素晴らしきエオルゼアライフ   作:トンベリ

3 / 11
3:詩人はHimechan率高いけど操作難易度は結構高いから注意な(詩人視点2)

 キャンプ・ドライボーンは窪地に設立された拠点で、半円を描く坂を登れば荒野が広がっている。

 規模としてもそれなりで、エーテライトがある広場に出れば夜であっても人の波はそれなりにあるようだ。

 エーテライトを挟んで辺りを見渡すがディザスターさんらしき人影はなく、酒場か雑貨屋か、もしくは少し離れた場所にある聖アダマ・ランダマ教会かもしれない。

 

(ここから見える位置には……いなさそう)

 

 行きかう人々は雑多だった。

 ここは蛮族の監視拠点として機能しているのだが、チョコボ留、教会には墓地もあり、他国――グリダニア――へ向かう中継地点にもなっている。

 一帯をメインの活動場所とする冒険者、追悼するために訪れる者、蛮族に対抗するため国から派遣されている不滅隊、そんな者達を相手する商人、近くには鉱山もあるため鉱夫もちらほらおり、あとは、難民。

 

「申し訳ないがそれっぽちじゃあ売れないさね」

「だ、だがこの前はこれで買えていた!」

「こちとら時価でやらせてもらってる。難民も増えてきてるし物資が足りなくて……分かってくれないかね」

「……すまない、無理を言った」

 

 ぼろ布を纏った男は恰幅のいい女性商人から背を向けるとすごすご引き下がっていく。

 

 ――大都市ウルダハでもよく見る光景、見慣れたすすけている背中、私は今日も見て見ぬふりをしてその場を立つ。

 

 根本的な原因を解決できない以上、一人に構っても他の数十人をどうすることもできない。ならば関わっていい事なんて一つもないのだから。

 落ち込んだ気分を取り直すように、吟遊詩人として学んだ詩を小さく口ずさみながら広場を離れる。

 まずは酒場に顔を出したのだが、ウィールドとミミが仲良く飲んでいる背中を発見し、そっとしておくことにした。

 

「にゃははは、ウィールドの背中おっきーよねー」

「……隠れるには、十分な大きさだろう」

 

 お互い友人だと言い張っているが、距離感は私やダネスと比べて近い気がする。

 

 次にと出向いた雑貨屋ではダネスが見知らぬエレゼンとヒューラン二人組女性冒険者と話し込んでいたのでもちろんそっとしておく。

 

 はて、そうなるとディザスターさんは宿屋にいるのだろうか。私が出てくるまでに隣の部屋に戻ってきている気配は無かったが、では聖アダマ・ランダマ教会か。キャンプ・ドライボーンに辿り着いた際、横目に見えたのを憶えているから場所は問題ない。

 若干急になっている坂を登り、更に数分ほど歩くと墓地を囲む鉄柵が見えてくる。死の臭いにつられてたかっているスウォーム、ハエのような羽虫を振り払いながら近づく。

 このまま真っ直ぐ進めば教会に辿り着くのだが、その手前にある曲道には人影があった。先ほど商人にすげなく追い払われた難民の男性である。

 

(こっちの方でキャンプしているのかしら……あれっ?)

 

 男性が物陰でごそごそと何事かしているのだが、暗がりの奥にはもう一人、ディザスターさんがいた。まさか悪事は働くまいとは思うが、ただならぬ雰囲気に好奇心が勝りレンジャーとしての力を十全に振るって音もなく近づき耳を立てる。

 

「これだけあればみんなも飢えずに済む……本当に助かった……すまない、本当に」

「見返りは貰っているさ。定期的にくるわけでもない、気まぐれと思ってくれ」

「変なプライドを持ってる同胞も中にはいるがね、それは飢えで困らない最低限には生活の基盤が出来上がってるからさ――同情でも、哀れみでも、面白半分でも、気まぐれでも、手を差し伸べてくれるならそれ以上にありがたい事は無い……俺は家族と、幾何の同胞と生きて行かねばならんのだから」

 

(…………食料を渡したのか)

 

 男性の背には大きな麻袋、あの中には大量の食糧が入っているのだろう。最後まで泣きながらお礼を言い続ける男性に気にするなと手を振るディザスターさんは一人になっても岩壁に背を預け動こうとしない。

 すると彼はふと私の方を見て手招きをした。どきりと心臓が跳ねる。私のハイディングはバレていたようだ。

 

「ディザスターさん……なぜ食料を渡したのですか」

 

 気配を殺すのをやめ近寄りながら質問を投げつける。

 

「困っていたからだな」

「助けられることに慣れた難民は、いえ、人間は欲深い生き物です。一度このような事があれば次もと期待して、今度はキャンプ・ドライボーンの方々に迷惑がかかる可能性だって」

「確かに、一般的には君の言う通り褒められた事ではないかもしれないな」

「……ディザスターさんはヒューランのハイランダー、でしたね」

 

 難民、それは第七霊災――忌まわしき五年前の記憶――でウルダハへと流入してきた人たち。豊富な資源と活発な交易によって繁栄を謳歌しているウルダハではあるが、五年前のあの日からずっと、治安は悪化したままだ。そんな難民の多くにはかつて栄えたアラミゴという国の生き残りたちも混ざっている。二十年ほど前にガレマール帝国の侵攻によって陥落したアラミゴの民がウルダハへ落ち延びているのだ。人種はヒューランのハイランダーが多く、もしや彼もと思い視線を交わす。

 

「いや、それはない。この地に来たのは今から四、五年前だしな」

「そうですか……あっ、ごめんなさい。別に渡したのを責めているわけではなくて、アラミゴの民に変な感情を抱いているわけでもないんです。ただ、食料を渡した理由とかディザスターさんの事を知りたくて」

 

 私は、わたわたと手を振りながら何とも言い訳めいたことを話す。

 だが実際気になるのだ、自分は見て見ぬふりをした難民に彼が手を差し伸べた理由。そこに私との考えの違いがあるのなら聞いてみたいと思う。

 

「――俺の事を知りたいとは奇特な子だ。彼に食料を渡した理由はさっきも言った通り困っていたからだよ」

「単純に、善意からってことですか?」

 

 私の言葉を聞いたディザスターさんは、ふふ、と笑う。何かおかしなことを言っただろうか?

 

「すまない、言葉が足りなかったな。困っていたのは俺と彼ら、どちらもだ」

「何かディザスターさんにも問題が……?」

 

 問題を抱えていたとして難民に食料を渡す事で解決することとは何だろうか。少なくとも彼らは"持たざる者"だ。ディザスターさんがアラミゴ出身だったとしたらわかるが、そうではないらしいし、助力を請うにしても理由は皆目見当もつかない。

 

「この近辺の情報を貰っていたのさ。例えば冒険者に情報を貰おうとすれば相応の情報かお金とかの対価が必要、商人も然り、住民では持っていない情報の可能性もある。しかし彼らは生きるのに必死だ、身を守るために近隣の事はその目で見て確かめている、時には食料を得るために戦いだってする、見知らぬ毒草を食べる事だってあるだろう――情報の塊と言っていい」

 

 対して見返りは、食料を渡せば大体の事を教えてくれて協力してくれる。その辺りでちょっと狩りをして手に入れた魔物の肉を渡すだけで……元手はゼロで情報を手に入れられただろう――そう続けるディザスターさん。

 私は難民から情報を得るなんて考えたことすらなかった。難民と言えば"持たざる者"で、力も、食料も、お金もなく、ウルダハにとっては負の遺産でしかないと心のどこかでは思っていたのだ。だが情報は誰しもが持ち得るもので、彼はそれを取引しただけ。

 冒険者にとって情報とは値千金、それを殆どタダ同然で手に入れられるのなら、なるほど、これ以上に安い買い物はなく、さしずめディザスターさんは悪徳商人というところだろう。

 

「勉強に、なります」

「君の言った通り褒められた事ではないがな。実際、問題になる例もあるだろうし……まあ、そのあたり柔軟に対応するのも、冒険者にゃ必要だぞ」

 

 使えるものは使う。冒険者にとっては当たり前の事だが、まだまだ自分の未熟を恥じ入るばかり。

 腕を組んだまま壁に背を預けるディザスターさんは言いながら空を見上げる。つられて私も見上げれば、そこにはエーテライトの輝きが眩しい地表に、月明かりが満ちている。

 

「中々に絶景だろう? 月がよく見えるってだけでもっと綺麗なところはいくらでもあるけどな」

 

 少し遠目にディザスターさんと月を視界に入れれば、まるで月を侍らせているような彼の姿は凛々しかった。――あれ、私はおじさん趣味だっただろうか……多分尊敬の念で補正がかかっているとかだろう、そうに違いない。

 

「んで、聞きたいことはそれだけか?」

 

 見惚れていると――断じて月の景色にであって彼にではないはず――不意に問いかけられた。先ほどはあくまで難民への対応が気になっただけで本来聞きたいことは別にある。

 

「ディザスターさんは道中、私が問いかけた支援の使い方について問題ないと言っていましたよね? モモディさんには相談させていただいていたのですが、弱い魔物とかに対して支援をどこまで行うか、悩んでいるのです」

「ああ、俺もそれは聞いているよ。だが言った通り問題はないと思うぞ? 十二分、パーティが瓦解しない支援とフォローが出来ているのだから俺が指摘すべき点はないと思うがな」

 

 やはり考えがあってというよりは本当に問題がないと思われているようだ。彼ほどの人物からそう評価を貰えるのは嬉しい限りだが、なにかこう、彼の視点からのみ見える助言とかを貰いたい。

 

「それってソロのディザスターさんから見て、ってことですよね?」

「ん……あー、いや、君たちの強さを鑑みて、だが」

 

 何か言い淀んだのを私は見逃さなかった。

 

「ほんの少しでもいいんです、ディザスターさんから見てこうした方がいいとか、私たちの技術が足りてないというのなら指摘に近づけるように努力したいですしっ」

「うーん…………」

 

 必死に問いかけるが色よい返事ではない。期待を込めた視線で見続けていると困ったようにがしがし頭をかく彼は呟き始めた。

「一応モモディさんから言われてたしメモは取ってたが、フィールドモブとかインダンレベルの話でシナジーとかクソもねえしな……つかあの赤『ヴァルケアル』使ったよな、取得レベルの概念も結構無視してくるし難しいんだよな、54レベで覚えるスキル使えるのに45レベの『フレッシュ』使ってねえし……強いて言うならスキル回しだが……あー、詩人ちゃん?」

「はいっ」

 

 言っている事の九割は理解できなかったが何やら助言をくれる雰囲気を出しているので、私は喜色に満ちた声で返事をする。

 

「一応確認するが、使える技は『ヘヴィショット』『ストレートショット』『ベノムバイト』『ミザリーエンド』『ブラッドレッター』『クイックノック』『ウィンドバイト』、自己バフは『猛者の撃』支援は『フットグレイズ』『レッググレイズ』『タクティシャン』『賢人のバラード』……で、あってるよな? もしかして『乱れ撃ち』と『リフレッシュ』と『魔人のレクイエム』あたりも使える?」

「………はっ? え、えと、はい、『リフレッシュ』と『魔人のレクイエム』以外は使えます」

 

 出てきたのは私の情報のほぼ全てどころか見せた覚えがない、虎の子として持っている三連撃を放つ『乱れ撃ち』と、覚えられていない『リフレッシュ』に、聞いたことがない『魔人のレクイエム』という技。

 

「だよなあ。普通ならCD上がるごとに使えって言えばいいんだろうけど、こっちだとTPは気とか集中力って感じになってて回復速度遅いんだよな……あー、そだな」

 

 ディザスターさんは手帳を取り出して確認しながら私に告げてくる。

 

「詩人ちゃんの癖だけど、接敵後、開幕で『ストレートショット』使ってるのはいいんだけどそのあと『ベノムバイト』放つよな、ダメージ効率的にはよくないから『ウィンドバイト』を優先して使うようにすると持続ダメージの火力上がるよ、三体以上魔物がいる場合は全員にウィンド入れて、タンクがターゲットしてる魔物にはベノムも入れる。『賢人のバラード』の使いどころは任せるけど、四体以上いたら必ず使って『ブラッドレッター』は出来る限り使用回数上げるように」

 

 手帳をぱたりと閉じて、以上、と一言。

 

「そ」

「そ?」

「それですよおおおおおおっ!?」

「おおおうっ?」

 

 言い淀んでいたのは何だったのかと言いたくなるほど淀みなく、流れるように出てきたのは私の立ち回りに対する指摘。相談したかったことからはズレていても、明らかに、私の動きを見てちゃんと指摘をしてくれていた。ぶっちゃけ言ってる事は理解できない部分もあるが『ウィンドバイト』を優先すべきだとか、魔物の数に対して対応を変える助言などはかなり有用である。

 

「なんですかなんですか、ちゃんと見てるじゃないですかっ」

「おお、落ち着け詩人ちゃん、これ言っても理解してくれる人が少ないからあんまり言いたくなかったんだよ。だってさ、『ウィンドバイト』の方が『ベノムバイト』よりも持続ダメージが高いって言われて、分かる?」

「正直、違いは判りません。でも、複数体相手の戦闘における持続ダメージの維持についてはとても勉強になります。そこまで言ってもらえるなら、支援のタイミングとかについても助言できることがあるのではないですか……?」

 

 ここまではあくまで私個人に対する指摘、でもここまで言ってくれるディザスターさんならあるいはパーティに関することも――

 

「まー……『プロテス』は何が相手だろうとかけておくべきだろうな。というか支援魔法とかは基本使えるタイミングなら使うべきだ。戦闘を早く終わらせればそれだけ全体の消耗は減るし、その分浮いた時間は休憩に使えると思えばどちらにしろ、かと思う。ただ極端に消耗が大きい支援、詩人ちゃんは覚えてないみたいだけど『魔人のレクイエム』とかは戦闘中に唱え始めると詠唱の硬直で失った詩人ちゃんの出すダメージと、支援で増加するパーティ全体のダメージを比較したら使わない方がいいとかあるし、固定パーティの運用に寄るんだよなあ――っていうのがさ、こんなん一般的な方法じゃあないんだよ」

 

 出てくるわ出てくるわ相談事に対する助言。最初から言ってくれれば道中で試す事だって出来ただろうに……というのは少々暴論か、あくまで三日間見てくれていた結果出てきた助言だ。そしてディザスターさんの言う通り、一般的な方法ではないだろう。全体の消耗を抑えられると言っても過剰に支援していればそれだけパーティのリソースは減っている。

 ただ詠唱硬直云々に関してはかなり考えさせられる。どれほどの詠唱が必要な技なのかは知らないが、その詠唱時間中に行える攻撃分と、支援効果で増加するダメージ分、前者が上回るとしたら確かに使わないパターンの方が戦闘を優位に進められるだろう。だがそれは間断なく攻撃できる場合の話ではないだろうか。ウィールドのヘイト取りだって限界があるし、敵の数が多ければ私もダネスもミミも魔物の相手をしなければいけない場合だってあるだろうし、攻撃が出来ないタイミングでは詠唱に時間を回すか――そうか、そういうことか。

 

「ディザスターさんの助言は、敵の出方を見て立ち止まってる時間があるなら戦闘中の時間というリソースを無駄にしない行動を基準にしている、のかな?」

 

 戦闘で理想を言うならばという話だ。どこまでも効率を突き詰めていった場合、攻撃を行わない時間は無駄でしかなく、タンクに任せて敵の出方を伺っている時間はその分パーティ全体が出せるダメージが減る。理にかなってはいるが、実行しようとすれば敵の攻撃方法や動き方を熟知して、完璧な行動が求められてしまう。知識面もさることながら、一瞬の思考能力、実行する技量……助言のレベルが高すぎる。

 

「……すげえな」

 

 ディザスターさんはぽつりと呟いた。

 

「俺の話をそこまで明確に言葉に出来た奴は少ないぞ。姫ちゃんとばかり思っていたが、なるほどなるほど、見込みがある」

「そ、そんな、私なりにディザスターさんの言葉を噛み砕いただけですよ。分からない部分も多かったですから……あとっ! 姫ちゃんってほどみんなに守られてばっかりじゃないですのでっ!」

 

 やはり彼からすれば私はひよっこでしかなく、後衛で守られてばかりという認識だったのか姫ちゃんなんて言われてしまい少し怒る。だがそれ以上に彼の一言は嬉しすぎた。

 

「すまん、今のはあまり気にしないでくれ。っと、明日も早いしそろそろ戻るとしようか」

「はい。……出来ればでいいんですけど、明日ダネスに――」

 

 ディザスターさんは組んでいた腕をほどきながらキャンプ・ドライボーンへと足を進め始めた。戻る間にもどうすれば無駄なく技を使えるかなどの薫陶を受け、聞くたび彼は少し困った表情をするのだった。

 

 

 

 次の日、キャンプ・ドライボーンを出立して数時間の場所に依頼の湖はある。その道中で何度か魔物と戦闘になるが、私は早速昨日貰った助言を実行していた。

 

「……アン、ペースが速くはないか?」

「うちのMPは結構余ってるからもうちょっと緩めても平気だよー」

 

 勿論パーティメンバーは気づくだろう。普段に比べれば私は倍以上の技を繰り出し、過剰と言えるすれすれの支援を使っていた。

 

「ごめん、ちょっとこれで行かせてくれないかな」

「集団の魔物は殲滅早かったよな、つっても息切れしないように気をつけろよ」

 

 ダネスの言う通り、倍の攻撃をしていれば集中力は倍以上使うだろう、だが想定よりも疲れはない。普段温存している『タクティシャン』――集中力を回復する支援の使用回数も、相対的に増えているからか。使える時に使うべきとディザスターさんが言っていたがこういうことだろう。

 結果だけを見れば私の消耗は普段よりも多いが、パーティー全体の、特にミミのMP残量で言えばプラスになっていた。

 みんなには気合いを入れすぎだと言われたが、そうではない。もしディザスターさんを基準とするならば、これが普通なのだ。私たちが上位の冒険者と呼ばれるようになるには必要な事なのだ。

 

 そしてやってみて分かった、慣らす必要はあるだろうがまったく無理ではないという事に。

 

 もしディザスターさんの薫陶をパーティー全員が受けられれば――私はぞくりとする。熾烈なまでの攻撃を可能とするパーティ、目指すべき姿を夢想したのだ。同時に驕りでもあった。

 私たちはまだまだ弱い、なればこそ到達点として目標が見えたことだけを歓喜すべきだろう。ディザスターさんが言っていたことを完璧に実行できているわけではないのだ。強くなれたと勘違いする事なかれ……まだ発展途上であることを知れ、私。

 

 そんなこんなで到着した湖、荷物は殆ど宿屋に置いているため見張りを立てる必要はない。全員が整列しディザスターさんの言葉を聞いている。

 

「今一本取ってきたが、依頼で集めるよう言われているのはこの草だ。絵で見るよりは実物を見た方がわかりやすいだろう。臭いも覚えておくといいな」

「えーでも似たような雑草がその辺にいっぱい生えてるよー、オッサンさんはよく分かったねー?」

 

 ミミはいつもの口調でディザスターさんに口を利く。フランクに話していいとは言われているが、私はもう躊躇ってしまうくらいには、尊敬の念がありすぎた。

「茎が二イルムほど地面から出ていて葉の裏が薄黒いのが特徴ってのは事前に聞いてたが、それっぽいのは確かに多い。だが昨日ちょっと見分けるコツを聞いてな、ほらここ」

 

 ディザスターさんが指さしたのは葉の縁が本当に少しだけ、注意してみなければわからないくらいに白みがかっていた。

 

「元々白い草だったのだが環境に適応してその辺の雑草と変わりなく、むしろ黒くなっていったそうだ。だが特徴は消しきれず、葉の縁はほんのり白くなっていることが多くて、あとは臭いが青臭いよりは酸っぱいらしい」

「……確かに酸っぱいな」

「に゙ゃ゙ゔゔゔぅぅ臭いぃぃ」

「っても、これだけ特徴ありゃ分かりやすいな」

 

 その情報こそ、難民からもたらされたものだろう。もし彼から詳細な特徴が聞けていなければ余計な草を大量に採取していたかもしれない。

 情報の聞きだし方も覚えた、それだけでも今回教導係になってもらったことに意味はあっただろう。

 ディザスターさん含めた私たちは岸辺を歩き指定の薬草を集めていく。危険な魔物が近づいてくることもなく、時折ミミが私に水をかけてきてやり返してと緩い雰囲気ではあったが朝早くに出てきたこともあり、十分な量を集め終える頃にはまだお昼時であった。

 

「えー戻って食べた方がおいしい物食べれるよー」

「……だが腹は減った」

 

 ディザスターさんが飯にするかというと、私たちの意見は見事に割れた。男衆はさっさと何かを食べてから移動しようと言っているが、私とミミは出来れば宿屋とかで落ち着いて食べたいと主張している。

 保存食に手を出すよりも経済的だし、そもそもあまりおいしくないし――とそこでディザスターさんはポーチから保存食である燻製肉を取り出した。まあ教導係である彼の言葉には従うかとミミも大人しくなり、私たちも岩場に座って用意していた燻製肉とか魚を取り出す。

 

「くんくん……あれーオッサンさんのお肉、美味しそうな匂いがするぞー?」

「自家製だからな、一般的に売られているのよりは旨いだろう……わかったわかった、別に数はあるから分けよう」

「さっすが教導係様! 家庭的! 素敵!」

 

 ミミのもの欲しそうな視線にやられたのかポーチから人数分取り出すと、私たち全員に投げ渡してくる。こういうのも自分で作れた方が安上がりだろうし、憶えておこうかと考えながら一口ちぎると、濃厚なスパイスの味が広がる。肉は想像より断然柔らかく、独特な臭みがスパイスとマッチして口の中によだれが溢れる。

 

「う、おっ……? なんだこれ、めっちゃ旨え!」

「うみゃーうみゃー」

「お、美味しい……ディザスターさん、これ何の肉ですか?」

 

 みんなも一口食べて騒ぎ出し、ウィールドに至っては一言も発さず黙々と食べ続けていた。もしかして高級な肉だったりするのかと確認してみる。

 

「ウルダハとかで売られてる保存食は大体バッファローのサーロインから作られてるが、そいつは『ジャムメルジャーキー』っていってな、ジャムメルっつー……なんだ、この辺じゃあ生息してない魔物の肉だ。使ってる塩もこの辺だと希少なもんだが、口に合ったようでよかったよ」

 

 燻製肉一つ作るのに素材でここまで違いが出るのか……これならわざわざ宿屋で食事をとるよりもよほど美味しいと思う。というかこれが毎食出てくるなら冒険が楽しみになるくらいには美味しかった。ミミなどもうなくなってしまうと名残惜しそうに手に付いた塩も舐めている。

 腹ごなしも済みそろそろ戻るかというタイミングだが、ここでディザスターさんがダネスに話しかけた。

 

「赤魔くん、そろそろ教導係らしいこともしようかと思う……剣を抜いてくれ」

「――へへっ、そうこなくっちゃあ、嘘だぜ」

 

 ダネスはようやっとかと岩から飛び降りすぐさま細剣を前へと構え、魔法触媒となるクリスタルを後ろ手に浮かせる。ディザスターさんも同じような構えを取り、対峙する。

 赤魔道士とは文献に残っている限り白魔道士や黒魔道士と違い環境エーテルを使用しない――要は、自然に漂う魔力を借りず自ら生み出す魔力によってのみ術を行使するのだ。

 もちろんだが自らの魔力によってのみ唱えられる魔法は、黒魔法や白魔法のように自然の魔力を使う力に比べるまでもなく、劣る。自らが生み出せる魔力など10程度で、自然の魔力を100と考えればわかりやすいか。

 だからこそ、赤魔法は僅かな魔力でも高効率で術の威力を高められるために生まれた魔法である。

 効率……そう、ディザスターさんは冒険者として効率的な戦い方を教えてくれた。"そういうこと"なのだろう。たった一から十を生み出すような、そんな魔法を好んだのだろう。

 ミミとウィールドもごくりとつばを飲み込んで緊張している様子で、ディザスターさんとダネスが戦闘を開始しようとしたその時――ダネスの後ろに猪型の魔物がのそりと現れた。

 

「ダネスっ!!」

 

 私はすぐさま矢を番え、魔物の足を止めるため『フットグレイズ』を放つ。寸分たがわず猪型の魔物は矢に縫い留められ動きを止めた。一旦は安心したが、奇妙な形状をしている魔物だ……背中に多くの棘を持っているのだ。足の矢を鬱陶しそうしながらも構える魔物。同時に背中の棘がうぞうぞと蠢いているのが分かる――飛ばしてくるつもりか!

 みんなが一斉に構える中、ディザスターさんは既に詠唱に入っていた。

 

「50だな――赤魔くん、よーく見とけよ」

 

 短い詠唱が完了するとダネスもよく使う『ジョルト』を放つ。赤い魔力の奔流が魔物を襲うが、致命傷には至らない。威力はダネスと比べられないほどだと分かるくらいに大きな魔力を誇っているにもかかわらずだ。

 だが赤魔道士はそれで終わらない。

 『連続魔』――赤魔法の最大にして根幹の技術。魔法を放った後、すぐさま連続して別の魔法を放つことが出来る。続けざま『ヴァルサンダー』を詠唱無しで放つ。ここまではダネスも得意とするコンボで、詠唱後の硬直が入る。見事な威力を見せつけられダネスは興奮しているようだ。しかしキャスターが硬直に入ったのなら私たちはフォローに行かねばなるまい――そう考え動こうとしたのだが。

 ディザスターさんは後ろ手のクリスタルを上に掲げ何かを溜めた――ダネスも使う『アクセラレーション』、自らのマナを更に効率よく使えるようになる技を使用。そして流れるように前にかざすと魔物はぶるりと震え――何かしらの妨害魔法を使ったらしい。

 そのまま次の詠唱へと移り今度は『ヴァルファイア』から『ヴァルエアロ』のコンボ。ここでまた硬直が入るはずのタイミングで、彼は細剣とクリスタルを振るうと背後に青い半透明の剣が複数現れる。そのまま細剣を地面へと突き刺し、蹴って宙返りするとその勢いに合わせて再び半透明の剣が現れ、その全てが魔物へと降り注ぐ。そして『ヴァルストーン』から『ヴァルサンダー』へ――基本的な赤魔法のコンボが一巡した。

 

「Proc切れた……」

 

 何事かをぼそりと呟くが、そんな事は関係ないと胸元へ細剣を掲げ、長い詠唱が必要なはずの『ヴァルエアロ』をすぐさま放つ。またもや硬直のはずのタイミングで今度は以前に見せた突きが長距離から超速度で接近して穿たれる、突きがクリーンヒットすると魔物は怯むが、ほぼ同時に後ろへと跳躍をし細剣から衝撃波が飛び、魔物を傷つけながら距離を取る――『ヴァルストーン』から『ヴァルサンダー』――そして、天高くクリスタルを掲げ光が溢れると私たちを包み力がみなぎったのだ。見たことがない、赤魔道士が使える支援魔法なのだろう。

 再び短い詠唱が入り――放たれたのは赤い奔流。基本的な魔法である『ジョルト』かと思いきや、着弾と同時に赤い魔力の華を咲かせ、爆発と共に散っていく、また見たことがない魔法。からの『ヴァルサンダー』。

 そしてディザスターさんが腕を振るうと、目に見えるほど濃密な魔力が彼に集約していくのが分かる。再度細剣による突撃をして……熾烈な接近攻撃が始まった。細剣に魔力を纏わせ突き、切り上げ、横薙ぎ、袈裟切り、連続突き。全てに大量の魔力が練り込まれた魔法剣、締めとばかりに先ほども見せた後ろへの跳躍と同時に衝撃波を飛ばして、降り立った場所で、それは放たれた。

 

「『ヴァルフレア』」

 

 一瞬の静寂から、轟音。爆風。離れた場所にいるはずの私たちですら感じ取れる熱。舞い上がる砂埃で見えないが確認するまでもなく、魔物は消し飛んだだろう。

 砂埃が晴れると、魔物が縫い付けられていた場所は地面が焦げ、えぐり取られていた。

 

「赤魔道士の基本的なスキル回しだが――赤魔くんはちょい回し方変わるかな」

「ははっ……オッサン、名前負けなんてしてねーじゃねーか」

 

 間断のない、容赦のない、熾烈な攻め。まさしく『災厄』の名に相応しい、破壊力。

 

 私たちは知った。彼が『災厄』の名を持つ所以を。

 

 




たくさんの感想と評価、ありがとうございます。
スキル回しは諸説あるので異論は受け付けます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。