SAObr - System Artificial Operation by reincarnation -   作:くく

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19.第五十層 アルゲード - 4

 

 

 Light。

 ――ライト。

 確かに俺は、光を意味するこの名前を名乗っていた時期がある。

 

 

「第十一層で……彼らと会った時に、キリト、お前がいたことに少なからずびっくりしてたんだ」

 

 懐かしむように語らえば、複雑な表情を誤魔化せず視線が微かに揺れる彼の姿が視界に入る。

 

「お前がレベル二十じゃないって直ぐにわかったのも、それが理由」

 

 二人きりになった部屋は、やけに静かだなと感じた。先ほどまで、今の倍の人数がここにいて、そして、その前は色んな声色が飛び交う戦場にいた。あまりの差に、思わずあの戦いたちは夢だったんじゃないかと錯覚しそうになる。

 でも、そんなわけがないと全てが自分に語り掛けてくる。戦場に赴く前よりも鮮明に彩りを感じる視界。胸の奥底にこびりつくかのように抱いていた恐怖は、もう殆ど無い。

 あれは現実にあったことだ。間違いないと、断言出来る。

 

 自分はもう、戦える。 自分はもう、向き合える。

 そんな確信がある。だからこそ、彼――キリトの問いに素直に頷くことが出来た。

 

「……ライト、俺……」

「おい、ちょっとキリト、待ってくれ」

「え」

「確かに俺は“Light”だった。 でも今は“Aluz”だ」

「……あ、……」

「同じ人間ではあるけれど、違うんだ。 ……だからちゃんとアルスって呼んでほしい」

「……っ、悪い。 なんというか、懐かしくて……つい……」

「……まぁ、それもそうだろうなぁ」

 

 この、“Light”というアカウントは、それこそこのソードアート・オンラインのベータテストの時に使っていたデータのことだ。

 俺はとある諸事情からそのアカウントを使わずに製品版では新しいアカウントでこのゲームに参加した。そのために、元ベータテスターの人達も、俺が元ベータテスターの一人であることに気付かなかったのだろう。

 それは、目の前にいるキリトも同じ。先日言葉を交わした、アルゴもだ。

 だがしかし、赤の他人のベータテスターとキリト、そしてアルゴは少し事情が変わってくるのも事実だった。

 ……と、いうのも。

 

「ベータテストとはいえ、元パーティメンバーだった、なんてびっくりするよな」

 

 そう。キリトと俺は、このソードアート・オンラインのベータテスターとしてゲームに参加してた時、パーティとして一緒に組んでいたのだ。

 初めからずっと一緒だった、というわけではない。けれど、下層のフィールドで頻繁に会っていたために、俺の方から話を掛けた。向こうは最初は少し戸惑った様子ではあったが、話していく内に気付いたら意気投合し、パーティを組むような仲になっていた。

 思い返せば酷く懐かしい思い出達。一年以上前だけれど、暖かな記憶として自分の中で残っている。

 それは、俺が自分の前世の記憶を思い出したとしても色褪せることのない思い出でもあった。勿論、それを踏まえていたとしても、前世の記憶を取り戻してから実際にキリトに会った時は、自分の大好きだった小説の登場人物、という感動が勝ってしまったのも事実だが。

 

 ベッドから身体を起こした状態のまま、身体の方向だけをきちんとキリトに向き直す。

 自分から問いかけておきながら、なんと声を掛けたらいいのかと戸惑っているキリトを視界に捉えてから、ゆっくりとその頭を真っ直ぐに下ろす。

 

「あ、アルス!?」

「ごめん、黙ってて。 ……ベータテストの最後の時、酷いこと言ったことも、本当にごめん」

 

 慌てて俺の名前を呼んだその声は、俺の謝罪の言葉にひくりと息を吸うように一度固まった。それはまるで、触れて良いものかと悩んでいたことを、的確に告げられたことによる動揺のようにも感じ取れる。

 思い出す記憶達は、暖かなものばかり。……けれど、その記憶の終わりは、なんとも切ないものでもあった。

 彼は実年齢より上に見られがちな言動をする。今思えば、当時の自分も、彼のことをもっと高年齢であると思って言葉をぶつけていたようにも思える。実際は、自分と何ら変わらない――寧ろ、前世の記憶を保持した自分にとって今では遥かに幼いとも言える――少年だったというのに。

 でも、それは言い訳にしか過ぎない。だからこそ、自分が出来るのは謝罪だけ。いつか打ち明けなければという気持ちはあったけれど、今の今まで引き延ばしてきたのは、その覚悟が無かったからだ。けれど、今は違う。

 

「……アルス、顔を上げて」

「……でも」

「……確かに、あの時のアルスの言葉は、……正直、きつかった。けど、今思うと、アルスの言うことを聞いておけばよかったな、って思うから」

「……っ、それは」

「だから、良いんだ。 俺の方こそ、ごめん。気付かなくて……気まずかったと、思う」

 

 そろりと顔を上げて、黒髪の彼の表情を窺えば、少しだけ下げた眉で薄く笑む姿が視界に映り込む。胸の奥が、ぐわりと熱く痛むようなそんな感覚を覚えた。きっとそれは錯覚だろうけれど、痛む胸が苦しくて、上手く言葉を紡ぐことが出来なかった。

 

 

 共にベータテストをプレイしていたある日、俺とキリト、そしてアルゴの三人で会話をした時があった。

 内容は、製品版となるソードアート・オンラインについて。

 ベータテストでのレベルやスキルなどは引き継ぐことは出来なくても、そもそものアカウントはそのまま流用出来るという話に関して。勿論リリースと同時に起動するだろうと当然のように言い合う二人に対して、俺は否定的な言葉を吐いたのだ。

 驚きと動揺を見せた二人に対して、自分は躊躇いなく言葉を続ける。

 製品版をプレイする気はないこと。したとしてもアカウントは変えること。二人も、もしするならリリースから一日でも良いから間をあけた方が良いんじゃないかということ。

 意味が分からないと告げるキリトに対して、当時の俺は酷く冷めた目を向けたような気がする。自分だって、アカウントを変えたところでベータテスターと言われる分類に入ると言うのに。まるで、蔑むかのような視線。

 

『俺、嫌いなんだよね。 先取り知識を見せつけてプレイとかする奴』

 

 多分もう二度と会わないだろうけど。それじゃあ、さよなら。

 

 目を見開いて、言葉を失った彼の方など目もくれず、一方的な別れを告げて俺はそのままログアウトをした。そして、リリースの日まで、再びソードアート・オンラインを繋ぐことは無かった。

 どう考えても、酷い言葉だったと思う。その時は未来など知らなかったが、小説を知っている今の自分にとって、あの言葉はキリトを酷く傷つけただろうことは容易に想像できる。フレンドに対して、やや抵抗感を見せた一端を担っているのは間違いなくこれも関係があるだろう。

 正直、今の自分が過去に戻れたとしても二人に製品版をプレイすることは勧めないとは思う。だって、こんなデスゲームになるって知っていたら、俺は止める。大切な友人だと思っているから。けれど、絶対にあんな言い方はしない。あれは、止めるなんて行為とは呼べない、ただの暴言に近いものだからだ。

 だからこそ、俺は自分が“Light”だと打ち明けた時に謝罪と同時に、二人からの罵倒でも何でも、受け入れようと思っていた。

 心優しい少年であることは知っていたが、それでも、許せないものは許せないだろう。許してもらえなくてもいいとさえも考えていた。許してくれなくてもいいから、この一方的な自己満足とも言える謝罪だけは言わせて欲しいと。

 

 けれど、実際返ってきたのは、許しどころの話では無かった。

 

 アルゴもそうだった。あの時、自分がLightであることを告げた後、俺は彼女と二人で場所を移動した。

 そして、当時のことを詫びた。あんな酷いことを言ったのに、情報を操作してくれていたことへの感謝も込めて告げた言葉に、彼女もまた苦笑に近い笑みを浮かべて首を左右に振ったのだ。

 

『結局、お前の言うとおりだったからナ』

 

 その時に抱いたのは、安堵でも感謝でも無く。――どうしようもないほどの、怒りだった。

 それは目の前の彼に対してじゃない。あの時の彼女に対してでもじゃない。自分に対しての、言葉になんて出来ないぐらいの、憤り。

 

 

「……事実がどうとかじゃない。 あの時、俺は、確かにお前を……二人を傷つけたんだ」

 

 軋みそうになるほど心音が大きく鳴り響いている。この仮想ばかりのソードアート・オンラインで現実の世界と同期されているものは呼吸と心音だけだという。じゃあこのうるさいぐらい鳴り響いている鼓動は、現実世界でもそうなのだろうか。それを確かめる術を、今の俺は持ち合わせてはいないけれど。

 震える呼吸を無理矢理整えて、言葉を吐き出した。アルゴにも告げた言葉でもある。アルゴは、気にするなと告げても俺が納得しないのも理解出来ると俺の謝罪を受け入れた上で、三つほどこちらに要望を投げかけたが、キリトはきっとそんなこともしないだろう。

 だから、俺は頭を下げるしかなかった。こんなことしか出来ない自分が酷く不甲斐ないが、だけど、この過去を明かした上で、これからも彼と共にこの世界を走り抜けて行きたいと思うのであれば、そこに妥協など許されない。

 

「本当に、すまなかった」

「…………」

 

 暫しの沈黙が、この部屋を埋め尽くす。顔を下げたままの自分は、キリトが今どんな顔をしているか、何を言おうとしているかなど察することも出来ない。

 気まずい空気が、全身に突き刺さる。罵倒でも、何でも受け入れる覚悟はあったけれど、だからと言って怖くないわけじゃない。

 キリトに、嫌われるのが怖い。 俺にとって、大切な友人だから。

 けれど過去の過ちが消えるわけじゃない。何だってそうだ。俺が一ヶ月以上このゲームで動けなかったのだって、月夜の黒猫団のことだって、変えることが出来ない。だから、それを受け入れて進んでいく。それしかない。それしかないんだ。

 ぐるぐると思考が行ったり来たりと繰り返す中、空間を包んでいた静寂を打ち壊すかのように大きなため息が頭上から吐き出された。

 

「アルス」

 

 その声は、少しだけ堅い。まるで咎めるような声色だ。

 頭を下げたまま、返事を返す。

 そんな俺の様が気に入らなかったのか、次は両肩を強く掴むかのように、手が置かれた。

 

「くどい」

「……は」

「俺は気にしてないって言ってる。 確かに傷付いた。けど、製品版をプレイして、このデスゲームに参加して、わかった。 知識は武器になる。それはそこらの剣よりも強靭なものだ。 このゲームに魅入られていた俺は、製品版でベータテストの時の続きを早くやりたい、このゲームに浸りたいという思いばかりで……他なんて気にしちゃいなかった。それが、今の俺が背負う“ビーター”という罰みたいな形なんだと思う」

「な、に」

「アルスは、あの時嫌いだと言いつつも、俺達に止めろとは言わなかった。 ……ただ、純粋に何も知らぬ初めてのプレイヤーに楽しんで欲しかったんじゃないか、って、このゲームを始めて暫く経ってから、思ったんだ」

 

 違う。そんな言葉を吐きたかったけれど、出てこなかった。

 そんな綺麗なもんじゃない。本当は、もっとドロドロした、汚い理由だ。けれど、その真実は言えない。

 あの時俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。 ただ、それだけだった。

 

「もう、この話を引きずるのはやめにしようぜ。 過去の仲違いも、喧嘩も、何だって引き摺り続けても辛いだけだ」

「……おう」

「……と、いうか正直俺もすっかり忘れてたんだよな。 なんというか、それから色々とあったし……」

 

 両肩に乗っていた手の内の片方が無くなり、僅かばかり掛かっていた重さが軽くなる。その反動でちらりと視線を上げれば、キリトが先程まで真面目な声色を発していたとは思えないぐらい、何とも気まずげに頬を掻いていた。

 

「寧ろ、アルスがライトだって気付いて、そこで思い出したっていうか……」

「……キリト?」

「あ、いや、悪気は無いんだけど……」

 

 じとりと視線が胡乱気なものになるのも無理はない。強く言える立場にないが、だからと言って忘れていた、というのは些か薄情にも感じた。こっちはずっと気にしていたのに。特に前世の記憶を思い出してから、やたらとその時の発言を後悔したと言うのに。

 しかし、そのことについて触れることをしなかったのも事実。キリトがアカウントもデータも全く違う自分に気付くわけがないのだから。こちらから何かアクションしない限りはこのまま完全な初対面のまま進み続けただろう。

 言えなかった理由は沢山あるが――結局は、俺に覚悟が足りない腰抜け野郎だったってことだ。

 

 咎めるようにじっと視線を向けた俺の視線に、キリトが見つめ返してくる。ものの数秒、どちらともなく吹き出し笑いを零しては、先程までの凍てつくような空気はほんのりと暖かなものへと変わっていた。

 ――あの時、ベータテストの時、知り合えたのがキリトで良かった。

 そう、呟くように吐き出せば、それは俺もだよ、と笑みながら答えてくれた目の前の友人の存在が嬉しくて、ふは、と息を吐くような笑いが柔らかに溢れた。

 

 

「……取り敢えず、次からは俺も戦線に参加出来る、と思う」

「ん。よろしく頼むぜ。 ……っと、そうだ」

「ん? なんだよキリト」

「アルスがそんなにライトの時の事を気にしてるってなら……いや、それは関係ないな、ちょっと手伝って欲しいことがあって」

「なんだよ。俺が手伝えることがあるなら勿論手を貸すけど」

「えっと、その、な? これ見てもらえるか?」

 

 キリトの右手の人差し指と中指がすっと揃えられ、そのまま身体の前で平行に指先が宙をなぞる。鈴が鳴るようなSEが響き、出て来たホロ・ウィンドウを指先でタップして操作する彼の示すものを待つかのように、首を傾げる。

 

「ほら、これ」

「ん……? ……んん? これ……は」

 

「いつの間にか、スキルスロットに入ってたんだ。 ……“二刀流”」

 

 キリトが見せてくれたスキルスロットに存在している、見慣れたような記憶を持ちながらも、珍しいものを見たような感覚を覚えさせるスキル――二刀流。

 タイミングとしては第五十層を踏破したタイミングのようにも感じるが、キリト曰く暫くスキルスロットを確認してなかったせいで確証がないとのことで。

 

「エクストラスキルなのか、何なのかまではわからないけれど、まだ、口外はしない方がいいかなって……」

「そう……だな。もしかすると、血盟騎士団団長であるヒースクリフみたいにユニークスキルの可能性もあるわけだし」

「だよなぁ……。でも、折角手に入れたスキルなんだからさ、俺としては使ってみたいし、極めてみたいなー……なんて」

「……なるほどね?」

 

 キリトが言わんとしている申し出を先回りで推測する。要は、この二刀流スキルの熟練度上げのために、練習に付き合って欲しいのだろう。

 

「俺も人と共にする戦闘に慣れていきたいし、願っても無い話だな」

 

 嬉しそうに微かに目を見開いたあと、笑う彼の顔はこのゲームに参加した時の姿のせいで幼さが残る少年の笑みで。

 胸に残る、決して明かせることは無い小さな靄を隠して、俺も同じように笑みを浮かべた。

 

 

 




書いててとんだ最低野郎だなって思いました。
前世の記憶を思い出す前の彼の行動なので、仕方ないとも言えます。
今の主人公はあの時の自分の発言は最低なものであったと認識しています。
ご容赦ください。 
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