一年前に失踪した幼馴染が異世界から帰ってきた件。 作:翠晶 秋
あれから数日たった。
俺は全身筋肉痛と足の骨折を治すために学校を二週間ほど休みをもらい(初日で【ヒール】されて筋肉痛も骨折も治ったときは頭を抱えた)、その療養休みで旅行に行くことにした。
丁度療養休みと学校の連休が被り、合計で一ヶ月くらいの休み。
これは家にいるのはもったいないと、二人で旅行計画を立てていた。
「山」
「裏山しか心当たりないぞ?」
「慣れると面白くないよね。じゃあ海」
「近くの海……知ってるか?」
「知らない。……異世界は?」
「もう行きたくない。もう魔王化したくない」
あるあるだよな、行きたい所に限って欠点がどんん見つかるやつ。
正直近くに山も海も無いし、いける場所は限られる。
いっそのこと、このまま家にいようとも考えたのだが、魔女の家で『旅行に行こう』のたまった手前、どこか旅行に行かないと……。
そう思っていたとき、両親からの手紙を思い出し、引き出しからそれを取り出す。
『仙へ。元気にしてるか?高校生になって色々大変だろ。知り合いに宿屋を営んでるやつがいるんだ。宿泊券を貰ったから、空良ちゃんと一緒に行ってくるといい。 空良ちゃんとのあれやこれや、頑張ってね。愛する父と 母 より』
一つの手紙に二人でメッセージ書くなとか、貰った時は既に空良は失踪中だったとか、そもそも両親は失踪の事を知らなかっただとか、色々ツッコミ所はあるが、とにかく両親から切符と宿泊券が送られてきていたんだった。
ペアで。
横長の古めかしい切符には、こう書かれていた。
穂織→大和
隣町の温泉街。
穂織の多岐に渡る生産性と大和のそれ一つに技術を絞り込む職人魂。
二つが合わさって、父さんが現役だったころはそれはもう技術大国みたいになったそうな。
……なんの現役かは知らんけど。
「大和か……」
「大和?」
「ちっちゃい頃行ったろ?俺、俺の両親、空良、空良の両親で」
「あぁ!行ったね、確か!お饅頭美味しかった!」
「迷子になって空良が泣き叫んでたっけなぁ」
「……っ。あ、あったねぇ、そんな事も……」
湯治。湯治かぁ。
温泉なんて入る機会あんまないし、この際だから行った方が良いな。
「じゃ、行き先は大和で決まりだな」
「おー!」
「各自、準備!」
そんなわけで旅行セット一式を準備し、一夜明けて次の朝。
俺たちは穂織の駅に来ていた。
本来ならこの時間帯は会社員や学生が通勤通学に使う時間で、もちろん混む。
駅のホームで買った飲み物を持って座っている空良に近づく。
ぴとっと、空良の頰にペットボトルをくっつけると、「ひゃわぁ!?」という悲鳴が小さく上がった。
可愛い。
「もー、驚かさないでよ!びっくりしたじゃん!」
「ははは、悪い悪い。ははは!」
「笑いすぎだよ……」
頰を膨らませる空良はキャリーバッグをころころと転がしながら電車を待っている。
そんな空良をずっと見ていたくてわざわざ買ったモノがこちら。
ビデオカメラになります。
「どうですか?旅行は楽しみですか?」
「うん、楽しみだよ……って仙くん、何それ?」
「ビデオカメラ」
「それは分かるけど……」
「愛しき勇者様の姿を後世に残そうと思って」
「や、やめて!しまって!」
「えー」
せっかく買ったのに。
ピロンと音を立てるビデオカメラをしまっていると、空良は何を思ったのか俺の頰をつんつんといじってきた。
な、何事ですか。
「ねぇ仙くん、あれから本当に体に異常はないの?」
「魔王の魔力の話か?……正直言って、ちょっと体に違和感がある。だから異世界の話はしたくなかったんだけど……」
寝つきも悪くなったし、体に妙に疲れが溜まる。
俺は魔法が蘇生魔法以外使えないし、魔力が不可視な分、どうしても魔力の容量を確認なんてできない。
レベルは現在92。
意外と騎士達はレベルが高かったようだ。
聖獣とか、精霊とか、勇者とか、魔王とか。
考えるとキリがない。むしろ考えたく無い。
人は現実逃避と言うかも知れない。
でもいずれが必ず対面する問題なのだし、せめて今は空良と何気ない日常を過ごしていけたら良いと思っている。
俺は、もう空良を失いたくないんだ。
……とまぁ、俺の演説を聞いた空良と言えば。
「はうあうあう……」
顔を赤くして俯いていた。
「俺はこのさき魔王として生きなきゃいけないのかとかも考えなきゃいけない。でも、せめて旅行中くらい、空良と思い出を作りたくて……っと、電車、来たみたいだぞ?」
「えへ、えへへ……」
空良の手をむんずと掴み、電車に乗り込む。
通勤通学の時間帯の電車はそれはもう混んでいて、なかなか座る場所が見つからなかった。
ようやく見つけた一席。
「あった。空良、座って」
「ううん。仙くんが座ってよ。私は大丈夫だから」
「いやいや、せめてこれくらいはカッコつけさせてくれ」
「仙くんはいつもかっこいいよ!」
「なっ……だったら空良だってすっげぇ可愛いもん!」
「ッ!?〜〜〜ッ!!」
互いにダメージを受け脳死しそうになる。
「いや、ホントに。彼女立たせて彼氏が座るとか酷いことしたくないから」
「でも、仙くんだって疲れてるんだし……」
「……。じゃっ、じゃあこうしよう!まず俺が座る。その上からお前が俺の膝に座れば良い」
ムンムンと熱気立ち込める電車の暑さが故の世迷いごとである。
が、しかし。
「そ、それ良いね!ささ仙くん、座って」
「えっ」
まさかの肯定。
ウソだろおい。
多少の気恥ずかしさを感じながら座る。
すぐさま上に空良が座ってきた。
今日はストレートらしく、鼻先が髪に埋まる。
「…………」
「………………」
「……座りにくいだろ」
「う、うん」
空良の細い腰に手を回して固定する。
ぴくりと空良が震える。
「ねぇおかーさん、あのおねえちゃん抱っこしてもらってるよ!」
「んー?おねちゃんって誰───」
空良の背中越しに緊張と不安が伝わってくる。
子供の洞察力というのは、げに恐ろしきものである。
ダンジョンで培ったスニーク術を使って極力存在感をなくす。
「───みちゃいけません」
「えー?なんでー?」
「はうあっ!ち、違……!」
空良、ゴメンな。
◇
『飛鳥、飛鳥でございます。お降りの方は右側の扉からお降りください。次は、大和、大和でございます』
飛鳥駅でほとんどの客がぞろぞろと降りていく。
あの親子も降りていった。
手を振っていたが空良のメンタルが死ぬからやめてあげてくれ。
「全員降りちゃったね」
「そうだな」
「あの……離して?」
「あぁっ!悪い!」
がらんと二人きりになった車両で、二人で並ぶ。
大和までは結構時間がかかる。
「しばらく、二人きりだな」
「う、うん。そうだね」
「……ずっと気になってたんだけどさ」
「うん?」
「ホントに俺に、空良の彼氏が務まるのかなって」
「仙くん……今更?」
そう言って空良はくすくすと笑う。
すごい好きだし、守りたい。けど、俺より強くて空良を守れるやつなんてこの世にごまんといる。
魔王になって、自我を失って、他の未来を予知してわかった。
魔力が多かろうと、レベルが上がろうと、俺は弱い。
そんな俺に、勇者の、空良の彼氏が務まるのだろうか?
「……うーん。なんて言ったら良いのかわからないけどさ。仙くんは、私の事を好きって言ってくれたでしょ?」
「うん」
「私も好き。だから、仙くんは深く考える必要は無い。それに……」
「それに?」
空良は俺の手を取り、ぎゅっと握った。
「私は、好きな人が仙くんだったんじゃない。仙くんだから好きなんだよ。私の……こ、恋人は、仙くんにしか務まらないんだからね!?」
「…………」
「もし他の次元があったとして、仙くんは今と違う別の性格だったとする。それでも、その次元の私は仙くんを好きになる。私にとって仙くんは、もう、なくてはならない存在なの。……自分を大切にして。でないと、私は仙くんの支えになれてないんじゃないかって、落ち込んじゃうよ」
本当に、この幼馴染みには敵わない。
伊達に世界を救ったわけじゃないってか。
思わず、空良を抱き寄せる。
揺れる電車の心地よい振動の中、空良は抵抗もせずに俺に抱かれていた。
「そうか。憂いが晴れたよ」
「良かった。私だって、心から仙くんを好きなんだから、次に自分を雑に扱ったら殴るよ」
「勘弁してくれ」
勇者のパンチとか俺が粉微塵になるわ。
空良は起き上がると、車両の真ん中に立って拳を繰り出し始める。
「こう!こうだよ仙くん!」
「おいおい空気が揺れてる、衝撃波出てる」
「こう……こうしてこう!」
俺を元気付けようと……いや、違うな。
顔が赤い。照れ隠しだ。
「ほんっっっとうに、俺の幼馴染みは可愛いな」
「こッ……な、な、な、いきなり何!?」
「おっと、つい本音が」
「も〜〜っ!!」
顔から蒸気を吹き出しながら掴みかかってくる空良の頰を抑えてキスをする。
体を硬直させる空良を抱きしめながらキスを続け、俺が酸欠になるまで唇を貪る。
「ぷあっ……もう、いきなり過ぎだよ……」
「でも嬉しいんだろ?」
「っ……。まったく、仙くんったら……」
安堵と共にこの状況にワクワクしてきた。
高校生特有の変な遊び心だ。
「なあ、空良、見てろよ」
「ふぇ?」
「どうだ。二段ベッド」
普段なら荷物を置く金網みたいのがある場所に乗っかり、寝転んでみる。
ちょっと不良っぽいし硬いが楽しい。
「じゃあ仙くん仙くん、これ見てて!」
「うん?」
「車内でロンダート」
端っこから助走をつけて床に手をつき横回転。
すごい綺麗なフォームだ。
そして車内でやるというギャップと背徳感がまたワクワク感を増幅させる。
「じゃあ空良、こっちに」
「ん?……んむっ」
「車内でキス」
「さっきやったじゃん!」
「「あはははは!」」
なぜだろう。
どうしてこんなに楽しいんだろう。
心の底から安堵したからだろうか。
高揚感を抑えきれない俺たちは、ただ純粋に楽しんだ。
そして、やってくるこの時。
『まもなく大和、大和に到着いたします。お降りの方は左側の扉からお降りください……。まもなく大和、大和に……』
「あっ、仙くん!あれ見て!」
窓を開け、空良と一緒に首を出す。
そこらから湯気が上がり、いかにもな雰囲気の温泉街。
湯けむりと華の都、大和が、近づいてきた。