SAObr - System Artificial Operation by reincarnation -   作:くく

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07.黒の隣 - 2

 

 

 

 

 物語というのは、視点がある。

 その一つが抜き取られ、形となる。

 客観的に見ていたつもりだった。わかっていたつもりだった。

 でも、俺はどこかで、彼を物語の主人公として、自分とは違う生き物だと、そう思っていたんだろう。

 

 そう、願っていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「攻略組、第二十八層突破かぁ」

 

 二〇二三年五月九日 第二十層 ひだまりの森。

 そのダンジョンの中に存在する安全地帯。そこで俺とキリト、ケイタは並んで座り――ケイタは寝そべってたが――、束の間の休息を取っていた。

 この世界にも、新聞と呼ばれる物が存在する。存在する、というよりもは情報を扱うプレイヤーがこうして紙媒体に情報を記し、プレイヤーに配布しているチラシのようなものではあるが。

 それを眺めながら、ギルド月夜の黒猫団のリーダーであるケイタはそう呟いた。

 

 そう、先日最前線は第二十八層を突破した。

 第二十五層を終え、一度停滞しかけた攻略もこうして勢いはまだ全盛期に比べれば緩やかではあるが確実に取り戻しつつある。ターニングポイントであった第二十五層によって、攻略に参加していたプレイヤーの多くが犠牲なり戦線を離脱したということは、俺は情報として知っていた。しかし、改めて、それを体感した、この二週間でさらに親交を深めた相手であるキリトからその内情を聞かされ、その事実への印象は今までのただ知っていた情報とは違い、あまり他人事のように思えなかった。

 ぴくり、と思わず反応を示してしまったキリトに気付かずに、ケイタはその新聞に視線を向けながら言葉を重ねる。その内容は、彼の夢から始まり、自分たちと攻略組との違いについての問いかけだった。

 

「ううん……情報力かな。あいつらは、効率よく経験値を稼げる場所とか、どうやれば強い武器が手に入るなんて情報を独占してるからさ」

 

 きっと、それはキリトなりの攻略組の一端に籍を置いているからこそ答えられた一つの真理であった。しかし、それこそ内情を知らぬケイタは、その答えが不満そうであった。

 手にある新聞を傍らに放っては、腕を組む。

 

「うーん……そりゃあ、そういうのもあるだろうけどさ。僕は意志力だと思うんだよ」

「意志力?」

「仲間を……全プレイヤーを守ろうっていう意思の強さって言うかなぁ。僕らはまだ守ってもらう側だけど、でも、気持ちじゃ負けてないつもりだ。……だから、いつかは彼らに追いつける、ってそう思うんだよ」

「そうか……そうだな」

「アルスはどう思う?」

「うぇー……突然俺に振るなぁ……因みにどうとは、どこの部分を聞いてるんだ?追い付けるかどうかって話か?」

「違うよ!俺達と攻略組の違い!」

「ならケイタが結論を言う前に話題を振ってくれよな。いくら頭捻ってもそれ以上にかっこいい答えなんて思いつかない」

「べ、別にかっこいいことを言ったつもりじゃ……」

「よっ!リーダー!かっこいい~!」

 

 いつの間にか会話を横から聞いていたのか。ダッカーがケイタの首に絡むように腕を回す。軽く締め上げるような動作をしながらもじゃれあう姿は、ここがダンジョン内だと言うことを思わず忘れてしまいそうになるほど穏やかで、思わず口元を綻ばせてしまう。

 しかし、そんな視界の端で少しだけ、穏やかそうながらも、その瞳の中に物寂しさを含ませた黒の彼が目に入った。彼が今、どんなことを思っているのか。わかるようで、わからない。俺の知っている原作通り進んでいる筈なのに、俺は、彼がよくわからなかった。

 

 その理由は、彼と打ち解けたあの二週間以上前の事が大きく関係する。

 

 

 

 

 

「……へえ、つまり、お前寂しかったってこと?」

「寂しっ……!?なんでそうなるんだよ」

 

 夜も更け、辺りはあまりにも静かだった。流石にこんな状態で外で会話していても筒抜けでしかないと判断した俺たちは、二人で宿屋へ休憩モードの選択をして入室した。

 簡易的なベッドが二つ並んでいる必要最低限しか存在していない部屋の内装を楽しむこともなく、お互いに別々のベッドに腰を掛ければ、まず俺は自分のことを彼に伝えた。

 内容としては、大したことは話していない。勿論、自分が転生者で、前世の記憶があることなど一切口にしなかった。自ら情報の公開共有を求めたくせに、そんな自分が秘め事をしているという状態は些か罪悪が募ったが、こんなことを彼に伝えたところで、困惑させるだけで、特にプラスにならないだろうと考えてのことだ。

 自分のレベルと、ここに至るまでの行動……具体的に言えば、ゲーム開始一ヶ月経ってからはじまりの街を出たことや、それからひたすら誰ともパーティーも組むことなくソロプレイでレベリングをしていたことを彼に話した。彼以上にソロプレイヤーとして行動していたことが伝わった後の彼の何とも言えないような顔は少しだけ面白かった。俺としては、別にずっとソロプレイヤーでいたかったわけではないんだが。まぁ、組みたい相手がいたわけでもなかったために、少しだけ同情的な視線を向けられてもわざわざ訂正することは無かった。

 

 そして、次はお前の番だと彼に話題を振ったところ、いくつか気になる点はあるものの、大体自分が知っていた通りの展開でこのソードアート・オンラインというゲームは攻略されていってたことがわかった。

 犠牲となったプレイヤーも変わっておらず、少しだけ胸がちくりと痛んだが、どうにか顔には出さないように努め、話の先を促す。

 ぽつり、ぽつりと言葉を紡いでいく彼の言葉は決して楽しいだけの冒険では無かったが、それでもかけがえのない、大切な時間の一つであったことが容易に想像できるような、そんな物語だった。

 

 でも、そんな日々も終わりを告げた。

 ――それが、第二十五層攻略。

 

『俺の隣が相応しいとは、思ってなかった』

 

 そう言い募る彼の言葉は、どこか自分に言い聞かせているようにも聞こえた。

 視線は少しだけ遠くを見つめているような様子で、何度も言葉を濁しながら、それでも結局はただ一人のことを語る彼の姿は、正直、予想外……と、いうよりひたすらに衝撃的だった。

 

 そして、それを聞いた上で出た言葉が、回想冒頭の台詞に繋がる。

 

「いや、誰かは知らないけど、要はその彼女と道を違えたのが寂しくて、月夜の黒猫団に入ったってことだろ?」

「は……!?ちが、違う!俺は月夜の黒猫団のあのアットホームな雰囲気が眩しいものに見えて、それで……それに、アスナはそんなんじゃ……」

「へえ、アスナって言うんだ?」

 

 知ってるけど。

 

「!!や、それはその」

「まぁ、取り敢えず落ち着けって。別に責めるつもりじゃないよ」

 

 顔が赤らんだり青褪めたり、ころころと変わる目の前の少年を見ながら、少しだけ面白げに笑う。

 

 

 

「――ス、おい、アルス!」

「……!っと……何だ?」

「何だ、じゃないぞ。ほら、休憩終わりだってさ。行こうぜ?」

「ああ、もうそんな時間か」

 

 思っていたよりも、深く記憶を遡っていたらしく、気付けば目の前にいるキリト以外のメンバーは先に歩き出していた。慌てるように立ち上がり、少し前にいる彼の隣に並べば二人して同じぐらいのペースで歩き出す。

 無理に会話をすることはないが、だからと言って居心地が悪いわけではない。そんな空間が俺とキリトの間には生まれている。それを利用するように俺はひっそりと再度回想に思考を彷徨わせた。

 横目に、前方にいる月夜の黒猫団のメンバーを見つめる彼を見やる。それは本当に、眩しいものを見るかのようで……そして、少しだけ、その光景に何かを重ねて眉を顰めるのだ。それをきっかけに思考が彷徨っていた回想の一つの言葉を引き出す。

 

『――それでも俺は、彼女の一番近くにいたかったんだと思う』

 

 その言葉は、俺にとってかなり衝撃的だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪い、待たせたか?」

「いや、そんなに待ってない」

 

 二〇二三年五月十六日 第二十八層 狼ヶ原。

 この短期間で最前線はまた一層突破して二十九層となっていた。

 勿論、参加はしていない。キリトに声はかけられたが、丁重にお断りした。まだ、そこまでの覚悟は無いのだ。ボスへの恐怖がある、という作り話の言葉を素直に受け止めた彼は、少しだけ残念そうにしながらも納得してくれた。

 

「しかし、珍しいな。一緒に最前列のレベリングに付き合って欲しいだなんて」

「いや、あそこは経験値は結構稼げるんだけど、ソロだと若干狩りにくくてさ……」

「なるほどね」

 

 その日、いつものように昼間は月夜の黒猫団の狩りに混ぜてもらい、夜は適当にレベリングにでも出ようとしていた予定を、キリトの誘いにより彼と共にレベリングをするという約束に変更し、二人で最前線一つ下の層へと訪れていた。

 話に聞く狩場へと向かうように並んで歩きながら、先日あったギルド内での話をキリトから聞く。どうやら、目標のコルがそろそろ溜まりそうだという話だ。プレイヤーホームを買うのを彼らは夢見ていたのを知っていたために、やったじゃないか、と純粋に笑みを浮かべる。同時に沸き上がるその日が訪れなければいいのに、という考えを表に出すことなく、心の中でぐ、と抑え込んだ。

 夜の暗さを利用して一瞬潜めてしまっただろう眉間をそっと指先で揉むように誤魔化しながら、彼の案内の元目的の場所へと近づいていく。しかし、その歩行は先にその狩場で狩っているメンバーが目に入ったところで止まった。

 

 少しだけ、息を飲むような、そして気まずそうな雰囲気を隠しきれない彼の姿に反射的に首を傾げる。

 

「キリト?どうかし……」

「キリトじゃねーか!」

 

 俺が声をかけるよりも先に彼の名前を呼ぶ声が前方から聞こえる。そして、その声はどこかで聞いたことがある懐かしさを含んでいて俺は思わずそちらへと視線を移してしまった。赤いバンダナを額につけ、顎に髭を携えたかつて黒の少年に野武士面と言われた――クラインが、そこにはいて、キリトの存在にやや嬉しそうにこちらに歩み寄ってくる。

 

 わ、わぁ、ほんものだ。

 

 顔には出さないで内心の動揺と感激を一生懸命消化する。よくよく思い出してみれば、ここで彼らのエンカウントの描写があった気がするが、大きくストーリーに関係していないと判断した俺の記憶が、この瞬間まですっかりと忘れていた。気まずそうな雰囲気を持ったまま、返事をするキリトのフォローも自分の自己紹介も全て吹っ飛んだ俺は、ただ前方に来た彼を眺めてしまう。そして、その視線にやっとバンダナの彼が気付き、首を傾げた。

 

「おう、見ねえ顔だけどキリトの知り合いか?」

「あ、ああ。キリトの友達の、アルスです」

「ほう、ほう……!ダチか!かーっ!やったじゃねえか!キリの字よォ!」

「やったって何だよ、やったって……」

「何言ってんだ!同世代のダチだぞ!っと、俺はクライン、よろしくな!」

 

 自分のことのように嬉しそうな表情を浮かべて見せたクラインは、そのまま歩み寄りキリトの背中をバンバン、と強く二回叩いた。ちょっとよろつきながら「HPが減るだろ!」と文句を吐き出すキリトの姿がまるで弟のようにも見えて、正直何回目かわからない年下に見える感情を必死にこらえる――言ったかもしれないが、彼とは同い年である――。

 クラインは、そんなキリトを早々にスルーすれば、こちらに屈託ない笑みを向け手を差し出してくる。俺も、つられるように笑みを返せば差し出された手を握り返した。

 

 

 一人除け者にされたような状態に、不満げなキリトに仕方ないなあと笑みを吹き出しそうになる。が、そんな穏やかな雰囲気も、クラインが視界に入れたたった一つのマークで終わりを告げた。

 

「んぁ?おめぇそのマーク……ひょっとしてギルドの……」

「! あ、あぁ……ちょっとな……アルス、行こう」

「え、あ、うん」

 

 指摘された瞬間、何とも言えないような表情を作りキリトはクラインの横を通り過ぎるように歩き出す。追いかけるように俺も歩き出しつつ、クラインの横を通り過ぎる瞬間、軽く会釈だけはした。「お、おお……」と突然逃げるように歩き出してしまったキリトの姿に少しだけ驚きの表情を隠せないクラインが視界に入る。

 なんと声を掛けたらいいのか。まさにそんな言葉がぴたりと当てはまりそうな空気を醸し出すクラインはぽつりと一言を吐いた。それは独り言を呟くように、それこそキリトには届かないぐらいの声量で。

 

「まだ気にしてんのか……」

 

 ――ああ、このゲームが終わるまで、ずっと。

 

 答えを知っている俺は、心の中で答えた。

 

 

 

 

 

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