SAObr - System Artificial Operation by reincarnation - 作:くく
例えば。
フィールドにいるMobを倒したとして。
そこからコルや経験値を手に入れられたとして。
「なんの意味がある……っつーんだよ」
決して柔らかくもない、寧ろ固く、最低限の眠りの保証しかしてくれなさそうなベッドの上で、呟いた言葉はあまりに小さな声だったというのに、やけに響いた気がした。
ゲーム開始時からもう一ヶ月が経過しようとしている。
それはそれはあっという間の毎日だった。激昂し、絶望に嘆いていたプレイヤー達は時間が経つにつれその怒りが沈み、ひたすらに悲観するようになった。
街を歩けばどこかしらから聞こえるすすり泣くような声。道に蹲るように座り現実を未だに見られない人だってたくさんいた。
それでも多くの人間が前に踏み出したとも聞く。そして……死者もまた、原作通り二千を超えた。
俺はというと、この一ヶ月何もしなかった。
誰かと必要以上話すことも無く、この持てる知識で誰かを救おうとも思わなかった。
薄情だなと思うことはある。一人こうやって格安の宿屋に泊まりベッドの上でぼんやりとしていると、自分を責めるような感情がふつふつと湧いてくるのは否定できない事実だった。
しかし、だからと言ってどうにかしようとは、どうしても思えなかった。
現在の俺のレベルは四レベル。
なんとびっくり、スキルスロットは未だに二つのみ。因みに取ってあるのは片手用細剣と索敵だ。一応宿屋で泊まるにもコルが必要なために、足りなくなったらはじまりの街付近のフィールドで狩りを行っている。
逆に言うなら、それしかしていない。食事だって必要最低限だ。まさかこんな自分が元βテスターだなんて、誰も思わないだろう。……そう自分でも思ってしまうぐらい、堕落した生活を行い、一日一日を無駄にしていた。
時季外れの五月病かな、なんてふざけたことを言う気にもなれなかった。結局、俺は自分という存在の現実に絶望し、それから立ち直れていないんだと思う。
「……聞いて呆れるぜ」
今日外に出た時に、近々第一層のボス攻略のための会議が行われるという噂を聞いた。
きっとそこで、リーダーを務める"彼"は死に、その遺志を継いだはずの俺と同い年の少年は、一人汚名を被り第二層へと足を踏み出すのだろう。……知っている。そう、知っているのだ。吐き気がしそうになるぐらい、この世界は決められたストーリーをなぞるように進んでいく、作り上げられたものだということを。視界が少しぼやけそうになるのを瞬きで振り払って、緩めたままの掌を強く握る。
声を出せば、響くことを知っている。
剣を振れば、倒せることを知っている。
手を伸ばせば、届くことを知っている。
――それでも。
がばりと、ベッドで横になっていた身体を起こす。そろそろ一ヶ月経つために覚悟はしていたが、実際に原作で行われていたストーリーを耳にしてしまってから、心のどこかが疼くように痛み、落ち着いてられなかった。
俺の出る幕はない。出なくたって、時間はかかるがこのゲームはクリアされる。わかっている、知っている。
何かしたいとは思わない。関わっていきたいと思ってもいない。
矛盾ばかりが胸を締め付けていく。
息苦しいと、作り物のアバターなのに感じることがとても馬鹿らしいと笑いが零れた。
「――ハァッ!」
少し力を溜めるように肘を引く。細剣にライトエフェクトが乗り、そのまま滑るように動きに合わせて腕に力を入れ、その矛先を狙い通りの場所へ突き刺す。
レベル差が少し出来たおかげか、その一撃で容易くポリゴン片となり朽ちるのを見届けて、払うように手にある細剣を右下に向かって振り、鞘へと納めた。
結局、じっと眠りにつくことも出来なかったために意味も無く圏外へと赴き、こうしてMob狩りを始めてしまった。時間帯的にはそろそろ日が暮れる頃、他にもいたはずのプレイヤー達は数体倒してそそくさに街へと戻っていた。……きっと、俺と同じように最低限のコル稼ぎでしかないのだろう。
レベル差のおかげで囲まれない限りは大丈夫だろうことから、何も考えず無心で狩っていたために、気付けばレベルは二つほど上がっていた。スキルスロットが一つ増えていたので、あとで適当に入れないとなあ、なんてことをぼんやりと考える。
何もする気にもなれないのに、そう思わず考えてしまうことがゲーマー故の悲しいところだな、と苦笑してしまうぐらいには、無心で狩っていたおかげか少し落ち着けたのだろう。これなら宿屋に戻っても眠れそうだ。安堵からかため息に近い息が口から洩れる。
「うわぁあああああっ!!!」
のと、同時に切羽詰ったような、恐れが溢れ出したような叫び声が響き渡った。
「っ!?」
反射的に声のした方向に振り向く。
そこにいたのは、自分よりも遥かに幼いだろう少年が尻もちをついて、何度も地面の上で手を滑らせながらアクティブ化されたMobから逃げようとしている姿だった。
――何故!?
頭の中に一番最初に浮かんだのはその単語だった。
このゲームは推奨年齢が十三歳からだ。しかしそこにいる少年はどう見たって十三歳より幼く見える。確かにネットやゲームが普及され幼い子供にも触れやすい文化にはなった。だからきっと推奨年齢以下の子供がこのゲームに参加していてもおかしくはない。おかしくはないのだ。それこそ、俺はその事実を知っているはずだ。
しかし、焦りは理性を潰す。冷静に考えればわかることがわからなくなっていく。攻撃を仕掛けない限りアクティブ化しないMobであるはずのフレンジー・ボアが少年を狙っている。つまり少年が攻撃を仕掛けたということになる。何故。どうしてそんなことを。
たくさん浮かぶ疑問が正常な判断を壊していく。肩が震え今にも泣きだしそうになりながら必死に逃げようとする少年がいる。イノシシに近いそのMobから、直線的に逃げようとしている。意味がない、それじゃあ逃げられない。助から、ない。
それでいいのか?
俺は、俺が前世という記憶を持っていたということ、この世界が前世の世界では小説として作られた世界だということを知ってしまったあの時から、一つだけ決めていたことがある。
それは、何もしないということだ。
先のストーリーを知っている。
どうしてそうなるか、どうなっていくのかを知っている。
殺さないと、殺していく殺人プレイヤーがいるのを知っている。
でも、そいつらがこの先の未来のストーリーに関わっていくことを知っている。
だから何もしないことを選んだ。何もしないことこそが正しいと判断した。
でも、それでいいのか?
――いいに決まっている。
でも、でもだ。
近日には第一層ボスの攻略会議が行われる。それに参加するプレイヤー達なんて、もうこのはじまりの街にいるわけがない。なら、だったら。
「ハァアアッ!!」
たった一レベルのMobだ。少年だって、きっと一発では死ぬことはない。もしかすると少年の携えている剣で、このMobを倒すストーリーが誰にも知られずにあったのかもしれない。
沢山の可能性が次々に浮かんでは、でも、それでもという自分の傲慢的な考えに潰されていく。
気付けば、身体は一直線にそちらに赴き、構えた細剣はライトエフェクトを乗せて、真っ直ぐにMobへと突き立つ。――片手用細剣 突進技『シューティング・スター』
ぽかんと、何が起きたかわからないと言わんばかりの少年の視線が、ポリゴン片となったフレンジー・ボアがいた場所に立つ自分へと向けられる。
必然的に見下ろす形となってしまう身体は優しさを持つことはできず、屈んで手を差し伸べることも出来ない。
少年を見つめる俺の瞳には最早、"光"は存在しないのだろう。
もう暫く主人公のうじうじでもでもみたいなのが続きますのでご注意ください……。
書いている自分が一番「しゃきっとせぇよ!」って思ってます。
次の話ぐらいで名前が出てくると思います。多分。