SAObr - System Artificial Operation by reincarnation - 作:くく
主人公の独白。
相手はあるけれど、結局は一人でしかない話。
少し意味不明なところがあるかもしれませんが仕様です。ご了承ください。
この世界を、一言で表すとするならば「灰色」だった。
色はあるけれど、全て褪せているような、俺自身が今ここで生きているのかもわからなくなるような、そんな味気ない世界。
あぶれ者のような気持ちはずっと抜けず、どこか冷めていた。それが、今の俺。
決められたレールをただ歩けばいいと言われて、それでいいやと思ってた。
でも、どこか自分に似た少女と出会った時、俺は自然と言葉を漏らした。
「どこかに逃げないか」
どこでも良かった。と、いうよりもはどこに行くつもりも無かった。
ただ、どこか色褪せていることのない、灰色ではない、鮮やかな世界が欲しかった。
俺だけの現実が欲しかった。俺だけの真実が欲しかった。
勉強も、何もかもつまらなかった。別に苦労することも無かった。成績は狙ったように平均的なところをキープさせることが出来ていたし、俺自身、やる気が無かった。
だから、俺は俺自身の抱えているよくわからない知識をどこにも出さないで抱え続けた。
そんな俺の世界を変えるきっかけになれそうなもの、それが仮想世界だった。
この世界が俺にとっての現実でないのなら、そこであれば、と俺は期待した。
でも結局、世界は変わらなかった。だから俺は、失望したのだ。
かのゲーム、ソードアート・オンラインのβテストを終えた時、俺の心の中には失望しかなかった。
だから、そこで知り合ったフレンドにはもう俺は正式サービスはやらないと公言したし、もしやるとしてもデータは変えるだろうから、関わるつもりも無かった。
でも、そんな世界でも俺はそのゲームの本当の始まりの日が訪れることを待ちわびていた。そして、結局俺はナーヴギアを被ったのだ。
その日、ゲームマスターである茅場 晶彦からデスゲームのことを告げられ、己の全てを思い出すまでは、まだ希望を持っていた、のかもしれない。
対して、前世の俺は、酷く難しい奴だった。
人と関わることを苦手とし、勉強と二次元を愛していた根暗な気質を持っていた。
死因なんて呆気ないもので、それこそ、語るのも恥ずかしいと思えるほどどうしようもない奴だった。
でも、人を苦手としていただけで人が嫌いなわけではなかったのだ。
「俺はもう、死にたくない」
前世の俺が願う。
「どうでもいい」
今世の俺は、捨てる。
生きたいと、救いたいと願う意思と、全てどうでもいいと思う感情が俺の抱く感情をあべこべにさせる。
本当は生きていたいとも思わないし、救いたいとも思っていないはずなのに、手を伸ばしそうになる、心に痛みを感じさせる。
俺はいったい何なのか。
俺たちは、いったい誰なのか。
目の前にいる、中年手前の男性は酷く悲しそうな顔を浮かべていた。
「……はじめまして、かな」
「……そうだろうね。まさか、意思が二分されているとは思っていなかったよ」
「それを言うなら、俺もだよ」
「でも、よく考えたらその筈なんだ。だって、俺は貴方の考えが理解できないのだから」
死んだって良かった。俺も、皆も。でもどうしても先に進めなかった。それはきっと、目の前にいる彼の本能が叫ぶ拒絶反応だったのだ。
未来がわかるからだけじゃない。クリアされるとわかっているからこそ、死にたくないからこそ、その場から動くことが出来なかったのだ。
でもそれが、彼にとってさらに辛いと思わせていた。人嫌いではない根はお人好しであっただろう彼は、見捨ててしまった命に対して心を痛め続けていた。
だから、進むことを選んだのだろう。そして、喪ってしまった。
「FNC……戦えないバグとなっていたのは、貴方だね?」
軽く伏せられた瞳をそのままに、彼は小さく首肯した。
「死にたくない」
ぽつりと目の前の彼が弱々しく呟く。
「こんな褪せた世界で生きて何になると言う」
「それでも、もう二度とあんな思いはしたくない」
「わからないよ。死ねば今度はもっと素敵な世界に転生できるかもしれない」
「それでも、死にたくない。眠れないんだ」
手で顔を覆い、崩れそうになるのを必死に膝を震わせるだけで耐えながら、彼は嘆く。
「あの日死んでから、ずっとずっとずっと……俺は眠れない。どこか意識が漂ったまま、暗いどこかにいるだけ。あれからどれだけの時間が経ったのか、それさえもわからないぐらいにずっと。だから、意識が目覚めた時、どんだけ俺は嬉しく、そして目の前の光景に絶望したか!」
わからなかった。
俺には、彼の言葉がわからなかった。
抜け落ちたピースの隙間から零れ落ちていくように、その言葉の思いが俺の中でとどまらずに消えていく。
「貴方は俺だ」
「……そうだ、俺は、君だ」
「なら、わかるだろう。……俺にその思いはわからない」
ぴくり、と肩を震わせた後、虚ろな瞳が俺を射抜く。
「理解しようとも、思えない」
半年以上彼の気持ちと触れてきた。恐怖、切願、傲慢、絶望……沢山の感情が動いた。きっと、俺だけなら動くことのなかっただろう感情たちばかりだ。
それでも、俺はそれがいいことだと思えなかった。寧ろ、邪魔だとさえ思った。
俺が掛ける思いは限定された者達にだけだ。それでいい、それでいいのだ。
「俺はずっと、俺だけの現実が欲しかった。俺が生きていると実感できる世界が欲しかった。勉強だってなんだって、"それが当然"ではなく、ただ、褒めて欲しかった。俺という存在を認めて欲しかっただけだった
でも、それは叶わないってすぐにわかった。だから俺は頑張ることを止めた。彼らの望む俺の最低ラインを維持し続けることで、俺は自由を手に入れようとしていた」
「……それが、あの君の選択だね?」
今度は俺が頷く番だった。
「――仮想世界。作り上げられた夢の世界でなら、きっと居場所がある。……そう、思ったんだな」
「……でも、無かった」
あそこは一つのリアルではあった。しかし、俺の求めていたものではなかった。
期待されることを忌避していた俺が、期待した世界は俺の願いを叶えてくれることは無かった。その時浮かんだ感情は、ただただ虚しかった。望みを失い、湧いていた感情の行き先を失った。
「だから、もうどうでもいいんだ」
持て余した感情ををのままに、戦いに出る。先に進んで、いつかこの身体が朽ちるのを待つ。もう、それでいいのだ。
「嘘だね」
何故だか、その言葉は俺の奥深くに刺さった。
「君は、捨てきれない。君が彼らに掛けた思いは偽物なんかじゃない」
「いいや、違う。それは俺の物じゃない。貴方が作り出した仮初の感情だ」
「いいや、それこそ違う。俺たちは、同じなのだから」
いつの間にか、虚ろに見えたその瞳は真っ直ぐに俺を射抜いていた。
「俺が君の思いを、選択を知り、否定できないのと同じように。君もまた、俺の思いと願いを知り、否定できないでいる」
「……否定できないと、同じは違う」
「……そう言われてしまうと、そうなのかもしれない」
俺と彼。元は一つだったのかさえもわからないほどに、俺達は違った。同じだとわかるのに、まるで別物のような互いが浮き彫りになる。
生を望み、人を救いたいと願う彼と、無を望み、全てを捨ててしまいたい俺。
あまりに違う。あまりに違いすぎる。なのに。
「でも、彼女に掛けた君の思いが、答えだろう」
最初は、小さな思いだった。
でも、全てをやめようとした俺を繋ぎ止めた、思いだった。
「でも、彼女に俺は必要ないんだ」
俺の手で救いたかった。初めてそう思えた存在だった。
だから、知りたくなかった。前世という存在を理解した時に知ってしまった、彼女に自分が必要ないという事実が何よりもショックだった。
どうしようもないぐらい、裏切られた気持ちになった。本当に俺の居場所なんて存在しないと思えてしまう程に。
それこそ、投げ出してしまおうかと思った。たった一つの懸念さえも捨てて逃げ出してしまおうかと思った。でも出来なかった。出来なかったのだ。たとえ裏切られたとしても、俺が必要ないのだとしても、それでも。
「「それでも、俺は守りたかった」」
声が重なる。ハッとするように顔を上げれば、少しだけ眉を下げて笑う彼の顔が視界に写る。
「ほら、同じだろう」
対峙する彼の存在が、段々と俺の中に入り込んでくる。
一歩、一歩と歩み寄り、気付けばお互いの額を合わせていた。
「……この感情は、俺のものだというのか」
「ああ。……きっと、きっかけが俺だった。ただ、それだけの話さ」
気付けば、彼も彼の中で整理がついたのか、穏やかな笑みを浮かべている。
「代われ、なんて思ってない。ただ、受け入れて欲しい。俺が願ったこと、俺の思ったこと、その通りになぞれとは言わない。でも、別物として切り捨てず、それもまた、お前自身のものなのだと、受け入れて欲しい」
希うように、額を摺り寄せる。
「――……ああ、わかったよ。貴方の願いと思いを受け入れる。
だから、貴方も受け入れて欲しい。俺の取った選択を――犯罪者になる、覚悟を。
いくら願おうとも、それは変わらない。……変われない。だって俺はこの選択に後悔をしていないから。俺は、この道を歩んでいきたいと、未だに思い続けているから」
前世の俺は、あまりに綺麗だった。
だから、俺は怖かった。今俺が選んだ道は彼とはあまりに違いすぎて、否定されそうで、向き合うのが怖かった。ああ、認める。認めるとも。
俺が一番に、前世を受け入れていなかったのだと。
「……ああ。俺も、受け入れよう。君の決意と、覚悟を。
いつか君の思い描く未来で君が独りとなるとしても、俺はずっと君と共に在り続けよう」
少しだけ嬉しそうに、目の前で彼が笑った。
――溶けていく。感情が同調するように乖離が解け、交わっていく。
「怖いかい?」
「いいや、何だろう。ずっと隙間が空いている気がしていた胸の何かが満たされていく感覚」
「俺も、やっと眠れる気がするよ」
「……ねえ、気になっていたんだけれど。貴方はいったい何歳で死んだの?」
「……三十七、だったかなぁ」
「享年三十八歳……なんだ、全然おっさんじゃないか」
「そうだ。おっさんが何度も泣いてたんだ。最悪だな」
「その人生の半分も満たない人間の身体で良かったね」
「そのせいで涙腺が緩かったのかもしれないな。……さて、そろそろかな」
「……」
「……不安か?」
「不安……そうだね。……あの日、キリトに改めて友達になろうって言われた時、俺はなりたいと思ったんだ。……なれると、思った。……でも、それはもしかすると、本当は俺の感情じゃなくて、貴方の感情に引き摺られて出たものなのかもしれない。だから、目覚めた時、キリトを見るのが少し怖いんだ」
――お互いの境界線がわからなくなっていく。
「あの時抱いていた感情は、気にかけていた感情は全て貴方の物で、俺には何もなかったかもしれない。そうだったら、俺はキリトを俺自身の気持ちで友達として見られるのかなって」
「……ふ、ふははっ」
「……何で笑ってるんだよ」
「いや、なぁに、大丈夫さ。君がそう彼に対して思っている時点で、君の中できちんと彼の事を思い遣っているんだよ。ちゃんと、君の意思で彼と友達になりたいと願った筈さ」
――言葉が、耳じゃなく、胸に響いていく。
「いつかは彼とも違えることがあるだろう。君はその道を選んだのだから。でも、俺はそれでいいと思うよ。最悪で、最低な裏切りかもしれない。……それでも、俺は君と共に進んでやる。だから、いつかその時までは、君は君のしたいことをしていいんだ」
「……したい、こと、か」
「きっと、目覚めた時、わかるさ」
「それが、貴方の愛したストーリーを壊すことになっても?」
「そんな未来があるのなら、見てみたいと思わせておくれよ」
「……じゃあ、俺と一緒に見届けよう。三十八年なんて年数の何倍も、一緒に」
「ああ。俺は君だから」
「ああ。俺は貴方だから」
――さぁ、目を開けて。 " Aluz "
Aluz(アルス)と読みます。