「はぁーーーー………」
「き、気持ちは分からないでもないし、得体のしれない相手で不安なのはわかるけど・・・絶対態度に出さないでよ?」
「出来ればあの人とは関わりたくないのですが」
「こっちから喋りかけたりしなければ多分大丈夫だからさ。ほら、もう教室着くから笑って笑って!」
広い廊下を進む2人の少女。さっき、事務室の職員に自分のクラスの名簿を見せてもらったソティルからはどんよりとした空気が漂っていた。
理由は至極単純。関わりたくないと言っていたルミア=ティンジェルと自分達のクラスが同じだったからである。
ソティルは自分から出ている負のオーラを隠そうともせずに舌打ちをする。
「ちっ………癪ですが、人間としての私には自分のクラスを変えられるコネも力もないですし、諦めるしかないですね。あの人間にはあまり話しかけないようにしなければ」
「ソティルから話しかけないのはいいけど、無視とかは絶対しないでね?」
「わざわざ私に対する印象を悪くするようなことはしませんよ。1年前の私とは違うんですから」
よほどこれからの学院生活が楽しみなのか、校舎に入ってからニコニコと笑顔を絶やしていないテトラ。名簿を見てからずっと仏頂面のソティル。
対極のような2人。
今の2人の状況を言葉で言い表すなら正にこれだった。
教室に入ると、校門で見かけたルミアという金髪の少女ととその隣を歩いていた銀髪の少女が椅子に座っていた。他にも何人かの生徒がまばらに椅子に座っており、雑談をしたり読書をしたりといかにも学生らしいことをしている。
「ど、どこに座ろうか………?」
「ルミア=ティンジェルと離れていればどこでも」
「ちょっとソティル!?」
2人は、教室入口の近くの席で勉強をしていたツインテールの女生徒にいつも空席になっている場所を聞き、そこに座ることにした。
「あの人間に聞きましたが、このクラスの人間達は編入生が来ることを事前に聞いていたみたいですね。ちなみにさっきの人間はウェンディ=ナーブレス。有力貴族のお嬢様です。ちゃんと実力はあるのですが鈍臭さが災いして、なかなか成績トップになれないことを悔しく思っています」
「そんな解析結果、いちいち私に教えなくていいから!」
「でもあの人間と友達になりたいんでしょう?情報は知っておけば知っているだけ有利に立ち回れるのですよ」
「最後の情報は友達になるためにはいらないでしょ!?」
しばらくすると、最初は2人の様子を見ていただけのクラスメイト達が2人と少しでもお近づきになろうと集まってくる。テトラはその陽気で社交的な性格が幸いし、次々に飛んでくる質問に難なく対応出来ていたのだが、ソティルは対応仕切れず目を白黒させていた。
結局、質問責めは授業開始のチャイムの鳴る直前まで続いた。テトラは学院生活のスタートを順調にきれたことに満足し、興奮したように頬を蒸気させていたが、ソティルは疲れきり、机の上に頭を突っ伏していた。
「もう無理です・・・授業なんて受けられるわけない………」
「でも、あの質問責めはあと3日ぐらいは続くんじゃないかな」
「うえぇぇぇぇぇーーー………」
ソティルが気の抜けた声を発するが、何かに気がついたように頭を上げる。その視線はルミアと銀髪の少女に向いていた。
「そういえばルミア=ティンジェルとシスティーナ=フィーベルは私たちに会いに来ませんでしたね。システィーナの方はだいぶ気がたっているようですけど………まぁ、面倒なので理由はまで解析しませんが」
「………さっきのウェンディちゃんの情報も解析する必要、なかったんじゃない?」
「私は過去のことは振り返らないタイプです」
開き直ったソティルに呆れていたテトラ。ソティルにお小言を言おうとすると、ドアがガチャリと開き青年が入ってくる。その青年を見るなり、2人は硬直した。その青年に見覚えがあったからだ。
「ねえ、ソティル。あの人って」
「───グレン=レーダス、ですね。間違いありません」
「でもなんで魔術学院の講師なんかに………?」
「セラさんが死んだことを自分の負い目に感じて、精神的に参ってしまったみたいですね。」
グレンは「わりーわりー、遅れたわー」と気だるげな顔でなんの悪びれもなく言ったあと、教壇へと向かうがその視線がふと、ある場所で止まる。
その場所は・・・テトラが座っている場所だった。グレンはしばらくその場から動かず、目を見開いてテトラの顔を見つめていた。
「何してるんですか!早く授業を始めてください!」
しかし、システィーナからグレンに向けられた威圧的な言葉でグレンはその顔を気だるげなものに戻し「ありえないよな」と、ぼそりと呟くとだらだらと黒板に名前を書いていく。
「あー・・・寝起きだからボケーっとしてたわ。すまんすまん」
「寝起きって・・・まさかあなた今の今までどこかで居眠りしてたんじゃ・・・!」
「───てへぺろっ☆」
反省のはの字も見せないグレンの態度にシスティーナは怒りのあまり身体をプルプルと震わせていたが、となりに座っていたルミアにたしなめられた。グレンはそんなシスティーナを気にする様子など少しもなかった。
「えー、グレン=レーダスです。非常勤講師としてこのアルザーノ───」
「挨拶なんていらないです。さっさと授業を始めてくれませんか?」
多少落ち着いたようだが、それでもまだ苛立ちを隠しきれていない様子で冷ややかに言い放つシスティーナ。
「辛辣だな・・・でもそりゃそうだよな・・・仕事だし、やりたくねえけど始めるか・・・」
(((この人今やりたくねえって言わなかった!?)))
クラス中の生徒がグレンの言葉に動揺する。しかし仮にも伝説レベルの魔術師であるセリカ=アルフォネアに「なかなか優秀」とまで言わせる男。
その授業には期待する価値がある。かと言って生徒達、特にシスティーナはその評価を鵜呑みにしているということはなかったが。
「でも、もともとは軍の魔導師でしょ?性格はともかく授業内容は凄そうだよね?」
「私も姉さんと同じ考えです。帝国軍最強の魔導師団の元団員の手腕、見せてもらおうじゃありませんか・・・」
一方、セリカからの話を聞いていない2人は、他の生徒以上にグレンの授業に対して大きな期待を抱いていた。彼女たちはグレンの素性を知っているからである。
家でセラと魔術の勉強をしていたものの、魔術の授業を受けるのは初めてだった2人は目をキラキラと輝かせていた。
そんな生徒達の前でグレンが黒板に書いた文字はたったの2文字。
『自習』
これだけである。
「………は?……ん?え?じしゅ………」
「本日の授業は自習にしまーす………眠いから」
それだけ言うと、教壇に突っ伏して居眠りを始めるグレン。その場にいる生徒はしばらくその文字の意味をしばらく理解出来なかった。最初にそれを理解したのは3人。
「ちょおおおっとまてえええぇぇぇぇーーーーっ!!!」
叫び声に近い大声を上げながらグレンに突進して教科書を振りかぶったシスティーナと
「「………」」
その場の温度を何度か下げそうなほどに冷たい目をし、無言でグレンめがけて教科書をぶん投げようとするテトラとソティルだった。
ソティルのルミア嫌いはしばらく続くと思われます。