SAObr - System Artificial Operation by reincarnation - 作:くく
キリト視点です。
今後キリト視点にはタイトルに「*」の表示をさせていただきます。
この半年間、ずっと心の中で思ってきたことがある。
サチに問いかけられた、このゲームの意味。意味なんてないと答えたあの言葉は、真実であったと。
茅場 晶彦という狂った天才が作り出したこのデスゲームの中で、サチは意味も無く死んだ。
きっと、俺もいつか意味も無く死ぬ。成し遂げようと大きな目的さえももう持てない俺は、滑稽だと嗤われ、この命を散らすのだ。
それでいいと思った。
ただ、一つだけ……いや、二つだけ、心残りはあった。
一つ目が、アルスだった。俺と同じ目に遭った彼を、俺は死なせるわけにはいかなかった。何の意味も無い俺でも、もう誰かを犠牲にすることは嫌だと思ったのだ。でも、それはアルスとて一緒だった。
攻略組に戻り、前線で戦い続けることを選んだ時、彼は酷く置いて行かれたような表情を浮かべた。言葉にしなかったが、きっと、俺に死なれることが、嫌だったのだろう。
俺は、その気持ちに応えられないと思いながらも、彼を振り払うことは出来なかった。時間が合う限りは共に過ごし、お互いの生を感じ合う。まるで傷の舐め合いのような関係だった。それでも、彼が安心できるならそれでいいのだと、まるで、サチの代わりのようにアルスを見ていた。
二つ目は、……ずっと心のどこかに引っかかっていること。
なんて声をかけたらいいのかわからない。でも、彼女のことを忘れたことは一度も無く、鮮明に記憶に刻み付けられたたった一人の女の子。
俺が死んでしまった時、彼女はどう思うのか……何の意味もない、俺の命も、俺のしてきたことも。でも、彼女がその時泣いてくれるなら、意味があったのではないか、そんな不相応な欲があることを、俺は心の奥にしまいこんだ。
でも、その心残りも何もかも、全てはここで終わる。
二〇二三年十二月二十四日、夜二十四時に現れるイベントボス≪背教者ニコラス≫。
そいつがドロップすると噂される蘇生アイテム。俺は、それを求めるために、止まることを止めた。
自分の持てるアイテムをすべて使う。もう必要ないだろうから。
ここで、俺は果ててしまって構わないと思っていた。もし、仮に生き延びてしまっても、その時は手に入った蘇生アイテムで、サチを蘇らせ、彼女の言わんとしていた言葉を受け止めることが出来る。
ただ、アルス。彼だけは死なせるわけにはいかなかった。止めたところで、共にすると聞かないだろう彼は、ここまで一緒に来てしまった。だからこそ、俺の問題に彼を巻き込み、死なせることだけはしたくなかった。
そして、ここで彼を生かせることが出来れば、サチの代わりとして見てしまっていた彼への、ほんの僅かな贖罪になるだろうとも、思っていた。
約一年、このソードアート・オンラインの中で過ごして来て、ここまで危機に瀕し、辛くも勝利したことは初めてだっただろう。
ボスが倒れ、最後に残った頭陀袋も四散した時、俺のアイテム欄には回復アイテムは一つも残っていなかった。
――生き延びて、しまった。
どこかで、ここで死ぬだろうと思っていた俺は、ここ数日の過酷なレベリングや可能な限り貯めた回復アイテムの存在を責めたくなった。そんなことをしなければ、俺はきっと死ねたのだろう。
死にたかったわけではない。でも、死んでもよかった。矛盾にも近い気持ちがぐるぐると回りながらも、本来の目的の物を探すべく、右手を動かしてウインドウを表示させる。
震えそうになる指を抑えて慎重にアイテム欄をスクロールさせた。そして、数秒後、俺はそのアイテム見つけ、何度もミスタップしながら、何とかそのアイテム――≪還魂の聖晶石≫を実体化させる。
本当に、彼女を生き返らせることが出来るのか?
俺は、サチにもう一度会えるかもしれないと考え、胸の奥底が震え、何かを渇望したような感覚を覚えた。生き返ったサチが、俺のことをいくら罵ろうともそれでも構わないと思った。あの細い身体を抱き締め、今度こそは、死なないと、絶対に守ると誓えるなら俺は――。
森の中に戻った時、そこにはクラインと風林火山のメンバーしかいなかった。聖竜連合の姿は無く、俺は、そこに座り込んでいるリーダーであるクラインの元へと歩み寄る。
近付く俺に気付き、見上げた彼の顔は一瞬安堵に緩んだが、俺の表情を見た瞬間、その顔を直ぐに強張らせた。
「……キリト……」
「それが蘇生アイテムだ」
手にあった聖晶石を、クラインに投げ渡す。
受け取ったクラインは、それを手慣れた手つきでタップし、ヘルプ画面を開く。
「なになに、対象のプレイヤーが……ッ、十秒以内……!?」
【このアイテムのポップアップメニューから使用を選ぶか、あるいは手に保持して≪蘇生:プレイヤー名≫と発生することで、対象プレイヤーが死亡してからその効果光が完全に消滅するまでの間(十秒以内)ならば、対象プレイヤーを蘇生させることができます】
「次にお前の目の前で死んだ奴に使ってやってくれ」
それだけを言い放ち、その場を去ろうと踵を返せば、俺のコートをクラインが掴んだ。
「キリト……キリトよォ……お前ェは、生きろよ……最後まで生きてくれ……」
何度も生きろ、と告げるクラインの手をコートから引き離す。俺には、どうして彼がこんなにも俺の生を望んでいるのかわからなかった。
気付けば、四十九層の宿屋の部屋に俺はいた。
時刻は、午前三時を回っていた。
「キリト」
そこで、やっと一度も俺に対して声をかけなかったアルスが俺に声を掛けた。
イベントボスを倒してから、俺が蘇生アイテムを手にし、その真実に叫び嘆いた時も、クラインにそれを投げ渡し、その場を後にした時も、彼は、何も言わずただ俺の後を追ってきた。その表情は、微かに俯いていて、一度も伺えなかったが。
声に応えるようにアルスの方を向く。俺と変わらない程に、光を失ったような瞳が俺を見据える。無意識だろうか、その右手がそっと俺に伸ばされ、俺の服を掴もうとしている。
「悪い」
その手を、軽く身を引くことで俺は遮った。
少しだけ目を見開き、そしてやっと自分がしようとしていたことに気付いたのだろう彼は、自分の右手を見て、顔を顰める。
――これで終わりだ、と思った。
サチの代わりのように見てしまった彼を、ここまで生かせることが出来た。それだけを免罪符に生きようとする浅ましい自分と、そして、そんな俺に付き合わせてしまった彼との関係を、終わらせるべきだと思った。
そして、その言葉の意味を理解したのだろう、アルスは置いて行かないでと言わんばかりに、こちらに視線を向ける。俺は、そっと目を伏せて首を横に振った。
「おやすみ」
今日は、お互いに別の部屋だった。
ウインドウを開き、ずっと組んでいたパーティーを解散させて、別れの言葉にしては何とも軽いだろう台詞を告げて俺は部屋に戻る。
彼が、アルスがどんな表情をしていたかは、わからなかった。
静かな、夜だった。クリスマスとは思えないぐらい、静かな。
机に伏すように目を伏せて、どれぐらいの時間が経っただろうか。眠れたかどうかもわからない。段々と、日が昇って行き、辺りが朝を迎えようとしているのがわかる。
これから、どうしようか。
そんな、当てもないことを考える。一人フロアボスに向かうのもありかもしれないと思えば、何だがあまりの滑稽さに笑いが零れそうだった。
サチも、ケイタも、テツオも、ササマルも、ダッカーも。
……アルスも。
みんないなくなった。俺のせいで。
ピピ、ピピピッ。
その時、聞き慣れないアラームが俺の耳に届く。
アラームを知らせるアイコンが、目の前に現れ、そっとそれをタップすると、文字が浮かぶ。
≪Gift Box Sachi≫
「サチ……?」
出てきたのは、メッセージ録音クリスタルだった。
明滅するクリスタルをおそるおそるタップすれば、そこからは、懐かしいサチの声が聞こえた。
メリークリスマス、キリト。
君がこれを聞いてる時、私はもう死んでると思います。
何故なら、これが最期の我儘として遺してもらった物だからです。詳しい話は内緒ね。
えっと……、最初に、何でこんなメッセージを遺すことにしたのか、説明するね。
私、わかってたの。私はあんまり長い間生き延びられないって。もちろん、キリトやアルスを含めた黒猫団の力が足りないとか、そんなことを考えてたわけじゃないよ。キリトもアルスもすごく強いし、他の皆もどんどん強くなってたもん。
でも、私は長い間生き延びられないと確信していました。なんて言えばいいかな……。この間、アルスに「怖くないの?」って訊いたの。そしたら「怖いよ」って言われて、その時思ったの。この世界で生きてくには、どんなに仲間が強くても、本人に生きようっていう意志や、覚悟が無ければ駄目なんだって。
私ね、ほんとのこと言うと、ずっと怖かった。街から出たくなかったし、モンスターだって見たくなかった。黒猫団のみんなと一緒にいたかったけど、狩りにでるのは嫌だった。
生きようって意志があったらね、きっとこれを私、みんなに言えてたと思うの。でも、言えなかった。言えないまま、怖いって、戦いたくないって気持ちを抱えてた。
そんな気持ちで戦ってたら、やっぱりいつかは死んじゃうよね。それは、誰のせいでもない、私自身の問題なんです。キリトは、あの夜からずっと、毎晩毎晩、私に大丈夫って言ってくれたよね。絶対死なないって。だから、私が死んでしまって、きっと凄く自分を責めるでしょう、自分を許せないって思うでしょう。だから、これを遺すことにしたの。キリトのせいじゃないよって、悪いのは、キリトに甘えて、きちんと向き合わなかった私なんだって、伝えたかったから。
これが届くのを、クリスマスにしたのはすぐに送っても、君は素直に受け入れられないだろうって思ったから。あとは……沢山私に与えてくれた君に、私から最期に何か、与えられたらと思ったから。
えっと……あのね、私、ほんとはキリトがどれだけ強いか知ってたんです。キリトのベッドで目を覚ました時、君が開いてるウインドウ、後ろから覗いちゃったの。アルスのは知らないけど、でも、きっと君と同じぐらい強いんだろうなってことは、キリトの本当のレベルを知った時に察することは出来たよ。
二人が、本当のレベルを隠して私たちと一緒に戦ってくれるわけは、一生懸命考えたけどよくわかりませんでした。でも、いつか自分から話してくれると思って、ほかの皆には黙ってることにしました。
――えっと、結局何が言いたいかと言うと、私が死んでも、キリト達は頑張って生きてね、ってことです。生きて、この世界の最後を見届けて。
この世界が生まれた意味、私みたいな弱虫がここに来ちゃった意味、そして、私たちが出会った意味を見つけてください。それだけが、私の……私達の、願いです。
えっと、大分時間余っちゃったな。
出来る限りいっぱいメッセージを遺せたらって思って、我儘言いすぎちゃったかな……。
じゃあ、えっと、折角のクリスマスなので、みんなで歌を歌います。私ちょっと、歌得意なんだよ。
曲は≪赤鼻のトナカイ≫にしようかな。
理由はね、君がこないだの夜に「どんな人でも、きっと誰かの役に立ってる」って言ってくれて、私みたいな子でもこの場所にいる意味はあるって思えて、凄い嬉しかったから。
私がトナカイで、君がサンタみたいで……ううん、本当はね、キリトのことお父さんみたいだなって、ずっと思ってた。
それじゃあ、歌います。
……みんな話したくてうずうずしてる。ふふ、だめだよ、これは私のお願いした我儘なんだから。でも、歌ぐらいなら、いいよね?
――私にとって、皆にとって。君は、暗い道の向こうでいつも私たちを照らしてくれた、星みたいなものだったよ。
じゃあね、キリト。君と……君たちと、逢えて、一緒にいられて、本当によかった。
「「「「「ありがとう、さよなら」」」」」
"キリト"
最後に、低く、それでいて、優しい声が聞こえた気がした。
ぽた、と頬をから流れるそれをそのままに、俺はそっと部屋の扉を開く。
――そこには、同じように涙を零しながら、足元に再生を終えた録音クリスタルと、座り込んでいるアルスの姿があった。
月夜の黒猫団編、終了となります。
ここまでお読みくださりありがとうございます。
次回もよろしくお願いいたします。
詳しいあとがきは活動報告にて掲載させていただきました。