一年前に失踪した幼馴染が異世界から帰ってきた件。 作:翠晶 秋
一番変わったところから案内しようということになったので、バスで駅までやって来た。
何か変わったところはないかと辺りをキョロキョロ見渡す空良に、俺は話しかける。
「さて、とりあえず駅に来たワケだが」
「駅自体は変わってないね。ショッピングモールの中身が変わったの?」
「あぁ。二階のパン屋が無くなって服屋になった」
「ええっ!! あそこのクッキー好きだったのに……」
駄弁りながら、駅付属のショッピングモールに入ると、いの一番に空良が駆け出した。
「ちょっ、どこいくんだよ!」
「服! 最新のファッション!!」
早々に服屋に立ち入り、空良の服選びを手伝う。
結果、大きめのビッグニットにカーゴスカート、上着として俺のパーカーを袖に手を通さず羽織った空良が生まれた。ちなみにパジャマや下着類も買った───さすがに金を渡して選ばせたが。
謎の力で羽織ったパーカーがずれない空良はずっと上機嫌で、スキップなんかしてらっしゃる。
ため息をつく俺と対照的だ。
「まさか服がここまで高いものだとは思わなかった…」
いつも安心安全のユニシロで服を買っている俺にとって、ブランドとして名がつくような店はまさに魔王の居城。いや別にユニシロが悪いってわけじゃないけど。
ブランドものも買えなくもないしお金にも問題はないのだが……まぁ、表情には出さなかったものの、それなりのダメージは負った。
…でもまぁ。
「ありがとっ、
こうして笑う空良の顔は、買った服以上の価値がある。
行方不明になった幼馴染が、五体満足で帰ってきて屈託のない笑顔を見せているのだ。これ以上に価値のある物はあるか?
「似合ってるよ」
「えっへへ〜。懐かしいなぁ仙くんの声〜!」
そこから先は、空良がきゅうりの浅漬けの次に好きな『もげるチーズ』の新しい味を買ったり、駅周辺でやっているパントマイムを見たり。
暇がなくて駅周辺に来ることはあまり無かったので、どれも新鮮だった。
あぁでも、これは一番記憶に残っている。
◇
服を買って、次は三階───ゲームセンターを見て回ろうと思ったその時。
「……?あれ、先輩?」
「どした、さな?」
「あれ、
聞き覚えのある声に、俺は声の主をさりげなく見る。
すると、そこにいたのは知り合いの
彼らは空良とも仲が良く、一年経った今でも空良の顔を覚えているだろう。
今は俺が重なって空良の姿は見えないだろうが、それも時間の問題。
「……ってかアレ、仙先輩ですよね。本人ですよね」
「……そうだな。あいつ、空良がいなくなって傷心してたけど、立ち直ったのか?……っと、後ろにだれかいるな」
「うまく重なってて見えませんねー」
空良が帰ってきたことを打ち明けるか?
いや、お祭り好きな二人のこと。『帰ってきたんですね!お帰りなさい!』って言って空良の家に走る様子が眼に浮かぶ。
空良がここにいることがバレたらまずい……。
そう思った俺は、クレーンゲームに悪戦苦闘していた空良の手をとり、曲がり角を曲がった。
「ちょ、仙くん!?どしたの急にわぷっ!?」
空良の口をふさぎ、耳をすます。
「あっ、行っちゃいましたよ、先輩!」
「追いかけるぞ!あいつ、黒髪の美女連れてやがる!」
「どこで捕まえたか聞きますよ、心配かけさせやがってです!」
俺らを捜索する気だ、あいつら!?
空良の耳元でそっと口を開く。
「少し場所を移動するぞ」
「う、うん……?ってか、あの声って蓮徒く……」
「早く」
「あっ、ちょっと」
なんとか人気のないところまで移動する。
ゲームセンターの端まで来てしまい、ここで追い詰められたらもう何も出来ない。
「せ、仙くん」
「今あいつらに見つかったらマズイだろ。お前の立場的に」
「あ……うん」
「しばらく逃げるぞ。あいつらとのご対面はお預けだ」
しばらく隅で小さくなっていた時。
案の定、彼らはやってきた。
「はぁ……はぁ……!あいつ、どこに行きやがった…!(大声)」
「なにがなんでも捕まえますよぉ……!(大声)」
「なんなんだよアイツらの謎の執念!(小声)」
「ど、どうしよう……?(小声)」
あいつらの足音が近くなる。
俺はどこか入り込めるところはないか探して…!
「あそこだ!」
ゲームセンターの店員がアクシデントに対応するときに寄るカウンターにすべりこんだ!
「どこにいるのかなぁ~」
「先輩がこっちに気付いてることは知ってんすよぉ~」
カウンターごしにいやらしく響く二人の声。
ひとまず安心して下を向くと……
「せ、仙くん……」
「────っ!!」
目の前に、空良の顔があった。
すべりこむ時に押し倒す形になってしまったらしく、カウンターの高さも低いため、顔が触れるか触れないかの距離だ。
「っかしいなぁ。ここら辺に逃げ込んだと思ったんだけど」
「もしかしたらもうゲーセンの外に行っちゃったのかも知れないですねぇ…」
だんだん遠ざかっていく二人の声。
未だうるさい鼓動。
「諦めた……かなぁ……?」
「そうっぽい……な……」
足音がしなくなったのを見計らって、カウンターから這い出る。
辺りを見回すも、二人の姿は見当たらない。
「撒いた、な」
「そうみたいだね……」
「あのぉお客様……?そちら店員カウンターとなっておりますが…」
「「すみませんでしたッ!!」」
◇
……思い出すとすごい恥ずかしい。
となりの空良だって、駅のゲームセンターの辺りをちらりとみては、顔を赤くしている。
「……帰ろうか」
「……うん。ありがと、仙くん」
既に日が傾いており、
周りを見渡せば、互いに別れを惜しむカップルがわんさかいる。
微妙に意識されるムード。
……まあ、俺たちは帰る家が一緒なんだけどね。
駅のイメージは静岡県の浜松駅です。
あそこ、賑やかで好き。