宇宙彷徨記   作:山南修

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あらゆる旅はその速さに比例してつまらなくなる。
ジョン・ラスキン


第二話 日常

A.D.3501/7/20/0630 ポーラ宙域Cheri-swa CJ-2星系近隣

 

 私の朝はいつも早い。最も宇宙にいる以上、標準時の朝になるが。不規則な生活になると人間長くは持たないため規則正しい生活は非常に重要である。

 

「おはよう、アマリア。状況を」

 

 朝の1杯めの紅茶を彼女から受け取りベット中で嗜みつつ状況を聞く。彼女なら何かあれば平気で私を叩き起すが連邦軍人時代からの癖である。

 

「はい。只今Cheri-swa CJ-2星系外縁から1光年離れた地点にいます。現在速度は1581光速、星系外縁部到着予想時刻は1421です」

「ふむ、0.5光年まで接近したら私に知らせて光学観測システムも起動させてくれ」

「了解しました」

 

 アマリアを下がらせつつ、朝食を取りに行く。第五甲板の寝室の向かい側には食堂がありちょっとしたキッチンがある。料理してもいいが面倒なのでフードプリンタで朝食のテンプレートをランダムに注文する。プリンタにカートリッジから元素が供給され食品が組み合わさっていく。このプリント飯は食物リサイクルシステムや艦内のちょっとした農場から食品に使用出来る元素を回収しカートリッジに保存したものを使い食品を作る。似たような食物リサイクルシステムは沢山あるがこれが一番省スペースで安定しているのは連邦軍どころか帝国や第三世界でも使用しているあたり明らかだろう。今日の朝食はトースト、ブラックプティング、卵焼き、焼きトマト、ハム、マッシュルームソテー、紅茶の伝統的なイングリッシュ・ブレックファストである。トマトのみ食物リサイクルシステムの農場区画で生産された新鮮な野菜だ。プリント飯は嫌いだという者も多いが私は好きだ。何せ故郷の料理の多くよりも美味いし、イングランド生まれですら敬遠している軍の携帯食に比べれば圧倒的に美味いからだ。適当に選んだ電子書籍を読みつつ朝食を終え自動食洗機に食器を入れ食堂を後にする。

 

「後……3時間で0.5光年まで接近か」

 

 3時間をどうするか考えつつ、執務室に入る。探索報告執筆や適当に計画を練る際によく使う。そこそこ重厚そうなディスクにつきホログラムを立ち上げCheri-swa CJ-2星系の予想図を開く。この星系があるポーラ宙域はA.D.2800年代から3100年代初頭にかけて連邦や第三世界が開拓を行った広大な宙域であるが3150年代の恐慌で多くが放棄、残った中枢星系や僅かな星系も3400年代までには放棄され今なおそれなりの人間が残っているらしい。帝国はともかく連邦や第三世界ですらもはやポーラ宙域には見向きもしない見捨てられた星系である。Cheri-swa CJ-2星系はハビタブルゾーンに惑星がないことが光学観測で判明しているためどんな探査船も訪れていない。まさに人類未踏の地だ。人類圏の傍の未踏の地とは素晴らしい皮肉を投げつけよう。

 

「そうだ。アマリア、艦内工場で音声データを保存可能なビーコンを制作しておいてくれ。人類が滅びなかった場合皮肉を投げつけるいい機会だ」

「了解しました。びっくり箱もつけますか?」

 

 ホログラムで現れたアマリアがそういう。彼女も人類は嫌いなのだ。創造主を嫌うとはけしからんが素晴らしい。

 

「いかにも君らしい。ぜひ存分にやってくれ」

 

 様々な装置の設計図データを保有している彼女なら素晴らしいビーコンになるだろう。行く先々でこのようなビーコンを作るのもいいかもしれない。私の死に場所がバレるのは癪に障るのでそこら辺はよく考えておこう。あと最低でも120年はくたばるつもりはないが。150歳まで生きて死ぬその瞬間まで探索を続けるつもりだ。

 

「ああ、星系内の様子は……」

 

 いつまでも考え事に浸っている場合じゃないとステラ・ソリチュードは星系予想図を見つめ行動計画を立てるのであった。

 

 

 

 

「光学観測システム起動します」

 

 アマリアが第五甲板の艦首装甲シャッターを開き5m級の大型望遠鏡が露わになる。

 

「宙域探査システムの観測値ではガス惑星3、岩石惑星2、氷惑星2で予想位置は転送した通りです」

 

 光学望遠鏡が捉えた映像に予想位置が重なる。私は望遠鏡の位置を微調整しつつ最も近くの予想位置に焦点を合わせる。

 

「Cheri-swa CJ-2 6の予想位置を確認中……予想位置に惑星規模の物体あり。焦点合わせ……よし。Cheri-swa CJ-2 6を確認。分析開始」

 

 望遠鏡が捉えたデータが解析室のコンピュータで分析される。惑星分類GHⅠ,2,Ⅲの星系外側を回るガス惑星で水素とヘリウム、アンモニアの大気。温度は96Kほど、サイズは分類GHⅠの惑星としては平均的な110,000kmほど。リングはなし。

 

「典型的なガス惑星だな。燃料タンク次第では補給によるがどうだ?」

「燃料は現在95%でしばらくは無補給でも問題ないと思われます」

 

 ふむ、となるとこのまま速度を落とさず星系内側まで接近していいか。

 

「ならこのまま速度を維持して星系内部に侵入。外側の惑星は通過時に惑星観測システムでスキャンしておけ」

「了解しました。イレブンシスの用意をしてきます」

 

 アマリアの体が光学観測室から出ていく。

 

「次、Cheri-swa CJ-2 5は……予想位置通り。スキャン開始」

 

 解析室を通ってスキャン情報が流れてくる。

 

「惑星分類GHⅠ,2,Ⅱの少し小ぶりな典型的なガス惑星。リングはあるが……氷主体でめぼしい資源はないと考えられる」

 

 次、Cheri-swa CJ-2 4。望遠鏡の倍率を下げ予想位置に中心を合わせて倍率を上げる。

 

「Cheri-swa CJ-2 4を発見、スキャン開始……惑星分類IP,3,Ⅱ。小ぶりな氷惑星で衛星が少々、潮汐力で間欠泉が噴き出している以外特筆する点や資源はなし」

 アマリアが紅茶とビスケットを少々持ってきた。

 

「どうぞ」

 

差し出された紅茶を受け取りビスケットが乗った皿を傍のテーブルの上に置いた。

 

「やはりこの星系は探査のコストに対してめぼしいものがないな。誰も訪れないわけだ」

 

 アマリアが入れた紅茶を味わう。ふむ、自分で入れたものと同じぐらい美味しい。紅茶の入れ方にあれだけ時間を割いたかいがあった。

 

「Cheri-swa CJ-2 1は……2と連星を形成している。予想位置に望遠鏡を向け、倍率を上げる」

 

 徐々に鮮明になる映像にかなり接近している惑星が2つ映る。

 

「Cheri-swa CJ-2 1及びCheri-swa CJ-2 2を確認。1は惑星分類RP,4,Ⅲの平均的な岩石惑星、2は惑星分類RP,4,Ⅱのやや小ぶりな岩石惑星。どちらもめぼしい資源はなし、しかし……」

 

 私は大気のない灰色の岩石惑星とやや赤っぽい岩石惑星が映るホログラムを指す。

 

「あんなに近づいているがロシュ限界じゃないのか?」

 

 惑星同士は不安になるほど接近していて小さい方か両方が潮汐力で引き裂かれそうに思える。

 

「はい。重力センサーで捉えた重力波の測定結果ですがまだ数百kmほどは余裕があるようです。しかしながら軌道がやや傾いていて近い将来的にはCheri-swa CJ-2 2、もしくは双方が崩壊すると予想されます」

「近い将来的とはいつ頃だい?」

 

 彼女の言う近い将来は人間基準ではなく天文学的な基準なため信用できない。訝しむ視線を彼女に投げつける。

 

「電算室での計算結果では8万年から10万年ほどと予想しています」

 

 天文学的には確かに近い将来だ。電子化されたデータを可能な限り詰め込んだ彼女の頭からしてみれば数万年は短いのか? いや生まれてから今までなら長いはずだ。今度データを多数注ぎ込んだAIの時間の感じ方について研究しよう。

 

「なるほど。思ったよりは近い将来だな」

 

 とりあえず無難な返答をしておく。これ以上思考の海溝に深く落ちないために残っている2つの惑星の観測に精を出すのであった。

 

 *

 

 

A.D.3501/7/20/1643

 艦橋。側面の窓に先ほど観測していたCheri-swa CJ-2 2とCheri-swa CJ-2 1が小さく見える。

 

「内惑星軌道の内側に入りました。恒星Cheri-swa CJ-2の観測に入ります」

 

 補助席に座るアマリアがそういい、腕を伸ばしスイッチを1つ弄った。私の、操縦席の方に新たなホログラムが立ち上がり恒星観測システムと表示されている。第三甲板では今頃側面ハッチが開き観測機器が顕になっているだろう。

 

「進路変更、取り舵90度。FTL航法解除」

 

 操縦桿を右に傾け旋回した後にFTL航法を解除する。周囲が青く輝いたかと思うとドーンという激しい音とともに通常空間に降りた。

 

「解除完了。恒星観測を開始する」

 

 恒星観測システムのホログラムを正面に持ってきて観測を開始する。

 

「スペクトルスキャン開始、恒星観測機器群稼働中。スペクトルスキャンまもなく完了、恒星観測機器群は10分以内に完了します」

 

 スペクトルスキャンが終わったらしくスペクトルデータが流れてくる。

 

「この恒星はやはりK0Vのやや温度の高い標準的な型主系列星か。この様子だと誕生から100億年は経っている」

 

 ほかの銀河から流れてきたのかそれとも銀河系初期からいたのか。

 

「重金属が少ないため種族Ⅱの恒星と考えられます。既に観測された種族ⅡのK型主系列星とほぼ同じスペクトルです」

 

 横にスペクトルがいくつか表示される。確かにそっくりだ。

 

「この星系が探索計画から外れた理由が増えたな。最もこんな近場の探索をしないとは……嘆かわしいものだ。ああ、ビーコンの件はどうなっている?」

「それでしたらこちらに」

 

 恒星観測システムのホログラムが脇へ追いやられ青写真が表示される。

 

「このビーコンは映像データの維持を主目的とし設計しました。動力は太陽光発電装置を利用し推進器に軌道調整用にイオンエンジンを搭載、理論的には今後10万年から100万年は機能を維持したまま安定した軌道に乗ります。また回避及び外部確認用にレーダと光学カメラを搭載しています。ちょっとしたオマケとしてデータ保管庫の隣にびっくり箱を仕掛けました。中身はこれです」

 

 また新たに青写真が出てくる。……しかしこれはまた思い切ったな。AIだからというべきなのか……。

 

「生産状況は?」

「既に生産完了しています。軌道投入は調整次第いつでも可能です」

 ふむ、いい仕事だ。

 

「それならさっさと映像データを入れよう」

 

 アマリアがカメラを起動させ撮影を行う。多少身なりを整えてアマリアに合図を出し撮影を開始した。

 

「ごきげんよう人類諸君、もしくは愛すべき異星人たちよ。私はしがない旅人だ。何故こんな何もない星系にやってきたのかな。私は愚かな人類がいつまでたっても生存圏に近いここに足を踏み入れないのを呆れたためやってきた。せっかくだしA.D.3501/7/20/1700時点の星系データでも添付しておこう。せいぜい有効活用してくれ。ああ、そうだ。パンジャンドラム(びっくり箱)は楽しんで貰えたかな、楽しめたら何よりだ。ステラ・ソリチュードより愛と憎しみを込めて」

 

 撮影をおわらせる。今の私はさぞ清々しい表情をしているだろう。

 

「よし。恒星観測群を収容し次第、軌道に投入しよう。星系データは添付しておいてくれ」

「了解。恒星観測装置を収容。軌道計算開始……上げ舵6度、取り舵12度の軌道に60km/sで投入して下さい」

「わかった。増速」

 

 スロットルを目一杯押し座席に体が押し付けられる。船尾のスラスターの照り返しが側面の窓から見て取れる。

 

「進路変更、上げ舵6度、取り舵12度」

 

 側面と下部のスラスタを吹かしゆっくりと進路を変更する。加速し終わる頃には変更できているだろう。5分ほど加速したところで進路と速度が目標まで到達した。

 

「速度よし。進路よし。反転する」

 

 左右のスラスタを使いベクトルを維持しつつ船首を後方に回した。アマリアは少々確認すると

 

「下部一番発射管、投下用意……投下」

 

 ガコンと音と共に船首下部からビーコンが投下される。ビーコンは即座に太陽光パネルを展開し動作を始める。

 

「投入成功。ビーコンは正常稼働しています」

「せっかくだ、行く先々でこれをやろう。このビーコンの青写真を保存し一、二機は作って置いてくれ」

 

 アマリアは了解と言うと今後の方針を聞いてくる。

 

「そうだな。近くにかなり発展したが100年ほど前に完全に放棄されたこの宙域の地方中枢星系がある。そこにでも寄ってみよう」

 

 

 

「ふう」

 

 私は今《エタニティートレッカー》をFTL航法にし、地方中枢星系に向かわせたところで第五甲板、居住区の奥の部屋の前に来ている。

 私は紅茶を持って部屋に入った。一瞬の間の後、部屋の照明がつく。5列の台座がある以外何もない部屋だ。入口の真正面にあるコンソールに紅茶を起き、システムを起動させる。

 

「モデリングシステム、データ……Cheri-swa CJ-2星系、開始」

 

 一番通路側で手前の台座が光り、3Dプリンタが稼働する。プリンタは上から順に球体を作成して浮かせていく。それを紅茶を嗜みつつゆっくり眺めた。

 

「ああ、美しい」

 

 出来上がったものを見て私はそう呟いた。これは3Dプリンタや流体制御技術、ホログラム技術を使った天体再現装置である。Cheri-swa CJ-2星系の惑星以上の天体が再現されている。ガス惑星は大気が蠢き、氷惑星ではわずかな大気が風を起こし地吹雪擬きを起こし、岩石惑星はいつもと変わらず、恒星は煌々と輝く。まさにミニチュア星系だ。この25×11×3の部屋をこのミニチュア星系で一杯にするのは私のささやかな望みである。何十年何百年かかろうが私はこの部屋を埋めることになるだろう。

 

「私が死にそうになる頃にはアマリアが延命技術を作り出しだろう。できなかったらそこが墓になるだけだ。今から楽しみだな」

 

 ステラ・ソリチュードはディナーまでの短い時間を将来の妄想とともに過ごすのであった。

 

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