一年前に失踪した幼馴染が異世界から帰ってきた件。 作:翠晶 秋
「───で、結局これか!」
先頭を歩くホーリが頬を膨らませながら文句を垂れる。
今、俺たちは【初心者のダンジョン】までやってきていた。
主に、俺のレベルを上げるためだ。
現在、空良のレベルは125、ホーリは92、そして俺は12。
「ん、出たよ仙くん!」
「そいっ!」
現れたスライムを叩き斬り、流れるような動作で剣を鞘に収める。
……ずいぶん手慣れてきた。
俺たちはもっと効率を上げるため、下層へ下っていっている。
下層の方が魔物の生成のために集まる魔力の量が高く、その強いモンスターを倒せば経験値が多く手に入るからだ。
「あっ!アイアンスライム!」
「このっ、くぬっ、ていっ、ぜあっ!」
稀に出るクソ硬いスライムは攻撃力が少ない代わりに防御力が全てを超越していて、あの空良でさえも一撃では仕留められない。
それで経験値が通常のスライムの10倍はあるのだから憎たらしい。
体力としてはサーベルでも素手でもなんでも四回叩けば倒せるので、経験値が美味しいには美味しいのだが……。
「ホーリちゃん、もうここにはモンスターはいないみたい」
「じゃあもう一個下に行きましょう」
「はぁ、はぁ……。少し、待ってくれないか?」
問題は、戦闘するのが俺だけなのでスタミナがすり減っていくことだ。
レベル差がある分なおさら、空良たちに体力では勝てない。
「えー。またですか」
「じゃあ休憩にしよっか。仙くん、今日はお弁当を持ってきたんだ」
「ダンジョンでピクニックとかお母さんマジすか。並の冒険者は簡素な干し肉とかですよ」
空良が手近な岩を切断し、三人分の椅子を作る。
……え!?あぁ、うん……。
今、岩を切ったことを見逃しそうになったわ。
「はい、仙くん」
「お、サンドイッチか」
「あ~んが良い?」
「……じゃあ、頼もうかな。腕が痛いし」
口を開ければ、空良がサンドイッチを口元まで運んでくる。
はむ、もぐ、もぐ、うまい。
「おええええっ。砂糖がっ、甘っ、おええええ……」
ホーリが突っ伏している。
吐いているモーションはしているが、何も吐いていない。
「む。仙くん、ちゃんとこっち見て!」
「悪い悪い」
頬を膨らませる空良の機嫌を取るため、自らもサンドイッチを掴んで空良の口元へ。
「え」
「ほれ、あーん」
「え、あ……。じゃあ……はむ、むくむく……。んふふ」
リスのように俺の持ったサンドイッチを頬張る空良に、思わず頬が緩む。
「ああああああッ!!甘ったるい!!むしろ少しイラつくくらいに!糖分過多なんだよおおおおお!」
「お前、少しは黙れ。……っていうか、お前空良が母親なんだろ?父親は?やっぱり俺なのか?」
「せ、仙くん、それって……。その、やっぱり?」
慌てふためく空良を尻目に、ホーリは着席して少し体を傾ける。
薄茶色の髪が流れた。
「んー……。どうなんでしょう」
「……は?」
しかし帰ってきたのは歯切れの悪い答え。
「仙が関わってるのは確かなんだけど……。これ、言っちゃうと未来が変わりそうだからなぁ……」
「未来を変えさせるために来たんじゃないのか?」
「そーなんだけど……。魔王とは別の問題が起きそう……」
魔王とは別の問題……?
「とにかく、魔王問題はお母さんに忠告することだけだから、後はなるべく早くレベルを上げて元の時代に戻るだけ。なんなら、今から帰っても良いんだけど……」
ホーリは目を細め、人をおちょくるような笑みを浮かべる。
「仙に任せると不安だから、もうちょっとこの時代に居てあげる。今の糖分製造機の仙だと、私の出産が早まりかねないし」
「別に、それがイヤなわけじゃないけど、その、やっぱり恥ずかしいなっていうのがまだあって、でも、うぬぬ……」
一瞬、『出産が早まりかねない』を聞いて、やっぱり父親は俺なんじゃないかと思ったが、どこかで聴いた事を思い出した。
空良を軸にして時間を飛んだならば、空良の父親が誰であろうと、産まれてくるのは『空良の娘、ホーリ』であるということ。
「なるほどな。お前が父親を秘密にすれば未来は変わらないのか」
「そゆこと。だから、父親の事は言えないんだ」
「仙くん?ねぇ仙くん、聴いてる?」
「聴いてるよ。じゃあそういうのはまた今度な」
「……娘の前で生々しい話は止めてもらいたいね、お母さん」
……それにしても、ないとは思いたいがホーリの父親が俺以外である可能性があるとは。
少し凹みそうだ。
◇
俺に明確な成長が見られたのは、先程の階層より12層ほど下がった時の事だった。
対峙するのは【階層ボス】と呼ばれる並の魔物とは格が違う、より多めの魔力で産まれたモンスター……らしい。
空良によると、この魔物の名前はアトラスというらしく、だいだい色の肌に大きな棍棒が特徴。
「じゃあ仙くん、頑張って」
「わかったよ」
空良が戦うと触れただけでアトラスを倒してしまうらしく、それはホーリも同様。
戦うのは、レベルが5ほどしか上がってない俺のみ。
「うがああああああ!」
「ッ!」
振り下ろされる棍棒。
大振りなお陰で動きは読みやすいが、棍棒が地面についた瞬間に床がえぐれた。
威力高っ。
「ぐおう!」
「はっ、はっ、はっ……」
棍棒を振り回すアトラスの周りをサーベルを逆手に持ちながら走る。
なんとか隙が見えれば良いのに……このままじゃジリ貧だ。
「仙くん、カウンター!」
「うぬあもどかしい!手を出せないのがもどかしい!」
鎧の類は重くて動けないため、俺は装備できない。
一撃喰らったら即死、対してアトラスは何回か切っても倒せないだろう。
足に力を込め、大きく前に飛ぶ。
先程まで居たところを棍棒が通った。
瞬時にブレーキをかけ、バックステップで体の向きを変える。
アトラスの腕が上がる前に切りつけた。
「んごおおおお」
「やっと、当てれた」
吹き出る鮮血……の、代わりの黒い霧。
アトラスの筋肉が膨張する。
傷口が塞がり、吹き出る霧が止まった。
せっかく与えたダメージは、しかしその力技によっておさえられてしまう。
「そんな、マジかよ……」
「んごおおおっ!」
「やばッ!?」
上からではなく、足を狙うようにして棍棒が横に振られる。
ジャンプでかわす……ッ、着地狩り!?
「んごおおおおおおおお!」
「ッ!仙くん!」
ジャンプして着地した瞬間、アトラスは棍棒を地面に叩きつけた。
振動で足を取られる。
「んごう」
「つぅ……。モンスターが知恵を使うなよな……」
冗談を言っている場合じゃない。
棍棒が迫ってくる。
空良が剣を抜いて走って来るが、間に合わない。
アトラスを見据えたまま、来るべき痛みに備えてサーベルを横に構えたとき……。
視界が、暗視スコープをつけた時のように暗くなった。
全体がスローに見える。
だが、その中で。
俺の目は、アトラスの棍棒から出る《線》に釘付けになっていた。
アトラスの棍棒から出る無数の黄色い線の一つが、赤く点滅する。
それが何かを理解する前に、世界が色を取り戻した。
「うわああああっ!」
慌てて構えていたサーベルを投げ出し、横に回転して回避を試みる。
が、それが思いのほかすんなり行った。
「んごう!?」
「仙くん……!?」
驚いた様子のアトラス。
繰り出される横薙ぎ。
世界が、色を失った。
棍棒から出る無数の線。
横に伸びた後に真上に伸びる一本が、赤く光る。
口角が上がるのを感じた。
世界に色が戻る。
「はっ!!んで、せい!」
ジャンプ、横薙ぎを回避、体を捻る、振り上げを逸らす。
……いい加減分かってきた。
この黄色い線は、アトラスの棍棒が通過する数あるパターンの表れなんだ。
赤く光るのは、その中で最も確率が高いルート。
体にぽっかりと穴が空いたような気分だ、空気の抵抗を感じない。
下手な高揚感に身を任せ、落ちていたサーベルを手に取る。
そして、ろくに構えもせずに棒立ちとなった。
「おら、来いよ。デカブツ」
普段なら言わない、語彙力の無い挑発。
だがそれはアトラスには効果は抜群であったようで、顔を赤く憤慨させながらアトラスは棍棒を振り下ろす。
世界は色を失う。
赤い線が俺を貫き、地面に突き刺さる。
つまり、安直に振り下ろされるということ。
「ここだっ!」
「んごお!?」
サイドステップ、かわしてサーベルで切りつける。
行ける、行けるぞ。このままなら、耐久すればきっといつか勝てる。
そう思ったのがいけなかった。
赤い線に身を任せ、俺が横に避けたとき。
「うごお!」
「かっ……はッ!?」
赤い線とは別の軌道で、棍棒が飛んできたのだ。
壁に叩きつけられる。
……なるほど、あくまで【予測】であって、違う軌道で来る場合もあるってことか。
せっかく学んだのに、もう死にそうだ。
上げられた棍棒の軌道が見える。
けど、もう動けない。
赤い線に従って棍棒が俺の体を粉砕……
「せいっ!!」
する前に、アトラスの首が吹き飛んだ。
ずずん、と横に倒れる巨体。
「ごめんね仙くん、倒しちゃった」
「あ、あぁ。別に、良いけど……」
血のりのついた剣をさっと振るい、鞘に収める空良。
その姿を見ながら、俺の意識はフェードアウトしていった。