SAObr - System Artificial Operation by reincarnation - 作:くく
"Light"
ライト、と安直に読むその名前は俺のβテストの時に使っていたアバターの名前だ。
「えー、ああ、うん」
「……」
目の前に正座で座る黒衣の剣士を、椅子の上から見下ろす。ちょっと、脚とかも組んでみたりして凄みを出しているところがポイントだ。
にっこりと、完全に貼り付けたとわかるような笑みを携える。
「キリトくん、俺に言いたいことは?」
「……えっと、明けまして、おめでとう……?」
「うん、まぁ、そうだね。明けましておめでとう。
それで?年が明けるまで親友を放置した言い訳をどうぞ?」
現在二〇二四年一月一日。
今の時刻は年が明けてから二時間ほど経過したぐらい。無事にこのデスゲームに囚われてから二回目の新年を迎えたばかりだ。
昨日は目の前の彼、キリトと夕方まで一緒にダンジョンに潜っていた。そして、その後二人で少しお高めのNPCレストランでご飯でも食べて、ゆっくりと年が明けるまでのんびり過ごすかという話をしていた。そう、していたのだ。
しかし、それが果たされることはことはなかった。
その理由は、彼が年明けまで余所に行ったきり帰ってこなかったからだ。曰く、
――かの閃光が、無駄にしてしまった約五時間を返せ、と。
理不尽極まり無いだろう申し出に、最初は首を横に振ったらしい。しかし、美味しいNPCレストランでご飯を奢るという追加条件を聞き、その気持ちが揺らいだそうだ。勿論、その時は俺も誘おうとメッセージを送ってくれてたので、その件は知っていた。ご飯だけ、しかも返せと言う割には奢ると言っている彼女の真意をそれとなく察した俺は、その誘いを断り、二人で行って来いと返事をした。食事が終われば戻ってくるだろうし、もし帰ってこないにしても連絡が来るだろうと思ったからだ。しかし、問題はその後だった。
どうやら、年越し寸前に期間限定らしいクエストが現れたらしく、キリトと閃光、もといアスナはそのクエストに挑戦してしまったらしい。しかも、これに関しては連絡が無かった。
流石に夜の二十三時を越えたあたりで、一切連絡が無いために俺も心配が募った。どこにいるだろうかと確認しようにも何故か追跡不能状態。おいおい、まさか愛の逃避行をしたとか言わねえよな?と年が明けて連絡が来るまでの約一時間、何も手が付かない状態で宿屋の一室で俺はひたすらうろうろしていた。
俺でもわかる。絶対にキリトがクエストを発見してうずうずして後先考えずに受けてしまったのだろう。そして、アスナもまた、そんな彼一人クエストに参加させて何かあったら心配だから、とかそんな理由で二人で受けたのだろう。とっても、想像できる。できるが、だ。
「許せるかは、また別だよなぁ」
「んぐ……」
美味しい食事にありついた上に、レアなクエストを受け、挙句の果てにはそれら全てをこのソードアート・オンラインというゲームで一番と言っても良いレベルの美貌の少女と共にこなしたというのだ。前者はまだ許容するとしても、結局六時間近く彼女を独占していたのだ。しかも、俺は放置で。
別に彼女面したいわけではないし、寧ろそんなつもりもなければ、何度も言うがその気は一切無い。でも、現時点で俺の友好関係はキリトが上位なわけだし、何より一緒にのんびり年を越して、明日からまた頑張ろうぜ、なんて約束をしていたのだ。拗ねても仕方あるまい。前世の記憶のせいで精神年齢はそこそこ上がったが、結局は十五歳という多感な年齢なのだ。
いつの間にかすみませんでした、と言葉と態度で示すように、目の前で正座から土下座へとシフトチェンジしていた彼の頭部を見つめながら大きなため息を吐いた。
――こいつも、同じ十五歳で多感な時期だもんなぁ。
好奇心には勝てないだろうし、本能だってあるだろう。
何だかんだ帰って来てから一時間近く正座させたわけだし、そろそろ良いか。ここは、俺が一歩大人な対応をすることで立場をわからせてやるというのも一つの手だ。
「……ったく仕方ないなあ。ただ、流石に連絡無しは勘弁しておくれよ。心配する」
軽く笑いを吐き出すような仕草をしつつ、苦笑を浮かべてやれば、もう一度謝罪をしつつ安堵したような彼の表情が窺えた。
「進みはあまり良くないんだって?」
時は進み、現在二〇二四年一月七日。
年末年始の休みという名目は終了し、攻略は再開された。が、やはり第五十層ということで、Mobのレベルも跳ねるように上がっており、中々に苦戦をしているという噂がよく耳に入ってくる。
やっとフィールドボスを撃破したらしく、今日の攻略を終えて帰ってきたキリトに進捗を窺う。明日から迷宮区の攻略に入るらしいが、この様子だとこの層の突破は最低でも、後五日はかかるだろうと予想されている。それが進みとしては良くない、というのは言葉では聞いていたが、実際はどうなのだろう。
「ああ。やっぱ敵が強くてな……士気も下がってるって話だ」
「士気って……それ、大丈夫なのか?」
「ううん……あんまり、良くはないだろうな」
ターニングポイントとは言われているが、それでもこの第五十層を突破できれば、残りはあと半分なのだ。それを考えれば頑張ろう、という気持ちになれないものか。そんなまるで他人事だからこそ思い浮かぶ考えが頭に過る。でも、それは口にするのは憚られた。 何故なら、俺はその場に立つ資格がまだないからだ。
そう、俺はこの年末年始で、結局連携が出来ない状態を克服することは出来なかった。
そこそこに改善の兆しは見える時もあったが、実戦での役には立てそうにない。取り敢えず、次の次辺りの層の攻略に参戦することを現段階の目標とし、あまり焦らずにやっていこう、という結論に至った。そのため、キリトが攻略組に参加している時は、ソロで一人ダンジョンに潜り、時間が合う時は一緒にパーティーを組んで連携の特訓を繰り返していた。
不甲斐ないとは思う。
立ち直り、最早大分以前の調子を取り戻しつつあるキリトを見れば見るほど、焦らないで行こうと言葉にしながらも焦ってしまう自分がいるのを自覚する。しかし、それを表に出せば、きっと彼は俺のことを気に掛けるだろう。それは絶対に嫌だった。
マイペースを装いながら、のんびりとした雰囲気を保つのを心掛けつつ、少しでも彼らの役に立てないものかと考えてみる。フロアボス攻略には参加は出来ない状態だが、小さなことから協力していけないかと年始から再開した攻略活動を見ながら思ったのだ。しかし、中々良案が浮かばず、結局ずるずると自分のレベル上げぐらいしか出来ていなかった。
……ううん、迷宮区、かぁ。
ここから迷宮区に入り、マッピングを行い、ボスの部屋までを踏破していくわけだ。勿論、道中の敵は強いだろう。それでも、現状七十を超えた俺とキリトのレベルなら、やろうと思えばソロでマッピング作業は出来るわけで……。
「あ」
思いついたように手を叩く。突然声を上げた俺にキリトは訝し気に首を傾げながら俺の名前を呼んだ。
「どうした、アルス」
「俺も、明日から最前線の迷宮区に潜るよ」
「お、おう。……おう!?」
「ほら、マッピングぐらいなら俺でも出来るかなって」
名案だ。ボスまでのマップを踏破して、そのデータを提供すれば絶対に攻略の進行も良くなるはず。そうと決まれば準備をしようとアイテムストレージを表示させる。それなりに回復アイテムなどは溜まっているから使いやすいようにセットし直し、武器や装備の耐久値も確認していく。そんな俺の視界の端で、驚愕のまま口をわなわなと震わせたキリトがやっと我に返ったように今度はその顔を左右にぶんぶんと振ってみせた。
「い、いやいやいや!やめた方がいいって!」
「でもキリトもソロでいつも迷宮区に入ってマッピングしてるんだろ?スイッチとかは出来ないけど、道中のMobぐらいならお互いソロでも狩れないほどじゃないだろうし」
「そうじゃなくて!最前線に出て、お前の存在が知れたら、逆にボス戦に参加しない、なんて通用しなくなるかもしれないだろ!」
「は?」
「は?じゃなくて」
必死に反対するキリトのその理由が、自分が思っている理由と全然違って呆ける。
ボス戦に不参加が通用しなくなる?どういうことだろうか。言われている意味がよくわからず片眉を上げて今度は俺の方が首を傾げる。
「だから……最前線の迷宮区に潜ったってわかったらお前が前線で通用するってことが攻略組にバレるだろ?そうなったら、多分ボス戦に参加しろ、ってなると思うんだ。……特に、この第五十層は……」
「あー……ははぁん……なるほど……」
随分難儀な問題だ。言われてやっと気づいたが、その可能性は大いにあると思った。
キリトと二人で迷宮区に潜り、どんどん奥へ奥へと進んでいくことは出来るだろう。しかし、出来て、そのデータをキリトが代表して提供したとして、どこでその時に俺がキリトとパーティーを組み、そして一緒に潜ってたという情報が洩れるかはわからないのだ。
そして、それが最前線にバレてしまえば、それこそ最前線の迷宮区でも通用するレベルを持っているプレイヤーだということがわかるだろう。んでもって、それなのにボス戦はパスで、なんてことが許されるかどうかなんて、言われなくても答えはNO。許されるわけがないだろう。特にこの層は、ターニングポイントと呼ばれる層なのだから。強いプレイヤーが少しでも多く参加してほしいと誰もが思っていることだ。
仮に俺が連携が出来ないんです、と言ったとして、それが通じるかも怪しい。別に攻略組の人たちのことを疑っている、とかではなく、一般論として怪しいのだ。だって、それを証明するためにわざわざ皆とパーティーを組んでボス前にどこかに狩りになんて行けるわけもないのだから。ただ単に逃げたいから言ってるだけだ、と思われるのが定石だ。
非常に厄介なことだと理解すれば、がしがしと前髪を掻き上げる。眉間に若干皺が寄ってしまうのも仕方ないだろう。折角名案が浮かんだと思ったのに、結局自分の現状のせいでそれは難しいと判断されてしまったのだから。別に息の合った戦いとかは求めないから、必要最低限の連携……スイッチとPOTローテぐらいは出来るようになって欲しい。自分の事ながら、他人の事のように願う。
諦めたようにため息を吐けば、少し眉を下げ笑うキリトが俺の肩をぽんぽんと叩いてくれる。
「取り敢えず、アルスは今は自分の事だけ考えてていいと思うぜ。治ったらどんどん前線に出てもらうんだからな」
「ああ。わかってる……あーでも、なんかほんと不甲斐ないなぁ……」
「そんなこと無いって。あいつらが初めてのパーティーだったんだろ?」
「……まあ」
「トラウマになるのも無理ないさ。じっくり治していこう。それまでは俺がお前の分まで攻略頑張るからさ」
「キリト……」
「ん?」
「お前……良い奴だな」
「そ、そうか?」
少しだけ照れたような彼が頬を指先で掻くのを見ながら、このゲームに参加したプレイヤーのためにも、そして彼のためにも、早く彼の隣で戦えるようになろうと強く思った。
「ごめん、アルス。……前あんなこと言った矢先で本当に申し訳ないんだが、明日の第五十層ボスの討伐に……参加して欲しい」
二〇二四年一月十三日の夜。俺はあの時の言葉や思いを早々に撤回したいと思った。