SAObr - System Artificial Operation by reincarnation -   作:くく

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残酷描写あり。閲覧注意。


16.第五十層 迷宮区 - 2

 

 

 

 

 

 その相手を一言で表すと言うならば――『脅威』だった。

 

 全身はまるでただの金属では表せない、合金の鈍い光を秘めている。その姿を例えるならば仏像。しかも、ただの仏像ではなく、多腕……六本の腕を携えた、大きな像であった。

 見上げねば頭部を捉えることの出来ない大きさの持ち主は、その顔に仏像特有であるアルカイックな笑みを浮かべており、それがさらにこちらに恐れを煽る。圧倒的な強さが、その存在感だけでわかる。

 身が竦みそうになるのを堪えながら視線だけで周囲を見渡せば、他のプレイヤーも皆同様に、その瞳に微かな恐怖を宿していた。このソードアート・オンラインの正式サービス版では初めてのフロアボス戦である筈の俺でもわかる。この敵は、今までとはまた桁違いの強さを持っていると。

 

 

 

 

 

 

「C隊はブロック!A隊はC隊に続いてスイッチ!」

 

 

 戦闘開始から三十分。戦況は芳しいとは言えないものの、何とか敵にダメージを与え、少しずつだがそのHPゲージを削ることに成功していた。血盟騎士団副団長であるアスナの声が戦場に響き、洗練された連携による各隊の攻撃が代わる代わる繰り出される。時間はかかるものの、こちらの攻撃がまだ通用する敵だという認識が俺達の戦意を何とか繋ぎ止めている状態であった。

 俺はその隊たちとはまた別のサイドから攻撃をしては下がるという、独自でヒット&アウェイを行い、極わずかにだがボスのHPを削っていた。キリトは他のプレイヤーと即席のグループになり、交互に攻撃を行いきちんと回復を行っているようで、HPゲージはまだ半分以上を示す緑が表示されている。

 自分のHPゲージを確認すると気付けば六割を切ろうとしていた。流石にやばいかと思い誰かに声をかけるわけでもなく下がろうとバックステップを踏む。連携としては最悪な行為だとわかっているが、誰かに声を掛けようものなら身が竦んでしまうためにそれは出来なかった。しかし、それに気付いたキリトが一テンポ遅れるようにしてパーティーに声をかけて俺が元いた位置に滑り込むようにしてサポートに入ってくれる。

 胸の奥でチリ、とした痛みが走るが、気にも留めずに武器を納め右手でアイテムストレージを操作し、回復ポーションを取り出しその中身を煽る。徐々に回復していくHPゲージを確認しながら、後一、二分もすればそのゲージが満たされるだろうと思い、その合間に戦況を確認しようと辺りを見渡す。

 

 

 アスナの指示もあり、ある程度が纏まった攻撃を行っている。しかし、合金に覆われた奴の身体はぞっとするほどに堅く、剣も三回に二回は弾かれてしまう状態だ。どうにかSTR重視になる重撃の類は通用するようで、エギルやその他の両手用斧や重めだろう両手用直剣の攻撃で削っているが、これではジリ貧だ。目に見えて疲労が雰囲気に混ざっている。アスナもそれがわかっているのだろう、焦りが顔に出そうになるのを必死に堪えて、冷静に努めて声を上げていた。

 

「攻撃来ます!ブロック&回避!五打目の後に隙が出来るのですかさずB隊スイッチ!」

 

 ボスが攻撃のモーションを取る。巨体であり合金という強固な身体を微かに捻るようにして構え、一、二三、四五と言うテンポで繰り出される六本の腕による五連撃。その後には少しだけこちらで言うスキル硬直のように僅かな空白の時間が出来る。それをこの短時間で覚えたアスナの指示が響いた。

 

 しかし、かの敵のHPゲージは五段あった内の三割が失われ、残り二本となっており、攻撃モーションに新たな動きが加えられていた。

 五打撃目が繰り出された後、指示通り滑り込むようにしてB隊が突っ込んでいく。先程までは五打撃目に繰り出した腕を戻した後に動きを一時停止させる筈のボスは、六本の腕で唯一この五打撃で使わなかった腕を振り上げた。

 

 ――まずい!

 

 瞬時に判断した俺は声を上げようとする。しかし、その声は自分の意思とは別に響かない。こんな時まで役に立てないのか俺は、と驚愕に顔を顰めるもどうやら自分と同じようにおかしいと気付いたキリトの声が少し遅れるように叫んだ。

 

「攻撃モーションが変わっている!みんな後ろに飛べぇええ!!」

 

 どうやら、キリト同様にアスナも変化に気付いていたようでB隊に下がるよう指示をキリトよりもやや早く告げていた。連携も対応も早い彼らはその声に反射的に後ろに跳ぶ。それに対しすかさずボスの追加された六撃目が、約百八十度以上もの範囲を横に薙ぐようにして繰り出された。

 きっと、まともに受けていたら俺でも五割、他のプレイヤーだったら七割近くのHPが持っていかれただろう強撃にひやりとしたものが背中を伝う。そして、その推測を誰もがしたのだろう、全員がボスから距離を取った状態で、直ぐに攻撃に転じることが出来なかった。

 

 

 そして、悲劇は起こるべくして起きたのだ。

 

 

 

 

「スイッチ!」

 

 それから更に二十分ほど経過し、慎重に慎重を重ねるように、先ほど以上に安全を意識したフォーメーションを取りながらも何とか敵のHPゲージは残り一段となろうとしていた。

 何とかまだ死者はいない。このままいけば何とか撃破出来る――。きっと、この場にいた大半がその時は思っていた。その筈だった。

 

 俺は正面から対峙している他のプレイヤーとは違い、側面から出来る限りタイミングを狙い攻撃することで、ボスのターゲティングを錯乱させるという作戦を行っていた。細剣の攻撃は敵のHPを削ったとしてもあまりに微々たるもので、それならばヘイト稼ぎを狙った方がいいだろうと思ってのことだった。

 そのために、スイッチ、と叫んだ声が響いたことに気付いていても、気にも留めていなかった。それこそ、それは彼ら同士の連携技であり、現状ソロ状態の俺に出来ることはないのだから。

 だから、その後の叫びによって、現状の最悪さを気付かされたのだ。

 

「おい!!スイッチって言ってるだろッ!!」

 

 弾かれるように、多くの視線がそちらに向いた。そこにはスイッチによって後退し回復しようとしている、HPゲージが赤に入ろうとしているプレイヤーと、背後で硬直してしまっているプレイヤーがいた。焦るように声を上げるも、背後のプレイヤーは顔を真っ青にさせて、何かぶつぶつと言っている。正直、誰かが代わりに攻撃を弾いて交代しないと危険な状態だ。それでも、背後の彼は動かない。その光景はまさに異常で、咄嗟に助けに入ろうとアスナ、キリトが駆け出そうとする。

 しかし、それはもう遅かった。

 

 流石にこれ以上はやばいと思ったプレイヤーが、何とか一撃目の拳を弾く。そしてなりふり構わず回復するために後ろに逃げようと踵を返そうとした。が、その瞬間横から抉るようにボスの拳がそのプレイヤーを弾き飛ばしたのだ。

 容赦のない追撃。スイッチして交代出来ていれば、少なくともその攻撃は防げただろう一撃。それは、かのプレイヤーの残っていた僅かなHPを全て削りきってしまった。

 あまりにも強い一撃だったそれは、プレイヤーの右半分を大きく抉り、最期言葉を残させることもさせず、その身体を四散させた。

 

 恐ろしいまでの沈黙が走る。

 誰もが予想もしていなかった悲劇が起きた。このままいけば、と考えていたプレイヤーの希望さえも砕くほどの衝撃が与えられる。

 

「ッ……無理だ……HPが残り一段になってまた攻撃モーションが変わっちまったら、今度こそ俺達ここで死んじまう……」

 

 やっと聞こえてきた顔を青褪めたプレイヤーの声は、最早絶望に染まりきっていた。

 ガタガタと震え、何歩か後ろに下がっていく。

 そのプレイヤーは、よく見れば、今日決行すべきだと主張しただろう彼らの中の一人だった。

 

「嫌だ……死にたくねえ……ッ、俺は、死にたくねえッ……」

 

 そんなの、誰でもそうだ。

 今だって皆、身が竦みそうになるのを耐えて戦っている。だから、だから。

 

「転移!アルゲード!」

 

 

 お前だけが、逃げるだなんて。

 

 

 一人のプレイヤーを死なせてしまったその場所に、もう誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

「やばいな……」

 

 ボスから距離を取った場所でキリトが呟く。近くにはクラインとエギル、そしてアスナさえもが集まるようにしてお互い敵と対峙しながら言葉を交わす。

 

「まだ戦意があるのは……」

「他の風林火山のメンバーも流石に厳しいな……」

「血盟騎士団のメンバーもほぼ駄目ね。今タンクであるC隊が攻撃を防いでいるけど、彼らもこれ以上は……」

 

 あれから、戦況は一気に逆転した。

 一気に恐怖に煽られてしまったプレイヤーが次々と転移結晶を使いいなくなってしまったのだ。それでもまだ二十を超えるが、その大半はほぼ戦意を喪失しかかっており、いても戦力として換算するには難しい状態だった。

 残り一段となったHPもあれから全く削れていない。失っていくのは戦力ばかりな状態でこのまま戦闘を続行するのも難しい。

 

 何とか攻撃をブロックしている血盟騎士団のタンク隊だが、きっと一度下げてしまえばもう前に出すことは難しいだろう。それほどに、皆の顔色は恐怖に塗れている。

 

「せめてタンクが機能していれば……」

「なら、それは私が引き受けよう」

「ッ!?」

「な、団長!?」

 

 きっと残り一段なのだから、このメンバーでスイッチを繰り返し攻撃を重ねれば削りきれるだろう。そう、考えたのだろうキリトの呟きに反応したのは、誰でもない。血盟騎士団団長であるヒースクリフだった。

 その彼は、驚愕するキリト達にそれ以上の言葉は告げずにボスへと向かう。入れ替わるようにタンク隊は下がり、気付けばボスの攻撃をヒースクリフ一人で対処している状態が出来上がった。

 涼しい顔をしたまま、まるで先が読めるのではと思ってしまう程に鮮やかにボスの攻撃を左手に持つ大きな盾で防ぐ。時折弾くように右の剣も振るう。じりじりと彼のHPも減っては行く。チャンスは今しかないと瞬時に判断したキリトは、クラインとエギル、アスナに視線を滑らせて頷いてみせた。

 

「今は彼を信じて行くしかない」

「……そうね。ここで退くわけにはいかないわ」

「おっしゃ、俺達の実力見せてやろうぜ!」

「足を引っ張るなよクライン」

 

「アルス」

 

 四人がボスへと向かおうとする時。不意にキリトが俺の方に振り返った。

 

「お前はここで待っていてくれ」

 

 それは、正直予想していた言葉ではあった。

 この状態は最早如何に連携を取って、攻撃を打ち込んでいくかが重要だ。だからこそ、俺のようなスイッチもろくに出来ない野郎は足手まといなのだ。しかし、キリトの表情は決して俺を役立たずだから弾こうとしている、とかじゃない。

 それは、自分を責めるような顔だ。まるで、俺をこのボス戦に呼んでしまったことを悔いるような。

 

「……キリト」

「必ず倒してくる」

 

 きっと、彼は俺がこのボス戦で恐怖を抱いたのだと思っている。

 初めてのフロアボス戦で、こんなことがあって。俺が半年以上も前の時、何故最前線に来ないのかという問いに「ボスへの恐怖があるから」と吐いた嘘を彼はずっと信じていたからこそ、さらに恐怖を刻み付けてしまったという罪悪を彼は感じている。

 そして、そんな彼を気にするなと、俺も一緒に行くよと言える自分が今いないことに絶望する。

 四人は俺に背を向けてボスへと向かう。声を荒げて、スイッチと叫び突っ込んでいく。

 

 

 惨めだった。

 こんな時に足が竦んで動けない自分があまりに惨めだった。

 さっきまでは平気だった。一人ではあったが、戦うことは出来た。なのに、今じゃそれも難しい。

 他の奴らと一緒だ。俺の中の戦意がどこにあるかわからない。

 

 悔しい。悔しい。

 

 何故戦えないのかがわからなかった。だって、本当は戦えるはずなんだ。

 ずっと戦ってた。一人じゃない時だってあった。

 

 悔しい。腹立たしい。

 

 気付いたら、ぽたぽたと目から何かが溢れてた。

 涙だ。泣いている。でも、泣いているのは()じゃない。

 

「――ぁ」

 

 ぼやけた視界で彼らを見遣る。薄い水の膜が俺と彼らを隔ててる。

 それがまるで自分と彼らに一線を引くようで、まるでその世界は自分のいるところとはまた別のようで。

 

 それで、やっと気が付いた。

 

 

 泣いているのは、()じゃない。

 泣いているのは、()だ。

 (今世)じゃない、(前世)が、泣いている。 

 

 俺を自覚してから、今日、たった今まで。一度も俺は、俺と溶け合ってなどいなかった。

 

 戦えなくなっていたのは、俺じゃない。

 ()()()()だ。

 

 

 

 

 

 




本心と建前と真実と我儘が織り成したのは一つの虚実でした。

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