うのだった。
───感情の振れ幅は問題なし。
───
───計測結果、現状意志が最適解。
───私がどうにか出来るようになるまで、このまま穏便に進めばいいのですが……。
カットした部分多いなぁ……。
三・四・五巻部分は細かく書きたいなぁと思ってはいます。早く書かなきゃという焦りもあるので出来るかは正直微妙なところですが。