一年前に失踪した幼馴染が異世界から帰ってきた件。 作:翠晶 秋
俺は先輩が洞窟の入り口あたりに向かったのを見送る。
足元には気絶した熊。
「……さて」
俺はポケットから収納袋を取り出した。
この収納袋、それこそ巾着並みに小さいが、結構大きなものが入っているのだ。
空良曰くこの収納袋はダンジョンうんぬんかんぬん。
知らんわ、ただでさえ魔法の勉強で頭パンクしそうなのにこれ以上詰め込もうとするでない。
とにかく、俺が実験したいのは、でかいのが入ってるならどうやって入れたのってこと。
まずは松明を取り出して光を灯す。
そんで……とりあえず熊の鼻先を収納袋に当てる。
シュボッ。
「…………」
こいつはブラックホールかなんかか?
一瞬で熊を吸い込んだ収納袋に戦慄しながら、俺はもう一度収納袋から熊を取り出す。
首根っこ掴んでひっぱりだした。
もちろん息はしている。ううん、謎。
と、もう一個よく調べたいものがあったんだった。
入り口で拾った石。硬いし、なんかの感触に似てるんだよなぁ……。
「あっ」
松明の光に当ててよく見ようとしていたら汗で落としてしまった。
慌てて左腕で掴むと……。
「おぐっ!!」
左腕が急に重くなった。
視線をやると、そこには俺が完全に魔王と化していたときの爪甲冑が。
「……は?なにこれ?」
いや、自分で言っておいてなんだが、見たことあるよなこれ。
やっぱりあれだ、魔王になってノートを吸収したときに生えてきたやつ。
で、そうだ、この甲冑から生えてきた爪がノートの爪にそっくりなんだよ。
わぁ懐かしー。そうそう、この硬い感触が……。
「この石じゃん!?」
爪の感触がさっき握った石と全く同じなんですけど!?
ほえー、ってことはあの石はノートの爪の欠片とかそんなのそんなもんだったのかな。
納得ー!!めっちゃスッキリした!!
この腕もちゃんと動かせるみたいだし、血華刀とこの爪で戦うのも良いかもな。
……しかし、なんで石を拾った瞬間にこの腕が発現したんだろう。
やはり、ノートが俺と融合しているからだろうか?
それで、えっと。
この爪はどうやって元に戻すのでしょうか。
戻し方がわからず四苦八苦していると、後ろからコツコツと靴の音が響いてくる。
響き的にかなり遠くだけど、すぐ追いつかれる。
その時の杞憂が一つ。
「この爪である……」
俺は左腕の大きな爪をそのままに、洞窟の奥へと進むのだった。
◇
逃げるように洞窟を進むことしばらく。
分かれ道も多く、下りや上りを通過した。
これなら先輩たちにもすぐには合わないだろう。
迷わないかって?爪装甲に、袋に入っていた石灰を使ってルートの落書きをしておいたのだ。
順繰りに戻っていけば、帰れるはず。
「それはそうとしてこんなに深かったかなこの洞窟……」
もはや山の域を超えていると思う。
これだけ進んでまだ山の中なら、かなりぐねぐねとした作りになっているはずだ。
しかし、この洞窟は真っ直ぐな道も多いし、傾斜や分かれ道も多数。
これは、また厄介事に巻き込まれているのかもしれない。
が、これは同時にチャンスだ。
今まで空良におんぶに抱っこだったから、ソロでこの洞窟の謎を解ければ、自信が出てくるかも。
む。前方に物音。
石が転がったカラカラという音に反応して松明を掲げる。
やはり、そこに何かいる。
熊の次は蛇か?それともコウモリやトカゲ?
いつでも左手の爪を振り抜けるように構えつつ、何者かが隠れている岩の前に立つと……。
「ギャッ!」
「おっとぉ!?」
岩陰から飛び出し、手に持った獲物で殴りかかってきた!
手甲の爪で受け止め、押し返す。軽い感触。
松明に照らされたその風貌は、長い耳にボロボロの装備。そして何より、緑色の肌。
「あぁこれは
異世界の定番、モンスターのゴブリンさんだった。
「ぎゃぎゃ!!」
「…………」
相手は棍棒と小さな盾を手に持っている。
対してこちらは血華刀を持ってきておらず、代わりに右手に松明。
唯一の武器は左手の
レベルはこっちが上だろうけど……慣れない戦いをすると体力を消耗するかも。
ここは下手に心理戦をせず、ゴリ押しで倒すが吉!
「ハァッ!!」
「ギャ!?」
地面を蹴って接近。
大振りに腕を動かし、あわよくば脳天を貫ける一撃……がしかしガード。やはりゴブリンもタダで死ぬわけにはいかないようだ。
バックラーに刺さった手甲を引けば、ゴブリンの手からバックラーが離れる。
これでもうガードはできまい。
バックラーを外してもう一度構える。
ふふふ、一介のゴブリン風情が魔王に挑むとは阿呆よの。
地面を蹴ってもう一度ゴブリンに肉薄、今度こそ胸を貫いた。
ゴブリンはやはりというかなんというか、事切れたタイミングで黒い粒子となって空間に溶けていった。
十中八九、これはダンジョンだ。
それも、
知らないうちに異世界に転移したって可能性も捨てきれないけど、転移の時のようなぐんにゃりとした感覚は無かったし、たぶん、ダンジョンがこちらに転移した、と考えるのが妥当でしょ。
つまり、後からやってくる先輩たちが襲われないためには、早めに攻略してダンジョンボスを倒して待機しておく必要がある。
もしくは、なんらかの形で洞窟から追い出すとか。
「急がないと……」
ダンジョンの最奥のボスは、俺が初めてダンジョンに潜ったときも、倒した中ボスが復活する気配はなかった。
だがしかし、オレンズとの決闘の際にレベル上げに潜った時は───さすがにドラゴンのとこまでは行ってないけど───初めての時、道中倒した中ボスたちも復活していた。
たぶん、新たな挑戦者が来るたびに復活するシステムなんだと思う。もしくは、あの黒いもや……モンスターを倒したら出てきて、再度モンスターを構成するのに使われるあのもやが集まるのに、ある程度の時間がかかるとか。
リポップってやつだ。
しかし、ゴブリンが出たってことはダンジョンレベルは下の方なのか?
そもそもダンジョンレベルの規定がなんなのかもわからないけど。
とにかく、先に倒しておけばしばらくはボスが復活しないことは明らかなんだ。先に進んで、ボスを倒さねば。
まおうの教えを意識し、胸の奥で魔力を練り上げる。
ガンと頭が殴られたような痛みとともに、魔力が全身を巡る感覚がより鮮明に感じられるようになった。
恐る恐る頭を触る。角が突出していた。
祈里仙、魔王モード。
おっと、手甲鉤がより硬くなったように感じる。オプションなんですかね。
「それじゃ、本格的に攻略を始めますか」
獣のように鋭利になった爪を装備したまま、洞窟を走り出した。
◇
裏山ダンジョン〜ボスの間〜
代わり映えしない風景が続いたからあんまり面白くなかったけど、ようやくボスの間らしい。
中ボスか、それともここが最奥か。
少し先の開けた場所に鎮座するボスに発見されないように岩陰に隠れている俺は、ほっと胸を撫で下ろす。
相手は蜘蛛のように8本の足を持っている。壁を登られたりしたらきついけど、浮いてる系のボスだったら今の俺には倒せない。空中への攻撃手段がないから。
相手が床に降りたときに攻撃すればいいかな。
松明の火を他の木の棒にも燃え広がらせ、準備は万端。
バッと飛び出し松明を放り投げる。
明かりは確保された。
火が消えない限り、俺は右腕フリーで戦える。
「キシャアアアッ!」
「うわ鳴き声気持ち悪っ!」
「キシャ!?」
こちらの姿を確認した蜘蛛が手始めにと口から何かを飛ばしてきた。
身を翻して避けると、地面に当たったそれはやはりというかなんというか、蜘蛛の糸。
粘着弾みたいなやつか……当たったら間違いなくご馳走コースだな。
初心者のダンジョンでは安全装置として空良がいたけど、今回は空良がいない。自分でやらなくちゃ。
ぐっと息を溜め、戦闘の準備。
こっちはスタミナも攻撃力もないただの高校生なんだぞ。鋭利な武器を持たせても、そんな戦えないんだぞ。
戦う選択をした自分自身を嗤いながら、鉤を構えた。
「キシャアアアッ!」
「ッ!!」
粘着弾を再び飛ばしてくる。
横っ飛びをして回避しつつ、ダッシュで回り込んで急接近。
鉤を大きく振り上げて……。
「キシャァ!」
「ッ、そう簡単にはいかないよなぁ……!」
8本の足で跳躍、俺の爪攻撃を回避した蜘蛛。
天井に張り付いて、そこから粘着弾を飛ばしてきた。
「あっ、お前卑怯だぞ降りてこい!」
「キシャシャシャ!!」
せ、性格悪りぃ……!
だが、頭上からの攻撃なら回避は可能。一直線だし。
そのまま息を落ち着かせるように粘着弾の糸を避けていると、しびれを切らしたのか蜘蛛が壁に移動した。
げっ、まずい。壁からってことは横一直線。ビームみたいなもんだ。
「ピュッ!」
「おっ、わぁ!?」
神回避。
……じゃ、ない!!
左手の手甲鉤に当たったらしく、唯一の獲物が糸で接着されて動かない。
引っ掻きによる斬撃ができなくなった……!
「キシャシャシャ!!!!」
「安全圏から笑いやがって……!」
やはりその間にも飛ばされる粘着弾。
捕らえられたら終わり。
「キシャアッ!」
「ッ、なっ!?」
避けた先に既に撃った後の粘着弾!?
無理だ。踏むしかない。
支えにしようとした足が粘着弾によって動かなくなった。
それを見て勝利を確信した蜘蛛が飛び上がり、俺に向かって……!
「『オーバーホール』ッ!!」
そうだよ、俺にはオーバーホールっていう唯一の武器があった!
ゆっくりと流れる時間の中、俺の思考だけが正常に動いている。
……どちらかというとこのオーバーホール、周りがゆっくりなんじゃなくて俺の思考が加速しているのかも。そっちのほうが理にかなっている……じゃなくて!
相手は空中。俺は回避不能……この状況を打破できる一手は……!
「押してダメなら……」
オーバーホール解除!!
「さらに押す!!」
接着された爪でも、突きなら可能だ!
蜘蛛の胸目掛けて……。
「オラアアアアアアッ!!」
…………。
蜘蛛は、黒い粒子になった。