校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第九話

 

 

しばらくして涼宮が野球部から文芸部部室に凱旋した。

どんな魔法を使ったのか、はなはだ疑問ではるが戦利品をひっさげていた。

彼女が持ってきた段ボール箱の中には年季の入った九個のグローブをはじめとする野球道具一式。

重くなかったのか、これ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長机の上にそれらがどさっと置かれた状態。

涼宮は部室にある黒板をドンと叩くと。

 

 

「わかってるのかしら!? これはビッグチャンスなのよ! 例えるならライフライン二個以上残して一千万に挑戦するくらいの千載一遇。またとない機会なのよ!」

 

ミリオネア的な世界がこいつの頭の中にあるのはいいことだが話が見えてこない。

なにをこいつは興奮しているのか。

 

 

「SOS団の知名度を上げるには手っ取り早いでしょ」

 

未だ非公認ながらも公然と北高内に我々は知れ渡りつつある存在だ。

それじゃいかんのかね。

町内の恥さらしでしかない。

 

 

「あ、チーム名はSOS団にしといたから。これで問題ないわね」

 

「問題しかない気がするが。勝手に申し込んだ挙句自分で人員を用意しないとはこれいかに」

 

「あたしたちでやるから面白いんじゃない。当然、やるからには優勝あるのみなんだから」

 

「朝比奈は運動が苦手だから遠慮したいそうだが」

 

「ふーん?」

 

俺の言葉に反応してじろっと朝比奈を見る涼宮。

気が弱いナース女子はびくっと身体を震わせた。

どうやらこの様子では彼女の参戦は覆せないらしい。

一人いないものとして八人で戦う必要があるのか。

しかも八人目がまだ決まっていない。

……谷口と国木田を呼ぶとしよう。

二人とも了承すれば誰か補欠となるがその時は谷口だな。

あんなださい見た目のくせして運動神経が平均しかないというガッカリ男だからだ。

やはり北高でも馬鹿は継続していたのか中間考査は彼がクラス最下位。

彼がどうなってしまうかは察してほしい。

 

 

「この五人のスタメンも固定なんだからね。いい!?」

 

「アイ、アイ、サー」

 

「じゃこれから早速練習するから」

 

――こうして俺たちSOS団は野球大会に参加することになった。

で、部室棟を出て運動場にまで向かったのはいい。

しかしながら放課後のその場所は説明するまでもなく運動系の部活のテリトリー。

SOS団などといった存在していない部活動に対してつきあってられる体育会系連中ではないはずだ。

 

 

「ね。この場所今からちょっと貸してくんない?」

 

今月困ってるから金を貸してくれ、みたいなノリで練習中の野球部の面々を妨害する涼宮。

彼女が言うこの場所とは運動場の一角にある、ベースとバックネットぐらいしか存在しない学校特有の簡易グラウンドである。

さっき道具をかっぱらって行ったと思えばナースを入れた奇妙な連中を従えて戻ってきたのだ。

野球部の面々の心境が穏やかじゃないのは確かだろう。

俺たち五人は例外なく十数人いる野球部の一員に睨まれている。

部長らしきコワモテの野郎が代表して涼宮に対し。

 

 

「ああ? なに言ってんだお前。俺たち野球部が使ってるのを見てわかんねえのか?」

 

「だから貸してってお願いしてるんじゃない」

 

"だから"という接続詞の使い方を間違えている気がするぞ。

ここで涼宮はグラウンド使用権を獲得すべく朝比奈を使って色仕掛けを仕掛けた。

結果は言わずもがなだろう。

かくして現在俺をはじめとする四人は間隔を空けて一列に並んでいた。

残り一人こと涼宮はバッターボックスに突っ立って金属バットを持っている。

実に古典的な訓練方法であり、要するに千本ノックとしゃれ込んでいるのだ。

球の中継からその他もろもろの補助は全て野球部。

 

 

「んふっ」

 

と気持ち悪い笑みを浮かべながらノックさばきに励んでいるのは古泉一樹。

やはり運動神経は悪くないようである。

それはそうと俺たちにまさかユニフォームなどあろうはずもない。

いや、もっと言えば制服姿のままでマウンドに立っている。

流石に当日は運動着を着るだろうが練習と本番で条件が違うようでは練習にならない。

なんのための練習なのか。

 

 

「……」

 

長門は野球盤に刺さった某人形のように突っ立っている。

自分の身体に命中すると判断したボールだけ淡々と左手に装着したグラブで撃墜していく。

動体視力の良さを褒めるべきなんだろうか。

そして一番この場で運動ができないと判断される上に一番運動に適さない恰好をしている朝比奈。

彼女は悲惨だ。

涼宮から飛んでくる白球はそこそこの速度を維持しながらこちらに飛んで来る。

あいつなりの配慮なのか朝比奈の方に飛ばす時だけ手加減しているみたいだが大した差はない。

妙に器用な涼宮なのだが朝比奈は不器用であった。

たちまち精神恐慌状態となってその場にうずくまっている。

スマンが俺にはどうすることもできん。

昨今の日本社会では年功序列ともいかないそうではないか。

それでも涼宮に必要とされているのだからこの程度は我慢してくれ朝比奈よ。

俺に比べれば軽い役割だろ。

 

 

「ひぇぇぇえぇー!」

 

……同情はしておこう。

俺もあれには当たりたくない。

なにやら硬球みたいだしな。

集中して取り組むとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

希望的観測でしかないが終わりは必ず訪れる。

この無意味なノックもやがて涼宮は俺たちの不甲斐なさに失望したのか野球部員相手にするようになった。

おい、ますます無意味な気がしてならないぞ。

バックネット裏で彼女の雄姿を眺めているうちに日が暮れはじめていた。

時間にすればいつもならそろそろ下校している時間だろう。

 

 

「……」

 

俺含むバックネット裏の四人組は無言である。

涼宮にとっては広角打法の練習になるかもしれんが実戦で通用するのかね。

まず塁に出れるのかという話である。

なんか楽に勝つ方法はないかね。

たとえばバットが勝手にボールにミートしてくれるとか。

男女混じったズブの素人集団には荷が重い。

涼宮がヘソを曲げなければいいんだが。

 

 

「……ある」

 

「ん?」

 

ちょこんと立つ長門がそう呟いた。

するとこちらをちらりと見て。

 

 

「我々の技術であれば物体の運動を操作することが可能」

 

「つまりどういう事なんだ」

 

「通常では再現性の限りなく低い動きも再現できる」

 

「素人がバットに150キロの剛速球をバックスクリーンに叩き込めるとでも言うのか?」

 

「お望みとあらば」

 

言うだけ言って満足したのか長門はきびすを返し始めた。

謎の技術であるが使えるもんは使った方がよかろう。

勝てばよかろうなのだ。

去って行った長門を眺め終えてから朝比奈は。

 

 

「あたしも制服に着替えなきゃいけないんで、そろそろ失礼しますね」

 

俺も出来れば失礼したいんだがな。

あいつはまだ続けるつもりらしい。

疲れ知らずか。

ともすれば涼宮はバットを放り投げて一呼吸入れた。

終わりか?

 

 

「驚愕ですよ。まさか千本ノックを完了するだなんてね。一球の誤差もありませんでした」

 

何が楽しいのか楽しそうに分析する古泉。

もしかしてお前は自分がやってる最中もカウントしていたのか。

それはさておきとりあえず確認しておきたいことがある。

 

 

「お前さんが連れてくる"知り合い"とやらは『機関』とかいう変態集団の一員なのか?」

 

「『機関』がいかがわしい組織かどうかはさておき、彼は……ええ、無関係ですよ」

 

少し間が空いたのが気になるんだが。

そして助っ人は男か。

期待していいんだろうな。

ともすれば涼宮は手にグローブをはめ始めた。

野球部員どもに命令を下すと野郎どもは従ってキャッチャー係を選抜したらしい。

それから涼宮は投げ込み練習を開始した。

野球部員顔負けの速球である。

 

 

「彼は僕なんかよりも素晴らしいお方……という事でして、野球経験も豊富のようですので問題ありません。どうぞご安心を」

 

「まさか野球選手を連れてくるわけがないよな」

 

「残念ながら僕には元プロ野球選手さえ知り合いにいませんよ。どのようなお方かは当日のお楽しみという事で」

 

当り前だ。

知り合いにいる方が少数派だろうに。

そしてお楽しみもなにもあるか。

本日は金曜日であり、きたる野球大会当日は来週の日曜日でありつまり明後日。

むしろ俺はお前さんが妙な奴を連れてこないかが心配だ。

露出狂とかだったら蹴り殺すからな。

 

 

「心得ておきましょう。では、僕もこれにて失礼いたします」

 

薄情なのかあっちが正しいのか。

気付けば俺だけ取り残されたバックネット裏。

しょうがない。

 

 

「……待っててやるか」

 

まるで俺の役目にも思えたからな。

結局あいつがグラブを放り投げたのは更に一時間ぐらい後の話になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すっかり陽は没してしまい、練習にならなくなったから中断しただけの話だ。

これが太陽が未だに元気だったらまだまだ続けてたんだろうよ。

 

 

「よくやるじゃあないか」

 

暗がりの中で後片付けを必死こいてする野球部員を尻目に俺は涼宮に声をかけた。

少し驚いた表情をしていたが、すぐに普段の不敵な感じに戻って。

 

 

「なによ。あんたまだいたの?」

 

「いちゃ悪かったか?」

 

「……べつに」

 

「ほらよ」

 

自動販売機で調達してきたスポーツドリンクを手渡す。

350mlの缶ジュースだ。

ぱしっと俺の手からかすめて早速一気飲みをした。

まったく生き急ぎ少女だな。

 

 

「……っはぁ。生き返るわね」

 

「感謝の言葉をオレに述べてからひざまずいて足を舐める事を許可しよう」

 

「ばかな事言ってないで、ほら、さっさと行くわよ」

 

お前のおかげでこんな遅くまで待機してたんだがな。

俺はむしろジュースの奢りよりもそっちを喜んでほしかったね。

言葉に出して、だ。

空き缶を俺に「捨てといて」と言って返すと二人して荷物を置いてある部室まで戻った。

なんとなくだが俺はつい先月の出来事をふと思い出してしまう。

今よりも闇につつまれた世界で、こいつと無人の北高にいたあの時だ。

通りがかった教師に早く帰るように小言を言われつつ校舎を後にしたのが午後七時近く。

これは俺たちにしてみればいくらなんでも遅い。

しばらく無言で並んで歩いていたが。

 

 

「あんたの家ってこっちの方なの?」

 

坂道を下り終え、県道を進んでいるとそう訊ねられた。

実を言うと途中から俺の帰宅路とは異なる道に分岐してしまっていた。

が。

 

 

「夜道を女子一人で帰すほどオレは腐った人種じゃあないんでね」

 

「こんなもん夜道に入んないわよ。あんたのはありがた迷惑ってヤツかしら」

 

住宅街に差し掛かったところで街灯は嫌でも俺たちを照らす。

よほど路地裏でも探さない限りは闇夜には包まれないだろうな。

それでも俺は百万が一の事態がこいつにあったらどうなるかわからない。

心配だ。

生き急いだ末に、ふっと消えてしまうんじゃないか。

そんな儚さをこいつは昔から持っていた。

人の夢とやらは儚いそうな。

 

 

「オレと一緒が嫌か? 嫌ならお前の後方数メートルにいて帰宅を確認するまでついて行く方針に切り替えるが」

 

「ばか。それだとストーカーじゃない。絶対やんないでよ」

 

「つまりオレがお前を送ってもいいって事か」

 

「そうとは言ってないわ」

 

つんとした態度だな。

大人になってもお前はこのままなのかね。

あまり俺には数年後の涼宮が想像できん。

 

 

「なあ」

 

「なによ」

 

「最近、楽しいか?」

 

「昔に比べりゃマシね」

 

「そうかい」

 

彼女の昔に俺はいたのだろうか。

わからない。

過去にでも戻らない限り確かめようがないだろ。

もっともそんなくだらないことを確かめる為だけに過去に戻る馬鹿はいない。

どうせ変えるなら劇的に変えてやれ。

つくづくそう思うね。

 

 

「なあ」

 

「……今度はなに」

 

「一回戦だけでいいから勝とう」

 

「やっぱりあんた馬鹿ね。今日あたしが言った事をもう忘れたの?」

 

「かもしれんな」

 

要するに、だ。

必ず勝つ。

 

 

「……だろ?」

 

「違う。優勝あるのみよ」

 

「優勝してお前さんはどうしたいんだ。別にオレたちが片田舎の野球大会で優勝したとしてもトロフィーの他には商品券とか粗品ぐらいしか貰えそうにないんだが」

 

「SOS団が有名になるじゃない。これも今日言ったわ」

 

「かもな。局地的にはそうだろうよ。だがオレたちなんか二日三日もすりゃ忘れられるに違いないね。オレはこの間、教室で見せられた自転車運転の危険性に関するビデオの内容をほぼほぼ忘れちまってる」

 

「覚えなくていい事だってあるでしょ」

 

「それを決めるのはそいつであって赤の他人なんだぜ? 有名かどうかなんて結果論でしかないだろ」

 

と、説教くさい話をしたいわけではなかったんだがな。

俺が言いたかったのは単純なことである。

 

 

「楽しんでやろうじゃあないか」

 

中学時代のお前を知ってるからこそ俺はそう思うね。

なんだかんだ言って涼宮も野球大会を本気で優勝したいとは願ってないはずだ。

こいつの願いは宇宙人と未来人と超能力者そして異世界人と一緒に遊ぶことなのさ。

などと結構呑気してた俺であった。

涼宮の家まではもう少しかかる。

ううむ。

 

 

「時に涼宮よ」

 

「はいはい」

 

「お前は恋愛に興味はないのか?」

 

ほんの出来心であった。

彼女はぴたりと足を止めると。

 

 

「あんたに一度、その話題についてあたしの持論はしっかりと言ったはすよ」

 

「お前が馬鹿馬鹿とオレを罵るから物覚えが悪くなっちまったらしい」

 

「……ふん」

 

ずかずかと大股になり始めた。

走って逃げなかっただけ慈悲深い奴なんだろう。

早歩きではあったが。

俺もそれに対応する。

 

 

「何が気に食わなかったんだ? 今後の参考にしたいから教えてくれるとありがたい」

 

「べつに。だいたいなんの参考にするってのよ」

 

「さあな……べつに大した事じゃあないだろうさ」

 

「だったら教えてやんない」

 

ああそうか。

勝手に巻き込んで勝手に満足する。

そんな奴だったなお前は。

 

 

「じゃあ質問はやめるからオレの話を聴いてくれないか」

 

「くだらない説教を始めた瞬間ダッシュしてやるわよ」

 

「善処しよう」

 

距離にして涼宮の自宅は残り数分とかからないはずだ。

よって手短に話してやる。

 

 

「オレは興味がある。考え方の話だけではない」

 

「なんの事なのよ」

 

「だから恋愛だ。オレには好きな奴がいる。昔からの知り合いなんだが……いや、オレが一方的に知っていただけか。とにかくオレはそいつが好きでな」

 

「……あっそ」

 

「オレの話にも興味ないか?」

 

「全っ然ないわね」

 

手厳しいな。

こいつの中では俺の立ち位置がどうなっているのだろうか。

気になってしょうがない。

俺はいたって普通の男子高校生であった。

こと、涼宮ハルヒ相手に関しては。

好きな女の子にいたずらしたくなるような子どもでしかない。

まだ十五なんだぜ。

 

 

「そいつは残念だな」

 

「残念ついでに一つ教えてあげる。……いい? これは念押しなんだから」

 

気がつけば涼宮の自宅の前らしかった。

彼女は門の前で足を止めてから。

 

 

「病気よ病気。恋愛感情なんて精神病でしかないの。血迷ってるとしか言いようないわね」

 

「……わかったよ」

 

俺も、きっとお前も病人だな。

学校休むのに使えそうな言い訳にさせてもらおう。

今の所はフケる予定などないのだが。

 

 

「明後日に備えてしっかり休んでおきなさい」

 

じゃ、と言い残して涼宮は玄関へ消えて行った。

気の利いた言葉を言ってやるには俺の度胸が少しばかり足りなかった。

情けない奴である。

こんなんだから中学時代、俺はあいつに告白できなかったんだからな。

現状がどれだけありがたいことか。

はは。

 

 

「オレは卑怯者だな……」

 

ここにいない"鍵"とやらの立場を利用している。

ズルい男だった。

帰り道に国道を避けたのも、ひとえに俺の弱さだろう。

ああ。

なんて――。

 

 

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