一年前に失踪した幼馴染が異世界から帰ってきた件。   作:翠晶 秋

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幼馴染みと新生魔王

 

「ん〜〜〜〜〜っ!!ついたああああ!」

「な、なげえ道のりだった……」

 

なぜダンジョンから移動するだけでこんなにも疲れるのだろう。

朝出発して国の門を通った時には既に昼頃になっており、腹の虫も涙をこらえ始めていた。

昼頃は出店のピーク。

この前一緒に食べた串焼きを頬張りながら城下町を歩いていると、珍しい人物に遭遇した。

 

「はむ、はむ、はむはむ……」

 

茶色い髪の毛に、獣人のトレードマークと言っていいぴこぴこ動く獣耳と嬉しそうに振られる尻尾。

美味しそうに凍らせた果物を齧る、聖獣さんだった。

 

「おーいっ、聖獣さん!」

「ほえ?ああっ、勇者ソラ!こんにちは」

「こんにちは。こんなところで、何してるの?」

「王様からなにやら召集のお手紙が届きまして。言い回しがとてもわかりにくかったので、とりあえず王城に向かうことにしました。あむ」

 

蝋で封をされた手紙を取り出して聖獣はスイカらしき果物にかぶりつく。

ううむ、元の世界もこっちの世界もそろそろ夏。暑くなってきたし、氷菓子は羨ましいな。

 

「そうなんだ。じゃあ、私たちと一緒に行く?」

「あれ?ソラさんにも召集が?」

「私はダンジョンにいたから召集はかかってないけど、どっちみちお城には行くつもりだったから」

「ですか。それでは、一緒に行きましょう。ふふ、私の身体がドラゴンであったときを思い出しますね」

「うっ。あれはトラウマだから言わないで欲しいんだけど……」

 

笑い合いながら歩く女子二人を見守りながらついていく。

考えてみれば、俺は空良の旅の内容を少しも知らない。トラウマとやらも思い当たりがない。

俺が知らないことを、空良はたくさん知っている。

それがなんだか、異様に悔しかった。

 

 

 

 

「おお、ソラ!来てくれたのか!まさか、僕の手紙を読んで!?」

「ん?いや、手紙貰ってないよ?」

「かはっ……」

 

開幕、オレンズはメインホールで深いダメージを負った。

まだご執心なのか。そういえば、恋人同士であることは知らないんだったな。

 

「オレンズ王子?()()()()に手を出そうって?」

「は?恋人?」

「もう、仙くん……」

「──────」

 

否定しない空良にショックを受け、石と化したオレンズ。

ふはは、大勝利。

 

「うわあ、本当にフィアンセになったんですね!おめでとうございます!」

「のじゃのじゃ。全くこやつらは、ようやく付き合いおって」

「アンタら、知らなかったのか……?」

 

メインホールを見渡すと、ノンピュールや鍛冶屋のおっさんまでいる。

なんだろう、アニメのラスボス手前感がすごい。

レギュラーメンバー全員集結!みたいな。

 

警備も厳重。

フルプレートメイルの騎士たちがたくさん並んでいる。

なにが起こるのかわからずに待っていると、ようやく王様が口を開いた。

 

「今日、ここに来てもらったのは他でもない。単刀直入に言うと、【魔王の心臓】の魔力の封印が弱まってきている」

「なんじゃと!?」

「おいおい、凡人の鍛冶屋にソレ言われても困るぜ」

 

魔王の、心臓?

ざわめく兵士や参加者達に首を捻っていると、聖獣が耳元で囁いた。

 

「勇者ソラがえぐった魔王の魔力塊です。今回の魔王は魔力をかき集めて塊にし、体内に隠していたようで……。それを勇者ソラが奪い、弱まったところにトドメをさして魔力塊に封印を施したのは良いのですが、今聞くと、その封印が弱まって来ているようです」

 

なるほど?空良が封印したけどあんま効果はなかったってことね。

封印解けるの早すぎるもんね。

 

「そこで、勇者ソラには再び封印、水の精霊ノンピュールと聖なる獣にもその助力を頼みたい」

「わかったのじゃ」

「それはわかりました。……一つ聴かせてください」

「なんだ」

「先日、私の籠から大切な子が誘拐されました。今は勇者ソラの側近、センの下で保護されているようですが、誘拐を行なった犯人に心当たりはありませんか?勇者ソラとセンによると、我が子───名付けられてノートは、異世界にいたようなのです」

「……いや、そんな心当たりはない。転移の儀式もあの後に使ってはいないのだ」

「そうですか」

「話はこれまでとする。勇者ソラ、封印を頼みたい。……持ってこい!」

 

騎士がガラスに覆われた紫のオーブを取り出す。

ぱっと見、レベルアップのときに吸収するオーブの紫バージョンって感じだな。

空良は袖をまくって前に出て、オーブに手をかざす。

 

 

───のと、空良の左胸から剣が生えたのは同時だった。

 

 

「かはっ───」

「空良!!」

「せん、く……」

 

剣がずるりと引き抜かれ、空良は鮮血を吐き出す。

いつの間にか、空良の後ろに男がいた。

頭に光るツノが、それが人間でないことを物語る。

無意識に、世界から色を抜いていた。

 

自らの身体もゆっくりになる最中、俺の思考だけが平常速度で動く。

流れるような動作で刀を振り抜き、足を一歩踏み込んで肉薄、剣を持っている脇下から肩上にかけてナナメに───

 

「ん?ジャマだ」

「ッ、こほっ」

 

世界が色を取り戻す。

そんな。オーバーホールを持続しようとしていたのに。

身体がぐらつく。

いつの間にやら、右脚が引き裂かれて血に濡れていた。

 

「だッ、ぐあああ!」

「なんだこのガキは」

「なっ、貴様!何者だ!」

「この国の王子か?お目にかかれて光栄だ。私は魔王軍前隊長、オールフィスト。魔王様の無念を果たすため、そして魔王様の復活のため、勇者の首を打ち取りに来た」

 

急速に血が廻って真っ赤に染まる視界の中、そんな話が聞こえる。

勇者の、空良の、首を?

 

「この世界では、防御力は相手を敵として認識していないと力を持たない。無論、勇者のレベルは高く防御力も高い。が、魔王様から賜った透過能力。気配を悟らせなければなんの問題もない」

「バカな!オールフィストは倒されたと!」

「あの時、私が爪で貫いたはず!」

「聖なる獣。確かに、龍の貴様は強敵だった。だが黄泉を流れて解ったのだ。貴様はなんら特別な存在ではないと」

 

聖獣が息を呑む音が聞こえる。

 

「変化能力を持ったモンスターが意思を持ち、着実に魔素を取り込んでレベルを上げた。貴様は、人間とも魔族とも違う、ダンジョンにいるモンスターとなんら変わりは無いのだ」

「そんなことはありません!私は、あらゆる聖者の念を浴びて育った……」

「あぁそういえば?ただの獣がダンジョンに潜り、魔物化する例も300年ほど前にはあったそうじゃないか?」

 

膝をついてしゃがみ込む聖獣。

今は違うんなら良いだろ!

 

「なん、じゃと」

「水の精霊。貴様も一緒か。ああ、たしかお前は私の腕を斬ったな。それに相当する辱めを受けさせてやろう」

「せ、精霊は辱めを受けるような後ろめたいことはない」

「どうだか?精霊の起源は魔力。モンスターとは違い魔力自体が意思を持った姿だ。モンスターは魔素で出来るからな。が、お前はどうだ?魔王様の心臓と何が違う。魔王様は死の間際に魔力に人格を埋め込んだぞ」

 

水がたゆたうような声が、聞こえなくなった。

やめろ、やめてくれ。

空良を、助けてくれ。

 

「それは、それは」

「人を殺してもレベルは上がる。魔力になる前の水が人を殺せば、水自体のレベルが上がり、間接的に言えばお前のレベルは人を殺した分上がっている、と。水害で死んだ人の分のな」

「……妾のレベルは、そんなんじゃ……」

「精霊は人の味方?否、精霊こそ人の敵ではないのか?精霊がいるからこそ、人間はその災害に命を落とすのだ」

 

ノンピュールの声が聞こえなくなる。

なんでだよ、それくらい踏ん張れよ。

なにがそんなにショックなんだよ。

絶望するな、空良に手を伸ばせ。

精霊だろ、聖なる獣だろ。

 

「貴様のレベルを【鑑定】持ちに見てもらえ。そうだ、聖獣も───」

「「うああああああ!!」」

「だから甘いと言っている」

 

波が荒れ狂うような音と、鉄ではない硬質的な音が聴こえた。

身体をなんとか動かして男がの方を見る。

ノンピュールがウォーターカッター、聖獣がツメでオールフィストに攻撃を繰り出していた。

その二つを、ハルバードが遮る。

 

「なっ……」

「そんな!?」

 

見えるのは銀のフルプレートメイル。

首だけ動かせば、その場にいた騎士たち全員がハルバードを構えて俺たちに迫っていた。

騎士たちが兜を脱ぐ。

髪色はそれぞれなものの、それら全員に共通する特徴。

 

「全員、魔族だと!?」

「その通りだ王子。最早貴様らに勝ち目などない。チェックメイトだな、王子、そして王よ」

 

頭にツノが生えていた。

羊のようにくるりと回ったツノ。

オレンズは絶句する。

王様は何も言わない。

痛む身体に鞭を打ち、空良に手を伸ばす。

瞳を開いたままの空良はこちらにも手を伸ばして来た。

ぎゅっと手を握る。

 

「せん、くん……」

「む?まだ生きていたのか。どれ」

 

ザクッ

 

「ッ、ああ!?」

「そ、ら……」

 

握った手から、力が伝わらなくなった。

空良の腕から吹き出た血が頰に飛ぶ。

苦痛に歪む空良の顔。

 

「ほう?防御力はどうした?弱っているのか?」

 

襟首を掴まれたのか、空良の顔が持ち上がって行く。

先ほどまで握っていた手は、もう空良と俺を繋がなかった。

やめろ、やめろ、やめろ。

 

「空良に、ソラに触れるなぁぁぁぁあああああ!!」

 

左手だけで身体を弾き、足元をかかとで思い切り蹴る。

ゴキリ。視界の端の足があらぬ方向に曲がっていた。

鈍痛。

 

「少年。助けたいのはわかる。が、これが防御力、これがレベルだ」

 

動かない足を引きずり、這いずり、睨みつける。

左足は折れ、右足は引き裂かれた。

刀こそ呪いの効果でいつの間にやら右手に収まっているが、こんな状態じゃ振れやしない。

 

「貴様ッ!!ソラを離すのじゃ!」

「っ、こんなものか?この少年の方が根性があったぞ」

 

空良を落としてノンピュールの水を纏った拳を軽々と受け止め、逆にノンピュールに発勁を入れていた。

聖獣が、ノンピュールが、オレンズが、ノートが。

次々とオールフィストに攻撃を仕掛けるが、軽々とそれを避け、カウンターし、ダメージを与えて行く。

 

なんで、なんで何もできないんだよ。

誓ったろ、空良を守ると。

拳を握りしめ、力の入らない腕を動かし、這って進む。

 

「仙くん……」

「ッ、空良!」

「ありがとう」

「は……」

 

空良は、笑っていた。

胸から血をどくどくと流して。

 

「あと、五分。五分だけなら、血も、酸素ももつ」

「おい、やめろ」

「油断、しちゃった……」

「もう喋るな!」

 

 

 

 

「ありがとう、仙くん。ずっとずっと、大好きだよ」

 

 

 

 

空良は、目を閉じた。

呼吸の音も、弱くなっている。

いやだ、そんなの許さない。

ここで、終わりたくない。

勇者だろ、教会で生き返れないのか。

 

魔法が、鉄が交差する音が聞こえる。

まだ戦ってる。

空良が眠っていることに気づいていない。

 

不意に、視界にソレが写った。

 

「………………」

 

溺れる者は藁をも掴む、か。

だったら、俺は──────

 

 

 

 

オールフィストは黄泉から還った半幽霊である。

世界の真相をつかみ、やがて自らの崇める魔王を復活させようと考えた、狂信者なのだ。

怒り狂うノンピュールはオールフィストの周囲に水を出現させ溺死を狙うが、オールフィストの表皮から出る炎の魔法によりなすすべもなく蒸発させられた。

聖獣は一時的に体を変化させ、龍と化した体でブレス放つが、風の魔法によりかき消された。

オレンズの鍛え抜かれた剣は半歩引くだけで避けられ、がむしゃらに殴りかかる鍛冶屋は無論戦う力など持っておらず、一撃で跳ね飛ばされた。

ノートですらも、腕を掴まれ、天高く投げ飛ばされた。

ソレらを全て、一瞬のうちにやってのけたのだ。

 

その力は、勇者にも匹敵する。

 

ぎり、とノンピュールの歯が軋んだ。

勇者は心臓を貫かれ、剣を握る利き腕も失った。

勇者の恋人は風の魔法に身体中を引き裂かれ、足も折れている。

周りには集めた精鋭の騎士が大勢おり、王はハルバードを首に押し当てられて身動きができない。

絶対絶命。

まさに、その言葉が似合う状況だった。

 

一陣の風が吹いた。

ノンピュールは反射的に身震いする。

心臓を鷲掴みにされたような圧迫感。

漏れ出る魔力から感じるプレッシャー。

思わずその風のありかを見てしまう。魔力を感じ取りやすい精霊であるノンピュールが、一番その反応が早かった。

 

「………………」

「まさか、セン!!」

 

そこに、いた。

紫のオーブを吸収する、勇者の恋人がいた。

オーブがはらはらと崩れるたび、目の前の()()の内包する魔力がぐんと跳ね上がる。

目は真っ赤に充血し、頭部からメキメキと双角が現れ、手足を漆黒の魔力が覆う。

彼が手に持つ刀はその血錆びのような赤黒い外殻が弾け飛び、その芯の部分、漆黒の魔力とは反して金色の光を放ち、銀河をも断ち切る刃となった。

 

「…………」

「せ、セン?」

「跪け」

 

仙の口から、呪詛のような言葉が漏れる。

それは重度のプレッシャーを持って、その場の全員に膝を付かせた。

自らの意思ではない。

体が意思と関係なくすくみ、骨の髄まで恐怖し、脳が身勝手に動きを制したのだ。

全身から力が抜ける。

ノンピュールは、それが希望にも、絶望にも見えた。

魔王の魔力はそれだけで意思を持つ。体を操るのが仙の意思か、はたまた魔王か、今、彼の中で二つの意思がせめぎ合っているのだ。

 

「しょ、少年」

「貴様、誰に物を言っている?我は魔王なるぞ」

 

仙の体から、苦しげな声と野太い声が発せられる。

 

「俺は、魔王だ。魔族は、魔王に忠誠を違うんだろ?」

 

二つの人格が、交差する。

 

「我は魔王だ。復活してみせた」

「魔王の俺の、命令を聞けよ」

「勇者を、今すぐ殺せ」

「勇者に、指一本触れるな」

「「命令に背けば、その首を落とすッ!!」」

 

オールフィストは冷や汗を垂らす。

魔力こそ自らの崇める魔王のものであるものの、姿形は先ほど痛めつけた少年。

もちろん、魔王の言うことは絶対。しかし、今の仙はノートという魔物を従え、前魔王の強大な魔力を持っている。

魔王の条件には、当てはまるのだった。

 

結果、オールフィストは……勇者の首を取ることにした。

 

剣を握り、眠っている勇者の元に行き、振りかぶり───そこで視界が真っ逆さまに落ちていく。

首が切れていた。

瞬時に暗くなる意識の中でオールフィストが最後に見たのは、荒い息をして剣を振りかざす魔王の姿であった。

 

「ウウ、ぐ、あ……」

「せ、セン?」

「────────────!!!!」

 

レベルアップのオーブを吸収した仙の、否、魔王センの体が大きくのけぞり、喉仏から雄叫びのような声が発せられる。

完全なる暴走。既にセンに元の理性はない。

魔力が迸る。

魔族たちが余波で胸を押さえてうずくまり、そうでないノンピュールや聖獣は胸にむかつきを覚えた。

不意に、ノートが走り出す。

 

「こい」

「ガルアッ!!」

 

攻撃のためではない。

本能が、魔王を自らの主と認めたのだ。

ノートと魔王の距離が縮まった時、ソレは起きた。

ノートの体が一瞬でかき消え、代わり、センの左腕が獣特有の鋭利な爪と化し、背中には一対の翼が生えていた。

コウモリのような、龍のような、禍々しい翼。

……まるで、ノートと融合したような。

 

「魔力、同調!?」

「──────!!」

「しまっ、かはっ!?」

 

センの姿が消え、なぜかノンピュールが吹き飛ぶ。

ノンピュールがいた所にセンが居座り、同じ空間に詰め込みきれなかった質量が衝撃波となる。

城の外壁に叩きつけられたノンピュールを庇うように聖獣が前に出る。

 

「目を覚ますのです、セン!」

「──────!!──────!!」

「ッ!!」

 

聖獣の細身に、センの拳が突き刺さる。

爪と化した、左の拳が。

 

「ぶっ……ごぼっ」

 

血反吐を吐こうとする聖獣に、容赦なく上からの回転蹴りが炸裂する。

魔力を無理やり流して固定した足で繰り出された蹴りは聖獣の頭蓋にヒビを入れ、気絶するのには十分すぎるダメージを与えた。

 

「はぁぁぁぁ!!」

「オ───バ───ル」

 

センの胸辺りにブラックホールのような穴が開き、オレンズの剣撃を流れるように躱していく。

すぐさまに方向を変え、今度はセンがオレンズを殺しにかかる。

オレンズは防御のために剣を上に持っていくが、センの刀は滝の水が真っ逆さまに落ちるように変則的に軌道を変え、まるで()()したようにオレンズの防御を掻い潜り、腹を裂く。

センのレベルを越えているノンピュール、聖獣、オレンズを圧倒し、瀕死に追い込むセン。

倒れ臥す聖獣の首根っこを左手でつかみ、ミシミシとその手に力がこもる。

 

「いい加減にしろ、セン!!」

「──────」

 

空中からのノンピュールのかかと落としを右腕で受け止めるセン。

あと数秒遅かったら、センが利き腕で締めていたら……死んでいただろう。

ノンピュールは一瞬だけ水を最大威力で放出し、強制的に空中で体の向きを変えて再び蹴りを入れる。

前面に置かれた刀の腹を蹴って魔王の体を弾き、臨戦態勢を整える。

 

膠着状態。むしろ押されている状況に、ノンピュールは歯噛みする。

せめて、勇者が動けていたら───!?

 

ここでノンピュールは初めて、勇者が瞳を閉じていることに気づいたのだった。

 

「ソラ!!起きるのじゃ!ソラ!!」

 

必死に呼びかけるが、勇者は微動だにせず、反応は別の所から来た。

 

「ソ───ラ───?」

「……!そうじゃ!」

 

空良の名を聞き、魔王の魔力が弱まった。

幸か不幸か、騎士たちも立ち直り、勇者に詰め寄って言ってしまう。

ハルバードが高くかかげられ、その細い首に───。

 

 

 

───もちろん、当てられるワケもなかった。

かきんと硬質的な音をたてて、ハルバードは一つの刃に止められたのだ。

金色にかがやく、魔の王たる者が持つ刃に。

だらりと脱力したような動きで、魔王が動き始める。

 

何が出来るか、考えていた───

 

ハルバードを叩き切り、一瞬で騎士の腕をもいだ。

 

生き残る

 

翼を使い、天高く飛翔し大きく咆哮を上げる。

 

空良を守る

 

急降下し、勇者を巻き込まないよう、勇者を中心に衝撃波を放つ。

 

たとえこの身が朽ち果てようともッ!!

 

なぎ倒されて行く騎士の死体の上で、魔王は帰ってきた理性と揺るぎない闘争心を混ぜ合わせ、天に吠える。

 

 

 

消えることの無いこの感情を、何度でも味わうために!!

 

 

 

魔王は天を見上げる。

衝撃波で大きく穴が開いた天井は大きな星が瞬いていた。

 

 

 

 

 

 

 

魔王はハッとしたように勇者に駆け寄る。

頰に触れ、体温を確かめる。

 

「──────」

 

勇者は既に、冷たくなっていた。

腕が無くなり、心臓を貫かれた状態で、笑顔のままで死んでいた。

魔王は勇者を抱いた。

生気のない体を、軋むまで抱きしめた。

 

「せ……」

 

魔王に声をかけようとする水の精霊を、頭蓋から魔力を漏らしながら聖獣が止める。

やがて、魔王は勇者を抱え、歩き出す。

双角は消えて無くなり、両手両足が血だらけに戻る。

抜き身のまま腰に挿した刀は光を失い、再び黒い刀身に戻った。

もはや魔王の面影は、あれだけ暴れてなお余りある魔力のみ。

魔王は、否、仙は痛みをこらえながら歩く。

自らの胸で眠ったまま息をしない姫君を、取り戻すため。

 

殺した騎士の分上がったレベルを気にも止めず、仙はただひたすらに進む。

やがて、仙はたどり着く。

それはリュックだった。先程、ダンジョンかた帰ってきてそのままの。

空良をそっと床に寝かせ、仙はソレを取り出し、呟いた。

 

「リザレクション」

 

目を覚ます事は無かった。

 

「リザレクション」

「リザレクション」

「リザレクション、リザレクション、リザレクション」

 

魔力の減りなど気にしない。

沢山余っているのだから。

 

「リザレクション」「リザレクション」「リザレクション」「リザレクション」

 

仙は叫ぶ。失った勇者を取り戻すため。

ダンジョンで貰った蘇生魔法の魔導書を、穴が空くほど読み、叫び続ける。

 

「リザレクション」

「リザレクション!」

「リザレクション!!」

 

 

 

 

 

「リザレクションッ!!!!」

 

 

 

 

 

ひらり、天から羽が舞い降りた。

羽は勇者の胸に突き刺さると、光の波紋を呼び起こす。

血は止まらない。腕も治らない。

しかし、今までのリザレクションとは、完全に違うことが一つ。

 

「………………」

 

息を、している。

その勇者が、死体で無くなったのだ。

もとの生真面目な異世界人と化した少年の目から、つうと一粒、雫がこぼれ落ちる。

安堵とともに、少年は疲労からくる闇に抗う事が出来ず、その意識を手放した。


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