素晴らしきエオルゼアライフ 作:トンベリ
早朝、私は一人でクイックサンドの四人掛け出来る机を陣取っていた。
グリダニアの弓術士ギルドで貰った愛弓の手入れをしつつ時間が来るのを待っていると、モモディさんが近づいてきておはようと柔らかな笑み。
「おはようございます!」
「ペアンは早いわね、他の三人は?」
「物資の調達をしてからここに集合の予定です」
昨日の夜にみんなで旅支度をしていたら保存食の備蓄が少なくなっていたようなので、ついでにポーション類とかの消耗品もあわせて調達してしまおうと他の三人で買い出しに行っている。
本当なら私も一緒に行きたかったのだが、念のため一人は集合場所にいるようにと貧乏くじを引いてしまった形だ。
「準備は怠らない、良い心掛けね」
モモディさんは感心するよう頷きながら斜め前の席に腰かけた。
「私もみんなも、それぞれのギルドとかでみっちり教えてもらいましたから。それに、モモディさんにも」
「頼もしいわ。ポーション一つ、毒消し一つをケチって仲間を失う新米冒険者をたくさん見てきているのだもの、おせっかいも焼きたくなっちゃうってものよ」
ミコッテである私の身長と比べて半分もない、ララフェルのモモディさんだが、母親に見守られているかのようなこそばゆい視線を受ける。
年の功というと失礼だけど、実際モモディさんの知識はとんでもない。実際に冒険に出ているわけではないのに、ウルダハのどの地域にどんなモンスターがいて、何が弱点でどう対策すればいいかまで聞けばさっと出てくるのだ。
そんな彼女の助言を聞き入れない冒険者が大成できるはずもなく。
新米冒険者というのは夢見がちで、見栄っ張りが多くて、分かっていると聞き流して後悔する者達が一定数いる。
私たちはそんなこと無い、と言えればよかったのだけど。
「ウルダハに来て初めて受ける依頼でモモディさんに助言を貰えてなかったらと思うと……」
私も、みんなも、それぞれのギルドとか故郷で将来有望とよく言われていたのだ。
期待の新人パーティ。そんなふうにもてはやされ、自分たちは強いのだと確信していたし、何がきてもなんとかなると盲目的に考えていた――それが半年前、パーティを組んですぐの事。しっぺ返し、なんて程のことでもない、新米冒険者への洗礼だったんだろう。
初めての依頼を受けようとしたとき、モモディさんに討伐系の依頼がないか聞いたら返ってきたのは採集系の依頼、何故かと聞けば最初はこれで慣れてから始めるのがいいと言われ、みんな少し不機嫌になっていたのを憶えている。
小型の魔物数匹程度、日帰りで倒して帰ってこれると言っても首を横に振られるばかり。ならばと依頼を受けずに魔物を倒して認めさせようなんて流れになって、ギルドから出ようとした時だ、モモディさんは状態異常を治すポーションを最低人数分買ってから行きなさいと言った。
パーティには白魔道士がいて、状態異常を回復させる『エスナ』だって勿論使えた。鼻高々の私たちが何を馬鹿なと一蹴して立ち去るのは必定だったのだ。
結果――植物系魔物の毒を受け、白魔道士が『エスナ』を使おうとした瞬間、不意に出てきた蜂型魔物の攻撃を受け麻痺毒を受ける。いつもなら気づくはずの奇襲だったのに受けてしまったのは、その辺の雑魚だからと慢心していた以外にない。
ヒーラーが動けず、他のメンバーは毒に侵されていく中で思うのはモモディさんの言葉。
みんなの思考が絶望に染まっていく中、白魔道士がおぼつかない手の動きでポーチから小瓶を取り出そうとして落としてしまう――それは見覚えがある、解毒の薬。
私は魔物を牽制しつつ急いで小瓶を拾い上げ白魔道士に飲ませると、身体の痺れがおさまっていないだろうに、ぷるぷるとした動きで『エスナ』を唱えて毒を治していく。瞬時に毒が治ると赤魔道士が白魔道士を担いで、ナイトを殿にしつつすぐさま離脱して来た道を戻った。
這いずりながらもウルダハのナナモ新門へと辿り着いた私と白魔道士はへたり込み、赤魔道士はしゃがんでため息、ナイトは腕を組んで自分を恥じているようであった。
白魔道士にあとから聞けば街を出る直前、用を足したついでに念のため買っておいたらしかった。普段やんちゃなクセにこういう時は素直だった白魔道士に感謝しつつ、その出来事は苦い思い出として記憶に刻み込まれ、同時にモモディさんの偉大さを知る事となった。
「将来有望な冒険者を失うのはギルドにとっても痛手だわ。お互いに幸運だったと思いましょう」
「そう言っていただけると助かります」
その時の事は恥じ入るばかりであるが、未熟さを理解した私たちはより一層成長したはずだ。だが人とは慣れる生き物で、最近またパーティに少しばかり驕りが見え始めている――というと少し表現としては過剰か。
まあ些細な事ではあるのだが、なんとも難しい部分の話。
「支援魔法のタイミングって難しいですよね、自己強化スキルもです」
先日モモディさんに相談したことを改めて口に出す。なんとも初心者らしき悩み事ではあるのだが、いつ使えばいいか、というのはパーティの成長具合によって変わってしまうものだと最近気づかされた。
「言いたいことは分かるわ。半年前のペアン達だったら、マーモット数体を倒すのに念を押して『プロテス』を使っていたでしょうけど、今であれば必須という訳ではない――そんなところでしょう?」
「まさに、その通りです」
要は支援のバランスが崩れてきているということ。マーモット――リスのようなネズミのような小型魔物相手にMPを消費してまで支援が必要なのか、否か。
「ええ、分かってはいたのだけれど、この前はごめんなさいね……」
「いえいえ大丈夫です、モモディさんに成長しましたって報告にはなりましたしね!」
相談を持ち掛けてから数日後、モモディさんから推薦された教導係の人を一日つけてもらい依頼を受けたのだ。だが、その教導係の人が……言い方は悪いが、私たちパーティと同等か、ほんの少し格下の技術であった。
「最近あなた達が受けている依頼から大体のレベルを予測して教導を付けたのだけど、予想以上に成長していたのね」
「万全を期すためにも、自分たちの強さよりも一段下くらいの依頼を受けて下積みしていこうってパーティで決めていましたから。あの日から、です」
教訓を生かせぬ冒険者は死ぬ。最初の冒険で最大にして最重要の教訓を得れた私たちは幸運だったのだろう――そこに、慣れという毒牙が蝕んできている。
パーティではお互いに指摘こそしていないが、もうちょっと上の依頼を受けてもいいんじゃないか、なんて空気がほんの僅かに流れているのを、私は感じ取っていた。それこそが、驕りの正体。
私はモモディさんに支援魔法のタイミングで悩んでいる事を相談して、パーティの安定度を高めつつ、空気を引き締められる一挙両得の一計を案じたのだが、なんとも不幸な事故が起こってしまった。
「今回あなた達に落ち度は全くないわ。自分のパーティを更に成長させようと相談してくれたのに、むしろマイナスなんて結果になってしまって……本当にごめんなさい」
そう、問題は加速してしまった。先日の教導係は中級冒険者と称して紹介されたのだ。その冒険者と並ぶ力を持つ私たちのパーティなら、もうちょっと上もいけるんじゃないかとの風潮が強まったのだ。
「だから、今回は私が用意できる中で、あなた達にとって最高の冒険者になるだろう人に頼んだわ!」
そう言って胸を叩くモモディさん。なんとも頼もしい限りだ。
しかし最高の冒険者とまで言われるとどんな人か気になるものだ。
「その人はベテランの方だったり?」
十年単位以上の冒険者を続けているような大ベテランを望むわけではないが、ベテランとなると普段は忙しくて話を聞く時間は早々取れないはずだ。それも私たちのような新米相手に割いている暇はないだろうし、期待を込めて問いかけると予想外の言葉が返ってくる。
「そうねえ、冒険者歴だけで言えば、三、四年ってところかしら」
「え……それだと一般的には……」
冒険者歴というのは指標になりえる。成長の度合いはあれど、冒険者として活動した時間はそれだけ生き抜いてきた事の証左になるのだ。三年四年であれば一般的には中級冒険者――この前紹介された教導係の人もそれくらいだったはずだ。
まさかモモディさんが同じミスを犯すわけもないだろうが、何か特別な功績を上げた冒険者だったりするのだろうか。
「ふふ、安心して。一緒に行動していれば分かるから――ほら、丁度向こうも準備が終わったみたい」
モモディさんの視線の先にはクイックサンドのラウンジが併設されている宿屋、砂時計亭から出てくる男性がいた。
腰にはレイピア、いやエストックだろうか――細身の刀身をもった細剣――を装備し、全身くすんだ赤と黒を基調とした布製の防具を着込んでいる。軽業を前提とした軽装……ともすれば、私にとっては見慣れたジョブである、赤魔道士だろう。ある程度金属類の防具を装備していればフェンサーの可能性もあったが、布類だけで接近をメインにするのは無理がある。
見た目はと言えば無精髭はあるものの顎下で整えられているところを見ると清潔感はあり、なるほど、しっかりとした人であることが分かる。
「遅れたか?」
「おはよう、ディ。まだ彼女、ペアン一人だけよ」
ディと呼ばれた男性は私の事を観察するように上から下まで見つめると手を突き出して、よろしく頼む、と一言。寡黙な人なのだろうか、うちの盾役に似て口下手なだけかもしれない。
そんな事を考えていると、私は悪寒を覚えた。それを発したのは目の前の男――今私は、何を見られた?
「――よろしくお願いします。私はペ・アン・ドルダ、吟遊詩人です。冒険者歴半年の新米です」
一瞬の違和感はおくびに出さないよう努めて平静を保った声を出す。バレてはいないようだ。
「俺の名前はディザスター……オッサンとでも呼んでくれ」
「まだオッサンなんて歳でもないでしょうに」
あまりにも気軽に『災厄』と名乗った彼にぎょっとする。誰が好き好んで自らの子に業を背負わせるような名をつけるだろうか。あるいは通り名かとも考えたが、モモディさんが愛称としてディと呼んだことからもその可能性は低そうだ。
だがギルドマスターとの気軽なやり取りからも相当な信頼があることは確かなようで、以前のようにはいかないと安心感も得れた。
「モモディさんおいすー! んんー? アンと一緒に居るのが今回の教導係?」
「二連続オッサンっ……もしかしてウルダハのギルドは人材不足か……っ」
「おい……あまり失礼な物言いは慎め」
がやがやとクイックサンドに入店してきた三人は私のパーティメンバーだった。白魔道士のミミが私に麻袋を投げたので危なげなくキャッチする。中身は私の分のポーションや食料一式。
「みんな十分な休息と十二分な準備はできたかしら? 今回教導としてつくのはこの人、ディザスターよ」
「よろしく頼む、見ての通り赤魔道士だ」
私も改めパーティ全員で、よろしくお願いしますと、お辞儀をするとディザスターさんは私と出会った時のように全員をしげしげと見つめた。その目は真剣でもうこの瞬間から見定めが始まっているのだと思う。気を引き締めていようと考えた矢先、赤魔道士のダネスが早速やらかす。
「オッサンも赤魔道士なのな。後ろで引きこもってるキャスターがどんな『災厄』を運んでくれるんだ?」
――ああ、このやんちゃその1は。
ディザスターさんは見たところヒューランの中でもハイランダーと呼ばれる種族、対してダネスはヒューランのミッドランダーと呼ばれる種族で、酒場の喧嘩常連な組み合わせなのだ。
種族同士過去の因縁があるとかではなく、何となく気が合わないとかその程度の。ダネスからすればちょっとした"試し"なのだろうが、教導の人にまでそんな事をしなくてもいいじゃないか。
「ああ、俺には過分な名だな、恥ずかしい限りだ。そっちの詩人ちゃんにも言ったが、できれば気軽にオッサンとか呼んでくれ」
「――おう、よろしくなオッサン」
一片の怒りを見せるでもなく、本当に気恥ずかしそうにして短髪の頭をかくディザスター。気性が荒い人でなくて良かった、ではなく、ダネスを睨むと感心したように頷いていた。
ダネスからすれば仲良くできそうでよかったとかその程度の認識なのだろうが、初対面の相手にしていい事ではない。つかつか歩み寄って引っ叩こうとしたところでゴスンッといい音がダネスの頭から響き渡った。
「……馬鹿者が」
私たちのパーティリーダーを務めるナイト――スウィグスウェルドが大柄なルガディンの身体で拳を落としたのだ。
「うご、ご……ごふっ!?」
「えーいばーか」
よれよれ倒れたダネスに対して白魔道士のミミが追い打ちをかけていた。手を丸めて猫パンチだが的確に急所を突いている。
「あ、あはは……ごめんなさいごめんなさい、本当にごめんなさい」
わやくちゃとした場を治めるようモモディさんとディザスターさんに向かって平謝りするしかない。そこで追い打ちかけてる白魔道士ミコッテ、お前もやんちゃその2としてカウントしてるからな、この先やらかさないように目を光らせてるからな。
「ふふっ。ディ、いけそう?」
「良いパーティじゃないか――モモディさん、依頼概要を説明してくれるか?」
気にした様子もなくディザスターさんは続けた。よかった、本当に懐が広い人なのだろう。
立ち直ったダネスが頭を抱えながらも私たちと整列したところでモモディさんが机の上に依頼書と地図を広げた。
今回の依頼内容としてはこうだ、キャンプ・ドライボーンから更に歩いた場所にある湖、そこの岸辺に生息する薬草があるらしい、それを取ってくるだけの採集系の依頼なのだが。
「私たち、誰もキャンプ・ドライボーンのエーテライトと交感していませんね」
「あなた達の行動範囲を増やすのもついでにやってしまいなさいということよ。中継地点のブラックブラッシュ停留所には行けるでしょう? そこから数日かけてキャンプ・ドライボーンまで、という道のりになるわ」
「…………了解した」
ウィールド――スウィグスウェルドの愛称――は普段依頼を受ける時の判断より熟考したようで返事までの間があった。それもそのはず、キャンプ・ドライボーンは蛮族と呼ばれる人間と敵対している種族に対抗するための拠点である。近辺に行くとすぐさま戦争が勃発するなんてことはないが、それでも危険度は都市の周りと比べれば数段上だ。
「あのあたりなら17ってとこだろう。昨日の夜に君たちがこなした依頼を少し聞いたが、30後半はあるだろうし、余裕だ」
腕を組み目をつぶっていたディザスターさんがよく分からない数字を発した。私たちが30とはどういうことだろうか?
「でたわね、ディザスター数値」
「んっ? なになにそのディザスター数値って!」
ミミが好奇心を隠そうともせず二人へ聞いている。そのままの意味なら災厄数値だろうか。
「モモディさんが勝手に言っているだけだ」
「んもう、公的に認められているわけじゃないけど私はかなり信頼しているのよ? ディがたまーに呟く数値はね、通称『災厄度』っていって危険度とか強さとかを大体で数値化してくれるの」
「へえー…………あれ、それって、すっごくない?」
ミミの言う通りだ。ダネスもウィールドも訝しげに押し黙っている。
数値化というのはまあ、新人冒険者を1とした場合……といった具合にある程度は誰にでも出来るかもしれない。だがそれをギルドマスターが信頼しているとまで太鼓判を押すほどの精度を誇るとなれば話は別だ。
人の強さ、魔物の強さ、場所の危険度、そんなものを高精度で数値化できるのなら冒険者の死亡率はグンと下がるだろう。例えば何気なくディザスターさんは私たちを30後半と言ったが、受けた依頼でそこまで正確に測れるものなのか?
「大体だよ、大体。君たちの30後半と言ったのだって正確じゃあないかもしれない。モモディさんが勝手に騒いでいるだけだ」
「もう……もうちょっと欲かいてもばちは当たらないわよ?」
「こんなんで金儲けできるかっ」
もしかしたらこの教導は、とんでもない人なのかもしれない。少なくとも私たちパーティに期待をさせるには十分だった――
――十分だったはずなのだが。
あの後クイックサンドでモモディさんに見送られてからエーテライトを経由してブラックブラッシュ停留所へ移動、そこから更に半日ほど歩いて、今日中に東ザナラーンへ到着できればいいな、くらいの場所までやってきていた。
キャンプ・ドライボーンへの道のりは何事もなく歩いていくだけなら三日ほど、チョコボキャリッジなら大体二日。だが歩いていく場合は道中の魔物の相手も含めれば四、五日はかかるものだ。
私たちの行軍スピードなら三日と少し、平均よりも早い到着となるだろう。それくらいに道中の魔物は問題にならないということだ。
「あのオッサン、本当に教導係?」
ディザスターさんから離れた場所で休憩する私たちにダネスは問いかける。
ここまでの道のりでディザスターさんは一切手を出していない、私たちの動きを指摘することもない。
そもそも歩き始めて最初の数十分で、戦闘は一任する、と言い放ってから本当に何もしていない。前の教導係ですらウィールドのヘイト取りから漏れた魔物を相手する程度のフォローくらいはしてくれたものだ。
「また期待外れか……この辺りじゃあほぼ見ない赤魔道士だっていうから期待したのによ」
「口だけなのかなー。でもモモディさんが口だけの人を信頼しているとまでは言わないと思うけどー」
押し黙る私とウィールドをよそに、ダネスとミミは続ける。
「ねえウィールド、一体だけあのオッサンさんに魔物渡せない?」
ミミがとんでもない事を言い始めた。
「……だが、それは」
「これはね、うちらの安全の為でもあるよ。キャンプ・ドライボーンはうちらにとっても初めての場所。どんな危険があるかもわからないのに、オッサンさんが本当に口だけの人だったら、うちらが庇うか、逃げるにしても守るか、命の危険だってあるかも……ダメそうなら今から引き返せるしさ」
この辺りの魔物ならばアンなら守れるでしょ、と言葉を向けられる。
「――そうね、問題ない」
ダネスとミミは顔を見合わせて喜んでいた。普段ならこんな案など止めているはずの私が乗っかったと思っているのだろう。それは違う。
私は気づいていた、現状は私だけが気づけることかもしれないけれど。
私たちは見られている。
初めて会ったときの悪寒は今でこそ鳴りを潜めている。しかし詩人として、ミコッテとして研ぎ澄まされている感覚を、ディザスターさんに集中すればするほど警鐘を鳴らすのだ。
「……分かった。しかし『プロテス』は必ず」
「もっちろーん! 安全はちゃんと確保してからね。毒とかないような物理攻撃主体の遅めの魔物かな」
「ま、最悪俺も『ヴァルケアル』唱えられるように構えとくぜ」
そんなやり取りのあと、休憩から戻るとディザスターさんは手帳に何かを書き込んでいたようだった。私たちに気づくと荷物をまとめてすぐさま出発できる状態にしていた。こういった所作ひとつでも気づけるような気はするのだが。
ウィールドはともかく、他の二人はあまり見ていないようだった。まあ、舐めている相手の行動をいちいち気にはしないのかもしれないが、こういった部分が慣れ、驕りをぶり返させているのだろう。
そして行軍を進めていくと数回の戦闘を経て、姦計のチャンスがやってきた。
サンバット、蝙蝠の魔物がウィールドの視界外、それも丁度ディザスターさんの真横から現れる。本来なら私かダネスがフォローするところだが、気づいていないふりをして反応を見やる。
十ヤルム――人間十人分ほどの距離――五ヤルム――詠唱を始めればギリギリ間に合うだろう距離――三ヤルム――気づけば回避は出来るだろう距離――一ヤルム――もう、無理だ。
私は一瞬で弦に指をかけ弓柄をしならせる。同時にダネスが赤魔法『ヴァルケアル』を、ミミが白魔法『ケアル』の詠唱をはじめ、ウィールドは他の魔物を『フラッシュ』で引き付けている。
私は明確に落胆していた。
あの時感じた悪寒は間違いだったのだとしたら、自分の勘が鈍っていることに他ならないし、モモディさんにもこの後すぐに戻って報告することになる。その時彼女の信頼を崩してしまうこと、気に病んでしまうだろうことは想像に難くない。私たちの成長の機会が失われることも、先輩冒険者がぼんくらばかりという事実も、中々にくるものがある。
そういうのをひっくるめて、ディザスターさんには期待していたのだが――そんな、一瞬の思考の隙、だったのだろう。
サンバットは急所である小さな小さな頭蓋から血を流し貫かれていた。
そして同時に鳴り響く轟音――突きのインパクトが巻き起こす風圧の音は魔物を貫いてなお勢い衰えぬと誰もいない大地に砂埃を舞わせる。蝙蝠型魔物の頭は、魔物と言えど小さい。ディザスターさんはそれを寸分違わず突き刺していたのだ。
レイピアを抜いた瞬間は見えた、突き刺す動作も見えた、しかし動きの速さと威力は常人の域を脱している。
「――『リポスト』」
重力によってサンバットが地面へと叩きつけられる前、一瞬で頭蓋からレイピアを抜くと血濡れた切先を滑らせ、突き上げから弧を描く切り上げ――サンバットは綺麗に両断され二つの落ちる音。
「ふむ」
ディザスターさんは何事もなかったかのようにレイピアに付着した血を振り払い腰へと武器を納める。
ウィールドは何事かと後ろを振り向くが、そこには唖然としているダネス、ぽへーとアホ顔を晒したミミ、そして番えた矢を落とす私の姿。
「どうした? たかが一匹ヘイト漏れしただけだろう。"新人"にはよくある事、次から気を付けような」
やはり勘は間違っていなかった、あの時感じた悪寒は間違いじゃなかった――予想以上、想定外。この人は強い。それもとんでもなく強い。正直私たちじゃ足元にも届いていないと思う。
新人と強調して言ったのは私たちの愚行を気づいた上で、新人だからとテキトーな理由をつけて許してくれたのではないだろうか。そしてもう十分だろうと言わんばかりに次はないと釘を刺された。いや、そもそも次など必要ない。
ウィールドには後で説明するにしても、ダネスとミミには十分な効果があったようで、先ほどまでのお前たちはなんだったのかと何ともやる気に満ち溢れている様子だった。
――結局ディザスターさんが剣を抜いたのはその一回きり。私たちの動きに指摘もなく、出発してから三日目の夕方にはキャンプ・ドライボーンに到着した。
宿屋を人数分取ると、明日の朝までは各自自由にしようと決まり、みんな好き好きに行ってしまった。
私は一人道中の事を思い返して、キャンプ・ドライボーンの宿屋でうんうんと唸っている。
初めて見る魔物も多かったのだが、そのいずれもセオリー通りウィールドがヘイトを取って後ろから私、ダネス、時にミミが攻撃しているだけで問題なく戦闘は終了している。初めて見る相手には支援をもりもりと使用し、その部分についてディザスターさんに意見を求めてみたりもしたのだが、何も間違っていない、としか返ってこない。
彼が強者であることは間違いないのだが、パーティ行動に慣れていないのかもしれない。着くまでの間、簡素な夕食を取っている時にほぼソロで活動してきたと聞いたのだ。
モモディさんには今回の相談の趣旨を説明していたし、ディザスターさんも知っているとは思うのだが如何せん彼にも何か考えがあるのではと無理に聞き出したりはできていない。
うだうだと考えても意図は読めず、気づけば思い返すのはたった一度見た剣技。
彼の冒険者歴は長くても四年ほどとモモディさんに聞いたが、同じ赤魔道士であるダネスが四年後にあの域に達することは難しいだろうと思う。少なくとも十年、下手をすればそれ以上――そもそも上り詰められるのだろうか、そんな領域のお話。
私だって冒険者の端くれ、一度や二度はベテランの技術を見たことはある。それらと比較してなお、ディザスターさんのアレは凄かった。体幹のブレもなく、ただ真っ直ぐに目標を突き刺す技術。足から手元まで力の通りを伝導させて効率的に増大させる技術。どこを切り取っても……そう、一流戦士のそれ。
そもそもな話、赤魔道士とはあくまで魔道士、キャスターなのである。接近戦も出来る、魔法も使える、そんな器用貧乏とも取れるジョブで――もしかしたら、ダネスとは違い接近に重きを置いたタイプの可能性はあるか。
だがまあ少なくともこれは言える。彼は私が今まで出会ってきた冒険者たちの中でも最強だ。
そんな人と行動できる機会をくれたモモディさんに感謝して、聞けることは全部聞いて、聞けなさそうな事は見て盗んで、私ももっと強くなれる。
――ここ数日彼の事ばかり考えているな。まるで恋する乙女のようだ。
「なんて、血なまぐさい恋ですこと」
行動に移さねばなるまい。一分一秒でも話を聞いた分だけ強くなれるチャンスなのだ。経験は武器であり、防具である――さて、ディザスターさんはどこにいるだろうか。