SAObr - System Artificial Operation by reincarnation - 作:くく
この世界は、仮想であっても、幻想では無い。
なんて、言葉を並べてみても、結局のところその違いというのは酷く曖昧なものだろう。
どちらにしても「もしこうであったら」という想像の意味であり、どちらにしても「実現」しているわけでは無い。
でも、ならば仮想世界と言われるこの世界は何なのか。
それがきっと、あの物語の問いなのかもしれないと強く感じたのは、やはりこの世界に来て、実際に体験してからだ。
仮想世界で過ごした生活は仮想の物でしかないのか。
では、この胸に抱いた感情は、共に過ごし築いた関係は、作り出されたまがい物だというのか。
答えは、やはり「否」であろう。だって、この感情も、俺が手に入れた関係も全ては俺のものであり、誰にだってそれを侵すことは出来ない。
そう、俺が抱えている問題も、真実も全て俺のものだ。
きっと、ここは一つの現実だというのは真理なのだ。
何の根拠もない結論なのかもしれない。それこそ、仮想が作り出した幻想なのかもしれない。でも、俺はここで築いたものを忘れたくはないし、嘘だとは思いたくない。
それは、この目の前にいる彼も同じなのだろう――。
「――ス、アルスッッ!」
「ふぁいっ!?」
「スイッチって何度も言ってるだろ!」
「あ、わ、悪い!」
……なーんて、考えてたのは一種の現実逃避だ。
二〇二三年十二月三十一日、今日は現実世界で言うところの大晦日だ。日付を越えれば年が明けてまた一月から始まる。
そんな年の瀬、俺とキリトはというと、ダンジョンに潜っていた。
原因は完全に俺にある。つい先日俺の方から彼にパーティーを組み、狩りへ行くことを申し込んだところ、受諾された。
俺は約半年前に起きたあの件から、完全に人とパーティーを組んでも連携が取れなくなってしまっていた。誰かを庇おうとしても身が竦み、スイッチと声を上げようにも上手く言葉が出なくなってしまった。それでも、そもそもはソロで活動していたわけで、攻略にも参加する気が起きなくなってしまっていた俺は、その問題を深刻と思わず過ごしてきた。
しかし、クリスマスに贈られてきたサチからのメッセージから始まり、友人であり親友と呼んでもいいだろう彼、キリトの言葉もあって俺はこの現状を打開し、この層は無理でも次の、いや次の次ぐらいの層攻略には参加したいと思うようになった。このキリトとの狩りは、そのためのリハビリのような意味が含まれている。
そして、そんなリハビリの意味を持った狩りが始まって三日目。現在の状況は、全く進歩がなかった。
自分でも驚いている。
これがもう、本当に身体が動かない。一応保険に保険を重ねるように最前線より十も下辺る過疎気味のダンジョンでキリトと二人で潜り狩っているのだが、俺が攻撃する時は攻撃は出来るものの、先手後手どちらでもスイッチのタイミングになるとそのタイミングが掴めず、立ち尽くしてしまう。
結局Mobをキリトがとどめを刺して終わることが多々。あまりに酷い時はスイッチしろと声を上げてくれているキリトの言葉を聞きながらも、上手く交代できずにそのままソロ戦闘を続行していしまったこともあった。その時は流石に三十分ほど説教を食らった。
俺も好きでこんなことになっているわけでない。それを理解してくれているキリトだからこそ、こうやって根気強く付き合ってくれているとはわかっているが、昨日の後半あたりから、あまりにも申し訳なくて、何度かやはり辞めようと提案した。しかし、キリトはそれには了承はしなかった。
『付き合うさ。アルスが俺にずっと付き合ってくれてたみたいに』
それは大きな誤解だと思うし、実際に言い張った。でもキリトはその言葉には首を横に振るだけで、次のMobへとターゲットを定めて一言俺に行くぞと告げて走り出す。俺はそんな彼の優しさがひたすらにむずむずしたが、それの礼はこの問題の解消という形で返そうと思い後に続いた。
……けれど、未だにその礼は形となることはなく、返せていない。
「……大丈夫か?」
「……そろそろ、心折れそう……」
「まぁ、半年もそうなってたなら仕方ないさ。時間をかけて向き合っていこうぜ」
「……キリトは、レベリングは大丈夫なのか?」
「ん?ひたすらに上げてたの知ってるだろ。それに年末休みなんだから、お前に付き合わなかったら寝るだけさ」
「お前、寝正月民族か」
「プラス、ゲームな?」
「駄人間の象徴だな」
「おいおい、それは言いすぎだろ……」
粗方Mobを倒し、一時の静寂が訪れる。一息を突きながらも、あまりの不甲斐なさに凹む俺と宥めてくれる親友。
その最中、俺はある一つの可能性が脳内に過っていた。それは決して有り得るわけがなく、それこそ、今までは問題無かったのだから、これは気持ち的な問題でしかないはずだ。だから、口にするのも憚られた単語。
――フルダイブ
略して「FNC」と呼ばれるもの。俺のここまで改善されない原因として、自分にはその要素があったのではないかという考えが脳裏にちらついて離れなくなっていた。
脳からナーヴギアへと発信される理性的な命令と、本能的な命令。それが相反するものであり、心の奥底で思う感情によって、身が竦むような感覚を与えている可能性。どこか納得できてしまいそうな可能性であり、俺としては最悪な結論だ。
勿論、キリトには話していない。キリトはまさか俺がその可能性を危惧しているなど思っていないのか、マイペースに腹が減ったなぁと自分の腹を擦っているのがちらりと様子を窺えば、視界に入る。五感に影響を与えるものではなく、脳の命令からくる不具合という可能性を思い浮かべてしまったのは、それこそ俺という人間が転生者で、そのような要素を持っていたキャラクターがいたということを知っているからだ。だからこそ、なおさらキリトには言えなかった。キリトはその情報を現時点で得ている筈だが、俺が得ているのはおかしいからだ。
それに、これは俺が勝手に想像した可能性であって、確信染みたものではない。寧ろ、そうでなくて欲しいと思っているぐらいだ。故に考えたって仕方がない。
気持ちを切り替えるように一度昼休憩でもしようかと声を掛ければ、すかさずに返事を返す彼と共に、このダンジョンにある安全地帯の方へと歩んでいく。道中Mobのポップも無く、他愛ない話をいつものように繰り返していれば、ふと思ったようにキリトが首をかしげて見せた。
「そういやさ、アルスは細剣使いだよな」
「ん?そうだけど……」
「しかも盾無し。でも、お前ってAGI型では無いよな」
思わず、足が止まった。
フルダイブ不適合とか、そういう不安も一気に吹っ飛ぶぐらいの衝撃が自分を襲う。感じる冷気はこれは冷や汗に近い何かだろう。途端に言葉を返さなくなった俺を訝し気に見ながら、つられるように立ち止まったキリトは、そんな俺に気付くことなく言葉を続ける。
「確かに、装備してるのは軽金属だし軽さを重視してる限り確かにAGIも上げてるんだろうけど……、でもどちらかというとSTR重視のSTR-AGI型だろ?細剣使うのに珍しいよな」
「……あ、え、えと……」
「実は細剣の他にも武器使ってたり?なんてな」
「……まさかー」
ははは、とお互いに笑い合う。本気で冗談のつもりらしいキリトは早く安全地帯について持ってきていた昼飯にありつきたいらしく、再び歩き出す。その背中を見ながら、思わず小さくため息に近いものが零れ出る。
結局、それからも特に希望を見出せるほどの成果も出せず、年内復活は無理かと見切りをつけて、ダンジョンから脱出した。時刻はそろそろ日が暮れそうな時間。昨日一昨日は、もう少し潜っていたが、今日は折角の大晦日なのだから、野郎二人という虚しい光景にはなるが、ゆっくり年越しでもしようと俺が提案したのだ。
今現在寝床に利用している宿がある第五十層へと戻る前、ダンジョンから出て街へと戻る途中に見えた夕焼けがとても眩しく綺麗で、目を細める。時期は完全な冬なのに、層によって気温はあまりにも違い、ここは寧ろ暖かさが勝っていた。そよぐ風が微かに涼しい。靡く前髪を片手で抑えつつ、思いを馳せる。
それは、先の先の未来のことだ。
このゲームがクリアされるのは、ある意味始まりに過ぎないということ。
誰も知らない未来を俺は、知っていること。
なのに、そんな俺は今、こんなところで立ち止まってしまっていること。
前髪を抑えていた手を離し、その掌を見つめる。ぐ、と拳を握れば湧き上がる悔しさから、力が入り微かにその拳が震える。
不意に、ぽん、と背中を叩かれる。反射的に振り返れば少しだけ片眉を下げつつ口元は笑みを浮かべたキリトがそこにいて。
「早く帰ろうぜ」
「こんな年末の、しかもこんな時間までダンジョンに潜ってたの?」
「えっと……ハイ……」
「あっきれた。折角の休みなんだから、もっと有効に使いなさいよ、それでいざ攻略の時になって疲れたとか言っても知りませんから」
「いや、有効に使ってるさ。……えっと、それは、気を付けマス」
「ふぅん?」
第五十層の転移門の前に転移してから、実はもう十分ほど経つが、俺達は未だにそこから移動出来ていない。……いや、俺は物陰にそっと隠れてる。移動できていないのは、厳密に言うとキリトだけだ。お得意の≪隠蔽≫を使い、俺という存在感を出来る限り消しながら、二人の様子を窺う。
半ばたじたじとなりつつも、向けられる言葉に応答しているキリトに対峙しているのは、それこそ俺もよく知っている彼女――アスナだ。始まりは第五十層に転移してきた瞬間に遡る。
どうやら彼女はキリトを捜していたらしい。第五十層の宿を寝床にしている情報をどうにか手に入れた――多分高かっただろうしリスクもやばかっただろうが、触れてはいけない――アスナは、今日昼からずっとこの層に訪れキリトを捜していた。最初は多分穏やかな気持ちであったのだろう。色んなリスクと引き換えにしてまで会いたかった彼が、あまりにも見つからず、挙句の果てには転移門から転移してやってきたのを目撃するまでは。呆け、そして悔しさと恥ずかしさ。全てが混ざり、顔を真っ赤にした彼女が怒鳴り込むような形でキリトに迫っていくのを横で見ながら、俺はその光景が容易に想像できた。
当のキリトは、アスナが怒っていることに気付かず、最初アスナを見た瞬間、目を微かに見開いた後、ほんの僅かに口角を上がらせた。でもそれは、近くにいた俺以外はわからなかっただろうぐらい一瞬だった。何故なら、近付いてきたアスナの様子が決して穏やかなものじゃないと悟ったキリトは、すぐさま困惑した表情に顔色を変えたからだ。
しかし今現在、何故俺がこうやって、そんな二人を物陰から眺めるような状態になれたかというと、俺とアスナには面識がない。そのため、彼女も俺の存在には気付いてなかったようで、キリトにだけ声をかけたのだ。俺は、これ幸いとそれを利用して二人の元からこっそりと抜け出した、というわけである。
「……しっかし、美人だなぁ……と、思わんかね?」
「……おっとォ?」
じっとアスナの横顔を眺める。眼福過ぎるなぁと思う。実際目の前にするとその美しさはずば抜けているということがわかる。栗色のすらりとした髪の毛から、ぱっちりとした榛色の瞳。思わずため息が漏れそうになるとはこのことだろう。こんな美人だもん、キリトも惚れるわなぁ。と、思いながら、俺はその物陰で隣で同じように二人の様子を窺っていた彼女に、それはもう自然をバリバリ装いながら声をかけた。
「これは驚いたナ。オレっちのことに気付いてたのカ」
びっくりした表情の彼女――アルゴがこちらを見上げてくるのを至近距離から見つめ返した。多分、向こうは俺の存在に気付きながら、俺よりも遥かに高い熟練度の≪隠蔽≫を使って、かなり近い位置を陣取りながら二人を見ていたのだろう。まさか俺にばれるとは思ってもおらず。
あまりの近さからじり、と後退しようとするアルゴが視界の端でわかる。そもそもこの距離まで近付いてきたのは彼女なのに、何逃げようとしてるんだろう。そんな感情から離れた分だけ近づくように軽く踏み込めば、彼女はびくりと肩を震わせた。
「何震えてるんだ?」
「な、流石に近いだロ!」
「自分から寄ってきたのに?わがままだなぁ……」
「わ、わがまま……って……っと」
言い返そうと口を開いたアルゴの瞳がみるみる内に見開いていく。何かおかしいことでも言っただろうか、とその顔を見ながら首を傾げる。しかし、次に聞こえてきたのは、別に俺の発言についてでもなんでもないもので。
「……君が言葉をちゃんと返してくれるとハ」
「あー……」
気まずい感情が一気に溢れて身を引くようにして距離を置いた。
そうだった。俺とアルゴのこのソードアート・オンラインの正式サービスでの初対面というのは、あの月夜の黒猫団の件があってからのことだった。故に、俺は人と関わることを忌避し、その上、彼女がどのような生業をしているかを知っていたために、かなり徹底的に避けていたのだ。
段々と申し訳なかったという気持ちでいっぱいになる。視線を微かに彷徨わせては、それに気づいたのかアルゴがぐぐい、と顔を近づけてくる。今度は俺が逃げる側となったのが面白いと言わんばかりに。
「ま、まぁ。悪かったよ、色々あって……」
「まぁいいけどモ。おかげで君についての情報はさっぱりだヨ。いい値で買うから提供してほしいもんダ」
「俺についての情報ねぇ……」
片手で近付いてきた彼女の顔を押さえつけながら謝罪を述べれば、あっさりとした返事が返ってくる。
そしてこの罪悪感を逆に利用するように、俺の情報を得ようとするその強欲さまでアピールされて、ただ凄いなと感心してしまいそうになる。
しかし、それはある意味都合がいい。
「ずっとアルゴにはお礼が言いたかったしな、いいよ」
「……ん?お礼?」
きょとんとした表情が視界に写る。驚きだの呆然だの今日の彼女は随分と表情豊かで見ているこっちとしてはとても楽しいが、表情筋は疲れないだろうか。いや、この世界ではそういうのは関係ないのだろうけども。
隠れるのに使っていた壁に背を預けるように、身体を軽くそっちにもたれさせながら、彼女を見下ろし目を細める。なにもわかってないという顔は、彼女のことを考えると相当レアな気がする。自分がそんな優位な立場にいるのは些か気分がいい。ちらりとキリトの方を見れば、まだアスナと言い合っているのが見える。まだ、こちらに来ることはないだろう。
「"俺は正式サービスに参加するつもりはない。しても、データは変える。だから、これでお別れだな"」
「……!」
「って言っても、名前ぐらいは挙がってしまうんじゃないかって思ってたんだ。お前が情報を操作してくれたんだろ?」
「う、嘘だロ……じゃあ、オマエは……」
口元に人差し指を立てて、薄く笑む。ないしょ、の合図であり、あの日彼女に最後に見せた仕草だ。
微かに指を震わせて、その人差し指を俺の方に向ける。人を指差しちゃだめだろ、なんて軽口は流石に今はきいちゃいけないということが俺でもわかる。
「……"Light"」
懐かしい名前が耳に入る。薄く笑んだまま「おう」と返事をした。
プログレッシブ未読なのでアルゴの言動に自信がありませんがご容赦ください。