一年前に失踪した幼馴染が異世界から帰ってきた件。 作:翠晶 秋
視界がスローモーションになる。
目の前に移る数多の線が今まさに俺に飛びかかろうとしている
赤く点滅する線を確認し、丁度世界が元のスピードで流れ出す。
ソレが、予測線と同じ軌道で飛び込んでくる。
しかし、俺は既に予測済み。
サイドステップで避けた後、間髪入れずに叩き斬った。
「……ふうっ」
「仙くんかっこいい!」
「いや『ふう』とか格好つけてるけど、それスライムですからね」
そう、黒い霧となって消えたしたいは、まさにスライム。
階層が変わったお陰で魔物を生成する魔素の量が増え、青いスライムは少し紅がかっていた。
その名をスカーレットスライム。
名前がかっこいいだけあってそれなりに耐久力もあるのだが……。
「レベルアップした俺の敵ではないな」
「仙くんかっこいい!」
「いや、初心者の冒険者なら冒険始めて二週間くらいで倒せるようになるやつですからね」
「うるさいな。この世界の冒険者は子供の頃から冒険を夢見て鍛えてたんだろ。俺は小さい頃に筋トレなんかしてなかったからな」
駆け寄ってくる空良を抱きながらフッとニヒルな顔をすると、ホーリは見るからに呆れてため息を吐いた。
「おい、人にため息とか失礼じゃないのか」
「気絶している間に本当になにがあったんですか!?キャラが変わってますよ!?」
現在の俺のレベルは38。
驚異的な成長だ。
オーバーホールも、相手が俺に攻撃をしようとする時のみ、任意で発動できるようになった。
ここまでくれば、調子に乗るってものだ。
「今、何階層だ?」
「えっと、ひぃふぅみぃ……49階層目かな」
「このダンジョン、いくつまで階層あるの?」
「50。だから、次で最後だよ!頑張ろうね、仙くん!」
レベルが上がってからもう一度あの巨人に挑戦してみたが、筋力も瞬発力も上がった俺は難なく勝つことができた。
階層ボスも全て俺が倒してきたし、そろそろ次のダンジョンへ行ってもいい頃だろうか───いかんいかん、調子に乗りすぎるな、俺。
あくまで慎重に、空良を守るために。
「じゃあ、この階段を降りてボスを倒したら、ダンジョン制覇だな」
「次のダンジョンからは宝箱も出てくるし、次へ向けて頑張ろうね!」
「ところで、この階段ってなんで階段なんですかね。ダンジョンは人造物じゃないはずなのに」
「それ以上は言うな」
階段を降りきり、分厚い扉の前に立つ。
明らかに、今までの雰囲気と違う。
「この奥に、階層ボスが……」
「よぉし、開けますよぉ!そぉれ!」
ホーリと俺で扉を開き、中に入る。
そこにいたのは……
「クァァァァァアアアアッ!!」
黒い鱗に白い牙、黄金の瞳をもった男のロマン、ドラゴンが鎮座していた。
◇
「……ていっ!」
上から凄まじいスピードで降ろされる尻尾を、オーバーホールの予測線に従って横にローリングし避ける。
抉れた床の岩の破片をパラパラと落としながら尻尾を上げ、ドラゴンはその目を細めた。
……そこまで簡単に殺られはしねえよ。
サーベルは避ける邪魔になるので、今は腰元ではなく背中に鞘を固定している。
予測し、避け、カウンターで体力を削る。
そのつもりでいたのだが、開戦して五分、未だにダメージを与えられていない。
……というか、本当にこいつを俺一人で倒せるのだろうか。
「仙くん、ツメ!」
「ッ!」
空良の声に反射でドラゴンのツメを見ると、ドラゴンはその手を大きく振りかぶり、俺を切り裂こうとしていた。
世界が、色を失う。
オーバーホール。
おびただしい量の黄色の予測線の中から、一本、赤く点滅する線を見つける。
世界が色を取り戻す。
「はっ!!」
バックステップで後ろに大きく飛び、まずは初撃をかわす。
着地した瞬間にごろごろと転がって姿勢を低くし、二撃目、スライドして来たツメの
「身体能力と反射神経は凄いですけど、まだ一撃も当ててませんよ!」
「うるせぇ!必死なんだよ!」
「なんか胸に穴空けて戦う仙くんカッコいいな……」
ありがとう、けど後にしてくれ!
「クォォオオオアアアアアア!」
二撃目で終わりじゃない。
さっき見た軌道は、まだ続きがあった!
───あぎとからの!
ツメを外して体勢を崩したドラゴンは即座に体勢を整え、口から灼熱のブレスを吐く。
直撃すれば灰も残らない熱量。
とっさに岩に身を隠す。
ある程度の炎は岩が裂いてくれるが、隣を通りすぎる灼炎が肌をチリチリと焼く。
「ふーっ、ふーっ、ふーっ」
その内に息を整える。
ブレスが切れたとき、ドラゴンは息を吐ききっている。
その内に、せめて一撃だけでも!
「アアア……ゲッホ」
「今ッ!!」
炎が途切れる。
岩から飛び出し地面を蹴飛ばす。
跳ねる土。
迫る巨躯。
丸太よりも大きな足まで近づき、背中からサーベルを抜き放つ。
人体で言えばアキレス健のある部分。
吹き出る魔素が視界を塞ぐ。
踏み潰されたらたまらないので、サーベルは突き刺さったままにその場を離脱。
「うわあ痛そう……。俺がやったことなんだけど同情するわ」
「そんなこと言ってないで、なんか怒ってるみたいですよ!」
吹き出る魔素が止まらない。
アトラスは筋肉を膨張させて傷を塞いだから、その二の舞にならないように。
ずっと突き刺さっていれば、痛いし継続的にダメージを与えられてるだろう。
問題は、もう武器が無いのでそれ以上のダメージを与えられない点。
「クォォオオオアアアアアア!クォアア!」
怒り狂うドラゴンが、でたらめに尻尾を振り回す。
オーバーホール───ッ!?
高速の尻尾が、俺の腹を直撃した。
吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
肺の空気が全て吐き出され、急速に酸素を欲した脳が焼き切れそうなほどの痛みを覚える。
内蔵は尻尾の攻撃によってぐにゃりと形を変え、予測できなかった動きのせいでシェイクされた。
「ぐぅ……ぐぇっほ、えほ……」
結局俺は、最後の最後でカッコ悪くなる。
調子に乗るからだ。
恨むべきは、レベルが上がって生命力が増え、簡単には死なせてくれない自身の体。
顔をくしゃりと歪めたドラゴンが、身動きがとれない俺に向かってその大口を開け───
───
閃光は尾を引き、残像が見えるスピードでドラゴンの右に左にと光速移動し、殴りかかっていく。
往復ビンタ状態のドラゴンは、なにがあったのかわからない様子だ。
「仙くん、大丈夫?」
……ホントに、俺の幼馴染みは強いや。
ドラゴンを横倒しにした閃光───空良は俺の目の前に降り立ち、微笑む。
……胸にブラックホールのような穴を開けて。
「「いやソレオーバーホールやんけ!」」
「えぇコレオーバーホール!?」
ホーリと同時にツッコむ。
空良が慌てて胸の穴を確認している間に、ドラゴンが意識を回復させ、起き上がっていた。
「空良ッ、来るぞ!」
必死に叫ぶ。
空良は「え?」とドラゴンの方向を向き、そして一言、
「───解放」
と呟いた。
その瞬間、空良にまとわりつく空色の光がいっそう強くなる。
光に包まれた空良のシルエットはその形を変えていき、そして───
『龍化!!』
白と紺の二種類の鱗、白く鋭い牙、透き通るような翼をもった、正真正銘のドラゴンとなっていた。
『待っててね、仙くん!』
脳に直接響くような声。
『ぜったい、このドラゴンを倒すから!』
「クォォオオオアアアアアアッ!!」
黒龍が灼熱のブレスを吐き出す。
対する空良も、そのあぎとを開いた。
空色のエネルギー体があぎとへ集まり、その光が最大に達した時……空良のあぎとから、空色のレーザーが放たれた。
レーザーVS炎。結果は分かりきっている。
レーザーは炎を裂き、黒龍のあぎとから頭の天辺まで、肉を抉り、貫いた。
大きな振動と共に倒れる黒龍の体。
空良は体を再び変質させながら舞い降りてきた。
『怪我は無い?仙くん」
「ああ、幸い小さい傷だけだ。骨も折れてないっぽいし、唯一ダメージを喰らったのは内蔵かな」
あのでかい尻尾を喰らってこれほどのダメージしかないのは幸運だった。
内蔵も落ち着き、酸素も無事供給できる。
擦り傷程度のダメージ───つまりは結果的に、無傷だったのだ。
「内蔵!?だっ、大丈夫、仙くん!?【ヒール】!【ヒール】!」
擦り傷がみるみるうちに塞がっていく。
内蔵はシェイクされた程度しかダメージが無かったし、きっともう回復したのだと思う。
「大丈夫だよ、ありがとな」
「くぉあ」
「うおうまだ生きてたんかワレェ」
虫の息の黒龍から、掠れるような声が聞こえる。
せっかく二人きりだったのに。
「空良。ラストアタック、もらっていいか?」
「うん。大丈夫だよ、仙くん」
足からサーベルを回収し、倒れている黒龍の首もとに当てる。
サーベルよりも大きく太い首だ、ちゃんと切れるだろうか。
そんな事を考えながら、俺はサーベルを振り上げ───
ちょくちょく出てくる謎の部活『万術部』のお話、【一年前に結成した万術部が廃部ギリギリな件。】を投稿し始めました。
仙や空良も出る……かも?