素晴らしきエオルゼアライフ 作:トンベリ
「カンパーイっ!」
既に日は落ち、日帰りの狩りや依頼から帰ってきた冒険者で溢れかえっているクイックサンド。その一角にいるディを含めた彼ら彼女らをカウンター越しに見れば楽しそうな姿に人心地が付く。
ディの前に教導を頼んだ冒険者は気にするなと言ってくれたけれど、優先して割のいい依頼を何件か回させてもらった。
「ハァ……」
柄にもないため息は酒場の喧騒へと消えていく。
人選を間違えてしまった事を知った時は二重の意味で悔しかったのだ。
ギルドマスターとして間違った采配をしてしまった事と、ペアンたちの成長度合いを正確に測れなかった事。後者は嬉しい悲鳴ではあるのだけれど。
正直に見誤っていたとしか言えない。ワンランク下の魔物討伐依頼を受けていることは分かっていたが、今回ディから受けた報告も加味すればワンランクどころかツーランクは下の討伐依頼をこなしている状況だったように思える。
(それは慢心もするってものね……ペアンの言う事はもっともだった)
冒険者は冒険をするなと言われることもしばしばあるくらいには危険のある仕事だ、だけれども安全マージンを取りすぎるのも困りものなのだ。
例えば実力がある冒険者がマーモット狩りしかしないとなれば駆け出し冒険者が練習として狩る魔物が減ってしまうし、冒険者ギルド自体が実力を見誤るような組織で評価してくれないと見られてしまう。そんな冒険者とギルド双方に得があまり無い行為にあたる。
だがペアンたちが言っていたワンランク下で下地作ってからというのはアリだ。パーティの連携がまとまるまで一週間かそこらで出来るわけもなく、半年から一年以上をかけてやっと格上に挑戦するパーティは少なくはない。
むしろ普通であればそうして実績を重ねて中堅やベテランの仲間入りをするのだから、ペアンたちが異常なスピードで駆け上ってしまったというだけなのである。あるが――今回の件について、スウィグスウェルド率いるあのパーティの実力を見抜けなかった、私の失態だ。
彼らが得た教訓による慎重さと成長速度を掴みきれなかった……一歩間違えればウルダハの冒険者ギルドにとって大きな損失になっていたであろうことは想像に難くない。
冒険者ギルドは他国にだってあるのだから、正当な評価を受けられない国のギルドには誰だって居たくないし、彼らのためと思って紹介していた依頼は成長を阻害していた恐れすらあるのだから。
だからディたちが戻ってきて報告を聞いた時は素直に全てを話して謝ったのだが、今までに遅れがあったとして今回オッサンから教えて貰えたことだけでチャラなんじゃねえかな、なんてダネスから返されてしまい言葉を失った。
続くスウィグスウェルドもペアンもミミも全員がダネスに同意しながら、むしろ教導として紹介してくれてありがとう、なんてお礼まで言ってきたのだ。
特にペアンは自分で気づいているのか、帽子で片目が隠れた顔はクールなのにも関わらず耳をぴこぴこさせオマケに尻尾はふりふりと、視線が斜め前のディへちらちら向くたび顔は上気して興奮を抑えきれていないのが丸わかりであった……本当に狙うなら私としては応援してあげたい。
その場で私の謝罪は受け入れられるどころかディを教導につけた事で帳消しにされてしまったのだった。
(本当にでたらめで、不思議な人)
カウンターから彼を見れば、ペアンやダネスに相当懐かれてしまったようで、困った顔をしつつも楽しそうに酒を飲んでいる。
彼は出会った時から今日までずっと同じ場所を定位置として座っている、そこは前を向けば私の定位置であるカウンターが見える位置。彼が見る景色が変わらないように、私から見える景色も五年前から変わらない。
私とディの出会いは五年ほど前、夜のクイックサンドで机に突っ伏して寝ていた彼をカウンターから見ていたのが始まりだった。
最初の印象は冴えない青年、程度だったかしら。いつ入店したのか、私が気づかないうちにそこにいた。
ウルダハではよくみられる服を着て、少し膨らんだ麻袋を横に置きながら不用心にも眠りこけていたのでおせっかいついでに宿の営業でもしようと声をかけたのだ。
「ぅお、え……え? ……ウルダハ? クイックサンド? ……モモディ?」
「ええ、モモディよ。深酒しすぎね、自分の名前は憶えてる?」
私の名前はそれなりに通っているはずだから分かったのだろう。とはいえ意識がしっかりしていないようで名前を聞いてみたら数十秒の沈黙後、中々面白い返答が返ってきた。
「………………ディザスターオルタナティブ」
「ステキな名前ね」
「まじか」
彼が名前を語った時の仕草から嘘は言っていないにしても本当の事でもないようで、ちょっと怪しんだりもした。職業柄色々な名前を聞くから他の人に比べれば驚きは顔に出なかったと思うけど、彼の名前に関しては本名なのか偽名なのか、実は未だに知らなかったりする。
しかし、とある時期を境にその嘘臭さは鳴りを潜め"ディザスター"を受け入れたかのように、ある種誇らしくすら語るようになったのだった。
何があったのかは聞いていないのだけれど、同時期、ディへ手紙が届くようになったのは無関係ではないと思う。
それからディは遠出する頻度が減り、塩漬けになりかけの依頼や報酬が割に合わない依頼を受けて過ごす日々が始まった――が、どうにも想定外の事をしでかしてくれる。
珍味として有名だがかなり獰猛な魔物の卵を調達……どころかその魔物の肉ごと納品するとか、雑用として呼ばれたはずの呪術士ギルドからは定期的にディへの指名依頼が届くようになるとか、ペット探しを始めれば何故か難民が協力して包囲網を張っていたりだとか、ディの奇行録は挙げればきりがない。
日中は酒場の定位置で書物を読むとか、何かをメモしていたりだとか、たまに酒飲みに絡まれてそのまま飲み始めたりとギルドでは珍しくない風景になっている。
未だにディが冒険者たちの間で侮られることがあるのは、日中暇している姿が印象的であることと、目立った実績を残していないからだろう。想定外の事をしでかすにしても依頼者にしかわからない評価であったり、あえて目立とうとしないので、周囲からはうだつの上がらないオッサン止まりなのだ。
流石に中堅層の一部やベテランクラスの冒険者たちは、何となくかあるいは確信を持ってディに接するのだが、その意味が分からないパーティは逆に侮られて見られていることに気づけない。
冒険者の中で一種の評価ラインとして確立していたりいなかったり……まあ昼のランプが如くって人物が"災厄"の名を背負っているさまは知らない人から見れば笑いの種なのかもしれないが。
私個人としてはそのままでいいと考えている。だって本人がその評価でいいって分かってやっているのに口を出す必要はないでしょう。ラウンジ内で悪徳金融の取り立てが行われていようと戦闘にでもならなければ一風景として関わらない、それと同じだ。
もし実力に合った評価を得たいならそう振る舞えば一瞬だろうに、それをしないディに奮い立てなんて優しく諭す訳もない――成り上がりたいなら商機を逃すな、ウルダハとはそういう国なのだ。
ギルドとしてはもっと大々的に活躍してくれた方が宣伝になるので嬉しいが、強要して居心地が悪くなったから別の国へなんてされてしまうと困る。そも本腰を入れるならそうせざるを得ない状況を作る。まあ、やりませんけれども。
ディが隠している事はたくさんあるだろう。見慣れない装備から卓越した戦闘技術に、高度な魔法知識、果てはエーテル学にも精通している素振りすらあるのだ。実はシャーレアンの賢人位を持っていると言われても驚かないくらいには、でたらめで、不思議な人。
ディは多くを語らない。だから私も多くを聞かない。
一人の冒険者として、一人のギルドマスターとして、語らないまま築かれた信頼関係は言葉にせずとも揺るがない確信があるから。
(まあ、今回は大きな借りが出来てしまったけれど)
焦点を定めず背景として見ていたディたちの席を見ると視線が交差する。
それを受けたディは熱心に話しかけていたペアンとダネスに何事かを言ってからこちらに向かって近づいてきた。
「頬杖ついて黄昏れるなんて、珍しいじゃないか」
なんて事のない軽口だが、私を気遣ってからかうような言葉を選んでいるのだろう、確かにらしくなかったかもしれない。
一度目を閉じて軽く息を吐けば、もうリセットは完了だ。失敗にくよくよしすぎれば商機を逃してしまう。
「もうっ、私だって落ち込むことくらいあるわ……ありがと」
私の言葉を聞いて気持ちを察したのか、ディは肩をすくめてカウンターに肘を乗せたまま酒をあおる。そんな気障ったらしい態度を見て反撃に出ることにした。
「随分と懐かれたみたいね。ディこそ、珍しいじゃない?」
「あれは、興が乗ったんだ」
聞けば、ダネスには自分が持っている文献の一部を写本として渡す約束をしたとか。ペアンは珍しい詩歌を教えて貰ったと嬉しそうに尻尾をぶんぶんさせていたし、スウィグスウェルドもタンクの技を一つ見せて貰ったらしく珍しく興奮している様を見れた。ミミは詳しく教えてくれなかったが何かしらは聞けたようだった。
「レンジャー技能を持っているのは知っていたけれどタンクとヒーラーもできたのね?」
「興が乗った」
「白魔道士はともかく、ナイトに対しても造詣が深くていらっしゃるのね?」
「興だな」
「どうせおっぱいにやられたんでしょ」
「そうだな……何言わせんだ」
くすりと笑い合う。
私が本気で問い詰めていないことは分かっているのだろう。
流石にタンク技能に関してまで教導役を全うできるとは考えていなかっただけに内心驚愕していた。ダネスは言わずもがな、ペアンに関してもディから何かしら掴むくらいは出来ると思っていたし、ミミにはディ相手ならば白魔道士である事を隠す必要はないと言い含めておいたけれど……全員に対してここまでちゃんとした教導官っぷりを発揮するとは。
ナイトもそうだが、少なくとも白魔道士に関してはスルーだと思っていたのだ。
ディから赤魔道士として、白魔法や黒魔法の存在について聞かされた時はウワサ程度に聞いていたそれらの裏付けが取れてしまい相当な厄ネタだなと思ったものだ。
ディとて白魔道士がグリダニアが秘匿しているジョブであることは知っている、だから自らグリダニアの秘奥に首を突っ込むとは考えていなかった。
「……まさか、本当に……胸にやられたわけじゃないわよね」
「…………お尻の場合は?」
コイツ、国家の秘匿を尻で破ったのか。
「あなた時々とんでもない馬鹿になるわよね」
「ちゃうねん、ダネスに文献の写本渡すって言ったらアンがすげえ期待に満ちた表情でちらちら見てくるから有用な詩を教えたところでウィールドも何か言いたそうな気配出してくるしそれじゃあって技一つ見せたらミミが拗ねてしゃがみ込んでお尻振るし――」
「アン? 随分と親しくなったのねえ……」
ミコッテのサンシーカー族における氏族名を抜いた個人名だけで呼ぶ場合は相当親しい間柄になる。ペアンの場合は氏族名の"ペ"を抜いたアンという名前で呼ぶのは家族や親友あるいは冒険者パーティの仲間か恋人だけだろう。
「ちゃうねん」
ディが静かに慌てるなんて芸当をしている姿は流石に可哀そうなのでこのあたりにしてあげよう。
「なんてね。あの子たちの教導係お疲れさま! 本当に色々と助かっちゃった。あなたへの報酬は色を付けて置くけれど……あの子たちへの"色"は程々にね。やりすぎると嫌われちゃうわよ」
実際ペアンとミミは男に好かれる容姿だから見惚れるのはわかるけれど、露骨な視線は……まあ、ディなら隠せるか。
「いや、すまん、気を付ける……」
でも好意を持った男からの視線ならむしろ喜ばしかったりする場合もある。
「見るならペアンだけにしておきなさい」
「エッ」
「呼びましたぁー?」
ひょっこりと近づいてきたペアン。続いてダネスたちも全員こっちへ来てしまったようだ。
ウィールド以外は頬を赤くさせてそれなり酔っている。
「オッサン、モモディさんに粉かけてんのか? 熟女趣味だったんだな」
「えっ、ディさんそうだったんですかぁ……あと二十年くらいぃ……?」
「アン大丈夫にゃーでぃっさんはうちらミコッテの魅力にやられてたにゃー」
「そ、そうかなぁー」
「……全員、はしたない行為は慎むように」
カウンターの前で酒盛りを始めそうな勢いでわちゃわちゃし始めた。あとダネス、聞き逃してないわよ。
「はいはいこっちは邪魔になるから席にお戻りなさいな。私が作ったクランペットを後で持って行ってあげるから」
「モモディさん特製のクランペット!! ほらぁ、みんなもどるよぉー」
一番泥酔してそうなペアンがパーティの肩を持って戻るように促す。それに従うようディも戻ろうとしているのだが、最後に一つ用事があったのを思い出した。
「ディ、言い忘れていたけれどいつもの手紙を預かっているから部屋に戻る前に取りに来てね」
「んあ、今回はちょい期間空いたなあ……カルテノー戦没者追悼式典以来か」
ディは後頭部をかきながら、了解、といってまた定位置へと戻っていく。
出会いから今日まで、たった今のような楽しいやり取りが続いてきた。でもあそこまではしゃいで過ごしている姿は珍しい。
このカウンター奥、この場所は、冒険者が、酒場の客が、色んな人間模様を見せてくれる。
だからこの位置が好きなのよ。
「あ、ダネスは報酬無しだからここの勘定は自腹ね」
「!?」
事実であっても、発してはいけない言葉もあるのだ。
閑話的な部分なので短めでした。
次回「大迷宮バハムート:追憶編」予定。