SAObr - System Artificial Operation by reincarnation - 作:くく
『生命の碑』
アインクラッド第一層のはじまりの街にある黒鉄宮に設置されているそれに、俺の名前は存在する。
全プレイヤーの名前がAからアルファベット順に並んでいる碑は、所々二重線が引かれ、その名前たちを打ち消している。
そう、これは全プレイヤーの生死を表している。
俺の名前の上にある名前には、二重線が引かれ死亡日時と死因が記載されていた。
そして、その名前の数個下に、よく見知った名前があることを俺は知っていた。
Aから始まる五文字のアルファベット。
俺はこの名前をよく知っている。
「本当に、ありがとうございました」
深々と頭を下げられてしまえば、居た堪れない思いから喉奥から唸るような音しか漏れない。「いや、本当お気になさらず」なんて、決まった返答をしながらどうにかその頭を上げさせる。
彼女の後ろには彼女の服の裾を軽く握り、少し身体を彼女の背で隠しながら片目で窺うように見上げてくる、先ほど圏外で思わず助けてしまった少年がいた。
遡ること数十分前。
何もしない、などと大層な決意を胸に抱いていたはずの俺は目の前で泣き叫ぶ少年を見捨てることは出来ず、助けてしまった。
しかもそれに飽き足らず、少年を保護している筈の教会までこうして送り届けてしまい……今、そこを管理しているプレイヤーに頭を下げられている状態というわけだ。
「本当、偶然そこで狩りをしていただけなので……」
「しかし、貴方がいなければギンは今頃どうなっていたことか……あ、紹介が遅れました。私の名前はサーシャ、この子はギンといいます」
あ、はい。知ってます。
なんて言えるわけもなく、一か月近く動かしていなかった表情筋―この世界にそんなものがあるかはわからないが―を動かして笑みを浮かべた。
「あー……俺の名前は、アルス、です」
「大したお礼は出来ませんが、良かったら中へどうぞ」という言葉をどうにか拒否しようと問答を数分。しかし最終的には少年――ギンが半ば強引に俺の服を掴み、中へと入れようと引っ張って来るのに観念してお言葉に甘えお邪魔してしまっている。
ここまで自分という人間が押しに弱かっただろうか、と促された椅子に腰を掛けて眉間を揉むように微かに唸る。思えば、前世の記憶とやらが蘇ってからこうやって人とまともに話したのは初めてに近い。人格に影響はなさそうだと思っていたが、自分が思っているよりも影響を受けているのかもしれない。まあ、そこらへんに興味はあまりないが。
決して綺麗とは言えない教会。そこにはギンの他に数人の子供がいた。俺が知っている人数よりもは全然少ない。片手で足りる人数しかいないそこは、まだ宿としてこの教会を借りてから日が経っていないということを感じさせる。
晩御飯の用意をしてきますとその場を一度離れたサーシャのことを、ぼんやりと考える。暗青色の短い髪の毛、黒縁の眼鏡に深緑の瞳……全て記憶にある描写通りだ。
どうして、こんなことになってしまったかなぁ。
何回目になるかわからないため息を必死に飲み込んでは、用意してくれた紅茶の入ったカップに手を伸ばす。
「……どうした?」
そして、そこでやっとギンがかなり近い距離で俺のことをじっと見つめてきていることに気付いた。
「兄ちゃんはさ、皆が言ってる"だいいっそうボスこうりゃくかいぎ"ってやつに参加するの?」
うずうず、と言った言葉がぴったりと当てはまるだろう様子を隠せていない少年は、期待を混ぜたような視線をこちらに向けながらその言葉の意味をきちんと理解していないだろう、たどたどし気に言葉を紡ぐ。気付けば、教会にいるだろう子供みんながこちらに視線を寄せて、少しだけギンに隠れるように、しかし興味があると言わんばかりにこちらに距離を詰めていた。
きっと、彼を助けた時に一発でMobを倒したために、強いと勘違いしてしまったのだろう。期待を裏切ってしまうことは非情に申し訳ないという感情が湧くが、ここで嘘を重ねても仕方はあるまい。軽く目を伏せながら首を左右に振り、その問いかけに否定を返す。
「いや、俺は参加しないよ」
「えーっ!どうして?兄ちゃん強いのに!」
「んー……強くは、無いよ。この街の近くの圏外にしか出たこともないし、あれぐらいだったら、君たちもすぐに倒せるようになる」
「ほんと!?」
どうやら、攻略会議に参加するしないよりも、強くなれる、という内容の話題に食いついだようだ。期待が膨らんだ瞳はいっそう輝き、肯定の言葉を待っている。純真無垢な子供の心というのは、本当に穢れを知らないようだ。何だか自然と口端が上がってしまう。片眉を下げて、仕方ないなと言わんばかりの表情が自然と繕われるのを感じながら、そっと頷き返してやる。
わあ、と部屋に嬉しそうな声が上がる。意欲旺盛な子供たちはお互いの顔を見合わせたあと、すぐさま俺の方に顔を向き直した。
――今思えば、そこで、嫌な予感が一瞬過ったんだ。その何とも言えない予感に直ぐに気が付いていれば、言葉を間違うはずもなかった。
そう言ってしまうのは、それがもう過去形の話だからだ。
「おれたちも、あのモンスター倒せるようになれる?」
「ああ、最初は一人じゃなくて、みんなでモンスター一体ずつを慎重に狙えば、すぐに倒せるようになるよ」
「みんな?」
「そう。一人だとまた今日みたいになったら怖いだろ?だから、みんなで。そうだな……サーシャさんと一緒に行けばさらに安全に強くなれるんじゃないか?」
「じゃあ兄ちゃんがおれを鍛えてくれよ!」
「まあ俺でも確かに安全マージンは確保できるとは思うが……うん?」
きらきらと輝いた瞳が、真っ直ぐに俺の視線と交わる。
「おれ、強くなりたいんだ!」
おれも!わたしも!と言葉が続いていく。
俺は、口を何度か開いては閉じてを繰り返すも、上手く言葉が出てこなかった。段々と、視界が暗くなっていくのを感じる。
「なあ、良いだろ?……兄ちゃん?」
ギンの俺を呼ぶ声がどこか遠くに感じた。交わっている筈の視線がどうしてか焦点が合わない。落ち着け、子供の前でみっともない姿を見せるな。自分を叱咤する言葉は、頭に浮かぶだけで実行には中々移せなかった。
しん、と一瞬沈黙が空間を支配した。きっと子供たちは俺の様子が可笑しいことに気付いたのだろう。
ああ、みじめだ。本当に。
何のために、どうして。
「みんな、お待たせご飯が出来たわよ。……アルスさん?どうかしましたか?」
沈黙を破るように響いた、優し気な声に、俺は酷く安堵を覚えてしまった。