一年前に失踪した幼馴染が異世界から帰ってきた件。 作:翠晶 秋
「よっし。これでセットは完了かな」
穂織の商店街、俺はそこで学校のボランティアとしてあちこちに笹を立てまくっていた。
後ろを振り返ると、ずらりと並んだ笹たちが風に揺れている。
少し壮観だ。
「お疲れ様仙くん、はいお茶」
「ありがとう」
すぐそこで買い物をしていた空良が水筒を預けてくる。
水筒を煽りながら辺りを見渡すと、まだみんな提灯やらをつけている途中だ。
ボランティアは自分の仕事が終わったら帰って良いシステムなので近くの友人に話しかけてから帰ることにする。
「なあ空良。お前、今年の笹流れ祭りいく?」
「うん、いこうと思ってるよ。去年の笹流れ祭りは行けなかったから」
笹流れ祭りとは、七夕にやる穂織独自のお祭り。
やることは至ってシンプル、短冊に願い事を書いて商店街の笹に吊るす。
七夕が終わると短冊ごと笹を川に流すので、笹流れ祭り。
「そういえばさ、仙くん」
「ん?」
「七夕といえば、異世界でも同じような行事があってね」
「へえ」
「魔法を使える人が何の罪もないスライムを夜空に打ち上げて今年も魔物に襲われませんようにって祈るんだって」
ハイライトのない目で語る空良。
怖い。
「スライムが弾ける音、魔法が炸裂する音、それを見て笑い、沸き立つ民衆……。狂気。まさに狂気」
「そ、そうか」
「うん。私はその打ち上げるスライムを捕縛するチームに入れられたよ。時間が無いのに」
「時間?」
「少しでも早く元の世界に戻りたかったからね。お祭りとかしようと思わなかったんだ」
どこか懐かしむような目で上を向く空良。
ちなみにハイライトは未だどこかへ出張中である。
「本当に、無事に帰ってこれてよかったなー……。精神的に辛かったなー……」
「そ、空良……」
「ねえ仙くん、夜になったらまた来よう?短冊を飾りに」
「ん?んー、そうだな。来ようか」
そんなことを言い合いながら、俺たちは夜を待った。
◇
夜である。
「仙くん仙くん、りんご飴売ってるよ!」
「まあお祭りだからな」
「仙くん、金魚すくいやってるよ!」
「まあお祭りだからな」
「あ、ガラガラがある!一等は……株だって!」
「まあおまつちょっと待って景品のスケールがデカい」
賑やかな商店街を、空良と共に歩いていた。
空良はどこから持って来たのか、晴れやかな浴衣姿である。
空色の生地に紫色の花……。
向日葵のように複数の花弁が咲く花の名前は確か……マゾギク?エゾギク?たしかエゾギクだった気がする。
花言葉は忘れた。
まあとにかく、笹に吊るす短冊は商店街で五百円以上買い物をしてレシートを持っていくと貰えるシステムになっている。
空良に五百円を手渡し、何をしようかと考えていたところ、ちょうど良く射的屋を見つける。
こういうような屋台でも主人にチケットを貰えるので五百円以内にカウントされる。
久しぶりにやる。今の俺がどんな集中力を持っているのか、試してみるか───
◇
「ぜんぐん……」
「え、あ、おい、どうした空良」
泣きじゃくる空良の肩を掴むと、空良は脱力したままぽつぽつと語り出した。
「くじ引きやったの」
「うん」
「くじの裏に全部の番号入ってて全部もらっちゃった」
「…………」
「射的をやったの」
「あ、俺もやった」
「コルクが棚に当たって棚ごと倒しちゃって全部貰ってきた」
「…………」
「金魚すくいやったの」
「……おう」
「金魚が自ら跳ねて勝手に器の中に入ってくの。はいこれ」
「うわ気持ち悪。そんな小さい袋に全部詰めたのか」
ようは、ちゃんと楽しめなかったってことだよな。
運が良すぎて。
「ど、どんまい。……それよりさ、短冊!短冊飾ろう。ほらペン!」
「そうだね、気持ちの問題だよね……。んー、なに書こっかなー」
俺のはとっくに決めてある。
悩む空良の隣でサラサラと書いていると空良も思いついたようで、短冊を書き始めた。
くくりつけるときに周りの短冊をチラ見していく。悪いことではあるけどちょっと気になる。
『プリン食べたい』
『彼女欲しい世界平和』
『小説をめっちゃ早く書ける文才が欲しい』
『無病息災』
『今年こそは異世界に』
……ロクな願い事がねえ。
呆れつつも短冊を吊るすと、隣の空良も吊るし終わったようで目があった。
「……帰るか」
「そうだね」
「どんな願い事したんだ?」
「教えなーい。仙くんは?」
「じゃあ俺も教えない」
「えーっ」
夜道を二人、俺たちは雑談をしながら帰っていった。
『これからも空良とずっと一緒に過ごせますように』
『これからも仙くんとずっと一緒に過ごせますように』
紫のエゾギクの花言葉は各自で調べてもらえるとたぶんそっちの方がロマンティック。