一年前に失踪した幼馴染が異世界から帰ってきた件。   作:翠晶 秋

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幼馴染みの怒り

目を覚ますと、控えめな、けれど上品な装飾の天井が目に入る。

知らない天井───なんてありきたりな感想は置いといて。

 

「おい、起きたみたいじゃぞ!」

「本当?」

 

視界の端に消えていった青い髪は、ノンピュールだろうか。

どこか、ギィィ、と扉が開く音が聞こえた。

 

「仙くん……」

「空良」

 

視界に飛び込んできたのは、幼馴染みの勇者様。

 

「気がついたの」

「うん。ちょっと待ってろよ」

 

体を起こし、ベッドから降りる。

節々が痛い。これは痣でもできているか。

そう思いながら空良に向き合ったとき、パシィン、という高い音と共に俺の顔が強制的に右を向いた。

左頬が、ジンジンと痛みを訴える。

はたかれた。空良に。

 

「なんで、こんなことしたの」

「……………」

「仙くんっ!!!」

 

怒気を孕んだ空良の叫び。

 

「なんで、あんなことを……」

「わたしが、どれだけ、心配したと……」

「ねえ」

「ねえ!!!」

 

矢継ぎ早に空良の口から放たれる言葉の数々。

恐る恐る視線を前に戻すと、俺が一番見たくなかった光景がそこにあった。

 

「仙くん…………」

 

泣いていた。

大粒の涙をぽろぽろと溢し、空良は泣いていた。

 

「一人きりで、ダンジョンに潜って!?あんな、絶望的なレベル差のある王子に……王子に!!」

「………………」

「ねえ!これ、悲しいの!勇者だから、大丈夫と思った!?嫌だよ、そんなの!!」

 

支離滅裂(しりめつれつ)、言葉は言葉の意味を成しておらず、しかし、俺のどこか、奥に深く深く刺さった。

 

「ごめん」

「…………やだ」

「もっと、強くなるから」

 

泣きじゃくる空良の頭に触れつつ、しきりに謝る。

 

「空良を守れるくらい、強くなるから」

「……うん」

「空良を安心させられるくらい、強くなるから」

「……やくそく」

 

空良は涙を袖で拭いながらも、こちらに右手の小指を差し出してくる。

 

「うん、約束だ」

 

出された小指にこちらの小指を絡め、それに応える。

ゆびきりげんまん(指切拳万)』。

昔も、よく空良と約束ごとをしていた。

おねしょをばらさないとか、大きくなったら結婚するとか。

いつも、約束は他愛のない幼稚なものだったけれど、今度の約束は必ず守り通す。

未だにヒクつく空良を抱き寄せ、背中をぽんぽんと軽く叩く。

 

「…………う。もっと強くやさしく叩いて」

「……わかった」

 

その後、空良が泣き止むまでずっと抱きしめ続けた。

 

 

 

 

「おお、出てきおった……ソラ!?その涙の(あと)はなんじゃ!?せ、セン!お主、ソラに何かしたのではあるまいな!?」

 

どうやら俺は、救護室のような所に寝かされていたらしい。

泣き声が聞こえなかったのか、外で待っていたらしいノンピュールはすぐさま空良にかけよった。

 

「ううん、なんでもないの」

「そ、そうか……?ソラが泣くことなどあまり見たことが……というか一回も見てない気がする……。セン!後で一発なぐられよ!」

「理不尽!?」

「理にかなっておるわ阿呆が!」

 

ノンピュールが俺から離れるように空良の身体をチェックしている中、俺は遠くから近づいてくる一人の陰に気がついた。

俺も空良とノンピュールから離れるようにして、彼に近づく。

 

「……やあ、セン」

「……オレンズ王子」

「そう睨むな。僕も、反省しているのだから」

 

どこか悲しげに空良を見るその顔は嘘をついているようには見えない。

『反省している』と言ったのは嘘ではないようだけど……どうにも、なぁ。

 

「……なあ」

「なんだ?」

「結果は、どうなったんだ。決闘の、結果は」

「決着がついたとき、君は気絶して僕は意識を保っていた。戦場なら、僕が君を刺すこともできた。勝ちか負けか、判断に困っているんだ」

 

……なるほど。

言わんとしてることはわからんでもない。

決闘としてはオレンズを地に叩きつけた俺の勝ち、戦場としては意識を保っていたオレンズの勝ち、ってことなんだろう。

と、顎に手を当てて考え込んでいた王子が、

 

「……良ければ、提案がある」

 

と言ってきた。

 

「提案?」

「引き分けに、してくれないか」

「……なるほど」

「正直に言って、僕はあの勝負、僕の敗けだと思っている。あの時、手加減として『叩く』ことはあっても、『刺す』ことはしなかった。そして、最後の連続攻撃。実のところ、完璧にいなすことができなかった。つまるところ、サーベルが本物なら僕はとっくに腹を裂かれていたわけだ」

 

手加減、か。

ダンジョン疲れがあったとはいえ、少しの動きで俺を翻弄して、突き飛ばして、なおかつ手加減の域。

あらためて、自分の弱さが見えた。

 

「引き分けにして、なんになるんだよ」

「なにかを望もうというつもりはない。先ほど『敗けだ』と言ったが、僕だってソラを諦めるつもりはないんだ。これからも恋のライバルとして戦ってもらえれば、それでいい」

「恋のライバルだって?いや、俺は別に、幼馴染みとして───」

 

そのとき、心中に疑問がよぎった。

本当に、ただの幼馴染みのためだけに俺はあんなことをしたのだろうか。

ただの幼馴染みのためだけに、あんなにボロボロになったのか?

……多分、そうじゃない。理由はないが、そうじゃない。

もしかすると、俺は─────

 

「………どうかしたかい?」

「いや、別に。ただ、お前の豹変ぶりに驚いてるだけ。初めてあったときはバカかと思ったけど、あんがい賢そうじゃないか?」

「ははは。兵士からも陰で『バカ王子』と呼ばれているようだが、敵を騙すにはまず味方から、と言うらしいじゃないか。いやはや、ソラに教えてもらったがわざと転ぶのは骨が折れるな」

「あれ、演技だったのか」

「あれくらいの段差で転ぶのはさすがにおかしいと思う」

「おぉーい。何をそこで(はな)してるー。ほれ、()くぞぉー」

「あぁ!今、そちらへ向かおう!!」

「うわあ気持ち悪いお主は来るな!!」

 

あ、スイッチ入った(バカになった)

……ん?待てよ?バカなのが、演技なんだろ?

つまり、人の話を聴かないのは素?

 

「こらぁ、セン!はよう来んか!」

「………やっぱあいつ、許せねぇ!」

 

レベル上げて絶対、完膚なきまでにリンチしてやる!

俺はそう、心に固く決意したのだった。

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