一年前に失踪した幼馴染が異世界から帰ってきた件。 作:翠晶 秋
暗闇の中、俺は不思議な空間を漂っていた。
手を伸ばせど何にも届かず、声を発せど響きもしない。
見渡す限りの黒、黒、黒。
掴み所のない水の中を泳いでいるようで、腕を動かしても進むことすらできない。
なんなんこの状況。
思い当たるとすれば、俺のあの不思議な現象について。
相手の動きを予測し、回避にも攻撃にも使える便利なあの現象。
胸にぽっかり穴が空いたような……あ゙。
オレンズ王子と戦ったときもなったことあるぞ、あの感覚。
その時も、オレンズ王子の避ける先を予測して……
「その通り」
……!?
後ろから声がする。
それも、すごく聞きなれた声が。
「あれの名前は『オーバーホール』。次元を超越した力だよ」
声の主はだんだんと近づき、追い抜き、そして俺の前に立った。
「……驚いただろ?」
声の主は、俺だった。
胸に、ブラックホールのような穴を空けた状態の。
オーバーホールってなんのことだろう。
聞こうにも、声が響かないためコミニュケーションがとれない。
「声が出したいんでしょ?」
全力で頷く。
「だったら、これを出来るようになること。この空間では、オーバーホールができなきゃ立つことも声を出すこともできない」
おいおいマジかよ。
ってか、空良はどうするんだ。修行なんてしてたら、その間に空良が襲われるかもしれないんだぞ。
「時間とかなら心配しなくていい。この空間は現世と隔離されてる。存分に練習ができるよ」
はい、ご都合展開頂きました。
「もっと驚いてもらうけど、俺は、未来の仙。つまりお前だ。俺がオーバーホールを使えるということは、お前が使えるようになるということ。安心しろ、お前は必ずオーバーホールを使えるようになる」
言いたい事だけ言って、俺の偽物はさらさらと消えて言った。
未来の、俺か。
ホーリが来てる今、もう驚かないけど、そっか。
俺、以外と後ろ髪が癖っ毛なんだな……。
と、どうでも良いことを考えている内に、連想ゲーム方式で重大なことに気がついた。
そういや、どうやってオーバーホールを発動させれば良いのかも教えてもらってないぞ。
……おいおい俺これからどうやって修行するんだ……!?
◇
ふん。
てい。
胸に異常無し。
……無しじゃダメなんだよチクショウ!
あれから俺は修行を積み───積むって言える進歩なんて無かったけど───体感時間で多分一日と五時間が過ぎた。
どれだけ力を入れようとも、体は応えてくれない。
と、一生懸命に体を動かしていると、虚無の空間からまた俺が現れた。
「三時間経った。結果は?」
えっ三時間?一日と五時間ではなく?
うわあマジかぁ……。クソつまらない修行だとは思ってたけどまだそれしか経ってないのかぁ……。
「……その様子だと、ダメっぽいな」
当たり前だろせめて修行の仕方くらい教えろコノあほんだらぁ。
「ヒント、いるか?」
超いる。
頷くと、偽物の俺は呆れまじりに腰元からサーベルを抜いた。
そして俺の真正面に立ち、それを振り上げて……っておいおいおいおい!
目を瞑る。
一秒、二秒、三秒───
「あれ……?」
気がつくと、俺は
声も出る。
恐る恐る視線を下に移す。
「あった……できた!」
空いていた。
俺の胸に、穴が。
穴を覗いても向こう側が見える訳ではない。
穴の内側は光で染まっている。
「やった……できたぞ!」
視線を上げると、視界いっぱいが黄色に染まった。
いや、これは、オーバーホールの軌道予測の光!?
黄色に塗りつぶされた視界に、一筋の赤い線が走った。
ローリングッ!!
俺のいたところをサーベルが通過した。
「で、その感覚をキープすること」
「く、くそぅ。これで終わったと思ってたのに!」
「大切なのは危機に備えようとすること。まずはそれで感覚を覚えろ」
「お、おす!」
「これでお前はオーバーホールの存在をようやく認知した。あとは、小さいモンスターでも練習できるはずだ」
サーベルを鞘に戻した俺は、髪の色素が抜けて白髪になっていた。
「さあ、他の事を聞くならいまの内だぞ」
「じゃ、じゃあ教えてくれ!お前は何者なんだ!?」
「哲学だな。ふむ、言うなれば、そう……幻影かな」
瞳の色素がだんだんと抜けていく俺はそんな事をいいはる。
「じゃあ次!オーバーホールって!?」
「先祖から伝わる超すごい力。人によって能力が違う。お前の能力は【ヨ】の言葉の能力で、基本的には【予測】。今分かるのはそれくらいかな」
白髪白眼となった偽物の俺。
その足が、塵が舞うように消え始めた。
「次!新しい魔王の正体は!?」
「……言えない」
「言えないってなんだよ!」
「未来は、たった一言で180度変わる。魔王に関することは、他でもない【俺】の判断で言わないことにした」
新たな魔王。
それを知る人は、かたくなに未来を教えてくれようとしない。
教えてくれたら、それを防げると言うのに。
「だか……新し……魔……」
「っ!?」
偽物の俺の体が半分ほど塵になっていた。
それと同時に視界と聴覚にノイズが走り、俺の体が現世に戻ろうとしている事が感覚でわかる。
「待ってくれ!まだ聞きたいことが……!」
「──────」
半分塵になりながら、偽物の俺が口を開く。
ノイズが走り、声は聞こえなかったが……
お、あ、え、お?
その口の形だけ俺に伝えて、偽物は完全に塵となった。
対して俺は、この空間に来たときとは別に、意識が白く、光で塗りつぶされるのだった。
◇
「仙くんっ!仙くんっ!」
瞼を開くと、泣きそうな空良の顔が見えた。
そんな顔、しないでくれ。
「おき、起きた……?」
「おう。おはよう」
「う……うあああああ!」
泣きついてきた空良に驚きながらも、軽く体を起こす。
「やっと起きましたか」
「ホーリ。俺、どれくらい寝てた?」
「えーと……きっかり五時間です」
あの野郎、嘘つきやがった!
なぁにが『現世と隔離されてる』だよ、むしろ修行した時間の方が短いじゃねえか。
……もしかして、修行の時間は関係ないけど気絶していた時間が五時間だったって意味だろうか。
「わた、ぐす、私、仙くんになにかあったらって、えぐ、思ったら……」
「おいおい、不吉なこと言うなよ。空良を残して死んだりなんてしねえから」
「ぐす……ほんと?」
「ほんとだって」
「……ん。約束」
すっと小指を出してくる空良。
また約束か。空良はホントに、俺の事となるとすぐに約束したがる。
小指に小指を絡ませ、空いている手で空良を抱き寄せる。
「心配かけて、ごめん」
「……ん」
「ハイハイ、いちゃつきはそこまでー」
「「あっ」」
ホーリが中に入り、俺たちを引き裂く。
ちくしょう、空良の娘だからっていい気になるなよ!
「それにしても、さっきのアレって、やっぱりオーバーホールでいいんですかね」
「オーバーホール?」
「知ってるのか!?オーバーホールを!?」
「え、ええ。ってかなんで仙がオーバーホールの存在を知ってるんですか」
なぜ知ってるのか、か。
あれは夢だったのだろうか。
「気絶して、不思議な体験をしたんだ」
「体験」
「偽物の俺が、オーバーホールの存在を教えてくれて、修行もやってきた」
「修行」
「最後に何か言っていた……。聞き取れなかったけど、口の形は『お、あ、え、お』だったと思う」
「お、あ、え、お……」
「ねぇ、そもそもオーバーホールってなんなの?」
ひょいと手を上げた空良。
偽物の俺は『先祖から伝わる超凄い力』とか言っていたが……。
先祖から伝わる?俺の先祖は神事関係の仕事と教えられたが……なにか関係があるのか?
「この時代だから、お母さんももう使えるはずだけど……」
「私が、仙くんのアレを?」
「そうです。オーバーホールには個人で能力が違って、仙のオーバーホールは……どんな風に感じましたか?」
どんな風に……。
「世界がゆっくりに見えて、沢山の予測線が見えて…。きっと、相手の動きを予測するーとかいう力なんだと思う」
「何それ強い」
「でも、俺の体もゆっくりのまんまだから、ゆっくりになる効果が切れた後にすぐ反応して避けなきゃいけない」
「そんなスキルとか魔法、私知らないなあ……」
ホーリが「能力は人それぞれだから、お母さんも知らず知らずのうちに使ってるかもですね」とつけたし、そして立ち上がった。
俺も立ち上がり、サーベルを腰のベルトに挿す。
まずはオーバーホールの練習をしないと。
偽物はオーバーホールの存在を認識したからもう弱いモンスターでも練習できると言っていたが、やはり感覚的にわからない。
「まぁ、まずは沢山のモンスターと戦って場数を踏まないとな。空良、ホーリ、もう少し付き合ってくれるか?」
「うんっ!」
「ま、もう少しくらいなら大丈夫ですよ」
やっと空良を守る目処がたったんだ。
オーバーホール、必ずモノにしてみせる。
ちょくちょく出てくる謎の部活『万術部』のお話、【一年前に結成した万術部が廃部ギリギリな件。】を投稿し始めました。
仙や空良も出る……かも?