一年前に失踪した幼馴染が異世界から帰ってきた件。 作:翠晶 秋
「んじゃ、行ってくる」
「いってらっしゃい、仙くん。晩ご飯オムライスだからね」
「そっか、わかった。頼むわ」
空良に留守番を任せ、家を出る。
ノートには万が一のために俺のリュックサックにキーホルダーとしてぶら下がってもらっている。
ん?今日、当番だったっけ。早めに行かないと。
◇
途中で何かを思い出したように走り出す仙くんの背中が見えなくなるまで見送り、家に入る。
リビングから隣接しているキッチンに向かい、キッチンの下、本来なら食器が置いてある場所の扉を開ける。
なぜ、私がこんなことをしたのかというと。
「そんなところで何してるのかな?ノンちゃん」
「なっ!?腕を上げたな、ソラ……」
体育座りで隠れている、ノンちゃんこと水の精霊ノンピュールがいるからだ。
「来たのなら言ってくれればよかったのに」
「いや、今回は妾がこっちにいる事を知られるとマズいのじゃ。センにバレないように行動したい」
「ふぅん……?それはそうと、一回出てきたらどうかな……?」
「助かる。背骨が悲鳴を上げていたところじゃったからな」
ノンちゃんを助け起こした後、お皿を【ウォーター】と【クリーン】で洗い始める。
「それで?センくんに知られたくない用事ってなに?もしかして、また魔王が現れたりする?」
「いや、魔王は出てこないから安心するのじゃ。センに知られたくない用事とは……。それは……学び舎への侵入じゃ!」
魔法に供給する魔力の流れが止まった。
「侵……入?」
「そうじゃ。どうにも、センの通っている学び舎から、異質な魔力の気配がするのじゃ。もしかしたら、異世界は妾たちの世界だけではないかもしれん」
「へぇ……」
「だから、センに知られると面倒くさいのじゃ。あやつの性格じゃと、自らの体を危険に晒してでも探りにいきかねん。と、いうわけでソラにもここで留守番を……」
「そんなことがあったら、勇者である私もいかなきゃいけないよね!!」
身を乗り出してノンちゃんの話に聞き入る私の姿にノンちゃんは苦笑する。
……む。なーんかバカにされた気がする。
「まったく。あやつも罪作りなやつじゃのう……」
「え?仙くんは犯罪は犯してないよ?」
「……ホンットに、罪作りな……。はあ……」
こっちの世界に来てからというもの、だんだんとノンちゃんの顔色が悪くなっていっている気がする。
きっとカルシウムが足りてないんだ、あとで煮干しをわけてあげよっと。
◇
そして。
私とノンちゃん、キーホルダーとしてリヴァイアサンは、仙くんの通う学校のグラウンドを観察していた。
今は朝礼だろうか、校長と名乗った男が台の上で話している。
聞いているだけで眠気を誘われるが、どうして生徒の人達は途中で眠らないのだろう。
「すう。すう。……はっ。あのコウチョウとやら、なかなかのやり手じゃ。精霊である妾すら眠らせるとは。催眠魔法の使い手じゃろうか」
「きっと校長先生は魔法なんて使ってないと思うよ」
【遠視】の魔法で視力を強くした私たちは、学校の駐車場の茂みに隠れている。
えーと、仙くんはどこだろうか……いた。
目をつむって……寝てる!?
「なあ、センのやつ寝てないか?
「うん……寝てるね」
あ、お話が終わった。
多分これ、この後「起立」とか言われるやつだ。
寝てる仙くんはどうするのだろう。
「起立!」
………………!?
目をつむったまま立った!?
「お、おい、アイツ本当は起きているんじゃなかろうな!?信じられない動きをしたのじゃ!」
もはや深層心理で反射的に動いている。
朝礼が終わったのか、校舎に入っていく生徒たち。
その時にはさすがに起きたみたいだけど……。
「ソラ。屋上に向かう。いくぞよ」
「あ、うん」
ノンちゃんに話しかけられて我にかえり、学校の壁を蹴って屋上へ。
こうして見ると異質な魔力なんて感じないけど……。
「異質な魔力って?」
「うむ。魔力はこの下の部屋から漏れているようじゃ。ソラ、ロープはあるかえ?」
「もちろん。けど、まずは部屋を覗いてみよう。もしも授業中の教室だったらさすがにバレちゃうよ」
二人で屋上からひょこりと顔を出す。
ノンちゃんは見えているようだけど、私は角度的に窓の中が見えないなぁ。
と、なんとか落ちないように頑張っていると、ノンちゃんが額を押さえてのけぞった。
「痛ぁ!?な、なんじゃいまの!おでこをぶったと思ったら、髪の毛に入りおった!」
「ちょ、ちょっと待って」
私も姿勢を直し、屋上に引っ込む。
涙目でおでこを押さえるノンちゃんの髪に手櫛をいれると、ぽろりと何かが落っこちてきた。
「これは……どんぐり?」
「何かの種か?」
「まあ、簡単に説明すればそうだけど……」
「い、一瞬のことじゃった。何も見ないうちにこいつがばひゅん!と飛んできたのだ!ばひゅん!と」
もしかして、バレてしまったのだろうか。
そうでないと、どんぐりなんて飛んでこないでしょ。
「と、とりあえず、窓の中を覗くのは止めよう。他に入口があるはずだよ」
「むう……」
今度は普通に玄関からおじゃまして、気配を完全に消して移動する。
防御力が高い魔王の幹部を倒すために頑張って習得した技。
あっちの世界で得た『防御力』の発動する条件は、『自らが敵意を抱いている相手からの攻撃』。
だからこそ、相手に気づかれずに攻撃すれば防御力は意味を成さない。ふふん、暗殺だってバレなきゃ成功するのだ!
つまり、私の景色に溶け込む技術はよっぽど注視されない限りはバレない域まで達している!
「中は意外と綺麗じゃの」
「一日置きに清掃の時間を設けてるらしいよ?」
「ほう。精霊殿も一日置きに妖精を雇えば綺麗になるのじゃろうか」
「そういえば、いつも予定が合わなくてノンちゃんの精霊殿には行ったことがなかったね。今度よっていい?」
冷や汗を垂らしながら「面白いものは何もないがの……」と呟くノンちゃん。
もしかして散らかっていたりするのかな……?いや、まぁ別になにを言おうとかは無いけれど、疲れたOLみたいだなーって……ちょっ、睨まないでよもう。
「それで、魔力は?」
「う、うむ。階段を二階分上って右に曲がった先じゃな」
階段の手前で跳躍し、半分進む。合計六回。
私たちはすぐに階段の上まで到達し、異質な魔力とやらが漂う三階までやってきた。
うーん、異質な魔力なんて感じないけどなあ。
マタタビを嗅ぐ猫のように辺りをクンクンするノンちゃんには、何か感じられるのだろうか。
「とりあえず、魔力の残滓を追う事に───うひゃあ!?」
「のっ、ノンちゃん!?」
ノンちゃんが踏み出したタイルがガコンと沈み、ノンちゃんの頭皮を矢がかすめる。
私だったら頭を貫かれて即死なんだけど……身長の低いノンちゃんは無傷のようだ。
「なんなんじゃさっきからァ!ここは魔王城か何かか!!」
「どうどう、ノンちゃん、どうどう」
いきり立つノンちゃん。
長い廊下だというのに勢いよく向かい側の壁に突き刺さっている矢を回収してみる。
矢の先っぽに何か塗ってある。なんだろう、これ。
「ペロっ……。これは、青酸カリ!?」
「せいさんかり!?」
「少しでも体内にはいったら死んじゃう猛毒だよ」
「おい今舐めたじゃろ。なぁ、舐めたじゃろ」
「私ね、勇者として活動してて、分かった事があるんだ」
錬金に使う素材を集めるために、生物を溶かしてしまう強力な毒沼に入ったことがある。
そのときも、多少肌がかぶれる程度で済んだんだよね。
それはつまり。
「一般の人間が死ぬ程度の毒なんて、私には効かない」
「どこの魔神じゃお主」
結局、魔力を探し当てるミッションはその日は失敗に終わった。