SAObr - System Artificial Operation by reincarnation - 作:くく
心が砕ける音がする。
ずっと寄り添ってきたそれが、脆い何かのように壊れてしまうのがわかる。
私には、どうしようも出来なかった。
手を伸ばす。届かないのに、手を伸ばす。
あれから、一度も来てくれない。
待ってるのに、待っているのに。
待つことしかできない自分が、酷く嫌だった。
__。ねえ、__。
どうして、私を。こんなことなら、私は。
現在の最前線は、第四十九層 ミュージエン。
雪が降る。あれから半年ほど経ったこの世界は、無情にも何の奇跡だって起こりはしなかった。
あれから、俺はキリトと行動することが増えた。
別にお互いにそうし合おうと約束したわけではない。お互いの関係を、なんと言っていいのかさえもわからなくなっていた。
まるで、同じ罪を抱えた共犯者のような、それが、今の俺達には一番ぴったりくる間柄となっていた。
キリトは、それでもずっと攻略への戦いに参加していた。暗い澱みを瞳に携えたまま、話を聞けば、それこそ死ぬことを恐れぬような無茶な戦いをして、彼は最前線で戦い続けた。
反面、俺はまたレベリングに籠るようになってしまった。いくらレベルを上げたところで何かなるわけでもないのに、危険と言われる狩場を許される限り占拠して、ひたすらに剣をふるった。攻略戦には、参加しなかった。出来なかった。
俺は、人と共に戦うことが出来なくなっていた。
お互いに違うタイムスケジュールで動いているにも関わらず、それでも俺たちは共にいた。ねぐらを共にし、野郎二人で何だそれと思われそうだが、ベッドを共にすることもあった。お互いに背を向けて、言葉も交わさない。それでも、お互いにお互いがまだ生きている、それだけがどこか心の支えとなっていた。
昼間や、外では軽口を言い合える仲にまで戻るには、酷い時間がかかった。どこか、触れてはいけない一線を残したまま、俺たちは表面上だけは友達に戻ったのは、それこそ、あれから三か月以上時間が経った頃だったと思う。
歪な関係のまま、さらに時間は経過した。
そして、今日十二月二十四日。
約二週間前に得た情報から、俺たちはこの日まで、ただ一つの目的を持ってひたすらにレベリングを重ねていた。
それは、十二月二十四日夜二十四時ちょうどに現れるイベントボスよりドロップするという。
――≪蘇生アイテム≫
俺は、それに意味が無いことを知っている。
なのに、キリトを止めることも、ましてはその行為に便乗する自分のことも止めることが出来なかった。
倒せたって、手に入れたって絶望しかない。でも、それをキリトに言う資格は俺にはなく、そして、その絶望をキリト一人に背負わせることも、俺には出来なかった。
数日前からお互いベッドに入っていながら、眠れない夜を共にしてきた。流石にこめかみ辺りに刺すような痛みを感じるが、それさえも今の自分には丁度いいと感じた。
ずきり、ずきりと痛む中で思い出す声がある。
でも、それを無理矢理胸の奥にしまい込んだ。都合が良い話でしかない。
イルミネーションが煌々と輝くのをベンチのような椅子に腰かけているキリトの横で、立ちながらぼんやりと眺める。そんな中、背後に人が立つ気配を感じた。
「随分と無茶なレベル上げをしているそうじゃないカ」
「……新しい情報が入ったのか?」
「金を取れるようなもんはないナ」
「……情報屋の名が泣くぜ」
情報屋である鼠のアルゴ。キリトと関わるうちに何度かその姿を目にした。以前までの俺だったら、原作のキャラクターだと思わず心を躍らせていたのかもしれなかったが、今は何も胸に湧くものは無かった。それどころか、関わりを持ちたいとさえも、思わなくなってしまった。
俺の存在をよそに二人は会話を進める。それはキリトなりの優しさであることを俺は知っている。アルゴは俺が何者か、酷く興味があるそうだが、俺が頑なに彼女と会話をしようとしないのだ。それどころか、探るような彼女に何度か顔を顰めてしまったことさえもあり、それに気付いたキリトが、いつからか、俺がその場にいてもアルゴが俺に触れないように会話を遮るようになった。
彼女のことが嫌いなわけではない。ただ、今の自分のことを、誰かに知られたくは無かった。それだけだった。
「……お前ら、目星ついてんダロ?」
「……さぁな」
キリトが立ち上がる。時間は二十四時まであと三時間と迫っていた。そろそろか、と思い俺も組んでいた腕を解いてその背を追うように歩き出す。最後、アルゴがなにかをこちらに言葉を投げかけていたような気がしたが、俺の耳には届かなかった。
第三十五層 迷いの森
時間としては一度も迷う時間は許されないだろう、そこへ踏み入れればキリトは事前にマッピングしていた地図を広げて迷いなく歩んでいく。
それは、数日前から彼が情報屋から得た情報を元に付けた目星を全て潰し、最終的に彼自身で見つけたモミの木へと導くものだ。特に声をかけるわけでもなく、その背を追うように歩く。
逃れられない戦闘を二度ほどした時に、昼間、彼がレベル七十のファンファーレを鳴らしたのに続くように俺のレベルが七十に乗った音がする。しかし、どうでもいいことだとその音と画面を無視するように先を急いだ。
二十四時まで残り三十分を切った時、場所的にも次のエリア移動で目的のモミの木へとたどり着けそうな位置に俺たちはいた。
俺は、この後の乱入者の存在を覚えていた。しかし、それについて何も言わなかった。追跡されていることは気付いていたが、敢えて言わずここまで一緒に連れてきた。向こうマップからエフェクトと伴って誰かが訪れるのが確認できる。キリトが思わず何歩か下がり、そちらに対峙するのを横目に右手を剣の柄に触れさせ俺も対峙する。
現れたのは数人の集団。それは、よく見知った顔でもある、赤いバンダナの男が率いるギルド風林火山のメンバーたちだった。
「……尾けてたのか」
「まあな。追跡スキルの達人がいるんでな」
「……そうか」
「お前たち二人で攻略なんて無茶なことはやめろ!俺たちと組むんだ。蘇生アイテムはドロップさせた奴の物で恨みっこ無し、それでいいだろ!」
きっと彼は、心底から彼、キリトのことを案じているんだと、そう他人事のように思った。
でも、それは今のキリトには届くことはないことも、俺はわかっていた。死なせたくないと考えるクラインと、サチの最期の言葉を聞くために果ててしまうならば一番相応しい死に場所であるとさえも考えているキリトの気持ちが、交わらないところにあることを。
キリトが、背中にかけた剣の柄を軽く握り込むのがわかる。少しだけ狼狽えたように風林火山のメンバーがこちらに構える。クラインは、咄嗟に片手を上げてそれを阻止する。
「……それじゃあ、意味ないんだよ……俺が……俺達がやらなきゃ」
俺は、キリトの目的を聞いていた。このイベントボス――≪背教者ニコラス≫でドロップされると言われている蘇生アイテムを使って、サチを蘇らせ、約束を守れなかった彼への、たとえどんな言葉であろうと、悪罵であろうと最期に零したその言葉を聞かなければならないということを。
俺は、それに協力することを告げた。意味がないことを知っていたが、もし、俺が前世の記憶などなかったら、俺は迷いなくそう答えただろうから。
俺は、もう前世の記憶のことを考えたくなかった。未来なんて変わらないし、犠牲となる人も変わらないのだ。ならば、何をしたって無意味なら、いっそこの記憶なんて奥底に押し込めてしまった方がいい。本当は、出来もしないのに、俺は逃げるように考えることを放棄した。
「お前ェをよォ、こんなとこで死なすわけにはいかねえんだよ!キリト!!」
その言葉に反射的にキリトが剣を抜こうと力を込める。しかし、それより先か、同じぐらいに大量のワープエフェクトの音が鳴り、その場にさらなる乱入者が訪れる。対峙するように今度はキリトに背を向けるように風林火山のメンバーが身体の向きを変えた。
そこにいたのは、ボスドロップのレアアイテムの為なら一時的にオレンジプレイヤーになることも厭わない、と噂があるギルド≪聖竜連合≫のメンバーだった。
「お前らも尾けられたな、クライン」
「ああ……そうみてェだな……」
残り時間はもうほとんどない。彼らと対峙したとして、そうしてしまえば間に合わないだろう。迷うようにキリトは視線を鋭くさせる。
その迷いは、同じプレイヤーを傷つけることへの躊躇いではなかった。ここで果てるか、この先のボスで果てるか。どちらにしても変わりはない。ならばその剣を取り、機械のように目の前の敵をただ斬ることこそが、終わりに相応しいのではないか――そんな、思いが容易く読めてしまう。胸の奥底でギリ、と音がするような痛みが感じた気がした。右手で剣の柄を握る。
俺がクラインを、ギルド風林火山の追跡を許したのはこの聖竜連合への足止めとさせるためだ。彼らはいつの間にか、クラインではなくこちらをターゲットに追跡していたのに俺が気付いたからだ。
でも、俺はここで彼らの足止めになろうと思った。もう考えることが億劫だった。誰を犠牲にして、誰を助けて、何が正しいのかなんてわからなかった。ただ、邪魔してほしくなかった。
キリトと、俺の邪魔をしてほしくなかった。
「ああ、くそッ!くそったれがッ!」
そんな俺の思考を遮るように、近くにいた刀使いが声を放つ。誰よりも先に腰にある武器を抜き放つと、俺達に背を向けたまま、叫ぶ。
「二人共行けッ!ここは俺達が食い止めるッ!!でもなァ、死ぬんじゃねえぞ手前ェら!」
ツキン、と胸が罪悪で痛んだ。
足止めにしようと考えたのは俺だった。でも、そんな俺さえも彼は生きろと、言うのか。
「……すまない」
自然と、言葉を返した。
キリトは何も言わず、走り出す。それを追うように俺も走り出し、後に続くような形で、俺たちはそのマップから次へと移動した。
開けた空間に、一本大きな木が聳え立つ。
それがモミの木であることは、なんとなくわかった。どこかの記憶で、図鑑として見た気がする。それと、よく似ていた。
時間が、二十四時――零時となる。
途端に、鈴のような音がシャンシャン、と鳴り響く。その音につられるように、俺とキリトはモミの木の梢を見上げる。
雪が、降る。止むことなくしんしんと降って来る漆黒の夜空に、二筋の光が伸びてきた。それはモミの木を通り過ぎるように伸び、その半ば丁度モミの木手前のところから大きな影が降って来るのが見えた。
数歩下がるようにして距離を取る。
そこに、落ちてきたのは赤と白の服を来た奇形と表現するのがぴたりと当てはまりそうな、大きなMob。ギギ、と少し軋むような音を立ててはこちらを判別し、クエストに沿った台詞を口にしようと、その縺れた髭を微かに震わせる。
「うるせぇよ」
が、その台詞は一言たりとて、発されることはなかった。