一年前に失踪した幼馴染が異世界から帰ってきた件。 作:翠晶 秋
「……はあ、はあ。痛っ」
「【ヒール】!……それで、どうするの、仙くん」
「……。言霊って言ったか、あれがある限りは俺たちの攻撃は通らないよな」
女将さんの攻撃を防ぐときは『守れ』と言っていた。
俺の攻撃を防ぐ時は『吹き荒れよ』と言っていた。
「……空良、音を消したりする魔法はあるか?」
「それは……私には使えないかな。言霊を言わせないようにしたかったんでしょ?それは考えたんだけど……」
「そうかぁ……。ん?使えないってのは?」
「魔力が足りなくて。魔法陣を作って空間から音を消すんだけどね、私一人じゃ足りないんだよ」
……魔力があればいける。
空良も話していて気がついたのだろう、俺の目をじっと見つめてくる。
「……やる価値はあるな」
◇
「……お?来たね」
「では兄さん、私たちは」
「先にアトランティスに帰ってて。……どうやら、さっきとは違うらしい」
管理者の前に躍り出る。
少女が二人、管理者の隣から消えた。
……仲間、いたのか。
「いいのか?3人で戦ったほうが楽なんじゃないか?」
「んー……彼女たちは先に戦っていて疲れている。愛する妻に、無理はさせたくないし」
「妻?ねぇ管理者さん、それ、どっちの人が妻なの?」
「どっちも」
「「どっちも!?」」
一夫多妻。
イラつく。
「さ、無駄話は終わり。……なんか作戦があるんでしょ?やってみなよ」
「わかった。覚悟してよね、管理者さん」
空良が、俺の手を握ってきた。
ドクン、と心臓が跳ねる。
「……へえ?」
「ううう、が、あああ……」
魔力が空良に移される。
魔力に触れた影響か、頭を貫かれたような痛みと、意識が塗りつぶされる感覚がする。
きっと、俺の頭には角が出ているはずだ。
自己を強く持て。あの時とは違って傷も負ってなければ意識もちゃんとしてる。
振り回されるな、迷惑をかけるな。
「ありがとう、仙くん。大好き。【サイレント】!」
空良が叫ぶと足元に大きな魔法陣が現れ、その魔法陣の範囲を薄い膜がドーム状に覆う。
─────────。
無音。
風の音も、空良の呼吸も、なにもかも聞こえない。
管理者が笑った。
瞬間、管理者の斜め上から空良が現れる。
無音が故に、地を蹴る音が聞こえなかった。
迫る刃を、管理者は半歩引いて避けた。
そして……は、じ、け。『弾け』と口が動くが、なにも起きない。
やはり、言霊は口にしないと使えないんだ。
『俺の魔力を使え』
『仙くんの魔力?それって……』
『十中八九、魔王になると思う。けど、管理者に勝つためにはそれしかない。大丈夫、今度は暴走しないよ』
『……わかった。【サイレント】……音を消す魔法は、30分だけしか効果がないの。それと、私も魔法が使えなくなる。魔力も足りないし、なにより、無音だから。だからここから先は───』
───純粋な剣技での勝負。
空良の剣を両刃剣で受けている管理者を睨みつける。
歯をくいしばり、拳に力を込め、魔力を押さえつけようとする。
この魔力を身につけたのが空良だったら、まだ未来は変わっていかもしれない。
俺は、魔法が使えないから。
魔力の扱いに慣れておらず、だから───
意識を強く持て。
自己を確立させろ。
俺は何がしたい?
無論。…………空良を守りたい。
腰の血華刀を抜く。
刃は、黄金に輝いていた。あの血錆びのようなものはどこにも付いてない。
左手は、爪甲冑のようなものがついていた。
……ノート。
リュックには、分厚い本が入っている。
……ホーリ。
右手には、黄金の刃と膨大な魔力。
……空良。
恐れることはなにもない。
震える手が、動く。
空良が目の前で管理者を抑えている。
息を止める。
「──────」
刹那。
目の前で火花が散った。
管理者の刀が、俺の刀を防いでいた。
二刀流かよ。
空良の両刃剣を両刃剣で受け、俺の刀を刀で受ける。
まだまだ余裕がありそうな振る舞いだ。
空良の呼吸音は聞こえない。だから、勘で動いて管理者に肉薄する。
空良が向かい側にいた。リンク最高だ。
管理者は腰をひねって俺と空良の剣を弾くと俺を刀で
がくんと視界が揺れる。体に力が入らない。
なにか、された?
管理者は空良を一瞬で圧倒するとエクスカリオンを跳ねあげた。
エクスカリオンが宙を舞う。
管理者の刀が、空良に触れる。
空良が脱力したようにうな垂れた。
またか。
ここまでして、勝てなかった。
「(いや、諦めるな───)」
ここで下がってなんになる。
思うように力の入らない腕をもたげ、血華刀を構える。
せめて一矢報いる。
近づいてきた管理者に血華刀を振りかぶるが、無音のまま弾かれてしまった。
はるか、はるか遠くへ───。
───最期のチャンスッ!!!!
筋肉を隆起させ、全力で足を動かす。
管理者の目の前で跳躍した俺の、天にかざした手には。
『この装備は呪われています!』
一振りの刀が、握られていた。
無音の空間に、脳内に広がった無機質な声。
理解する前に、まず手を降ろすッ!!!!
過去最高級の一撃は上段にクロスさせられた剣と刀をはたき落とした。
俺に管理者を殺すことは不可能。
だから空を、ソラを見上げた。
長い髪を風圧にたなびかせながら、落下してくる勇者の姿を。
「「(そこだああああああああああッ!!!!)」」
その手に握られたエクスカリオンは。
───タンッ
無音という空間も、時間すらも切り裂いて、管理者の背中に吸い込まれた。
抑えていた両腕から力が抜けた。
俺と空良の頰に赤い液体が跳んだ。
……………………。
無音空間が、あっけなく全てが終わったことを告げる。
……死んでる。
結局、管理者とはなんだったのか。
深く呼吸を繰り返し、興奮した脳を静かにさせる。
魔法陣が消えた。
風が耳をつんざく。
「……はぁ……はぁ」
空良の息遣いが聞こえる。
力の入らない体を動かし、空良に近づく。
空良はエクスカリオンを地面に落とし、俺に手を伸ばし……。
寄りかかり合うように互いを抱きしめた。
存在を確かめる。
今の闘いは、何度も死んでいた。
脳が痛む。
疲れた。
ただ2人、月光に照らされて、勝利を噛み締めた。