一年前に失踪した幼馴染が異世界から帰ってきた件。 作:翠晶 秋
「ねー仙くん。これ見て!」
「ん?どれどれ」
意気揚々と空良が見せつけてきたのは、商店街のチラシ。
「野菜とね、牛肉が安いんだって!」
「へぇ。商店街だから……
穂織は四つの区に分けられている。
上流階級が住む、
俺達の住む住宅街、
商店街や店の多い、
公園や学校などの皆で使える物が多い
「鶏肉も安いし、そうすると……今日の献立は
「ほう、それもいいな。よし、今日はそれにしようか。買いに行こう」
「ぐる」
「なんだ、ノート?お前も行きたいのか?」
肯定の意と共に縦に頭を振ったノート。
「わかった。けど、その間はキーホルダーになってもらうぞ」
「ぐる」
ぽふんと音がして、次の瞬間には俺のベルトにキーホルダーが付いていた。
「それじゃ、行こうか」
「うんっ!」
◇
やって来ました夏雲区。
お客を呼ぶ声が響き、人々は皆買い物袋を抱えている。
「おじちゃん、パセリちょーだい!」
「あーい。パセリ1束で50円ね」
「安い!」
空良が歩き様にパセリを買い、にこにこしながら俺の隣に立つ。
「そんなに安いのが嬉しいの?」
「ううん、違うよ。こうやって仙くんと買い物ができるのが楽しくて」
今にもスキップでも始めそうな空良。
「前も買い物はしたろ?」
「あの時はさ、めったに行かないところじゃん。駅の買い物と商店街の買い物は別物なんだよ」
「そういうもんかねぇ」
「そーいうものだよ」
他愛のない話をしながら商店街を歩く。
賑やかな商店街は、確かに、歩いているだけで気分も楽しくなってくる。
と、向こうの方から悲鳴が聞こえた。
「悲鳴!?」
「な、なんだろ……」
「ひったくりよーっ!!」
人混みをかき分け、黒服に黒眼鏡でマスクの───体格的に見て男が、こちらに走ってくる。
手には革のかばんが握られており、まあ、みるからにひったくりだ。
「空良、顔面にキック。俺はすねをやる」
「りょーかい」
タイミングを合わせ、二人でひったくりに蹴りを喰らわす。
これは当たった───そう、確信した。
だが。
「ホッ!!」
「なっ!?」
「うそ!?」
ひったくりはジャンプして身を縮めると、俺と空良の足のほんのわずかな間をすり抜けた。
「仙くん、私先に行く!」
「わかった!」
走り出した空良を見送り、俺は路地に入り込む。
あれだけの身体能力を持つ相手だ、もうなりふりかまっていられない。
「来い、ノート!」
裏路地でキーホルダーを宙に投げる。
ぼわあんとノートが顕現し、俺はその背中に乗った。
「見てたな?追うぞ!あっちの方角!」
ノートは角を巧みに使い、人の目につかないように裏路地を走る。
……大体の方角を伝えただけなのに、どうして裏路地を走れるのだろうか。
俺、迷子になる自信あるもん。
ここで置いてかれたら二度と家に帰れない気がするので、しっかりとノートに捕まる。
やがて……
「あっ、仙くん!」
「っと、ひったくりは?」
路地にいた空良と合流した。
路地にいるってことはひったくりは路地に入ったのだろうか。
しかし、空良から伝えられた情報はそれとは違うものだった。
「今、この建物の中に入った!あ、あそこ!」
空良は隣の建物を軽く叩いた後、空を指差した。
空良の指は、ひったくりが屋上から屋上へ移動する姿を捉えていた。
「ノート、飛べる?仙くんを乗せて」
ノートは自信に満ちた鼻息を出す。
しかし、それだと空良が階段から追うことになってしまう。
そんな俺の意を察したのか、空良はその場でしゃがんだ。
「私は……こう!」
「ちょっ!?」
勢いよく膝を伸ばすと、空良の体は建物の三分の一位まで一気に跳躍する。
空良は隣の壁を蹴り、その高度をさらに増した。
次々と壁キックジャンプを繰り返し、ついに屋上まで昇ってしまう空良。
「ほら、早く来て!」
「ええ……。あ、ええ……」
屋上からひょこりと顔を覗かせる空良は、すぐに屋上に消えていった。
気を取り直してノートの背中を二回、軽く叩く。
ノートはツメを壁の隙間にねじ込み、見事、屋上までたどり着いた。
「……まあGがすごかったんだけどね!」
「仙くーん。はやくー」
「内臓ふわーってなったわ」
ぶつくさと文句を垂れながらも、ノートを走らせる。
ノートはぐんぐん加速し、やがて空良をも追い越してしまった。
ビルとビルの間を飛び越し、なかなか遠くにいたひったくりとの距離がぐんぐん近くなる。
後ろを走る空良との距離がぐんぐん遠くなる。
さすがは聖獣の保護した獣、勇者よりも速いとは。
「どもーこんちはー」
「どわあ!?あ、あんたどこから……」
ノートの上からひったくりに話しかけ、スピードを頼りにカバンをひったくる。
ひったくりのカバンをひったくる。
「ハイ没収ー」
「あっ俺の」
「お前のじゃねーよ」
そのままひったくりに回り込み、逃げ道を塞ぐ。
空良も空良でオリンピック並のスピードで走っているので、まあすぐに追い付いた。
「はあっ……はあっ……。さすが、ノートと仙くん……」
「無理しなくていいんだぞ……?」
「えへへ……ふうっ……」
めっちゃ息切れしてるけど。
「と、言うわけでひったくりさん。こっちには私がいるし、向こうには仙くんがいるからもう逃げられないよ」
「観念してお縄につきたまえ」
「ぐる」
ひったくりは丸腰のまま、辺りを見渡す。
そして女である空良のほうがやりやすいと踏んだのか、空良の方に駆け出した。
「う、うおおおっ!!」
「さっきは逃がしちゃったけど……」
空良は自らに駆け寄るひったくりの迫力をものともせず呟く。
そして掴みかかってきたひったくりの腕を逆に掴み、後ろに一本背負いをしてみせた。
「今度は、逃がさない!」
「……かっこいー」
「ぐる」
バランスを崩したひったくりの首にストンッと手刀を落として意識を刈り取る空良。
漫画や小説の中だけだと思ってたよ、手刀で気絶させられる人。
「とりあえずはこれでよし、と。それじゃあ帰ろっか、仙くん」
「ちゃんと鶏肉買おうな」
「……忘れてた」
その後、カバンの持ち主にカバンとひったくり犯を手渡し、ひったくり犯がぼこぼこに殴られてるのを見届けた後、ちゃんと鶏肉を買って帰った。
最初に買ったパセリは無論、粉々になっていた。