一年前に失踪した幼馴染が異世界から帰ってきた件。 作:翠晶 秋
「あっ、空良。そういえば、お前に見せたいものがあったんだ」
「え?あ、うん。なに?」
「ちょっと待ってろよ」
急いで階段をかけ登り、部屋のドアを開ける。
バン、と大きな音を立てて開いたドアにビクッと震えた獣は反射でこちらを向く。
「お前の引き取り先が見つかった。来い」
腕の中に収まった獣(ぬいぐるみ)を抱え、階段を今度はかけ降りる。
バン、とドアを開けると、次は空良がビクッとした。
「ほら、これ」
「……?ぬいぐるみ?可愛いね」
「えと、ぬいぐるみじゃなくてだな。おい、戻れ」
腕の中のぬいぐるみに話しかけると、ぬいぐるみは俺の腕から抜け出してぽんっと白い煙に包まれる。
煙が晴れるころには、ライオンのような巨体を持ち、肉を引き裂く牙と草をすりつぶす臼歯が生え揃った大きな獣が、我が家の板の間に召喚されたのだった。
「……え?仙くん、これって……」
「うちの学校の裏山にいた」
「裏山ぁ……」
きっと異世界を飛び回ったのだろう、膝から崩れ落ちる空良の肩をぽんぽんと叩く。
しかし、さすがは勇者。
強靭なメンタルを立て直すと、懐から紫の巻物を取り出した。
「そ、そうと決まれば早速異世界に行こ!あっちでは聖獣ちゃんとノンちゃんがまだ探してるんだから!」
「ちなみにどれくらい探し回ったの?」
「……大陸を三往復くらい。飛行魔法を使って」
文字どおり飛び回っていた。
◇
「ん?ソラ?一度帰れと行ったはずじゃ……が……」
「ソラさん、私たちの事は後で良いのでまずはセンさんに顔を……見せて……」
異世界に転移、さらにそこから聖獣の住みかへ移動。
俺たちを目で捉えた二人はこちらに駆けよって来るが、俺の後ろ───獣を見て、その足を止めた。
「な、なあセン。その、後ろのはなんじゃ?」
「
「ど、どこに居たんですか?」
「学校の裏山」
「「近場ッ!!!」」
事実を告げるも、聖獣とノンピュールの二人は───否、空良も混ざって三人は、「うふふふ」「はははは」「えへへへ」と乾いた笑いを上げ始めた。
も、もうダメだ、目がイってる。
「お主、妾たちが休憩中で良かったの。これが飛び回っている
「物騒!?」
瞳のハイライトを消し、俺の肩を揺さぶるノンピュール。
そんなに探してたのか。
たった二日しか……まさか、寝ずに探してたワケじゃないよな?
…………だよな?
「それじゃ、俺はこれで……」
帰る
「な、なんだよ」
「ん?お主、ずいぶんとその獣になつかれているようじゃの」
「へえ、その子はだいぶ頑固で、引き取り手も見つからなかったのですが……珍しいですねえ」
瞳にハイライトを戻した二人が言ってくる。
「そうなの?」
「うむ、見るものが見ればわかる。どうじゃ?いっそのこと、この獣をセンが飼ってみるというのは」
「えっ」
「それいいですね!センさん、どうですか?」
い、いやー……。
別に良いんだけど、食費とかさ……。
今の空良の食費は、親から送られる俺一人分の電気代等の生活費を削り、ギリギリ補っている。
さすがに獣の分はフォローできんぞ!
「あ、ご飯はその子の首輪を通して送ります。後、保護代としてこちらの世界のお金を換金してそちらに送ります!」
「え、金。金くれるの?」
「勿論ですよ。そうでないとそちらに利益がありませんし」
「な、なら……飼うのもやぶさかではないかな」
「やった!」
目の前の聖獣は小さくガッツポーズをとる。
人間くさい行動をするなあ。
「ま、センの家の食費はどうなっとるのか不思議じゃったからの……金に反応するのも無理はないわい。それで、獣を飼うことが決まったわけじゃが、こやつの名はどうするのじゃ?」
「名前か……」
「決まらないようなら、思い付く名前を言って本人が気に入ったのにすればいいんじゃないかな」
「それもそうだな……。よし、タケシ」
拒否。
「ポチ」
拒否。
「空良」
「!?」
拒否。
「!?」
「ちょむすけ」
拒否。断じて拒否。
「じゃあ……ノート」
賛成。
「お、賛成したっぽいぞよ」
「じゃあこの子は今からノートですか。ノート、頑張るのですよ」
ノートが自信に満ちた鼻息を出した。
尻尾で俺を指し、次に自らの背中を指した。
……乗れと?
背中に飛び乗れば、なんという安心感。
「乗ったけど?」
「くる」
ノートは歩きだし、徐々にスピードを上げていき……
「ぶわああああ!」
疾走した。
次々と景色が過ぎていく様は、壁の無い新幹線のよう。
森を抜け、川を跳び、ノートはぐんぐん加速していく。
やがて、目の前に谷が見えた。
そこに止まるつもりだろうか?
しかし、いくら崖が近づこうが、ノートは止まる気配が見えない。
まてまて、このままだと落ちる───
「───バッ」
ノートは地を蹴り、跳躍した。
足場の無い空中に。
「おおおおおノートおおおおお!!ちょっ、おいい!」
ノートは悠々と宙に飛び出し、そして……
「がるっ」
「えあっ!?」
宙を、蹴った。
その場に地面があるかのようにノートは空を蹴り、ついには向こう側の崖にたどり着いた。
「おま……ちょ、おま……」
フンスと鼻息を返すノートに毒気を抜かれ、だんだん笑いが込み上げてきた。
「はは……ははは……まさか、空を蹴るなんて」
その後、興味を示した空良とノンピュールに乗り回され、家に帰る頃にはノートがぐったりしていたのは、良い思い出であった。