一年前に失踪した幼馴染が異世界から帰ってきた件。   作:翠晶 秋

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幼馴染と温泉

 

終わった。

管理者は地に伏し、背中から血を流して倒れている。

間違いなく、死んでいる。

 

「…………っ」

「……仙くん」

「そ、そら」

「仙くん、見ちゃダメ。見ると辛くなっちゃう」

 

俺の手は、震えていた。

冷静になった頭が、俺が殺人に関与した事を認めようとしていた。

 

「仙くんは、人を殺した事無かったっけ。魔王の時は……?」

「だって、あれは、一言も」

「うん。一言も言葉を交わしてないし、それに魔族だったからね」

「そ、そうだ」

 

空良が、今度は優しく肩に手を回す。

腕が上がらない。

歯がガチガチと鳴る。

それでも、見なきゃ。

俺は、管理者を調べなきゃ。

 

「大丈夫、もう大丈夫だよ、仙くん」

「う、ああ……」

「よく、頑張ったね」

「ぐっ……づあ……」

 

嗚咽が漏れる。

空良は俺に後ろを向かせ、管理者を見せないようにした。

情けない。

けど、今は甘えたい。

 

カキン、という硬質的な音が鳴った。

 

「仙くん、これ」

「けっか、とう……」

「安心して……もう終わったから」

「でも、管理者が」

「だめ。それは今度。今は、大将さんたちに報告しにいこ?」

 

血濡れのエクスカリオンと血華刀を回収してきた空良が、俺に肩を貸して歩き出す。

おぼつかない足取りで山を降り、大将を眠らせた場所まで戻る。

 

「……終わったのか?」

「……はい。仙くんがショックを受けているので、管理者の確認をお願いします」

「……あぁ。わかった」

 

大将と女将とすれ違う。

くそっ。何もできやしない。

 

「仙くん、降りよう……」

「だめだ……」

「仙くん?」

「降りたく、ない」

「…………仙くん」

 

空良は困ったような顔をする。

ほんとに俺はダメだ。恋人にこんな顔をさせるなんて。

空良はすんすんと鼻をならすと、俺を下山とは違う場所に連れて行った。

近づくに連れて、とある臭いが濃くなってきた。

 

あぁ、これは。

 

「温泉……」

「綺麗だね、仙くん」

 

満月の下、ひっそりと湧く温泉があった。

空良が俺の手を温泉に浸ける。ちょうどいい温度だ。

空良は満足そうに頷くと、こんな提案をしてきた。

 

「仙くん、温泉にはいろ?」

「なんで……」

「辛い時はお風呂に入る。ほら、早く」

 

空良に岩陰に突き飛ばされる。

岩の向こうからぽいとタオルが投げられた。

……着替えろってことか。

周りにポンプ等の機器も見当たらないしどこかの宿の源泉というわけでも無さそうだ。

さすがに山中で全裸になるのは抵抗があるが……所詮は人殺し。

もう割り切って服を脱ぐ。

タオルを腰に巻いて唯一アレだけ隠し、そのまま岩陰から出て温泉へ向かう。

 

そっと温泉に浸かると、じんわりとした温みが体を包み、胸中の冷たいものが喉辺りまで絞り出された気がした。

ここで泣けば、きっとスッキリするだろう。

 

「空良……ありがとう」

 

ため息や涙と共に、感情を全て吐き出す。

女々しく、情けなく。

誰にも、見られないところで。

 

───何分過ぎた?

いつの間にやら、岩に寄りかかって船を漕いでいたらしい。

やばい。空良を待たせている。

急いで出ようと思って体を起こすと、そこに……裸体があった。

 

「あ。仙くん、起きた?」

「なっ、バッ、空良、お前……!」

「ふふ。その様子だと、すっかり元に戻ったみたいだね?」

 

傷ひとつない背中。

お団子にされた黒髪。

微笑む横顔は、聖女か女神のようで。

立ち上がろうとした姿勢のまま、固まってしまった。

 

「……仙くん?」

「…………」

「あれ?仙くん?おーい?もしもーし?」

「っつあ!?空良、どうしてここに!?」

 

空良は背中を見せたまま「んー?」と首をかしげると、

 

「仙くんが入ってるから」

 

と言った。

……は?

 

「どういうことだよ?」

「昔は、仙くんとお風呂いっしょに入ってたじゃん?」

「んぁ?まあ、そうだな」

「だからかな、仙くんがお風呂に入ってるなら私も入ろっかなーって」

「いや、だからって、だからってお前」

 

慌てる俺の目の前に指が刺される。

振り返った空良は少し怒ったような顔をして、次に月を指差した。

綺麗な満月が、空良を照らす。

 

「ほら仙くん、月が綺麗だよ?もったいないよ」

「いや……」

「も っ た い な い よ ?」

「…………ハイ」

 

笑顔に押しつぶされ、強引に黙らせられる。

……なるほど、世の夫はこうやって尻に敷かれていくのか……。

 

「ほら仙くんこっち」

「え、ああ」

 

空良に手を引かれる。

温泉の奥側……気づかなかったが、崖の近くに温泉があるらしい。

海が、月明かりを反射する。

 

「幻想的。おとぎ話みたい」

「そ、そうだな」

「ねえ仙くん。もとの調子に戻ったのならさ」

「おう。なんだ?」

 

 

 

 

 

「私たち、結婚しない?」

 

 

 

 

 

「……結婚」

「───ややや、やっぱり今の無し!」

「は!?結婚!?え!?マジで!?」

「無し!無しって!!」

「…………ええ、マジか、結婚……。いつかはそうしたいと思ってたけどそうか、待たせてたか……」

「仙くん聞いて!?冗談なの!これは冗談なの!」

 

温泉の魔法にかけられた空良のつぶやきに思い切り動揺した俺の頭の中で、式場、費用、婚姻届を出す上での戸籍……等々、色んなものが渦巻いていた。

 

「待て待て、そのグレードで妥協してどうする。あ、いや、子供の養育費……」

「どこまで進んでるの!?冗談だって!!」

「へぶう!!」

 

殴られた。いてえ。

顔右半分を湯に沈めたことにより、思考が纏まる。

とりあえず落ち着こう。

 

「……あの、さ」

「は、はい」

「その、今でも十分幸せなんだよ?」

 

空良の瞳が潤む。

妙な色気。

空良は少し恥ずかしがりながら、俺の手をとった。

 

「けど……このままじゃ、幸せだけど切ないよ……」

「せつ、ない」

「だから仙くん。慰めってわけじゃないんだけどさ……」

 

『旅行で人は開放的になる』。

誰が言い始めたことだろうか。

今までこんな空良は見たことがない。

 

「2人で、大人になろうよ……」

「…………ッ!!」

 

空良が顔を近づけてくる。

湯が掻き分けられる音。

近づく唇。

ちょ、ちょま……!!

 

「ストップ!ストォォォォォップ!!」

「……仙くん?もしかして、いや?」

「いいえ!?全然嫌じゃないですけど!!でもその、さ。男としてはやっぱり、そういうのはムードを大切にしたくてさ……」

「ロマンチスト、なんだ?」

「空良だって、ハジメテがこんな山の中じゃ嫌だろ?」

「…………たしかに」

 

ふぃー。

なんとか説得成功。

とはいえ、空良に言わせてしまったのならこれは責任を取らねばなるまい。

いつか、その時間を取りたいものだが……。

 

「じゃあ、帰ったら……」

「か、帰ったら……?」

「帰ってからなら、いいよね……?」

「おっ、おおう」

 

今日の空良は押しが強い。

勢いに押されて頷いてしまった。

これは……なんだ。薬局に寄らねばならないパティーンだろうか。

 

「……そっか。良かった、受け入れてくれるんだ」

「いや、そりゃもちろん」

「それじゃあ出よっか。私、のぼせちゃった」

 

互いに背中合わせに温泉を出る。

空良は俺の向かいの岩陰で着替えたのか。

 

今夜は……長い夜になりそうだ。

 

 

 

 

パキン、と音がした。

目を覚ます。

うわ、土だらけだ。

 

体を起こすと案の定、手元にオレンジ色の破片が落ちていた。

 

「経験値残機、便利だなぁ……」

 

俺は『永遠にレベル1』という呪いを患っている。

そのため経験値がアホほど溜まり、結果、それは俺の残機となった。

 

今回ポーチに入れた残機の珠は三つ。

すなわち、本当の意味で俺を殺すにはあと三回殺す必要がある。

勇者と魔王は、果たしてあのときの俺を4回も殺せたのだろうか。

 

「音を無くす魔法ね。言霊を防いだのは良かったけど、相手にはまだ引き出しがあることを忘れないほうがいいね」

 

折れず曲がらずの両刃剣。

内包物吸収の刀。

意識のない物に命令を下せる言霊。

 

それ以外にも、俺はたくさん引き出しを持ってる───『レギオン』とか『管理者権限』とか。

あとは……。

 

「勇者の力」

 

これは……使うのはあんまりなさそうだ。需要ないし。

管理者権限を使ってアトランティスを呼ぶ。

月の向こうから、馬鹿でかい浮島が俺の上に鎮座した。

 

天空王国アトランティス。

 

かつて、たくさんの仲間たちと馬鹿やらかした俺の思い出。

彼らは今、どこにいるのだろう?

……さて。

 

「彼らの奮闘を、祈りますか」

 

両刃剣と刀を回収して、俺は常人にはできないほどの跳躍力を以ってアトランティスへ跳んだ。

 

月は、3()0()0()()()()()()()()と変わらなかった。

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