灰の軌跡   作:キンニク

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1199年にはミュゼはカイエン公(クロワール)にアストライアの初等部に遠ざけられ、クルトは同じ年にパルムから帝都に移ったようです。

タイミングが重なれば二人は知り合っていたかもしれませんね。






思いがけない出会い

ユミルの郷からケーブルカーで下り、ルーレに着いた。

ルーレ駅から帝都行きの列車が出ているはずだ。

帝都からセントアーク、セントアークからパルムへと行けば国境であるタイタス門へ行けるだろう。

 

「それにしても、相変わらず大きい都市だな」

 

ルーレの町並みを見上げながら歩く。

ビルが立ち並んでいてユミルとは比べ物にならないほど都会のようだ。

そしてこの都市の中でも最も大きいビルがあった。

 

「ラインフォルト社か……」

 

帝国最大の重工業メーカーであり、この都市の、帝国の発展に大きく貢献してきた大企業だ。

帝国人でおそらく世話にならない人はいないだろう。

 

「駅までもうすぐだな、列車の時間を確かめに行こう」

 

そのラインフォルト社を横目に俺は駅へと向かうのだった。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

「あ――」

 

「……?どうかいたしましたか?お嬢様」

 

「ううん、今の男の子……」

 

「お知り合いの方ですか?」

 

「……知らない人だと思う。ただ……あの男の子を見ていたら、なぜか泣きそうになってしまっただけ」

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

ルーレ駅に着き時間を確認しようとすると、丁度帝都行きの列車が発車するところだった。

大急ぎで切符を買い、走って列車に飛び乗る。

間に合ってよかったと席に座り息を吐いた。

 

(帝都には12時頃に着くんだったな)

 

窓を見ながら考え事をする。

帝都には数度しか行ったことがないので、セントアーク行きの列車まで時間があれば回ってみるのも良いかもしれない。

 

「……そうだ、母さんから貰った弁当」

 

荷物の中から弁当を取り出し、開けると塩むすびと卵焼きが入っていた。

持ち運びやすいようにしてくれたのだろう。

 

「いただきます」

 

塩むすびを口に運びながら外の景色を見る。

いつも食べている味とはまた違っていた。

 

(老師も仰っていたがこれは良いものだな)

 

これも旅の醍醐味のひとつと語っていた老師の言葉を思い出しつつ、あっという間に弁当を完食してしまった。

 

(しばらく母さんの料理も食べられないのか……そこは残念だな)

 

そんな事を思いながら過ごしているとあっという間に時間は過ぎ……

 

《本日は旅客列車をご利用頂きありがとうございます。次は終点、帝都へイムダル、帝都へイムダルに到着します。お客様は忘れ物のないよう、ご注意してお降り下さい》

 

終点を告げるアナウンスが聞こえてきた。

 

「もう着いたのか、流石に早いな」

 

列車を降りる準備をする。

出していた荷物を片付け、忘れ物がないかを確認。

降りたらまずはセントアーク行きの列車の時間を調べなければ。

 

《まもなく列車が駅に到着します。列車が完全に停車してから席をお立ちください》

 

ほどなくして列車が完全に停車し、席から立ち上がる。

 

「帝都に来たのは久しぶりだな……」

 

列車の出口から帝都駅に降り立ったところで、なにか騒がしいことに気付く。

疑問に思いながら駅構内を進んで行くと――

 

 

 

「大変申し訳ありませんが、セントアーク、パルム行きの便は線路トラブルによる点検により発車することができません! 再開予定は18時ごろとなっております!」

 

 

(……なるほど旅のトラブルも醍醐味のひとつか)

 

こうしてリィン・シュバルツァーは、人生幾度目かの帝都に到着した。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

帝都駅は列車待ちの人たちで溢れかえっていたため、駅前広場にいったん退避した。

 

「さて、どうするかな」

 

時間があれば帝都を回ろうと思っていたが、ここまで時間が空くと逆に困ってしまう。

どこを回ろうかと駅前にある帝都案内図を見ながら悩んでいると、<聖アストライア女学院>という文字が見えた。

 

(エリゼが来年から通う学院か。旅から帰ってきたときに迷わないよう、下見に行くのもいいかもしれない)

 

女学院の近くには七曜教会のヘイムダル大聖堂もあるらしい。

 

(今日は朝が早かったからユミルの教会で挨拶できなかったな……)

 

ついでというわけではないが、今回の旅が無事に終わるように<空の女神>に祈っていこう。

 

「よし、サンクト地区に向かうか」

 

どうやら導力トラムが走っているようだが時間も多くある。

ヴァンクール大通りを歩きながら北西に向かえば着くはずだ。

 

途中、ヴァンクール大通りの百貨店でマップを購入し北西に歩く。

さすが帝都というべきか往来する人の数がルーレよりも多い。

ユミルに住んでいる自分の身としては、少し慣れそうにもなかった。

 

「この道を右に曲がればいいのか……?」

 

先ほど購入した帝都マップを見つめながら呟く。

帝都の町並みは複雑で、歩けば歩くほど迷ってしまいそうだ。

 

 

(これは下手に歩くより、少し戻って導力トラムに乗ったほうがいいかもしれないな)

 

帝都に数度来たことがあるだけでは少し無理があった。

そんな自分に苦笑しつつ、潔く来た道を戻ろうと身体を反転させ――

 

やめてくださいっ

 

近くの路地裏から声が聞こえてきた。

反転させようとした身体を止める。

 

「なんだ……?」

 

聞こえてきた声は子供のものようだった。

もしかしたら子供が喧嘩でもしているのかもしれない。

 

(いや、この気配は……)

 

しかし、気配を探って思い直す。

どうやら子供が一人と……大人が三人。

子供を取り囲むようにして立っている様だ。

辺りを見渡すと先ほどまであれだけ激しかった人の往来がない。

 

(なるほど、<穴場>というわけか)

 

帝都であっても人気が少ない道はある。

そうした道は帝都憲兵隊も来ないのだろう、やましいことを行うには最適というわけだ。

路地裏に急いで入り、少し進むと男達の背中が見えた。

 

「そこまでだ!」

 

男達は肩を震わせこちらを振り返る。

憲兵が来たと思ったのだろう。

 

「っ! ……なんだ、オメェ?」

 

黒髪の男はこちらの姿を見ると安心し、睨み付けてくる。

どうやら憲兵が来たのではないと知り余裕を取り戻したようだ。

 

「俺たちに何か用かよ?」

 

奥にいる金髪の男もこちらを威嚇するような態度を取りこちらに歩いてくる。

 

「はっ! 憲兵が来たかと思ったじゃねーか」

 

最後の一人の銀髪の男もこちらに身体を向ける。

子供は男達の身体に隠れてよく見えない。

 

「あなた達は子供を囲んで何をやっているんだ」

 

明らかにガラの悪い男達に向けて質問を投げかける。

 

「なんだ、正義の味方気取りのガキかよ」

 

「俺たちはこいつと遊んでただけだっつーの」

 

「なんならお前も一緒に遊ぶかぁ? アァ!?」

 

三人とも真面目に答える気はないらしい。

場合によっては帝都憲兵隊に通報して来てもらわないといけないだろう。

男達と言葉を交わしながら考え事をする。

 

「……っつーかこいつもなかなかいいモン身に着けてね? 肩にいっぱい荷物ぶらさげてよぉ」

 

黒髪の男が俺を見ながら今気付いたかのように言う。

 

「おいテメェ。その荷物の中身を見せてみやがれ」

 

金髪の男もそれに気付き便乗してくる。

 

「じっとしていた方が身のためだぜぇ?」

 

(……仕方がないか、旅が始まって早々に騒ぎを起こしたくなかったんだが)

 

流石に荷物を奪われるわけにはいかない。

少し抵抗して騒がしくなれば、人気がないとはいえ誰かが気付くはず。

銀髪の男が俺の後ろに回りこもうとした時、初めて子供の姿が見え――

 

――その少女はミント色(・・・・)の髪をしていて、手にはペンダントを握り締め泣いていた。

 

その瞬間、凄まじい怒りが湧いた。

 

アンタ達、この子に何をした?

 

「「「ひっ……」」」

 

男達に最大限の気当たりを放つ。

 

どうした? 答えられないのか?

 

黒髪の男と近くに居た銀髪の男は完全に腰を抜かして言葉を発せないようだ。

視線を金髪の男に移し睨みつける。

 

「お、俺たちは、ただそいつが良さそうなペンダントしてたから……」

 

「……なるほど、盗んでミラにしようとしたのか」

 

気当たりを収めた。

男達の横を通り過ぎ、少女に近づく。

そこでようやく俺の存在に気付いたようだ。

よほど必死だったのだろう。

 

「大丈夫? 怪我はないか?」

 

しゃがんでその子の目線に合わせながら、俺は手を差し出した。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

今日は女学院の休息日。

いつもどおり祖父と祖母への手紙を書こうとしたがレターセットを切らしてしまった。

百貨店か書店まで買いに行かなければいけない。

学院を出て、ヴァンクール大通り行きの導力トラムに乗ろうと停留所へ向かう。

 

 

(あ……、同じクラスの……)

 

そこには同じ女学院の生徒たちがいた。

これからお茶やショッピングにでも行くのだろう。

思わず足を止めてしまう。

 

(私が行ったら迷惑ですね……)

 

きっと行ったら気を遣わせてしまうだろう。

彼女達にとって自分は雲の上のような存在なのだ。

――実際は家から遠ざけられているだけにも関わらず。

 

(たまには、歩いていきましょうか)

 

今日は休息日なので多くの女学院の生徒が導力トラムを使うだろう。

歩いてヴァンクール大通りまで行った方が誰にも会わなくて済む。

そう推測(・・)できた。

 

考え事をしながら歩く、時には独り言を呟きながら。

 

(ここ最近のオズボーン宰相の政策と叔父を初めとした貴族勢力の動  き……。どうやら私の見立てた流れで間違いないみたいですね)

 

女学院に送られてから二年。

祖父から手紙で送られてくる各勢力の情報をもとに思考する。

 

(やはり内戦が勃発するのは避けられないでしょう……、そして叔父が敗北し破滅するまで私は動けない)

 

きっと11歳の小娘の話なんて誰も話を聞いてくれないだろう。

だが、内戦が終わった後ならば話は別だ。

 

(オーレリア将軍……、<黄金の羅刹>の異名を取るあの人なら話を聞いてくれるでしょう)

 

もともと祖父の縁で顔を合わせたことがあるが噂以上の様だ。

あの聡明な人なら自分に協力してくれるだろう。

そして将軍が味方につけば彼女の右腕である<黒旋風>もこちら側についてくる。

今、考え得る限りでは間違いなく最善手のはずだ。

 

(とにかく、<今>は来るべき時に備えて力を蓄えるしかなさそうです)

 

胸に着けている父の形見のペンダントを触りながら自分に言い聞かせる。

これは私にしか出来ない(・・・・・・・・)のだと。

 

(お父様、お母様もどうかお力を――あ……)

 

おそらく盤面を深く考えすぎてしまったのが原因だろう。

立ち眩みを起こし、路地裏から出てきた明らかにガラの悪い男達にぶつかってしまった。

 

「いてぇ!」

 

「も、申し訳ありません!」

 

身体の制御を取り戻し謝罪をしながら辺りを見渡す。

どうやら考え事のあまり普段は通らない道に来てしまっていたようだ。

無意識に人を避けていたのかもしれない。

 

「おいおい、大丈夫か?」

 

「やべーわ、折れてるかもしんねー」

 

男達が大げさに騒ぎ出す。

 

(少々、まずいですね……)

 

先ほどから人が通る気配のないこの道では助けも呼べない。

走って逃げても歩幅が違いすぎて、瞬きの間に捕まるだろう。

 

(なんとか、人通りの多いところまで出られれば……)

 

そう思いながら騒ぐ男達と距離を少しずつ離そうとした瞬間。

 

「よぉ、少しお話しようぜぇ?」

 

後ろから肩を捕まれてしまった。

 

(三人目……!?)

 

前の男達に注意を向けるあまり、もう一人の男に気付けなかったようだ。

自分の力では抵抗できるはずもなく、路地裏にひきずり込まれてしまう。

 

「ってこいつアストライアの制服着てやがんぞ」

 

「あの貴族の子女しか通えないっつー、偉そうなとこか?」

 

「ってことはすげぇミラ持ってそうじゃんラッキー!」

 

どうやら相手は貴族の子女に手を出すとどうなるかすら理解していないらしい。

 

(とはいえ、状況は最悪ですね。どうにかして助けを……)

 

「ってこいつ、すげぇ良さそうなペンダント持ってんじゃん!」

 

(え……)

 

金髪の男が形見のペンダント指差して笑っていた。

 

「あれだけですげぇミラになりそうだなぁ」

 

「おい嬢ちゃん、そいつさえ寄越せば帰してやってもいいぜ?」

 

他の男達もその言葉に追随するように提案してくる。

どうやらこのペンダントを渡せばこの状況は抜け出せそうだ。

一度渡して、憲兵隊に連絡すれば無事に戻ってくる可能性も高いだろう。

 

 

 

「絶対に嫌です」

 

 

 

自然と口が動いていた、自分でも驚くほどに。

 

「……は?おいおいせっかく優しく提案してやってんのに」

 

男達が動き出す、強引に盗るつもりなのだ。

だがそれでも、父の形見を自分から差し出すようなことはしたくなかった。

 

「やめてください!」

 

自分ではこのペンダントは守りきれないだろう。

あまりの無力さに涙が出てきた。

もはやできることは、声を上げることとペンダントを強く握り締めることだけ。

男達に囲まれても決して盗られまいと必死に身構える。

 

(お父様……、お母様っ……!)

 

 

 

……………………

………………

…………

……

 

(……?)

 

いつまで経っても男達の手が伸びてこない、不思議に思い顔を上げてしまう。

目の前には先ほどの男達とは違う男の人が立っていて

 

「大丈夫? 怪我はないか?」

 

――差し出された手とその声に、ひどく懐かしい安心感を覚えた

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

目の前の女の子がこちらを見つめたまま動かなくなってしまった。

どうやら怪我はないようだが……

 

「えっと……」

 

「………………あ、はい……」

 

ようやく少女が動き出し、差し出した手を取り立ち上がる。

小さな手だ、おそらくエリゼよりも年下だろう。

 

「その、助けていただきありがとうございます」

 

「いや、気にしないでくれ。偶然通りかかっただけだから」

 

はずっと手を握り締めたまま離さない、よほど怖かったのだろう。

俺は男達の方へ向き直る。

 

「アンタ達も…………いない?」

 

女の子の手を引きながら路地裏から出る。

どうやら知らぬ間に逃げてしまっていたようだ。

怪我が無かったからよかったとはいえ、憲兵隊にしっかりと絞られて欲しかったのだが……

 

「君、大丈夫か?これから一緒に憲兵隊の方に会いに行こう」

 

俯いている女の子を気遣いながら声をかける。

逃げてしまったとはいえ、特徴は鮮明に覚えている。

憲兵隊に報告すればすぐに捕まえてくれるはずだ。

 

「……いえ。それには及びません」

 

「……え?」

 

女の子がこちらを見上げる、心なしか繋いでいる手に更に力を入れたようだ。

そして、笑顔をこちらに向けながら。

 

「私、ミュゼ・イーグレットと申します。是非とも助けていただいたお礼がしたいのですが、お名前はなんというのでしょうか?」

 

「……な、名前はリィン・シュバルツァーだ、よろしく。でもお礼なんて――」

 

「リィンさんですか、私のことはミュゼと呼んでください!」

 

先ほどまで泣いていたはずのミュゼと名乗る少女が、繋いだ手を胸まで上げながら露骨に身体を近づけてくる。

 

「まずはお茶を奢らせてください。そこで少しお話をしましょう?」

 

ミュゼは更に笑顔を深くしてこちらに向けてくる。

それはまさに<小悪魔>といって良い笑みで……。

その笑顔に俺は妙な既視感を覚えるのだった。

 

 





今回は少し長いです。毎回これぐらい書ければよいのですが。
ミュゼ(11)、子供だから当然体力も低く、盤面を思考すると立ち眩みを起こしやすいと想像しました。
形見のペンダントは捏造です。お母さんの形見があるならお父さんの形見もあって欲しいという願いも込めて。
最大限で気当たりを解放したリィン。
男達はしばらく怯え続けるでしょう。

この出会いが後の盤上にどう変化をもたらすかは後のお楽しみです。
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