一年前に失踪した幼馴染が異世界から帰ってきた件。 作:翠晶 秋
「じゃ、いくか」
旅館を出て山へ向かう。
裏道のような、人通りの少ないところを通ったお陰で人に会うことはなかった。
剣を見られなくて一安心……っていうか、そもそも山の麓で取り出せばいい話じゃないか、今も【収納バッグ】持ってるんだし。
「いろいろと誤算だ……」
「仙くん、今は良いけど山は考え事しないで足元に注意しないと落ちるよ?」
「……わかった」
空良は山にも登ったことがあるのか……いや、実際に目にしたな。
聖獣の住処の山。
雲を超える高さの山を登るとは……。
「あの」
「うん?なんだ」
「奇妙な陰の情報って、何かありますか?外見とか、いろいろ」
「そうだな……人型をしてるらしいぞ。街のやつらは猿だなんて言ってるが、絶対に猿なんかじゃねえ。俺の勘が、そう言ってる」
人型。
となると、やはり異世界関係か。
空良が異世界に置いてきた魔法の巻物……。
「なあ空良。世界を行き来する巻物って、どんななんだ?」
「え?んーと、魔王城に置いてきた、異世界と他の世界を繋ぐ巻物。王様のお城にあったのが、他の世界から異世界に呼び寄せる巻物。こっちのほうは【収納バッグ】に入れてあるよ」
「……空良。帰ったら、魔王城の方の巻物回収しような」
「え?なんで?」
「まあ、嫌な予感しかしないというか」
なんで穂織の人はこんなにトラブルに巻き込まれるんだろうなぁ。
父さんや母さんも、今目の前にいる人たちより強いっていうし。
過去に何があったのか。
「とりあえずは、旅行をして、帰って、そしたら回収しにいこう。やっておくに越したことはないだろ?」
「そうだね。帰ったら回収しにいこう」
「おい、ついたぞ。ここから山に入る」
声をかけられた。
視線をそこにやってみれば、山への入り口が鉄の柵で覆われている。
柵扉の鍵を女将さんが開け、全員で山に入る。
しんと静まり返る山道に、虫たちのケケケケという声が飛び交う。
「ちと暗いな」
「あ、ランタン持ってます!【ファイア】」
「用意がいいな」
……ん?
この人、空良が魔法を使ったことに驚かなかったぞ?
オーバーホールを知っているが故、なのだろうか。
この人たちが現役だったころ、魔法的な何かに触れたことがあるとか……。
ともあれ、少し明るくなった山道を進む。
今向かっているのは、その陰が多く見られたという場所。
やはり魔物の類だろうか。もしくは、魔族か。
今のところ判明している世界間を飛ぶ事が出来るアイテムは巻物しかない。
ということは、魔王城にある=魔族が使う可能性が高い、という事だ。
得てして、その見立ては。
「……ついたぞ」
「…………」
少し開けた場所に出た。
木々を切り倒してこの空間を作ったのだろうか、ところどころに幹が埋まっている。
そして、空間の真ん中に唯一、一本の樹がそびえ立っていた。
「気をつけろ、上にいるぞ」
「上……?」
とっさに樹の上を見上げる。
「……っ」
月明かりに照らされる存在が、そこにいた。
衣服の裾が、風に煽られなびいている。
「うん。よくここまで来た」
「……お前は?」
「実名は……今は言うべきじゃないなぁ。それじゃあ、『管理者』。そう呼んでくれればいい」
管理者。
彼の背中には、両刃の剣が。
彼の腰には、一振りの刀があった。
───あきらかに、この世界の存在ではない。
月明かりに照らされ陰が出来ているせいで、管理者の顔はよくわからない。
しかし、その全身の気配が。
喜び、悲しみ、怒り、憂い。様々な感情を宿していることを教えてくれた。
「……ふむ。そろそろ樹の上に立つの疲れて来たんだけど。座っていい?」
「……勝手にしろよ」
「ありがとう。確かきみは……ああ、なるほど」
「───
俺が剣を抜く前に、となりの二人から筆舌しがたいオーラが発せられた。
大気が震える。
「お前さん、どこでそれを知った」
「全て知ってるさ。消えた彼らのことも、なにもかも」
「───ッお前!!」
男性……まだ名前聞いてなかった大将の拳が光る。
置いてけぼりにされている。
大将は光る拳を振りかぶり、一気に上空まで飛び上がった。
そのまま拳を管理者に叩きつける。
破裂音。
大将の拳は……空中で止まっていた。
「なっ……!?」
「強くなったね。でもその程度か」
管理者がなにかを呟いた。
瞬間、大将の体が弾かれ、俺たちの目の前に転がった。
「もっと伸ばせるはずだ……ッ、『守れ』!!」
管理者が切羽詰まったように後ろに手を伸ばす。
気がつけば、女将さんがいなかった。
2つの斬撃のようなものが見える、
まるで牙が食らいつくような、苛烈で、しかしどこか美しいと感じる。
女将さんの姿は見えていないのに。
俺の隣に女将さんが現れた。
酷く息が切れている。
それに、胴着のあちこちがボロボロだ。
「驚いた。まさか俺に二回も
「言霊……?」
「はぁ、はぁ。やつは、私の攻撃から身を守るときになにかを呟いていました。きっとあれが言霊、攻撃や防御のトリガーなのでしょう」
「ご明察。凄いじゃないか」
まだまだ余裕がありそうだ。
空良がじゃり、と足に力を入れた。
互いに呼吸を合わせ、リンクさせる。
……次は俺たちの番だ。
「ッ!!」
血華刀を抜き、その場で跳躍。
「【ウインド】!!」
圧縮された風が俺の背中を押す。
血華刀は【魔力干渉】のエンチャントを持っている。
魔法なら斬れる。問題はそのバリアだが、考えている暇などない!
「らああッ!!」
俺の姿を捉えた管理者は、俺に手を向ける。
管理者は、こう言っているように見えた。
『ふきあれよ』
吹き荒れよ?
その言葉を認識した瞬間、暴風が俺の体を直撃する。
内臓がふわりと浮く気味の悪い感覚で、俺は飛ばされているのだと気づいた。
「仙くん!」
チクショウ、ノートがいれば!
───俺が魔王になってから、ノートは姿を現さなくなった。
記憶はある。俺がノートを吸収したのだ。
けど、俺は任意での魔王化はまだできない。ノートを呼び戻せるのかもわからない。
いつか、呼び戻したいが……。
吹き飛ばされたまま木に激突し、枝葉にあたりながら木から転落する。
「ごっほ、うええ……うええ」
背中が痛い。
全力で空気を吸い込み、立ち上がる。
近くの木で助かった。戦闘音が聞こえる。
「ハッ!!てえあ!!」
茂みを掻き分けて上を見上げれば、空良が枝に乗って管理者に向かって剣を振るっていた。
枝の上でひょいひょいと剣を交わしていく管理者。
勇者の空良ですらも、当てられないのか。
「一度降りてこい、空良!」
「仙くん!良かった」
空良はひらりと枝から飛び降り、俺の隣に着地する。
「とりあえず大将を連れていったん退こう!」
「……っ、そうだね」
大将を抱えて女将が飛ばされたところまで戻ろうとする俺たちを止めようともせず、管理者はずっと俺たちを見ていた。
◇
「祈里 仙……彼が新しい魔王か。どうやら魔力の扱いに慣れていないみたいだけど、大丈夫なのかな……」
管理者は月明かりに照らされつつも苦笑した。
その隣に、二人の少女が現れる。
「あり。もう終わったの?」
「はい」
「骨の無い奴らじゃったの」
一人はロングコートを羽織ったセーラー服、一人は和装の、どちらも見目麗しい少女だった。
「こっちはまだ時間がかかりそうだ……ごめんなユイ。刀、こっちにあったから戦いずらかっただろ」
「そうでもない。トレーニングになるし……なにより、
「そう言ってくれるとたすかる」
管理者はふうと一息つくと、振り返って月を見上げる。
「彼らには、強くなって貰わなければならない。レベルなんかじゃなくて、もっとその本質……」
「存分に考えるがいいさ。なぜ穂織の民はこんなに厄介ごとに巻き込まれるのか。なぜ穂織はそれだけの影響を受けても無傷なのか……」