SAObr - System Artificial Operation by reincarnation - 作:くく
泣き叫んでいる青年を見た。
それはゲームが始まって半月ほど経った日の黒鉄宮にある『生命の碑』の目の前での出来事だ。
きっと彼の知っている誰かが、死んでしまったのだろう。
崩れるように床に手をつけて蹲り、何度も何度もその名前を呼んでは「何で」「どうして」を繰り返している。
居た堪れない気持ちになった他のプレイヤーは、声をかけることもなく、そそくさに立ち去って行く。一人彼は残される。それでも彼は嘆くことを止めなかった。止められるわけが無かったのだろう。
彼にとってどれぐらい大事な人だったのか、それは俺にはわからない。
わからないから、俺はどんな感情を抱くべきなのかがわからなかった。
俺はただそれを見ていた。青年が最後、その名前を呼びながら飛び降りるまでずっと、ただ黙って、見ていた。
「借りた部屋に余裕がありますので、良かったら泊まって行ってください」
なんて、言葉に最終的に頷いてしまった俺は、いつもより少しだけ柔らかいベッドの上で仰向けに寝転がり、天井を見つめ続けた。
ある意味、怒涛の一日だったと、思う。
たった一つの噂に乱され、予定にもなかった狩りをして、そこで少年を助けたばかりに、予想もしていなかった一日の終わりを迎える。
どこから間違えたのか、いったい何が間違いだったのか。
さっぱりわからないけれど、今この状況をラッキーだとも、正解だとも思えない俺は相当捻くれてしまっているのだろう。
結局、ギンのお願いについては、返事が出来なかった。
理由としては、俺が言葉を詰まらせた他に、どうやらギン……ギン達は、強くなりたいという願いを、サーシャには知られたくないようだったのだ。
ご飯の支度を終えて呼びに来たサーシャは、俺たちの様子を見て何を話していたのかという質問をするも、答えようとした俺の口を強引に塞ぎながら(ギリギリ、ハラスメント警告は出なかった)、何でもないと言い張る彼らを見ているうちに平常を取り戻した俺は、その言葉に便乗した。そうして、そのままその話は続かなかったのだ。
なあなあとなってしまったが、このまま明日になってお暇すれば無かったことになるだろう。
それでいい。俺は何もしないって決めたんだから。安堵から来るだろう深いため息を吐いては目を閉じる。
しかし、脳裏にちらつくのは、きらきらと期待と決意を秘めた瞳で、何分待っても眠気がやってこない。
少しだけイラついた感情を抱き、乱暴に寝返りを打ってみるも、その瞳が消えることない。
『強くなりたいんだ』
――死ぬかもしれないのに?
――お前は子供なんだから、良いんだよ。
――それに、お前が何もしなくたって、いつかはちゃんとゲームはクリアされる。
――だから、良いんだよ。
そんな言葉が正しいなんて、馬鹿げてる。
「……アルスさん?」
「……ああ、すみません。起こしてしまいましたか」
「いえ、いつもこの時間は一度子供たちの様子を見て回ってるんです。……日中は大分明るくなりましたが、やっぱり、夜になると泣いてしまう子もいますので……」
与えられた客室から出て、教会の広間に一人佇んでいれば、背後からサーシャの声が聞こえた。
夜のせいで、窓から差し込むのは作られた月明かりのような光。仄暗く、お互いの表情を詳細に感じ取ることは難しいような、そんな明るさ。
でも今はそれが有り難いなと思ってしまった。
「……アルスさん、今日は本当にありがとうございました」
「いや、本当にお礼を言われるようなことじゃないんですよ。偶然だったし、何より……俺がやらなくたって、彼は死ぬことはなかっただろうから」
「?……でも、助けて下さったのはアルスさんです」
「……それが、誰かの手柄を横取りする形になっても?」
何を言っているのかわからない。そんな表情を浮かべているのが、見えなくても感じられる。
――ああ、今の自分は最高に嫌な奴だ。僻んで、いじけて、ひねくれて。ガキみたいだ。
どうせ俺なんて。俺がやらなくたって。言い訳みたいな言葉が次々と浮かぶ。
そんな自分が嫌いだ。大嫌いだ。
今日食べた彼女の作った料理が温かかった。
今日話した、少年たちとの会話が暖かかった。
胸が苦しい。痛まないはずのアバターなのに、痛いと感じる。
実際問題、自分が死んでもいいのだ。なんの問題にもならないのだ。
だって俺の愛した物語に、俺は存在しないのだから。
でも、周りには死んで欲しくないのだ。
死んでもいい命なんてないんだ。
最初の死者が自殺するって知っていた。
知っていたからといって、死んで良いわけがないんだ。
本当は、嫌だった。そんなエゴばかりだった。
だから、何もしないことにした。全部どうでもいいって繕って、好きの反対を作ろうとして、でも無関心になれないから、まるで他人なんて嫌いだなんて虚勢を張って。そうして自分を守って、静かに終わっていくことを待ってることが、正解だなんて言い聞かせて。
それでも人は死んでいく。俺はそれをただ見ている。嘆くことも出来ず、ただ甘受する。
何も知らなければ、終わらせようと剣を握って走り出せたと言うのに!
俺は、一人を助けたことで変わる未来が怖かった。
愛していた、この世界を。
確かに変えたいと、救いたいと読みながら思ったことだってあった。でも、そうしたことで未来が変わって、終わりが変わってしまったら、それは俺の愛した世界と違う気がした。だから、そんなことは望まなかった。
なのに、なのに!
「……アルスさん。……泣いているのですか?」
ぱたぱた、と目から頬、顎へと伝っていくものが涙だと気付いたのは、穏やかで、優しく、それでいて強かなたった一人の女性の言葉だった。
目を微かに見開いて、彼女を見やる。気付いたら、手を少し伸ばせば触れてしまえる距離にいた彼女は、そっと俺の目元に手を伸ばし、零れた涙をそっと拭う。
涙が、さらに溢れた。
まるで子供をあやすように、伸ばされた腕は俺の後頭部まで伸びてゆっくりと引き寄せられる。ぱたぱたと勝手に零れる涙は彼女の肩口に落ちて、光の粒となって消えていく。
「……サーシャさん、俺は、無力です」
「……はい」
「俺がいなくたって、きっとこのゲームは進んでいきます。……寧ろ、俺が何かしたことで、何かが壊れてしまうかもしれません」
「……はい」
「……頭ではわかってます。わかってる、わかってるんです」
「……」
「でも、でも……ッ、胸が痛い。苦しい。ありえないのに、作り物なのに……貴方が、ギン達が、暖かい。それを失いたくないと、そのために、俺は……」
「……アルスさん」
「っ……」
「私には、貴方がどうしてそこまで、自分を抑え込んでしまっているのか……わかりません。でも、私も最初はゲームクリアのためにフィールドに出ました。ある日、一人の子供を見かけて、私……私は、ゲームクリアへの道を諦めたんです」
俺の後頭部を優しく撫でる手が、微かに震えていることに気付く。肩口に埋めていた顔をゆっくりと離し、顔を見合わせる。彼女の瞳にも、微かに涙の膜が張っていた。
「攻略のために踏み出した人に、申し訳ないと思っています。でも……私は、後悔はしていないんです。……アルスさんは、今の自分に、後悔はありませんか?」
それが、答えだと思った。
つぅ、と滑るように頬を伝った涙が床に落ちる前に光の粒子となって綻んだ。
「……この一ヶ月、後悔ばかりでした」
絶叫しそうな思いを必死に堪えて、嗚咽する。再び彼女の肩口に顔を埋めてしまえば、背中に回された手がぽんぽんと、一定のリズムで俺の背中を叩く。
――怖い。それがずっと俺が抱いてきた感情の答えだ。今も抱いているし、きっとこれから先ずっと抱えていくだろう。
でも、その恐怖に潰されて、自分を殺して生きていかなくたっていいんだろう。
もしかすると俺がしてきたことが全て無駄になるかもしれない。
もしかすると未来が変わってしまうかもしれない。
でも、俺が生きてるのは"今"だから。
遠い記憶。前世と呼ばれる古い古い記憶。
今の俺よりも、ずっとずっと人付き合いが苦手で、勉強と仮想を描いた世界を愛していた
これで主人公うじうじモードは一旦一区切りとなります。
次からは比較的ふっきれた主人公が垣間見えてくるんじゃないかなと思います。