棚町薫がいる日常   作:鯉沼 鯨

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俺の人生ほんとゴミ!(気さくな挨拶)

一応ある程度の知識があった方が楽しめるかと思います。
先に原作をちょろっとプレイするか、アニメ版を見るか、ニコ動にあるうんこちゃん氏のアマガミやるおシリーズを視聴することをオススメします。
あと、時系列を気にしたら負けです。
では、どうぞ。

投稿が一日遅いとか言ってはいけない。


1日目 ボッキーゲーム

「今日が何の日か知ってる?」

 

 帰りのHRが終わり、各々が部活や遊びへと教室から旅立っている時の事だ。すべての元凶こと僕の中学時代からの悪友・棚町薫は、遠足前夜の小学生みたいな顔でそう言った。

3年余りの付き合いでもう慣れたものだけれど、薫がこんな風に上機嫌な顔を見せるのはなにか良からぬことを考えているサインだ。僕は三秒だけ考えるフリをしてから、

 

「薫の誕生日?」

「ちがうわよ、純一あたしの誕生日知ってるでしょ」

「8月1日だったな。じゃあ田中さんの誕生日?」

「ちーがーう」

「梅原の誕生日」

「そういえば知らないわね」

「ちなみに僕の誕生日は___」

「ひと月以上先じゃない。はあ、アンタが真面目に考えてくれないのはよーくわかったわ……」

 

 そんなこと言われても、思い当たる節が全くないんだからしょうがないじゃないか。あと僕の誕生日覚えててくれてるのか、ちょっと嬉しいじゃないか。

 

「純一、今日が何月何日か言ってみなさいな」

「11月11日……それが?」

「何か思わない?」

「いや、1がいっぱいだなとしか思わないけど」

「まあいい線はいってるけど、小学生じゃないんだからもっと想像力を働かせてよ」

「そんな無茶な。うーん……」

 

 ちょっと考えてはみたけど、わりと本気で分からない。1がいっぱい、がいい線といわれたところで、じゃあ11がいっぱいと適当に答えたら殴られるオチが容易に想像できる。かといって真面目に答えようとしても正解のせの字も分からない。

 

「なあ薫、せめて少しはヒントをくれよ」

「ヒント? まったくしょうがないわね。1がいっぱいあるのはわかる。じゃあ、その1は何かに見えてこない?」

「何か……?」

 

 どういうことだろう。1が何かに見えるというのは、つまり3がお尻の形に見える、というのと同じ考え方をすればいいのかな? その理論で行くと、1の形は、なんだか棒状で……先端が……ハッ!

 

「そ、そうか! わかったぞ! 答えはおちん_______ゴフッ!?」

 

 せっかく綺羅星のようにぴかりと閃いた僕の答えを言い終えることはなかった。目線を下にやれば薫の腕が僕のお腹から生えている。分かりやすく言えば腹パンだね。ちなみに死ぬほど痛い。

 

「お、ごっ……な、なにすんだよ薫!?」

「こっちのセリフよ!? 純一の想像力に期待した私がバカだったわ!」

「なんだって!? 言ってくれるじゃないか、じゃあ答えを言ってみなよ!」

「いいわよ教えてあげる! 今日はね……ボッキ―の日よ!!」

 

これが漫画なら ドン!! という効果音がコマいっぱいに描かれているだろう、そんな迫力とともに薫は僕を指さしてそういった。

 というか、

 

「……ボッキ―の日って何?」

「あら知らないの、ボッキ―?」

「ボッキ―は知ってる。最後までチョコたっぷりじゃないヤツだろ。知らないのはボッキ―の日だよ」

「んー、まあそれもそうね、だって今朝私が思いついたんだし」

「ええ……」

 

 無理ゲーとはまさにこの事だった。存在しないものの名称を当てられない罰として腹パン一発はどう考えても割に合わない。殴られたのは僕のしょうもない答えのせいな気もするけどそこは気にしたら負けだ。

 それより気になる事があるとすれば、

 

「なんで11月11日がボッキ―の日になるんだ?」

「え? ボッキ―がいっぱいに見えるでしょ?」

 

 まさかの小学生並みの発想だった。これじゃ僕と同じレベルじゃないか、なんで僕さっき怒られたんだ。まあ同レベルだからこそ仲がいいっていうのはあるかもね。ということは、この発想をした薫の事を僕は笑顔で受け入れなければならない可能性があるかもしれない。僕は何言ってるんだろうね。

 

「……まあ、言いたいことはわかったよ。とにかく、一応は分かったこととして話を進めよう。それで、今日がボッキ―の日だとして、それが一体何になるんだ?」

「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたわね!」

 

 薫の大きな瞳がきらりと光った。まずい、どうやら僕は今最もしてはならない質問をしてしまったらしい。その証拠に、薫の笑みはこれ以上ないほど深くなり、オプションで腰に手まで当てている始末だ。僕の心のリトルジュンイチがK(カオル)アラートを鳴らしている、これは一刻も早く退散すべき事態だと轟叫んでいる。そんな僕を知ってか知らずか、眼前に仁王立ちする魔王は今日イチいい顔で、目の前で震える哀れな供物こと僕に言い放った。

 

 

 

「ボッキ―ゲームをするわよ!!!」

 

 

 

「……さてはそれも今朝思いついたゲームだな?」

「よくわかったわね、慣れてきたじゃない。さすがはダーリン♪」

「はいはい、そういうのはいいから」

「純一が冷たい……ぐすん」

「ウソ泣きが下手すぎる」

「もう、わかったわよ。そりゃ急にこんなこと言われても困るだけよね、私が悪かったわ。残念だけど、ボッキ―ゲームは他の誰かとやることにするわ」

 

 ドキッとするほど寂しそうな顔でそういうと、薫は未練なんかないかのようにくるっと向こうへ歩き出した___って!

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!」

「なによ、嫌なんじゃないの?」

 

 向こうを向いたまま薫が言う。その背中が震えているように見えて、僕は、

 

「……や、やらないとは言ってないだろ?」

 

 ついそう言ってしまった。そして、僕が犯した今日最大の過ちはこれだったことを僕はすぐに悟ることになる。なぜなら、こっちへと振り向いた薫は、全ての計画が上手くいったことを確信した猟奇殺人犯のような笑みを浮かべていたからだ……!

 

「へー! 純一ったら、そんなに私とボッキ―ゲームがやりたいのね!」

「え、僕は別にやりたいとも___」

「いいわ、しょうがないからのってあげる。おそわれたらいやだもの!」

 

 完全に嵌められて薫のペースだった。こうなったらもう反抗する意味もないな。せいぜい被害が僕だけで留まるように祈っておこう。

 

「はあ……じゃあやるだけやって帰るよ僕は」

「ちっちっち、そんな甘い考えでこのゲームに挑まない事ね、下手をすれば命を失うことになるわよ、社会的に」

「社会的に!?」

「さあ、やるわよ!」

 

 宣言と同時に、どこからともなくボッキ―を取り出した薫は、それをそのまま口にくわえた。

 

「ん」

「……え?」

「んー」

「いやいや、え?」

 

 見ればわかる、何の説明もなしにゲームが始まってしまったようだ。もう展開に理解を追いつかせることはあきらめよう……さて、何してんのと顔にデカデカと書いてあることはわかるけど、ん、だけじゃ何をすればいいのか……さっきからくわえたボッキ―をフリフリと揺らしながらゆっくり近づいて___って、まさか。いや、そんなはずはない、でも、もしかして。

 

「も、もしかして反対側をくわえるってこと!?」

「ん!」

 

 大正解よと頷いて、薫はググっと僕に寄ってきた。2人の距離はもう十数センチもない、あまりの近さにドキドキしすぎて二の句が継げない。これはまずい、昔から後ろから抱き着かれることはあれど、まあそれもそれでおかしいんだけど、今回は正面から近づいてくる分恥ずかしさが比じゃない。ボッキ―をくわえるためにくちびるをすぼめているせいで完全に、キ、キスの顔みたいになっている。

 

「ちょっ、待っ、かお、」

「ふふ、ん……」

 

 動揺しすぎて静止の言葉すらままならない。椅子に座ってるせいで後ろへ下がることもできない!せめてもの抵抗と上半身を引こうとしたところを両手で腕を掴まれて止められてしまった。そうこうしているうちに、ついにボッキ―の先端は、僕の口元に___

 

______パクッ

 

 ついに、ボッキ―は僕と棚町の口をつないでしまった。

 

「んふふ」

 

 嬉しそうに薫が笑うけど、僕にこのゲームを楽しむ余裕なんかなかった。あるわけない。薫にこんなことされて平静を保てるやつがいるならでてこい。心臓がうるさい、それどころか、今後の二人の関係性さえ変わってしまいそうで。

 

「カリッ」

「ッ!?」

 

 だから、くわえたボッキ―をかみ砕いてさらに薫が近づいてきた瞬間にぼくは顔を背けてしまった。

 

「ん! やっひゃーわひゃしの勝ち~!」

 

 残りのボッキ―を食べながら笑う薫とは対照的に、僕は荒い息を整えることに必死だった。

 なるほど、恥ずかしさに耐えかねてボッキーを離してしまった方が負けってルールらしい。

 って!なんだそりゃ! 名前も卑猥ならルールも卑猥すぎるよ! 絶対教室でやるゲームじゃない、周りの皆からもチラチラと視線を頂いているのを感じるし!

 

「よーっし、それじゃあ罰ゲームに何してもらおうかしら」

「えっちょっと待て、そんなこときいてないぞ!?」

「なによ、不満でもあるの?」

「ありまくるよ! まんま詐欺師の手口じゃないか」

「言ってくれるわね。でも、負けたのは事実でしょ?」

「ひ、卑怯だぞ……」

 

 露骨にニヤニヤする薫に臍を噛む。こんな卑猥、変態、エッチ極まるゲームだなんてきいてない。まあ名前以外何も知らなかったんだから当然だ。それより、なにか罰ゲームに代わる落としどころを早く見つけないと薫は納得しない、理不尽でもこれはもうそういうものだから仕方ないと長い付き合いで分かっている。問題は、その落としどころを考えなければいけないはずの頭がさっきの光景を思い出すことしかしてくれないことだ。

 ダメだ、働け僕の頭……!

 

 そうだ、薫はこの間の中間テストでやらかしていたはずだ。

 ──────パサパサしたボッキ―。

 その勉強を見てやるというのはどうだろう。

 ──────腕を優しくつかむ細い指。

 僕は絢辻さんほどじゃなくてもそこそこはできる方だし。

 ──────悩まし気な声。

 そうだ、それでいこう。

 ──────口から洩れて顔にかかる息。

 それ、で……

 ──────徐々に近づく薫の顔

 

「……もう一回だ」

 

 気が付いたら、そんな言葉が口をついて出た。

 

「! へえ、そんなによかったんだ」

「う、うるさい。さっきのやつで罰ゲームなんて納得できないだけだ、次の勝負で決めよう」

 

 嘘だ。もちろんそれも理由だけど、あの感覚をもう一度味わいたいと脳内会議は満場一致の採択をくだしているし、なによりあれだけのことをしてなお薫が余裕そうなことが納得いかない。

 知ってか知らずか、薫はにやりと笑って、

 

「いいわよ、まあ何回やっても私の勝ちでしょうけどね」

「それはどうかな。さっきは油断しただけだ、次もうまくいくと思わないことだな!」

「ふふ、その意気やよし!」

 

 そういって、薫はボッキ―をリロードした。

スッと近づいてくる先端を前に、僕は考える。

これはもはや単なるゲームなんかじゃない。僕の男としての尊厳を掛けた、さらに僕と薫の今後の関係を決めるような、人生の分岐点たる大事件だ。だからこそ、負けるわけにはいかない。このボッキ―ゲーム、必ず勝つ!!

 

「ふっ!」

 

 気合を入れて、ついにボッキ―をくわえた。そして、間髪入れずに食べ進める!

 

「んん!?」

 

 よし、効果ありだ! 薫は僕が何もできないと思ったんだろう、驚いて目を丸くしていて、食べ返すことも忘れている。

 僕の戦略はただ一つ、攻める事だ。一回しかしていないこのゲームだけど、引いた者に勝ちはない事は分かる。薫にも当然戦略はあるだろうけど、大事なのは相手の良さを出させない事だ。なにかしようとする前に勝ちを拾う!

 

「ッ! んん!」

 

 僕がボッキーの手持ち部分を完全に食べるところまで進んだところで薫が冷静になったみたいで、キッと気丈に僕を睨みながら食べ進め始めた。さすがは僕の悪友だ、予想よりも回復が早い。それでもまだペースはこっちにあるはずだ。やっぱり慣れというのは人間が有する能力の最たるものだな、さっきのゲームとは心の余裕が段違いだ。

 ついでにもう1つ作戦を思いついた。それは、薫の目を見ないことだ。真正面かつ至近距離にある薫の顔だけど、わざと焦点をずらしてその目を直視しない。人間という生き物は良くも悪くも他者の顔を意識するものだし、裏を返せば顔を見つめなければ生まれる恥の量も減るという寸法だ。

 どうだ、薫? 2戦目にしてここまで対応してくるとは思ってなかったに違いない。このゲーム、僕の勝ちだ!

 

「ん……」

 

 薫は潤んだ瞳を僕からそらさずにボッキ―をかりかりとゆっくり、しかし確実に消化している。

 

 時間にして1分。

 残るボッキ―は3分の2程度。

 戦いは中盤戦に差し掛かっていた。

 

 

 

 教室内にはまだ何人か生徒が残っているみたいだった。バイトまで何しよーやら、ノート写させてくれやら、僕らのことなんて誰も話していないことにホッとする。そりゃそうだ、女友達とこんな小っ恥ずかしいことをしている所なんて見られるのもキツいのに、噂話になんてなれば明日から生きていけない。

 お、今気づいたけど、僕は予想より冷静みたいだ。よく聞いてみれば吹奏楽部の演奏も聞こえるし、校庭からは運動部の掛け声なんかも届いていることが分かる。これはいい兆候だ。

 それじゃあ、薫はどうなんだろう。今一度その顔を凝視してみる。

 そもそも男の僕とここまで接近して何も思わないのだろうか。や、そりゃ僕らはただの友達で、何か思うところがある方がやましい気もするのだが、それにしたってこれは……

 

「ふ、ん……」

 

 不意に、薫が息苦しそうに声を出した。

 その声は妙に艶めかしくて、一瞬ドキリとしてしまう。たった1回の囁き声、それだけでせっかく手に持っていた理性を手放しそうになっていることに気づいて、僕は慌てて取り戻した。

 やっぱり薫は強敵だ。圧倒的有利な状況を吐息1つでひっくり返せるポテンシャルを秘めている。あの手この手で理性を奪いに来るだろう。

 

 ボッキーは遂に半分ほどが僕らの胃に収まっていた。

 そろそろ顔と顔の距離も10センチとなくなり、視界の全てが相手の顔に覆われてきている。

 薫はまだ音を上げない。それは納得だ、この子の負けず嫌いさは長年隣にいた僕が1番知っている。そう易々と勝ちを拾わせたくれないことは分かっていた。

 これはどこかで勝負を仕掛けなきゃいけないな。このままズルズルいけば最悪ホントにキスしてしまって友情崩壊エンド待ったなしだ。こんなゲームしてる時点で男女間の友情が成り立つとか言ってていいものか知らないけど。

 

 さて、仕掛けるにはタイミングが重要だと諸葛孔明も言っているし、敵を知り己を知ればなんとやらという言葉もある。どこかで薫の今の精神状態を確認しなければならず、そしてそれは、薫の顔を凝視する事に等しい。つまりこちらにもダメージが入る可能性のある、半ば賭けのような行為だ。

 それでも、薫が考えを纏める前が最後のチャンスだ。薫はこのゲームを今朝考えたと言っていた。頭の回る彼女のことだ、それから今まで戦略を練っていたに違いない。それこそ、僕が今思いついたような付け焼き刃なものではなく、もっとこっちのメンタルを削るような狡猾なヤツだ。1度それを繰り出してきたら僕は赤子の手をひねるようにやられるだろう。それは何としても阻止しなきゃいけない!

 

 ままよ!

 

 瞬間、わざと焦点をずらしてぼんやりさせていた視界を、薫の顔に合わせる! そのまま薫の様子を確認する作業に移行だ!

 

まずは頬……やっぱり照れがあるんだ、上気したようにピンク色に染まってるぞ!

次に額……僕の攻めが効いてる、うっすらと汗をかいて特徴的なくせっ毛が張り付いてるぞ!

そして鼻……すっとしてるキレイな形の鼻だ!

で、眉毛……キリッとつり上がった美人系の眉だ!

最後に目……今にも泣きだしそうなほど潤んでいて、とても綺麗だ。まるで吸い込まれそうな……

 

 ……あれ? 薫ってよく見たら可愛いな。それも相当。

 なんで今まで意識しなかったんだろう。

 友達だから?

 傍にいすぎたから?

 分からないけど、ここにあるのは1つの事実。

 つまりは、そんな顔が、僕の目の前にあって、僕はもう目を合わせたまま逸らせない──────

 

 不意に。

 唐突に。

 薫の目が、ふっと笑った。

 

 次の瞬間。

 

 

 

「じゅん、いちぃ……」

 

 

 

 薫が僕の名前を囁いた。

 そしてそれだけでは、終わらない。

 窄めていた口をゆっくりと開くと、綺麗なピンク色の舌が、唾でてらてらと妖しく光るその舌がゆっくりと姿を現して、ボッキーのチョコを舐め取り始めたのだった────

 

「ッ!?」

「んっ、んちゅる……んむ、あ、んふぁ……」

 

 それは壮絶な光景だった。

 薫は僕と目を合わせたままボッキーをしゃぶっている。

 その目は物欲しそうに狭められ、何かを僕に媚びてみるようにも見え、いっそう僕の劣情を煽ってきた。

 

「んっ、んちゅっ、はあっ、んむ、ちゅっ……じゅんいちぃ……れろ、んふ……」

 

 もはや僕の口は動きを止めていた。

 視線は薫に釘付けだった。

 そして悟った。これが薫の作戦だったのだ。薫は動揺していたのではない、僕が薫の顔に意識を向けるその一瞬を今か今かと待っていたのだ。そんな事も知らずに飛んで火に入った哀れな僕には、為す術もなく蹂躙されるだけだ。

 

「ん、ちゅる、あむ……じゅんいち……んちゅっ……はあぁ……じゅん、いちぃ……」

 

 この時点でボッキーは残り4分の1もなかっただろうけど、それを確認する余裕なんてどこにも残っていなかった。

 

 僕はただ、迫ってくる潤んだ瞳を見て、漂ってくるえも言われぬいい匂いを感じて、舌とボッキーが奏でる妖艶なハーモニーを聴いて……

 

 

 

 ああ、薫も1人の女の子なんだっけ─────

 

 

 

 そして。

  そして。

   そして。

 

 遂に決着はつこうとしていた。

 互いの唇と唇の距離は2センチもない。

 あと1回どちらかが進めば、遂に唇同士は触れ合うだろう。

 そんな、友情と恋愛のギリギリの境目で、薫は、

 

「純一……」

 

 僕の名前をもう一度呼んで。

 口の動きだけでこう言った。

 

 

 

『スキ』

 

 

 

「んぶぁあ!?」

 

 果たして、顔を先にそむけたのは僕の方だった。

 心臓が壊れそうなほど高鳴っている音が聞こえる。額と背中にはじっとりと嫌な汗を書いていて、全身燃えるように熱を発していた。息は荒いなんてものではなく、手の震えさえ起きている気がした。

 少ししてから、薫の鬨の声が聞こえた。

 

「〜〜!! やったわ! 勝った勝った〜!!」

 

 両手をあげて喜ぶ薫をクラスメイト諸君はなにごとかと見ているが、当の本人はそれを意にも介さず勝ち誇った笑みを浮かべていた。

 僕は悔しいという感情すら浮かんでこなかった。それどころか、ちょっとした喜びすら感じていたのだった。

 

 だって。

 精一杯ドヤ顔を作っている薫の顔は、今にも噴火しそうなほど真っ赤に染っていたからだ。

 

 なんだよ、薫だって恥ずかしかったんじゃないか、良かった……

 

 そう思って、僕は机へと突っ伏した。

 

「さーて、今度こそ正真正銘私の勝ちね。それじゃあ罰ゲームしてもらうわよ〜、って純一、アンタどうしたの?」

 

 薫の不思議そうな声が聞こえるが、僕は当分上体を起こせそうになかった。

 なぜなら……

 

「はは、ごめんよ……僕のボッキーがボッキーしちゃってさ」

 

 

 

 

 直後。

 本日2度目の拳が後頭部に炸裂した。

 





この後、罰ゲームとして田中さんともボッキーゲームをさせられた橘さんは辛くも勝利したが、精神的な余裕のなさから罰ゲームの存在をすっかり忘れて帰宅するというミスをしてしまう。


田中さんは数年後、大学生になってからというもの、合コンでボッキーゲームを提案しまくり、結果としてボッキーの日およびボッキーゲームは全国的に有名になっていったのだった─────────



※なおこのお話は江崎グリコおよびその登録商標たるポッキーとは欠片の関係もないことをここで強調しておきます。

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