一年前に失踪した幼馴染が異世界から帰ってきた件。 作:翠晶 秋
「お、ついたな。ここが大和───うわっ」
「おおう。すごい熱だね、仙くん」
扉が開いた瞬間、車内に熱のこもった空気が流れ込む。
車内のクーラーで冷えた空気が一気に外に引き寄せられて、風の中心に挟まれた。風圧すごい。
「夏に来るべきじゃなかったかもな……暑」
「仙くん、タオル」
「ん、ありがと」
空良が持参したタオルで俺の汗を拭いてくれる。
よく見ると空良は汗ひとつかいてない。
「お前は良いの?汗かいてないみたいだけど」
「耐性ができちゃってね……。昔砂漠を横断した時に」
「異世界マジやべえ」
「暑いとか寒いとかは感じるんだけどね。単純に暑さ寒さに耐性ができただけだから、マグマとかの近くだと普通に汗が出ると思うよ」
つまりは、汗で濡れたシャツにドキッ。とかいうイベントも無くなるわけか。
中学の頃にドキドキしながら過ごしたあの夏が懐かしい。
……よく考えると、あの頃から好きだったのかもな、空良のこと。
ふうむ、難儀なものである。
「一度宿まで行ってみるか?」
「そうだね。駅の近くは特別に暑いみたいだし、宿の近くの気温はそこまでじゃないんじゃないかな」
空良はそうはにかむと、俺の腕に弱めの【アイス】をかけた。
◇
「ようこそいらっしゃいました。ご予約のお客様ですか?」
「いえ、予約じゃなくて招待券を貰ったんですけど……」
「承知致しました。招待券を拝見してよろしいでしょうか?」
「あ、はい」
事前に調べた場所の旅館に行くとえらく美人の女将が座って迎えてくれた。
チェックイン……の手続きだ。
「拝見致しました。イノリ様ですね。その件ではとても助かりました」
「あの、父と母が何かしたんですか」
「ええ、とても。……それにしてもイノリ様もお手が早い、息子さんがいるとは聴きましたがまさかもう婚約者を連れてくるとは」
「「ここっこ、婚約者!?」」
「あら、違うのですか?」
「や、まあ、その、恋人では……あるんですが」
そうですか、と女将は微笑み立ち上がる。
なんてことを言うんだこの人。
「まずはこちらがイノリ様のお部屋になります。ご夕飯は……」
サービスや設定を聞きながら俺たちは辺りを見渡す。
畳がしいてあって、部屋の奥にある窓にはロッキングチェアがある。
庭の様子が見える。あ、向かい側の客室の幼女と目が合った。
「……以上となります。他に質問はごありですか?」
「いえ、ありません」
「それでは、私はこの辺りで。それと、主人がイノリ様に会いたいと申しております。お手数をお掛けしますが、主人と会っては貰えませんか?」
空良の方を見ると構わないと頷いてくれたので了承する。
「ありがとうございます」
「じゃあ空良、スーツケース置いといて」
「わかったよ」
「それじゃ、いってくるから」
「行ってらっしゃい」
空良を残して部屋を出ると、不意に女将さんがくすりと笑った。
「どうかしたんです?」
「いえ、仲がよろしいのだな、と」
「そりゃまあ、恋人ですから」
「恋人……ですか。イノリ様らしいですね」
「らしい?」
「ええ。イノリ様は奥様を溺愛してらっしゃいましたから」
それはそれで複雑。
にしても、よほど親しい仲なのか、女将さんは楽しそうに話す。
その目は……戦友?を懐かしんでいるような……厳しくも、優しい目。
俺の生まれる前に何があったのだろう。
なにかとトラブルに巻き込まれやすい穂織の人間である以上、知っておきたいような気がする。
「過去に何があったんですか?」
「過去……とは?」
「父さんも母さんも、俺の生まれる前の事を聞こうとするとはぐらかすんです。なんというか、良くない思い出を考えたくない感じで」
「そう……ですか。それは……いずれわかります」
いずれ……?
引っかかる言い方だ。
過去のことにこの人も一枚噛んでいる……とか?
「この先に主人がいます。お先にどうぞ」
「え、あ、はい」
暖簾をくぐるとそこは家の廊下になっているらしく、多分関係者以外立ち入り禁止って感じだと思う。
障子を発見、「失礼します」と断ってから中に入る。
っ殺気!
「おおおおおおお!!」
「どっわあ!?」
「あなた止めてください!障子が壊れます!」
猪のように猛突してきた大柄な男を慌ててかわす。
勢いそのままに壁に激突した男はしゅうしゅうと煙をあげながら静止すると、ゆっくりと起き上がった。
「お前があいつの息子か!」
「ふぁ、ふぁい!!」
「たしかに似てやがる!」
快活に笑う男は俺の肩をばんばん叩く。
そしてニヤリと笑うと俺の耳元で囁いてきた。
「お客様は2名なんだろ?お?お?イノリのやつはいっつもませてんなあ」
「まぁ否定はしないですけどね?」
「しねえのかよ、おもしれえな」
肩に回されていた手が離される。
そこであらためて風貌を見るのだが、はち切れんばかりに腕に詰まった筋線維、キリリとして、かつ知性を感じる瞳。
1男として、憧れるものがある。
「……ふうん、そうか、お前が。筋肉が足りてないな」
「かも、知れないですね」
「しかし、過酷な状況を切り抜けたような筋肉の壊れ方、分厚い剣マメ。そして常に剣域を意識しているな?オーラが違う」
相手も、俺を観察していたか。
さらに相手のことを知ろうとしたとき、相手の胸あたりにあるペンダントのようなものが一瞬、橙色に光った気がした。
刹那、右腕がブレた。
世界が色を失い、ゆっくりと動く世界の中で俺が見たのは、無数に伸びる拳の予測戦と、闘争心に燃える瞳と上がった口角。
この状態で避けることは不可能。腕でガードをするために脳から信号を送る。
色が戻り、旋風吹き荒れ壁に叩きつけられる。
肺の空気が全て体外へ漏れ、咳き込んでしまう。
「……なんて反応速度。やっぱりあんた、只者じゃ───、ッ!?」
「主人がすみませ───、ッ!?」
痺れる腕を庇うように体を動かすも、太い腕に肩を掴まれ正面を向かされる。
その手は、俺の胸───オーバーホールによって出現したブラックホールのような穴に触れた。
「あの───」
「「どこでオーバーホールを……」」
「……知ってるんですか、オーバーホール」
「詳しいことは俺たちにもわからねえし、お前に教えられることは少ない。けれど、一つだけ言えることがある」
「私も主人も、イノリの旦那様や奥様も、この力を有しております」
思わず目を見開く。
なんだって?父さんも母さんもこの力を?
二人は深く息を吸うとグッと力を溜めた。
すると、二人の首に掛けてあったペンダントが光り出し、二人の胸に穴が出現する。
「久しぶりだな、この感覚」
「……ぐ……」
「無理するな、先に解け」
「……はい」
全身から橙色の光を放っている男が一言喋っただけで、心の全てを掌握されているような錯覚に陥る。
まさに───王の御前であるかのように。
のしかかるプレッシャーに耐えつつ、いつでも魔力を解放できるように集中する。
魔王の力なら、なんとか……。
「おいちょっと待て。こっちに戦う気は……って、この力丸出しで言っても本能が警戒するか。……ふう」
「プレッシャーが消えた……」
「俺の能力はそういう能力なんでな。使い勝手が悪いんだよ」
背中にどっと汗が出る。
なんて力の差。
敵対したとして、俺に勝てるのか。
「……お前、もしかして俺が強いと思ってるのか?」
「ええ、まあ。でも謙遜ならいらな……」
「言っておくが、お前の親父は俺より強いぞ」
何者なんだ俺の親父。
見たところ発光してるペンダントに秘密があるようだけど、それがどんな作用をしているかはわからない。
思い返せば、父さんも母さんも似たようなペンダントをしていたような気がする。
男はタンスの中をゴソゴソと漁ると、同じフレームのペンダントを取り出した。
「これを持っていけ」
「これは……?」
「オーバーホールの補助具みたいなものだ。ペンダントの中にメダルが入っている。誰もいない、もしくは誰も認識していないところでそれに触れろ。そうしたら……まあ、いろいろな特典があるからよ」
特典……。
ペンダントを受け取りポケットに入れる。
このペンダントは何を意味するのだろう。
今でも十分にオーバーホールが使えていると思うけど。
「俺からの話は以上だ。……俺からの、は」
「え、まだ何か?」
「旅行中に不躾とは思いますが」
と横から女将さんが。
「ただいま、ヤマト付近の山でなにやら奇妙な陰が発見されたとの報告がありました。私どもが迎えれば良いのですが、全盛期の力はとうに衰え、今では経営をして稼いでいる身。……どうか、ご助力願えませんか?」
顎に手を当てて考える。
最近、魔物っぽい何かと戦うことが多すぎる。
地球にいる状態での戦闘なんて、全くなかった。
誰かが呼び出している……とか?
「一度、仲間に確認をとっていいですか」
「ええ。もしもご助力いただけるのなら、今晩の10時、身支度を整えてこちらに来てください。その山に案内致します」
「もし、断ったら?」
「私どもが死力を尽くして戦います」
選択肢なんてあってないようなモノじゃないか。
まずは、確認をとらないと……。
◇
「お山に魔物っぽい何か?全然良いよ」
「え」
空良は特に反応もなく承諾した。
快諾すぎてちゃんと理解したのか少し不安になったくらいだ。
「旅行中なんだぞ?いわば湯治なんだぞ?」
「全然オッケー。それが仙くんの選んだ道なら、私は付いていくだけだもん。むしろ、辛いのは仙くんだよね。魔王になって体が限界なのに……」
言葉を失う。
この旅行は空良へのお詫びだ。
なのに、当の空良は尚も俺を心配しているのだ。
「あり、がとう」
「その代わり!」
空良は俺の頰を指で突いて言う。
「作戦決行のときまで、私とデートしてよ。それくらいのわがままは許されるでしょ?」