SAObr - System Artificial Operation by reincarnation - 作:くく
「今日はどんな話をしようか」
膝の上にいる彼女の腰を軽く引き寄せる。もたれるように胸元に身体を預けている彼女は、そっと目を伏せたまま首を左右に振る。これは、聞きたくないと言う意味ではなく、何でもいいよとこちらに委ねる時の彼女の癖だ。
仕方ない子だと思う。しかし、嫌な気はしなかった。自分で決めることが出来なくなってしまったという現実からは少し目を逸らして、決定権を委ねると言う選択をしたという解釈をして緩く微笑んで見せた。
「なら、この話をしよう。あまりにも酷く、優しい話を」
穏やかな気候である。
空は―アインクラッドの空を空と言っていいかはわからないが―綺麗だし、風も爽やか。聞こえる声はとても楽し気で、ただいるだけで思わず笑みがこぼれてしまいそうだ。
だからこそ、俺はうずうずした気持ちを止められそうになかった。
「きーりーと!」
「わっ!?」
ここは圏外の草原フィールドの中の安全地帯。月夜の黒猫団のメンバーはお互い楽し気に話をしながら用意していた食料にありついていた。約二週間経った今、俺は未だにギルドに加入はせず、みんなが歓迎してくれる言葉に甘えてパーティーに混ぜてもらっている。
そんな中、みんなと話している時は笑みを浮かべることもあるが、一人になるとどこか思いつめたような表情を浮かべてしまう少年――キリトに俺はひたすらにちょっかいを掛けていた。
ぼうっとしていたためか、後ろから歩み寄って来ていた俺の存在に一切気付かず、声と同時に背中を叩けばびっくりしたように前のめりになる。思わず吹き出しそうになるのを堪えて、そのまま隣に座り込んだ。
「何湿気た面してるんだよ。寝不足か?」
「アルスか……違うよ、ちょっと考え事してただけだ」
「ふぅん?」
窺うように横目でじーっと見つめてやれば、どこか居心地悪そうに狼狽えた後小さくため息を吐く姿が目に入る。
なんか、違うんだよなぁ。
俺は今のキリトの状態に凄く違和感を感じていた。
確かに黒猫団のメンバーに後ろめたい気持ちから消極的なのだと言ったらそれまでなのだが、どうにも、それだけじゃないんじゃないかと踏んでいる。
しかし、自分と彼はまだ知り合って二週間。しかも最初はお互いパーティーは同じだったというのに話さえもしなかった。気を遣って、というわけではないだろうが仲介に黒猫団のメンバーが入ってくれなかったら、会話一つ盛り上がらなかっただろうことが何度もあった。
正直原作ファンの俺としては、キリトと仲良くなりたい気持ちがめちゃくちゃあったが、逆にあり過ぎたせいで気持ち的には彼はアイドル状態だった。もう気軽に触れられない、俺ごときが話しかけるなんて烏滸がましい。そんなよくわからない感情からどぎまぎして中々打ち解けられなかった。
まぁ、そんな俺も今ではこうやって背中を叩き、揶揄を飛ばしながら隣に座るような行為が出来るようになった。そこで気付いたのが俺という人間は思った以上に慣れやすい生き物らしい。
俺が手に入れたゲテモノレベルのMobの肉を焼いて食べようかとふざけて言った時、みんなが顔を引きつらせている中、一人だけ目を輝かせていたあの姿を見た瞬間、俺の中の彼への躊躇いが全て吹き飛んだ。
一言で言うなら「あっめっちゃ好きだわこいつ」ってなった。単純?言うな、俺もそう思った。
まあ、そんなこんなで大分仲良くなった。キリトもよく俺に話しかけてくれるようになった。因みにMobの肉は二人で焼いた。料理スキル持ってなかったから焦げた。味は微妙だった。
「……なぁ、キリト知ってるか」
「ん?」
「何もないのにぼうっと考え事して、何か手につかないとかそういうのってよ。大体が恋の悩みって言うんだぜ」
「へー……へ、はっ!?」
「ってことで恋するキリトくんのお悩み聞いてあげましょか?」
「何言ってるんだよアルス!」
露骨に顔を真っ赤にさせて声を上げるキリトを見ながら、今度こそ耐え切れず笑いを吹き出した。身を乗り出すようにこちらに身体を寄せてきた彼は、何度も否定の言葉を訴えてくる。その声に気付いた他のメンバーがなんだなんだと寄ってきているが、それにも全然気付いてない。
俺の中の一番の生暖かい微笑みを浮かべながら身を乗り出してきている彼の肩をぽんぽんと叩き、引き離す。キリトはまだ興奮状態が落ち着いていない様子だが否定の言葉の羅列は止めて何度か口をはくはくさせていた。こうやって見ると、年相応の子供っぽさがあるんだよなぁ、と思う。
「どうしたんだ?」
「ん?キリトが恋煩いでぼーっとしてたからからかってたんだ」
「だからしてないって!」
「へ~?」
「ほ~?」
興味深そうににやにやと笑って月夜の黒猫団のメンバーであるササマルとダッカーはキリトを見やる。その視線に居心地の悪さを抱いたのか再び必死に否定をしているキリトはまるでこの中では弟のようなポジションで、見ているこっちまで楽しくなってきた。
ひとしきりキリトをからかい、楽しく休憩を終えては、彼らのレベリング作業に付き合い、日が暮れる前に拠点である第十一層に戻る。そして、彼らが利用している宿屋の前までくれば、俺は慣れたように踵を返した。
「じゃあ、また明日。時間はいつも通りでいいかな?」
「ああ。いつも悪いな、アルス」
「いやいや、こちらこそだよ。じゃあ、おやすみ」
ギルドに加入していない俺は、ここで皆と別れる。これが俺なりの境界線だ。
俺がギルドに加入しなかったのには、二つ理由があった。
その理由は、正直どちらも正論とは言えないものだ。一つ目は、『いつでもこの物語から離脱できるように』。酷い話だが、結局自分は部外者だ。不都合が生じ、自分に危険性を感じたらすぐさま逃げてしまおうという決して褒められたものではない理由が第一。そして次が、『自分が加入することで大幅にストーリーに影響する可能性』だ。
俺の考察としては、サチが盾持ち片手剣士に移行する、というのはストーリー上結構大事なポイントだと思っている。しかし、キリトどころか、俺さえも加入してしまえば、寧ろ前衛に余裕が出来てしまいサチの移行は即座に無くなってしまっただろう。正直それでストーリーに影響が起きる、とは思いにくいが、俺はまだ、自分が介入することで定められた筈の物語が変わっていくという覚悟を持ち切れてはいなかった。
せめてその覚悟が決まるまで、それまでは彼らの言葉に甘えてこの曖昧なままで――。
きっと、それが全ての間違いだったのだろうと、今だから言えるのかもしれないが。
静かな街に響く足音のSE。
深夜帯。第十一層の転移門に俺はいた。
この二週間、どうしようか随分悩んだが、やっと接触する覚悟が出来た。
「……アルス、なんでお前がここに」
「……や、キリト。お前を待ってたんだよ」
立ち尽くす黒に覆われた少年は、背後から差しているいる仄かな明かりで困惑している表情を浮かべているのが良く見えた。逆にこちらの表情は逆光で見づらいだろう。
「行き先は最前線の二十七層で合ってるか?そっちで話そうか」
「は?お前何言って」
「転移――」
半ば強引に転移してしまえば、後から続いて背後から転移独特の音が聞こえ、足音が数歩こちらに近づいてきたのがわかる。
ひたすらに困惑、なんと声を掛ければいいのかわからないというような雰囲気を出している彼の方へ振り返る。
「歩きながら話そうか」
「俺さ、キリトがレベル嘘吐いてるの知ってたよ」
この二週間。どうにかしてキリトと仲良くなって、真実を共有し合える仲になれないか、そればかりを考えていた。
ぎくりと身体を強張らせるのが見える。別に責めようってわけじゃないけど、そう見えてしまっても仕方ないし、まだ言い出すには早かったかなあとも思う。
しかし時間が無いのも事実だった。先がわかるって言うのがプラスなのかマイナスなのかと言えば、現時点で俺はずっとマイナスばかりだと思っているし、これもまた、プラスのことだとは思えない。それでも、俺はあの時、ギルドに入る覚悟も出来ないのに、嘘を吐いてまでこの関わりを切らずに繋げていた最大の理由のためにも、もうこのタイミングしかないと思ったのだ。
ちっぽけな俺が出来ること、それはキリトの味方になることだ。
「……俺を責めに来たってことか?」
「まさか。責めたいんだったら初めから言ってたよ。キリトだって、その方が妥当だと思うだろ?」
「……まあな」
「それに、責められるなら俺もそうだし」
「え?」
大分歩けば、そこは圏外のフィールドだった。
近くにも、遠くにもMobが数体いることが目からでも、スキルである≪索敵≫からでもわかる。
足元にあった石を手に取り、軽く近くにいたMob一体に向かって投げ付ける。途端、非アクティブだったMobはアクティブ化し一気にこちらに敵意を向けた。流石にキリトも、突然の行動に焦ったように俺の名前を呼ぶ。それもそうだろう、ここは今攻略中である第二十八層のすぐ下の層。あの時告げた俺のレベルから考えれば、どう考えても危険な行為でしかない。
しかし、これが一番伝えやすく、理解してもらえそうな方法であることだと思っていた俺は、そっと腰にある細剣に手を掛け抜刀し、向かってくる敵に向かってその武器を垂直に構え、使い慣れたソードスキルで一撃で屠ってみせた。
「……は……?」
「……キリト、お前本当のレベルは?」
何が起きたかわからないと言わんばかりの目の見開き様に、思ったよりこいつは予想外の出来事への順応が下手だなと思った。多分人生の経験値が足りないのだろう。それに比べて俺は実年齢は彼と同い年ではあるが、精神的な年齢は前世の記憶を込みでいくと今の三倍にはなるのだ。それはもう涼しい顔を浮かべながら納刀しながら問いかける。
「え、えっと……四十……五」
「俺はね、四十八」
「……は?」
いよいよ思考がショートしそうなのか、段々返って来る言葉が途切れ途切れになってきている。ふは、と吐くように笑いを零してはキリトの前まで歩み寄り、このままだと真っ直ぐ歩くのも難しいだろう彼の手を引いて、先ほど来た道を辿るように圏内エリアへ歩き出す。
普段ならもっと言葉数多く、問いかけてくるだろうに、為されるがまま俺に手を引かれ後に続いてしまっている彼の手をぎゅ、ぎゅっと何度か確かめるように握りながら、この状況には似合わない笑みを浮かべてみせた。
俺は、なんだかこの状況が凄く楽しく思えた。
「なあキリト、情報共有しよう。何でお前が嘘吐いてまであのギルドに入ったのか。俺が、どうして知っていたのにその嘘に付き合ってまで、お前とこうして接触したのか」