波の音が聞こえる。故郷の、サウサンプトンの港で聴いた波だ。12歳までしか居なかったが不思議と心地よく、落ち着く音色だ。遠くで旅客船の汽笛が聞こえる。私は汽笛の音源に顔を向けたはずだった。
「……はぅっ」
身体中を駆け巡る激痛を抑えつつ、顔を音源に向ける。何故か穴が空いているキャノピー上部──そうだ、不時着したからだ──から唸りをあげて上昇していく〈エタニティートレッカー〉がひび割れたフェイスプレートの隙間から見える。無事に逃げて迎えに来てくれよ
「アマリア……」
彼女が来るまで、私は私にできることをしなければならない。ヘルメットを脱ぎ捨て思考を整理しつつ、体の状態を探る。思いのほか左腕の打撲以外問題は無かった。恐らくコックピットが破損したお陰で落下速度が下がったのと木々がいい感じにクッションとなったのだろう。ハーネスを外し、操縦席から這い出でる。電子機器は……駄目だな。全てEMPにやられていて動作しない。ここまで強力なEMPだと連邦軍でも最新鋭から一世代前にあたる。これは確実に私を殺すか捕まえに来ているな。人気者は大変だ、ストーカーは死ね。歪んで開かなくなったコックピット後ろのハッチではなく大きく空いた穴から後部の倉庫と荷物を確認する。予想はしていたが酷い有様だ。医療品や食料は粗方吹き飛んでいるか、溶けおちている。備え付けのサバイバルキットや武器は無事なのが幸いか。武器に誘爆していたら今ここにいられなかったと考えるとゾッとする。残っていた焦げたバックパックにサバイバルキットと残っていた食料、ちょっとした爆発物を詰め込んだ。右手だけでも撃てるサブマシンガンを負い紐で肩にかけて、アマリアが積んだであろう手榴弾を腰のベルトに下げた。畳まれていた皺が残る迷彩のブッシュハットを被り、最後にやってくれた連中宛の感謝のサプライズを仕掛けて〈フェアトン〉だったものから私は離れた。
A.D.3501/8/8/1426(UTC)/0926(現地時間)
惑星Brilliant
歩いて数kmの距離にあった医療船の残骸に来ている。敵勢力の情報収集は重要だ。数十m離れたところには陽電子ビームの着弾痕が無数にありそっちを先に調べた方が良さそうな気もするが、あそこまで耕されていると大したものは残っていないだろう。面長な船は上空から見た通り後部はほとんど壊れ燃えたようでこれまためぼしいものは無い。ハッチが空いている場所があったのでそこから入り込む。
「邪魔するよ」
中の通路もボロボロだ。所々で床や壁、天井の板が外れケーブルやパイプが顕になっている。何かあればいいが。降りっぱなしになっている収納式のはしごを上り船橋に向かう。二層上がったそこが船橋で半端に空いてるハッチをこじ開けると見た目は問題無い機器が目に入る。
「どうせ生きてはいないだろうな……」
ダメもとで電源を入れるが予備電源や蓄電池が完全に死んでいるのか入らない。諦めて来る途中に見かけた倉庫に行ってみる。地上にいた連中が粗方略奪したのかほとんど空で使えそうなのはスコップしかない。スコップをバックパックに括りつけ後にする。医療区画と居住区は何ヶ所か銃撃の跡があった。推測だが敵勢力が不時着した医療船を襲ったのだろう。大した収穫も無く落胆していると後ろで金属が軋む音がした。咄嗟にサブマシンガンを掴み音のした方に向ける。そこはT字の通路で音は右寄り、つまり左側の通路から聞こえた。CQC用にスリングに固定してあるナイフを取ろうと思ったが、サブマシンガンをなんとか動く左手で持ち直し右手にスコップを構えた。さあ、出てこいくそったれ。SMGとスコップが待ってるぜ。息を潜めた直後、通路から勢いよく大型の肉食獣が飛び出してきた。SMGで脳天目掛けて乱射するが他の生物なら死ぬところでも獣は大きく口を開け飛び掛ってくる。
「はぁっ!」
全身を使ってスコップを獣の左半身に叩きつける。ベクトルが若干右にずれた獣はさぞかし美味しだろう私の肉体に喰らいつくことなく壁を食べることになる。最もその事態を獣は理解していないだろうが。……そういえば結局人肉食はした事ないな。宇宙の船乗りの伝統的なものとも言われるがプリント飯の発展で遭難しても食いつなぎやすくなっている。自分の腕の培養でもして試してみようか。入って来たハッチから飛び降りる。ちょっとふらついたがしっかり立てた。
後回しにした敵の拠点らしきものを調べる。ビーム跡から地下を伺うが……ほとんど溶けたか燃えたかしたようで見るに堪えない有様だ。茂みに丁寧に隠してあった入口から中に入る。ただ掘っただけの、木で補強されている階段を降りると早速蒸し焼きにされた男の死体が出てくる。掩蔽壕の開口部にロケット弾を撃ち込んだ時のように陽電子ビームがきちんと仕事をしてくれたようだ。さっそく死体を調べるが、全身が極度のやけどに見舞われて皮膚は爛れて剥がれ落ち、筋肉は硬直し、全身が真っ白。高温でタンパク質と血液が凝固したためだろう。この状態だと死因はショック死で即死か。耳や鼻は軟骨が溶けたのか消えている。服の下はどうなっているんだ? 服を持ち上げるとこびりついた皮膚が剥がれた。ここまで来ると焼死体に近いな。ここに野菜でもあれば人間蒸し焼き料理になりそうだが、野菜も炭化しそうだ。ポケットを漁るが何も無い。視線を上げるとビームに焼かれたらしい死体が目に入る。これまた似たような状態だがもっと酷く下半身がビーム跡の上にあったようだ。腰のあたりは燃え上がったようで炭化していて頭は皮膚が剥がれ、炭化しかけた状態だ。ビーム跡の先に書類か何かがあったであろうデスクがあるが読めるようなものは残されていない。アマリア、ちょっとやりすぎじゃないか。幸いにもここを作った時に余った釘や工具を見つけた。これは活用できる。下層も似たような状態で高温で蒸されたりビームを受けた死体が転がっている。最下層のやや高そうな部屋には観葉植物があったようだが葉は全て落ち、木はいい感じに乾燥している。火をつければよく燃えるだろう。部屋の片隅にコンピュータと蓄電池が設置されている。ケーブルが外に伸びているからアンテナが地上にあったかもしれないがミサイル発射機が吹き飛んでるあたり一緒に溶けたようだ。デスクの陰に転がっている蒸し焼きの死体からいくつかのカードが見つかった。半分溶けているが、一応解析のために持ち帰ろう。コンピュータから記録メディアを抜き取り地下拠点を後にする。やや日が傾いている。この惑星の自転周期は18時間だからあっという間に日が落ちてしまう。適当な野営場所を探さないといけない。
A.D.A.D.3501/8/8/2003(UTC)/1503(現地時間)
惑星Brilliant 野営地
遭難日誌一日目
敵勢力に内火艇〈フェアトン〉を撃破され私は今、惑星Brilliantの鬱蒼としたジャングルの中にいる。気を許せば山蛭や毒虫に喰われ、虎擬きが襲い掛かり、面倒な蟻やヘビがうじゃうじゃいる。さっさと宇宙に戻りたいところだが残念な事に〈エタニティートレッカー〉は複数の敵艦との戦闘を回避するためにアマリアが動かしているためそれは叶わない。彼女と船の無事を祈るばかりである。医療船と敵の地下拠点を捜索したが現状、解析できるものは手に入っていない。今晩襲われて私が死ななければ明日も日誌をつけるだろう。
日誌を書いたメモ帳をタクティカルベストの内ポケットにしまう。私は今、スコップで掘り下げた穴の中にいる。目の前には携帯用コンロが湯を沸かしていていて、暖かい熱がこっちにも伝わってくる。頭上にはカンヴァスのを被せ適当に拾ってきた大きめの葉をその上に置いた。簡易的な野営場所だ、スコップを拾ってきて正解だった。そして、久しぶりに連邦軍の携帯食を食べたがどう頑張っても不味いものは不味かった。腹を膨らまし、必要な栄養素を1本で確保できるからそんなに文句も言えないのも問題だ。こんな状態では寝れないし、寝れそうにないから氷砂糖を舐めつつ紅茶でも飲んで待つしかない。コンドームでSMGの短い銃身を被い、狭い穴の中でできる範囲の整備をする。今どき珍しい火薬を使うが反動が少なく、両手でも扱えるよう薬莢の排出口は銃の下部に付いている。連邦軍時代から愛用している型で枯れた技術で電子機器もない。美しい銃だ。湯が沸騰しそうな事に気付き、火を止め粉末状の紅茶を入れたカップに注ぐ。砕いた氷砂糖を入れ、スプーンでかき混ぜ、口に運ぶ。温かい飲み物は熱帯の中とはいえ雨や汗で冷えた体に染み渡る。一息つき、カンヴァスの隙間から見えた星を眺め溜息を漏した。
ステラ・ソリチュードはポンチョに包まりインスタントではなく茶葉の紅茶が飲みたいと思いながら夜を明かすのであった。