SAObr - System Artificial Operation by reincarnation -   作:くく

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04.原始の森

 

 

 

「所詮クエストと言ったらそれまでさ」

「でも、俺は彼らに賭けたい」

「……愚かだって、笑うかい?」

 

 思わずと言ったように笑えば、口元を微かに緩めた彼は「いいや?」と笑い返してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ最近の俺の朝は随分と早い。

 微睡むようなまだ寝たい気持ちをそのままに、ベッドの上で寝返りを打とうかと身体を捩ったその瞬間、痛みは無いものの、腹部に衝撃が走る。

 

「ぐぅ……っ!?」

「アルス兄ちゃん!おはよ!朝だよ!」

 

 人の腹の上に勢いよくダイブし、満開の笑みを浮かべているのは、つい先日Mobから助けた少年のギンだ。寝返りを打つ途中での襲撃に、身体は仰向けで止まっている。その腹の上に跨ぐように乗りかかったまま大きな声が響く。

 正直に言う。うるさい。自分の視界にのみ表示される時刻を視線だけで見ればそこにはデジタルの表記で五時五十七分と表示されている。昨日はそれよりも約十分ほど遅かった。その前はそれよりも七分。言わずもがな、どんどん早くなっている。

 

「……おはよう、ギン。一言だけ言わせてほしい。早過ぎだ。流石にもう少し……寝たい……」

「ええー!!何言ってんだよ!ほら、先生が朝ごはん準備してるから早く!」

 

 だーめだ。全然言うこと聞いてくれそうにない。

 諦めたように大きなため息を吐いては、自分の上に乗っている少年の頭に向かって手を伸ばす。ぽんぽん、と撫でるように叩いてやれば慣れたように腹部から身体をどかしベッドの横に降り立つ。それを合図に少しだけ腹筋に力を入れるように息をつめては一気に身体を起こした。

 

 ――初めてこの教会に訪れてから、もう一週間という期間が経過した。

 

 先に行ってるからなー!と朝早くから元気さいっぱいの言葉に手を振るだけで返事をしつつ、自分のウィンドウを操作して装備を外を出歩くものに取り換える。やる気のなかった当時とは違い、レベルに合わせて新調した防具に、少しだけ強化を施した細剣≪ウインド・フルーレ≫を腰に吊っては自分の姿を軽く見下ろし、息を吐いた。

 なんやかんや、一週間ずっとここでお世話になってしまっている。さしずめ俺は大きな子供みたいなポジションだろうなと苦笑を漏らせるようになったのは、ここで過ごし始めて三日経ったぐらいだった。それまでは、まだ少し自分の進みたい道が定まらず、手元でできることから始めようとレベリングなんかをやってみたりしていた。

 

 その間に、このデスゲームの状況は大分変っていた。

 まず、この一週間の間に第一層のボスが攻略された。現在は第二層の攻略のために前線のプレイヤー達が奮闘しているという話だ。少々気になる噂も耳に入るが、まあ現時点でそれを確認しに行くのは不可能に近いので、頑張ってるなあ、と他人事のように思うぐらいしか出来ないのが現状である。

 

 そして――

 

「おはようございます」

 

 アインクラッド第一層東七区にあるこの教会は、まだゲーム開始一ヶ月と少しでありながら、原作初登場並みの賑やかさを誇っていた。

 先に食べ始めていた子供たちの喧騒で、挨拶が掻き消されたんじゃないかと思うほど、その空間は賑やかで笑みを繕ったはずの表情も段々眉が下がる。しかし、そんな自分の声がきちんと届いたのか、先にいる彼女は振り向き笑顔を浮かべながら自分の名前を呼び、そして挨拶を返してくれた。

 

「アルスさん、おはようございます」

 

 

 

 

 

 

「……しかし、元気ですね」

「そうですね。……確かに全員が助かったわけじゃないですし、実際虚脱状態になって回線切断してしまった子も……いましたが、それでも大分回復したと思います」

 

 朝ご飯を食べ終え、一人一人の子供がそれぞれ遊ぶように広間に出て行ったりするのをサーシャと二人で見届けては、やっと訪れた静けさに息をついた。食後にと出してくれた紅茶を飲みながら、思ったことを呟く。すると頷きながらサーシャは返事をしてくれた。

 虚脱状態、回線切断。そのワードを聞く度に少しだけ遣る瀬無さが胸をざわつかせる。何もしないと、するべきではないと思っていた自分が、今更何を嘆いているのだと自分自身が一番思っているが、だからと言ってやはり仕方ないの一言で済ませられるものでもないのだろうと思う。

 

 だから、せめて恩返しが出来ればと俺はこの一週間、彼女の手伝いをやらせてもらっていた。

 その片手間にレベリングを行っていたが、一エリアずつ、困っている子供がいないかと捜したり、教会で過ごす子供の相手をしたりなど。些細ではあったし、役に立てるほどの対人スキルがあったわけではないが、それでも保護した子供の数は間違いなく原作を超えるだろうし、今子供たちが笑い、過ごせている理由の一つに俺という存在は少なからず関わっていると思う。

 そうやって、自分の出来ることをやって、救えるものを救う。ある意味綺麗事だとは思うが、そんな行為を行っていくうちに、俺の中にまだ残っていた躊躇いも消化されて行った。

 

 簡単なことだ。やりたいことをやっていいのだ、と思えるようになった。

 

 俺が何かすることで未来が変わるかもしれない。助かるはずの命が助からなくなるかもしれない。そんな不安と恐怖ばかりだったが、そこに希望が咲いたのだ。

 未来が変わるかもしれない。でも、助からない命が助かるかもしれない。助かるはずだった命も、救えるかもしれない。

 

 全部をなんて贅沢は難しいが、でもそう願って歩き出してもいいんだという自信が湧くのに、ここでの生活のおかげか、時間はかからなかった。

 彼女、彼らには感謝している。手に持った紅茶のカップをソーサーに置いては、少しだけ真剣な瞳を隣の椅子に座るサーシャに向ける。視線に気づいた彼女は、そっとこちらを見やり、その俺の瞳の意味を理解したように少しだけ眉を下げた。

 

「それじゃあ、行ってきますね」

「……アルスさん」

「後は……よろしくお願いしますね、()()

 

 緩く笑みを浮かべて見せれば、同じように笑みを返してくれた。その笑みの中に隠された寂寥には見ないフリをして、そっと手を伸ばしその頬に手の甲を滑らせては微かに感じる温もりを忘れないようにと目を微かに伏せる。

 そしてすぐにまた目を開いては、そのままもう振り返ることなく教会の出入り口へと向かった。

 

 

 

 

 わっ、とぅっ、やぁ!と軽快な掛け声と共に段々とHPのゲージは減っていき、最後にはポリゴン片となって散っていく。対して掛け声を発していた少年のHPは一ドットも減っておらず、それが彼が大分成長したことを感じさせてくれた。

 

「おー……フレンジー・ボアぐらいだったらもう余裕だな、ギン」

「へへっ、まぁね!兄ちゃんに特訓してもらったおかげだよ!」

 

 『おれ、先生を支えたいんだ。このゲームが始まった時、すっごく怖かった。……でも、先生がいてくれて、慰めてくれておれ、また前向けるようになったんだ。だから、今度はおれが先生を支えたい』

 

 教会に初めて泊めてもらった次の日の朝のことだ。俺は結局、返事をあやふやにしたまま去ることなく、少年に問いかけた。

 『何故、強くなりたいのか』と。

 少年は最初少しだけ気恥ずかしそうにしていたが、意を決したように答えてくれた。その答えは、あまりに真っ直ぐで、そしてどうしようもなく、俺を惨めにさせてくれた。だから、その思いに応えてやろうと俺は少年――ギンを鍛えてやる約束をした。

 

 扱えるソードスキルを慣れたように発動させては、Mobを難なく倒していく姿は大分様になっており、これならはじまりの街外周にある草原フィールドにいるMobぐらいなら一人でも対処できるだろうというぐらいには成長した少年を見ながら、緩く笑みを浮かべる。

 

「じゃああそこにいるダイアー・ウルフ、行って来い」

「おう!」

 

 ギンを見ていると、よく思うことがある。これがデスゲームじゃなかったら、もっと気楽に楽しめただろうな、なんてことを。

 

 彼には何度も言い聞かせた。いくら余裕でも油断だけはするなと、死ぬことだけはしないようにと。

 あまりに真剣な物言いにたじろいでいた様子だったが頷いたのを見届けたのは、それこそ一週間前の出来事だ。彼は素直にその教えを忠実に守っている。今だってこのフィールドのMob相手になら大分余裕であるレベルでありながらも、真剣に慎重に、そして的確に狙いを定めて攻撃を仕掛けている。

 

 何撃かの攻撃の後、弾けるようなポリゴン片の音と共にギンが攻撃していたMobが消滅する。どうやら、そのタイミングでレベルが上がったようで、嬉しそうに声を上げるのが耳に届いた。

  

 そして、直後に大きな鐘の音が鳴り響いた。

 

 

「あ……」

「……時間だな」

 

 日暮れを合図するような鐘の音は何回か鳴り響き、そして再び静寂が訪れる。空は段々橙色に染まって来ていた。

 手に持っていた細剣を腰に納め直せば、俯いてしまったギンに歩み寄り、目線を合わせるように片膝をつく。

 

「……教会まで、送ろうか?」

「……ううん。約束、したから」

 

 『一週間。一週間だけ、教えれる範囲でだが、お前を鍛えてやる。そして、それが終わったら俺は、この街から出ていくよ』

 

 寂しそうに、必死に涙を堪えながら笑みを浮かべて顔を上げるギンを見つめる。サーシャもそうだったが、どこかでお互いに、もう会えないだろうという覚悟を持っているのは、口にはしなかったが明白だった。

 それも、そうなのだろう。明日には死んでしまうかもしれないのだ。確かに街にいれば安全ではある。でも、俺は出ていくという選択をしたのだから。

 

 少年は、目尻に溜まった涙をぐしぐしと片手で擦っては「大丈夫」と笑う。

 ――察しが良く、おまけに覚悟も俺以上に据わっている。何から何まで、正直お前に負けているよ、本当。

 

 引き寄せるように頭に手を伸ばしては、肩口に顔が当たるように抱き寄せた。一週間前、彼女が俺にしてくれたように。

 突然のことでびっくりしたように小さく声を上げる少年の頭をがしがしと掻くように撫でてやりながら、俺は精一杯笑って見せる。

 

「ちゃんと、また帰ってくるから。頼んだぞ」

 

 一週間だけの小さな約束の後に生まれたのは、大きな信頼。

 少年はこれから成長して、先生を支えてくれるだろう。

 

 結局、耐え切れなかった少年の泣き声が止むまで、俺は、腕を解かなかった。きっと、俺の方が、離れがたいと思っていたんだろう。

 

 

 

 


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