素晴らしきエオルゼアライフ 作:トンベリ
宿屋砂時計亭の一室、冷たい石壁から漂う冷気とは裏腹に、窓から差し込む陽気は暖かだ。
日差しの暖かさに鼻歌を歌いだしたくなるほどだが、俺は羽ペンを片手に唸り声を上げている。
数日前、アンたちの教導役を終えたその日に届いてた手紙の差出人は、予想していた通りの人物だった。なので内容もいつも通り近況報告がメインだと考えていたのだが、珍しい事に報告は最初の五行程度。
本題は、一度でいいからシャーレアンに来てくれないか、という内容。
旅費、食費、滞在費含め向こう持ち。数日観光から長期滞在まで自由。美少女ガイド付き。ウルダハの高利貸しもびっくりな超好条件であった。
今までも文末にサラッと、来たかったら来い、くらいの事は書かれていたりしたのだが、毎回はっきりとお断りを書いて返信している。なら今回も同じようにすればいいのだが、ここまで具体的に詰められた話が来たことはなく、なんだか今回はかなり本気のようなのだ。
(シャーレアン……うーん……)
手紙の送り主の故郷なのだが、実はゲーム本編には登場しない。
名前や設定が随所に出てくる程度にはメインシナリオと関りがあるのだが、多分俺がやっていたころのパッチから次々回以降の拡張ディスクで実装されるんじゃないか、くらいの場所だ。
シャーレアンはエオルゼアの大陸から海を挟んで北西にある諸島を指す。
そのため、いわゆる"原作知識"というやつは通用しない。
一応シャーレアンの元植民地は原作のマップ上に存在していたのでおおよその建築様式からリアル世界における西洋をイメージすればちょうどいいのだろう。
原作ではヒカセンが肩入れする組織である『暁の血盟』において、諸々のフォローがシャーレアン方面からあったはずだ。それは活動資金であったり、魔道具やら魔法的現象に対する知識、対策であったりとバックアップが無ければストーリーが進まないレベルでそれはもうお世話になっていた。
何故そんなにバックアップがもらえるのかといえば『暁の血盟』の幹部たちはシャーレアンの賢人と呼ばれる者達で構成されているからだ。シャーレアンの賢人ってのは、何かしらの技能や知識……例えばエーテル学であったり、はたまた暗殺術、サバイバル能力でもよい。特定分野において知識を極めるか、大きな発見や貢献をしたと認められた場合に貰えるんだとか。
要は……学会で新知識を発表したら博士号が貰えたとか、そんな感じ……だったはず。
ぶっちゃけ本編ではそこまで詳しく説明されずに設定資料集に詳しく書かれる類のやつなので、俺がそこまで憶えているはずもなく。
シャーレアンについて憶えていることをまとめると"知識欲旺盛だが国様式としてはお固そう"ってとこだな。
(うん……行きたくないな!)
海外旅行として考えれば余暇を過ごすにはちょうどいいのかもしれないが、なんとなーくこれまでの経緯を考えれば、面倒なことになりそうだと思うのだ。
手紙で定期的にやり取りをしていて、今回シャーレアンに誘ってきた相手――アリゼー・ルヴェユールは原作キャラである。それもがっつりがっぷりとメインシナリオで活躍して、何なら主人公と旅をして国を救うような立ち位置だ。
それはいいのだ。アリゼーの背景を知っているから彼女を遠ざけるなんてする必要はないし、関係を断つなんてこともしない。メインシナリオが別の道へ逸れるなんてのも今更な話で気にしていない。
何故面倒なことになりそうなのか、なぜメインシナリオが別の道へ逸れても平気なのか。何故ならば――――既にバハムートをぶっ倒しているからだ……それもアリゼーと二人で。
ここでちょっとFFXIVのストーリーを思い出そう。このエオルゼアは5年ほど前に蛮神バハムートによって第七霊災が引き起こされた。エオルゼアが……ひいては文明が滅びるはずだったのだが、それを止めたのがアリゼーの祖父であるルイゾワ・ルヴェユール。なんかすごく光る自爆特攻を仕掛けバハムートの胴体を木っ端みじんにしながらルイゾワ本人も共に砕け散り世界は守られた……はずだったが、実際はバハムートは生きていた。本人の生命力とかではなく、人工的に。
それを発見したアリゼーとヒカセンがバハムートの復活を阻止すべく奔走するってのが、FFXⅣ最初期でエンドコンテンツとなっていた『大迷宮バハムート』なのだ。
当時のプレイヤーにとってはふざけんなと言いたくなるギミックが随所に仕掛けられていて……思い出すだけでも胃がキリキリとしてくる、主にパーティ内におけるギスギスのせいなのだが。
そんな『大迷宮バハムート』だが、ゲーム中の時系列に沿えばコンテンツが解放される時期はまだ先であろう。ただ、諸々の事情により俺とアリゼーの手によってバハムートは既にいない。
本来であればアリゼーの兄も含めてもうちょっと大事になりつつも国の重鎮たちには顛末が開示され、真実は公にされず、本当の意味で第七霊災が終わる……そんなストーリーだった。
だが現エオルゼアにおける認識はこうだ、バハムートは一人の"闇の戦士"によって撃滅され、それをサポートしたアリゼーは各国の重鎮にのみありのままを伝えた。"闇の戦士"は名を語らず、名の如く闇に包まれたままどこかへ去ってしまったと。
勿論だが各国から目を付けられるのを嫌がった俺がアリゼーと共に考えたカバーストーリーである。
ある程度の名声はあれば便利だろう。しかし国を、世界を守ったと言えるほどの功績はどうだろうか。少なくとも国は放っておかないし、政を執る者達にとって邪魔に思われる可能性すらある。
ヒカセンを例に挙げれば何だかんだと感謝されつつ便利屋のように国の危機に介入していたが、その大部分は外部的な思惑による作為的な巻き込まれである。
自らそんな国のドロドロした部分に首を突っ込みたいかと言われればノーであるし、流石にアリゼーも思うところがあったのか、しみじみと頷いて賛同し、協力してくれた。
ある意味では厄介ごとをアリゼーに押し付けてしまったのだが、戦いを俺に任せてしまった事を負い目と感じたのか、その件について文句や愚痴を聞いたことは一切ない。
そんなこんながあって、アリゼーとは大分親しい関係を築いている。
一瞬油断すれば死に直結する場所で共に過ごしたことは、俺にとっても忘れ難い事で、同じようにアリゼーも思ってくれているはずだ。
証拠ではないが、手紙はひと月から早ければ三週に一通は届く。内容は兄に対する愚痴、魔法大学での出来事などなど近況報告で、俺も依頼を受けてうだつの上がらない日々をそのまま返信している。
そんなやり取りが続く中、ちょっと前にカルテノー戦没者追悼式典が執り行われた。それが意味するところは"原作の開始"である。つまり本来であればアリゼーはシャーレアンからエオルゼアへ来ている事に他ならない。ついでにヒカセンも色々と動き始めてるっぽい。
(この前イフリートが討滅されたっぽいしなあ……というかアリゼーはこっち来てるなら会いに来てくれてもよさそうなもんだが、手紙では来てるって事は書かれてなかったし、もしかしてエオルゼアに来てないのか?)
もし来てないのであれば原作からの乖離は大分進行していそうだ。だからと言って何をするではないが。
結局全く筆が進んでいない手紙であったが、やはりお断りの返事を出そうと考えて再び羽ペンを取る。少なくともアリゼーは両親に対してバハムートの一件を説明すると言っていた、そんな時期から文通を始めた相手は一体何者なのかと考えるはずだ。
アリゼーが気づいているかは分からないが、調査の手は俺に及んでいる。一時期すげー気配消すのが上手い密偵らしき奴が俺の回りをうろちょろしていたしな。気づかれたことに気づいたのかはわからないが、いつの間にか消えていた。
んで今回シャーレアンへ誘われているのだが、旅費、食費、滞在費は必要なくて数日観光から長期滞在まで自由で美少女ガイド付き。アリゼーが宿とか手配してる可能性がないわけじゃあないが、これ完全に家の権力使う気満々だろ……俺の存在自体はバレているのだろうが、どう思われているのか考えると……もう、なんか面倒ごとな気がしてならない、ゆえに行かない。
だって親からしたら、かなり危険な旅から帰ってきた娘が突如文通始めた相手って、なんか、こう、色々あった末の遠距離……的なね? あるいは、どこまで話したかは分からないものの可能性としては"闇の戦士"ではと勘繰るのも当たり前の話である。
アリゼー自身、俺へ送る手紙について親へどう説明しているかもわからんが、面倒な事に巻き込まれそうなのは確かである。
タイミングから考えて兄だけがエオルゼアへ来てしまってアリゼーはシャーレアン本国で暇しているからか、あるいは寂しくなって俺を呼んだという可能性もあるが、さて。
(将来的には俺が知っている未来とはズレが生じてくる、か)
漸くというべきか、今更というべきか、ここから先の未来において俺が知る"未来の知識"は役に立たなくなっていくのだろう。
誰に聞かせるためではないが、大声で言ってやりたい――望む所だ。
書き終えた手紙へ封蝋を施し、懐へとしまい込みながら椅子から立ち上がる。
シャーレアンへ手紙を届けるのは特定のツテを頼ることになる。単純に距離があり通常の配達士に渡して宛先はシャーレアンと伝えたところで配達はしてくれない。
商会を通す手もあるのだが馬鹿高い手数料を取られる割に信用性が低いので利用はしない。あくまで取られる金に対しての信用が足りないだけなので普通であればそこまで警戒しなくてもいいのだろうが、やり取りしてる相手が相手である。
アリゼーはまごう事なきお嬢様なのだ。祖父は救世を為した偉人、父はシャーレアンでも最高位らへんの地位にいるっぽい。そんな一家の息女があんなお転婆になってしまったのは……祖父の影響なのだろう。
まあ概ねやんごとなき身分と称して差し支えない。
そんな相手と文通をしているとウルダハの商会にバレてみろ、俺のもとに厄介ごと諸々が飛び込んでくること請け合いである。それだけならまだしもアリゼーの身柄を狙って手紙のすり替えでもされたらもう目も当てられない。
そんなわけで絶対に信用できるツテを頼りシャーレアンのルヴェユール家まで届けてもらうのだが、それを為すにはブラックブラッシュ停留所まで行かねばならない。
ミラージュドレッサーの前で身だしなみを整えるのもそこそこに部屋を出る。
「あらディ、いいところに」
「む?」
宿屋から出て一旦鍵を預けようとしたところでモモディさんに話しかけられた。
俺宛の用事があるようだが、場合によっては断る事になるだろう。
「さっきね、あなたを探している人が来たのよ。流石に見知らぬ相手に個人の情報は渡せないとお帰り願ったのだけれど」
「俺を探す、って随分と酔狂な奴だな。モモディさんが知らない顔って事はこの辺の奴じゃないんだろ?」
遠方の知り合いなんてほとんどいない。それこそアラミゴで定期的にジャーキー貰いに行ってるオッサンたちとか絶賛鎖国中のイシュガルド内とか、ひんがしの国に数人……一応シャーレアンという線もあるが、手紙が来てるわけだしな。
「そうね。服はどこにでもあるような旅装だったけれど、フードからちらりと綺麗なシルバーブロンドの髪が見えたわ。名前を聞いたら出し渋る感じで教えてくれなかったのよ。教えられないというよりは躊躇ってる感じだったけれど」
「……うん?」
シルバーブロンドと言えばやはりアリゼーだろうか。あるいは……双子の兄が訪ねてきたか。少なくとも俺の知り合いで髪があって銀髪と言えばそこしか思い当たらない。
「声は女性のものだったか?」
「ええ、多少幼さが残る感じだったわね」
ほぼ確定ではないだろうか。
しかし手紙が届いたのとそう変わらない時期に訪ねてくるとは、手紙を出してすぐに旅立たねばあり得ない。自分の名前を出して俺を呼べば怪しまれることはないだろうに、何をしたかったのだろう。
あるいは名前を出したくない事情があったのかもしれない。彼女の身分を考えれば逼迫した状況である可能性もあった。
「それなら多分知り合いだが、待ち合わせ場所とか、言伝は?」
「いいえ、特に何も。それなら悪い事をしてしまったわね……でもね、やり取りをしようっていうのに名前も言えないんじゃ、後ろ暗い事がありますって宣言しているようなものだわ、ねえディ?」
暗に変な事へ首を突っ込んでいるのではないかと疑われていた。事実、公にしにくい事柄ではある。
「巻き込まれたいなら話すが」
「結構」
「へい」
モモディさんは嘆息しながら手を頭にやって苦い顔をした。
しかし言伝も無しとなれば緊急ではないのかと考える。ただ直接訪ねられる用事はとんと思いつかない。
「うーん……アイツから用件、なあ……心当たりはあるが、わざわざ訪ねてくる意味が分からないんだ」
「…………」
「別に後ろ暗い事じゃない。単にそいつの故郷へ遊びに来ないかって前から誘われてたんだよ」
「あらそう。なら単純に迎えに来たとかじゃないの?」
普通に考えればそうだろう。ただし、相手の了承は得てないがな。
「毎度断っているのに連れ出しに来たんだとしたら、そりゃ誘拐だわな」
「友人なのでしょう? ちょっとした旅行を断る理由があるのかしら」
「色々あるが……一言で表すなら、面倒」
「サイテーね」
モモディさんは俺をジト目で見てくるが、事情を知れば同じことを考えると思う。
「色々あるって言ったろ。今回も断りの返事を書いたところで、まさに手紙を届けようとしてたところなんだから」
流石にアリゼーの考えを読むことなど出来るはずもなく、目を閉じこめかみを揉みながら考える。既にウルダハへ来ているのだとしたら手紙は無駄になる。どうしたものか。
「……断るって本当? 面倒?」
「ん……? まあ、面倒ごとに巻き込まれそうなのは確実だし、あん?」
ふと違和感を感じた。
モモディさんも可愛らしい声をしていらっしゃるが、聞きなれたそれよりも幾分トーンの高い声だった気がする。目の前にいる彼女を見れば、あーあ、とでも言いたげに肩をすくめていた。
「面倒、ね。確かに旅程を考えればそうなのかもしれないけれど? あなたにとっては文末に一言付け足して終わる程度の話なのかもしれないけれど?」
ぎぎぎ、と錆びついたがらくたのように動かない首を無理やり後方へと旋回させていけば、そこにはエオルゼアにおいて一般的な旅装を纏っているにも関わらずフードを下ろした首から上は装いに全く似つかわしくない綺麗なシルバーブロンドがなびいている。
更にアンバランスなのは普通であれば綺麗だと思わせる顔の造形がタイタンが如く歪んでいる事だろうか。いやさ、タイタンは言い過ぎかもしれないが。
「まあ、いいわよ。別に。最初からあまり期待はしていなかったし。びっくりさせたかったから急に来た私が悪いんだし」
そっぽを向いて拗ねながら組んだ腕の上に置かれた人差し指はトントンと叩かれている。あからさますぎる仕草に彼女が変わっていない事を知り安堵する俺は意地が悪いのかもしれない。
「アリゼーお嬢様、あまりお変わりございませんようで安心いたしました」
「そういう人を食ったような部分はあなたも変わりないわね……私が拗ねて見せれば、使用人達は慌てて理由を聞いてきたものだけれど」
見目麗しい顔立ち、手入れが行き届いた艶のある髪の毛、その横から延びる尖った耳に、凛とした目。どこをどう切り取っても美人と評して問題ない程のエレゼンの少女、彼女こそが目下の話題となっていたアリゼー・ルヴェユールご本人である。
なぜここに、どうしたのか、そんなことはどうでもいい。まずは空気を変えなければ俺の未来は明るくないだろう。
「よろしくない方向へ自分の立場を理解してしまったようで、私めは悲しゅうございます」
よよよとハンカチ……は無かったので袖を目元まで持ってきて泣き崩れるような仕草をする。
「ちょっと! 誤解しないでよね、私も流石にわきまえてるわよ……昔ならいざ知らず、今は無茶苦茶な事を申し付けることなんてしてないんだから」
よし、コメディ方向へ乗ってくれたという事はそこまでお怒りではないようだ。このまま落ち着かせた状態で説明すれば大丈夫だろう。
「これはとんだ勘違いを、失礼いたしました。モモディさん、申し訳ないのですが彼女と積もる話もあるので先ほどお渡しした鍵を再度お貸し願えませんでしょうか」
「……どうぞ」
「ありがとうございます。ではお嬢様、こちらへ」
「くるしゅうないわ」
怪訝な顔をしたモモディさんを横目にアリゼーを連れて廊下を通り過ぎ、俺が間借りしている一室へ入る。
アリゼーはきょろきょろと俺の私物へ目を向けたり重厚な石壁に触って冷たさを感じているようだったが、調べ終わったのか賓客用のソファへ腰掛けると対面へ座るよう俺に促した。
「お嬢様を招くには少々粗野な場所ではございますが」
「私もつい乗っちゃったけど、もう昔の真似はいいわよ。似合ってなさ過ぎ」
「左様で」
「もうっ」
アリゼーが微笑を見せれば冷たい部屋に和らいだ雰囲気が訪れる。
お互いに会うのは数年ぶりであった。手紙でのやり取りは続いていたが、やはり実際に顔を見ているわけではないので伝わらない事も多々ある。
例えばアリゼーの面構え。出会った当初は、エオルゼアが、そこに住まう人々が心底気に入らないという顔を隠そうともしていなかった。
第七霊災発生の折、敬愛する祖父が命を賭してまで守ったエオルゼアの地に住まう人々は、復興を目の前に自らの事を第一に考え隣人を助ける事が出来ていなかったから。
そんな思いを持った少女が、今はどうだ。
エオルゼアという地……小さくも、俺の部屋という単位ではあるがウルダハの文化に対して興味をそそられたのか観察していた。それは彼女にとって小さくない変化だろう。
「ウルダハは面白いわね。ただ歩いているだけで三回も商談を持ちかけられたわ。――冷たい壁で囲まれた場所は人情すら届かないのかと思わせるほど、でもそこには熱い意思、商魂が宿っている……誰もが戦っている、誰もが頂を目指している」
その通り、それがウルダハの面白いところなんだ。俺がそう続ければ彼女は納得したかのように頷いた。
「つってもスラム街が出来るくらいには治安が悪いし、貧富の差は他国と比べられないほどだがね」
「それを言うなら他国は難民を受け入れてあげればいいのよ。それをしない時点で文句は言えないし、この状況だってウルダハが招いた事態ではなく、帝国のエオルゼア侵略や第七霊災の影響が大きいわ。勿論国として対策が出来ていない点には思うところがあるけれど」
国としての対策が難しい事はアリゼーも理解しているのだろう。それ以上に苦言を零すことはなくソファへ沈み込んで、随分と無防備にリラックスした姿勢となりこちらへ言葉の矢を向けた。
「……で、シャーレアンの、私の故郷の何が嫌で、何が面倒なのよ」
「ははは」
コメディで終わってくれるわけはなかった。アリゼーの表情が割と真剣に機嫌が悪いですと主張している。
「だってよう……"あの件"の事、親御さんは知ってるわけだろ? 金銭が全部そっち持ちでって事は家の権力使う訳で、俺の存在については察されるわけだ。何のために"アレ"と戦ったのを濁してるかは十分に理解してると思ったんだが」
「それは理解してるわよ。それもクリアしてるから呼んでるんだけれども?」
「なんだと」
クリアとはどんな状況だ? 親御さんへ俺の能力を伏した上でぽっと出の男を実家に上げることを許可させたとでもいうのだろうか。
「……私が赤魔法をこっそり練習してるところ、お父様にバレちゃったの」
「あー……つまり、俺がその赤魔法の師匠だと?」
「ええ、前にエオルゼアに来た時に出会って師事して学んだと伝えたわ、本当の事だし。びっくりしたのはそのあと。お父様ったら妙に赤魔法に関していろいろ尋ねてきて、こっちが疲れちゃうほど質問し終えたら嬉しそうに私の頭を撫でながら励むようにって。手紙も師匠とのやり取りだからって言ったらすんなり」
なる、ほど? いや、なんだ、赤魔法について聞いて喜ぶってどういうことだ。実はルヴェユール家で語り継がれてたけど廃れた術だったとか?
「ちょっと気になったから後日シャーレアンの大図書館で赤魔法について調べたら殆ど何も出てこなかった。黒魔法に関してはほんの少しだけ禁忌の術として文献があったけど、白魔法に関してはゼロ、赤魔法は殆どかすれて読めない文献の一節から辛うじて読めたくらい、ね。お父様が喜ぶわけだわ」
「すまん、それで喜ぶ意味が俺にはわからない」
そりゃ一文明前の魔法体系についてなんぞ普通なら残っていない。奇跡的に残っている文献は世界中に散らばっているだろうし、ほとんどが消失しているだろう。逆に黒魔法について文献が残っているだけでも驚きだ。
そしてその事実からアリゼーの親父さんが喜ぶ意味は理解できなかった。
「ああ、ごめんなさい。こればっかりはシャーレアンに実際にこないと分からないわよね」
アリゼーは一呼吸をおいてシャーレアンについて説明し始めた。
「シャーレアンが学術都市であることは知っているわね。知識を得るために知識を得る、それを是とした国なのよ。"知識の蓄積"それのみを追求することが国是。誰もが未知を探し求めて研究を続けている」
つまり、イメージとしてはマッドサイエンティスト的な……悪事に利用するのではなく、知るために知る、といった目的を考えれば相当な変人集団にも思えるが。
「お父様にとって、赤魔法は未知だったんだわ。それを、私が幼いながらにもシャーレアンの民としては第一人者として振るったことに喜んだのだと思う。私がしっかりと学び終えるか、師匠を招けるなら是非話を聞きたいってさ」
「なるほどねえ……」
今でこそ一端の魔道士として恥ずかしくない程度にはエーテル学も理解しているし、学者様と話しても問題はないだろう。
それに懸念事項であった"あの件"――バハムートについて触れていないという事であればシャーレアンへ訪れる事もやぶさかではない。
「そういう事であればお邪魔させていただくのは問題ない」
「――本当っ!?」
アリゼーは机に両手を叩きつけて顔を近づけてくる。
「今更冗談って言っても遅いからね!? 言質はとったわよ!」
「ああ、ああ、嘘じゃねえって。つっても今すぐには無理だからな、準備時間はくれ」
俺の言葉を聞いたアリゼーは相当にはしゃいだ様子だ。俺なんぞを招くことがそんなに嬉しいのだろうか。
まあ共に世界を救った仲だ、友人かと問われればそうだと答えるが、仲間という認識の方が強くもある。かと言って仲間だけでは言い表せない感情もあり、親友と断言するには共にいる時間は短かったようにも感じた。
「基本的な物は全部こちらで用意するから私物に関しては任せるわ。ふふふ……丁度アルフィノもいないし、タイミングとしては完璧ね……」
最後の方に発した言葉は聞き取りづらかったが、アルフィノ――彼の兄の名前が聞こえた。
「アルフィノ? 兄もこっち来てるのか」
「えっ、アルフィノは、えと、いいわ。こっち来てるけど、別に挨拶とかいらないし。向こうは向こうで勝手にやってるからいい」
確かこの時期のアルフィノは色々と忙しい時期だろうか。祖父が成し遂げた救世の意思を継ぎ、自らが先導者足らんと奔走している事だろう――結果、出る杭は打たれるとでもいうのか、しっぺ返しを食らう事になる。
ただ、今のアリゼーを見て、この世界においてアルフィノがどうなっているかは測れないし、少なくとも俺と彼は知り合いではない。ゆくゆくアリゼーを通じて知り合うことはあるかもしれないが、今ではないのだろう。
「今更だが、手紙が届いた後すぐアリゼーが訪ねてきたわけだが、こっちに来るのは急な話だったのか? タイミング的に手紙を出すと同時に向こうを出発するくらいだっただろうし。丁度返事を出そうとしたところで出会ったからさ」
「あ、あー、あー……えっと、そんなところね!」
あからさまにうろたえた様子だが、相変わらず嘘をつくのは苦手なようだ。なにがしかの理由はあったのだろうが、わざわざ指摘してしまうととても機嫌が悪くなるので、ここで一歩引くのが大人の醍醐味。
「な、なにニヤニヤしてるの!? もしかして髪の毛跳ねてる? それとも恰好が変かしら……」
アリゼーとこうして無邪気に話せる時間がくるとは、彼女と出会った当時の俺は考えて……いたな。うん。感慨に浸ろうと思ったけど、妄想していたことは達成していた。
メイン級の原作キャラとの邂逅は、そりゃもちろんワクワクしたさ。いくらストーリーに全情熱を注ぐような楽しみ方ではなかったとしても、俺だってFFXIVのファンなのだから。
当時の話ではあるが、ぶっちゃければ多少の下心は持ち合わせていた。
だが蓋を開けてみれば、そんな思考を巡らせる暇なんてなくなっていたんだ。
あの頃を思い返し、結果を見れば、色々な奇跡が重なりようやっと、俺とアリゼーは生き延びたのだ。
断言できる、当時の俺一人の力ではどうしようもなかった。
いくらストーリーが進行する前でバハムートがゲーム内よりも弱体化していたとしても、俺が規格外の能力を持っていたとしても――俺の心は、強くなかったのだ。
恐怖に打ち勝つ心なんて持っていなかった。誰かの意思を継いで誰かを守りたいなんて高尚な想いもなかった。強い敵と戦う事に興奮するような狂い方も出来なかった。
だから、あの時……アリゼーがいなければ、俺はこの世界で生きていくのを諦めていただろう。
だからあの時、ルイゾワがいたからこそ、俺はこの世界を愛し、この世界で生きていく決意を持てたのだろう。
「ちょっとー、ディー聞こえてるー?」
眼の焦点をあわせていない俺の前で不思議そうな顔をして手を振るアリゼーは年相応に笑っていた。
(なあ、ルイゾワ……今更だけどよ、俺はあんたにこそ、今のアリゼーを見せたい……あんたが救ったこの世界を謳歌し始めた、孫の顔を、一緒にさ……)
「大迷宮バハムート:追憶編」をお届け予定でしたが急遽番組を変更し、
「大迷宮バハムート:イキリディザスター編」をお届けしております。