SAObr - System Artificial Operation by reincarnation -   作:くく

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05.第十一層 タフト

 

 

 

 虚ろな瞳でひたすらに、真っ直ぐを見つめている。

 だらりと下ろした手には力が入っておらず、そこに立っているということさえも、まるで不思議だと言わんばかりだ。

 

「遅くなっちゃったな」

 

 ごめんな、と言葉を掛けてはその頭に手を乗せてするりと髪に指を絡める。

 それでも、反応は無い。

 音は一時的に切断してあるために、そこはとても静かでそして酷く暗い。

 

「少し休もうか」

 

 頭部に置いた手をそのまま後頭部に滑らせて、引き寄せるように抱き締める。ぴくり、と腕の中の身体がやっと震える。おそるおそると言ったようにこちらを見上げたその存在は、お互いの視線が混じり合うのと同時に少しだけ目を細めた。

 口が緩くあけられて、自分を呼ぶ音が乗る。

 ああ、そうだよと、答えながら抱き締める腕に力を込めた。腕の中に閉じ込めたまま、腰を下ろし膝の上に乗せてしまえば近付いた顔を至近距離で見つめながらそっと額同士を重ねる。

 

「俺が、守ってやるから」

 

 その時が、来るまで。

 

 力の入っていなかった腕が、背中に回り服をきゅっと握る感触を感じながら、俺は彼女の名前を呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我ら、月夜の黒猫団に……乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」

 

 二〇二三年四月八日 第十一層タフトにて、俺はきっとリアルだととんでもない量の冷や汗を掻き、その焦燥感を顔に出していただろう。アバターというのは表情を偽るように隠せないとも言うが、作り出した表情で上書きすることは出来る。それはもう平然とした笑みを浮かべている俺は一見見れば「みんな元気で微笑ましいなぁ」とか考えてそうな人畜無害なプレイヤーだろう。寧ろそう映っていて欲しい。

 

「そして、命の恩人のキリトさんとアルスさんに……乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」

「か……乾杯」

「……乾杯」

 

 手にあるグラスを軽く持ち上げるようにして、一番最後に言葉を吐き出す。隣には、少しだけ狼狽えた様子を見せた黒髪に黒の瞳、顔立ちは男らしさよりも女らしさを匂わせるような中性的なもので、身体つきも大人しさから醸し出される年上感とはちぐはぐで小柄な少年が座っている。

 そう、俺はこの少年をこの世界の誰よりも知っている。名を『キリト』――このゲームをクリアさせ、プレイヤーを解放する、この世界の主人公だ。

 少しだけグラスを隣にいるキリトに傾ける。突然のことで狼狽えたままの彼は意図を掴み切れずワンテンポ遅れるが、手にあるグラスを持ちあげることで俺のそれとカチンッと音を響かせた。

 

 

 遡ること数時間前のことだ。

 俺はあれからひたすらにレベリングをしていた。第二層で体術獲得のクエストも終わらせ、一人でコツコツと、それはもうひっそりと、攻略組に見つからないように前線の狩場は避けて少し効率が悪いだろうところに籠りちまちまと、ひたすらにMobを狩りまくっていた。

 最前線が二十五層を辛くも突破した、というのとあまり差は無く、ギルド『血盟騎士団』が設立された知らせが出回った時、俺のレベルは優に四十を超えていた。

 勿論、何度か攻略組に合流して、参戦することも考えた。しかし、決意は固まらなかった。そのため、その知らせを受けた時は人知れずがっかりしたことは……まあ、今語るほどのことではないだろう。

 

 

 そんな理由から、こんな最前線から十以上も下の層の迷宮区に入る必要は無かったのだが、たまたま、そこで受けていたクエストの素材収集が済んでおらず、未完了のタブの中に残っていたことに気付いてしまった俺は、その素材を集めるためにそこに訪れていた。

 難も無く素材を集め終えた俺は、さっさとずらかろうと迷宮区の出口に向かっていたのだが、そこで何回か連続して聞こえる弾けるポリゴン片の音が耳に入った。誰かが、ここでレベリングでもしてるのだろう。邪魔はしないように……と、言っても道的にそこを通らないと抜けられないので≪隠蔽≫も使って、壁に沿ってお邪魔していきましょうと考え道の片側に寄って歩いていた。

 

 が、丁度横を通り過ぎようとした時、この迷宮区に巣食うMobの一体である武装ゴブリンがそのパーティーの内の一人の女の子に襲い掛かろうとしていた。「きゃっ」という小さな悲鳴が聞こえ咄嗟に抜刀し、片手用細剣 基本技≪リニアー≫を放てば、びっくりして座り込んでしまっていた彼女に振り返る。リニアーの一発で敵のHPを削りきれるとは思っていなかったが、どうやら他のメンバーがとどめを刺してくれたようなので、そのまま手を差し出せば「大丈夫か?」と声を掛けた。

 

「えっと……うん」

 

 恐る恐る頷きながら差し出した手に手を重ねた彼女を立たせながら、俺は返事をする際に顔を上げたその顔を凝視し、そして思考が硬直した。

 あ、やばい。やっちまった。そんな言葉が頭を過る。立ち上がった相手は突然反応を返さなくなった俺の様子を疑問符を頭に浮かべながら怪訝そうに見つめている。

 

「あ、いや、大丈夫ならよかったです。俺はこれで」

 

 数秒で我に返った俺は、咄嗟に笑みを繕い、反射に近いような言葉を並べてそそくさにその場を退場しようとした。その判断は数時間経った今でも間違っていなかったと思う。ただ、タイミングが悪かった。唯一あの時の過ちを言うなら、それだろう。

 踵を返そうとした瞬間、ゴブリンの群れを全て倒したのだろう一行が盛大な歓声を上げたのだ。びくんっと思わず肩を揺らせば彼らを見てしまった。そして、とうとう視界に入れてしまった。

 

 

 

 

 

「あのー、キリトさん、アルスさん。大変失礼なんですけどレベルっていくつぐらいなんですか?」

 

 祝杯を上げ、自己紹介も終わって場が落ち着くと同じぐらいに、このギルド『月夜の黒猫団』のリーダーであるケイタが問いかけてくる。

 ちらり、と隣にいるキリトを横目で見る。そして視線だけ左上に滑らせては自分のHPバー、そしてその下に小さく記載されているレベルを見た。俺のレベルは現時点で四十六。改めて随分上げたなあと思う。

 

「……二十、ぐらい」

 

 自分のレベルにある意味感心していれば、先に隣にいる少年が答えた。原作通り、彼らとあまり変わらないレベルを答えているのを聞いて、心のどこかで良く分からない既視感と違和感が混じって言葉にならない不快感を感じる。多分、数か月ここで過ごしていくうちに抱くようになったこの世界をリアルと感じるようになった気持ちと、どこかで理解している作り物の世界という諦観が上手く折り合いを付けられないことによる衝突のようなものだろう。

 こうやって、物語に触れていく度にこんな思いをしなきゃならないのか。この数か月避けてきた問題にとうとう直面し、自分のメンタルよ鋼であれ、と他人事のように思う。そんなことを考えていたために、ケイタからの質問に返答するタイミングを逃したと気付いたのは、再び問いかけてきたケイタの声だった。

 

「えっと、アルスさんは……あ、答えたくないとかだったら良いんですけど」

「え?あ、ごめんちょっとぼうっとしていて。レベルだっけ?俺は……」

 

 よ、と口を開き音を乗せようとした瞬間考える。

 これ、正直に答えていいのか?と。

 例えばここで正直にレベルを答えたとする。高レベルのプレイヤーが下層で無双プレイをするのはマナー的にはNGだが、別に無双プレイをしたわけでもないし、寧ろ俺は一応助けた側に分類されるので感謝されど責められはしないだろう。

 問題は、隣にいるこの黒い少年だ。

 

 俺は正直に四十六、なんて答えれば絶対びっくりするし、同時に最前線に俺という存在がいたかを真剣に考えるだろう。そして何より焦るだろう。この黒猫団のメンバーは彼がビーターと言われる最前線にいるプレイヤーだと知らない。しかし、俺は知っている可能性がある。どこでバレるか、寧ろ偽っていることを責められるのではないかと不安を煽ってしまうだろう。

 そして、そこまで考えて手遅れな事実に気付く。俺が先に本当のレベルを言えば、彼もきっと真実のレベルを告げただろう。そして、黒猫団に属することもなければ、あんな悲劇だって――

 そこまで考えて、いや、と自分の思考に停止をかける。

 

 何もしないと言っていた自分が、何を言っているんだ。そりゃあ確かに前向きにはなったと思うが、いきなり原作に関与したと思ったら未来を変えようとするなんて流石に烏滸がましすぎる。

 冷静になれ。正直にレベルを答えて関わらないようにしていくべきなのだ。確かに少年は焦るかもしれないが、それは仕方ないことなんだ。ちゃんと、しっかりと嘘偽りなく。

 

「……二十……五にそろそろ、なりそうかなー……」

 

 嘘、偽り、なく。

 

 

「へえ、俺達とあまり変わらないのに、ソロなんて凄いですね!」

 

 後悔と自己嫌悪が一気に押し寄せる。

 隣にいる少年と同じように苦笑を浮かべる。俺が答えるよりも先に少年が口を開く。

 

「ケイタ、敬語はやめにしよう。……ソロって言っても、基本的には隠れ回って、一匹だけの敵を狙ってばかりさ、効率はあんまり良くない」

「そうだな。俺はソロでも安全だろう層でこつこつレベリングしてるだけだし。今日は、クエストに必要な素材を集めるためにソロで狩るには少し上層なところに来ただけなんだ」

「そう……そうか。じゃあさ、キリト、アルス、急にこんなこと言ってなんだけど……良かったらうちのギルドに入ってくれないか?」

「え……?」

 

 知っている流れが目の前を過ぎていく。まさか自分もその対象に入るとは思っていなかった……いや、わかっていて敢えて嘘のレベルを告げたのだから、予想していたその提案にわざとらしく少しびっくりしたような表情を作った。

 

「前衛出来るのはテツオだけでさ。どうしても回復が追い付かなくて……こいつ、サチって言うんだけど、前衛ができる盾持ち片手剣士に転向させようと思ってるんだ。でも、勝手がよくわからないみたいでさ。良かったらコーチしてやってくれないかな?」

「何よ、人をみそっかすみたいに」

 

 ケイタが隣にいるサチの頭を数度軽く叩きながら事情を説明すれば、そのサチが頬を膨らませて見せた。文章も映像も見ていた時からこのメンバーの仲の良さはわかっていたが、実際に目の当たりにすれば本当に心地の良い空間がそこにはあることがわかる。

 俺にとってのあの教会のような――なんとなく、彼がここにいたいと思ってしまった理由もわかる気がした。

 

「だってさ、急に前に出て接近戦やれって言われてもおっかないよ」

「盾の影に隠れてりゃいいんだって」

「まったくお前は昔っから怖がり過ぎるんだよ」

 

 ちょっとした話題で談笑が続く。隙を見てちらりと横に視線を向ければ、その空間をまるで眩しい物を見るかのようにぼんやりと、しかしどこか寂し気に見ている少年の姿が映る。

 

 ……ん?

 

 その顔に少しだけ違和感を感じた。既視感の中にある、可笑しな点のような。

 しかし、それの答えが出る前に再びこちらに掛けられたケイタの言葉に意識はそちらに戻る。

 

「うちのギルド、リアルではみんな同じ高校のパソコン研究会のメンバーなんだよね。あ、でも心配しなくていいよ。キリトもアルスもすく仲良くなれるよ、絶対」

 

 な?という声かけに他のメンバーが頷く。

 

「……じゃあ……仲間に入れてもらおうかな。……よろしく」

 

 少しだけ間を置いてから、キリトがこのギルドに入ると言う返事をするのが耳に入った。

 メンバー全員が嬉しそうに顔を輝かせる。

 

「アルスはどうする?」

 

 嬉しそうな表情のまま、問いかけるケイタに少しだけ眉を下げた表情を作り、俺はこの問いが来るまでの間に考えた答えを述べる。

 

「んっと……俺、実はパーティーでプレイしたことがないんだ。だから、最初はパーティーとして組ませてもらって、ギルドは保留ってことにさせてもらってもいいかな?あ、サチのコーチとかは全然、俺で役に立てるなら協力させてほしいと思ってるんだけど……だめかな?」

「いやいや!そんなことはないさ!いつでも入りたくなったら声かけてくれていいから、じゃあ最初はパーティーとして、よろしくな!」

 

 差し出された手をそっと握った。

 心の中でごめん、と付け加えながら。

 

 

 

 




月夜の黒猫団編、入ります。
数話続くかもしれない。ほのぼのパートもあるよ。

原作沿いってどこまで原作の部分を絡めていいか悩みます。
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