第十三話
七夕明けの翌週末には学期末考査期間となった。
はたして涼宮が鳥頭なのか、この頃には完全にいつもの涼宮に戻っていた。
俺の方も七夕シーズンにあいつが妙な空気を纏っていたことなど勘違いだったんだろうと捨て置いた。
校内一の変人といえど彼女も人間である。
精神テンションの浮き沈みぐらい気にする方がおっくうだ。
そういう監視係は異端者三人に任せておく。
俺はどうやらクラスどころかSOS団内でも涼宮のスポークスマンらしかたったからこの係だけで充分だ。
前述の通り考査期間であり、つまりは午前中にさくっと終わる一部の人間にとっては素晴らしい時期であった。
俺にとっても多少の面倒は感じはしたが同様だ。
北高代表の馬鹿こと谷口にとっては地獄だっただろうか。
そんなことはどうでもいい。
本来ならば考査期間は部活動がお休みの期間。
顧問の先生もつかないだろうし学校側としても部活はやめてくれということだ。
しかしながら俺たちには問答無用。
部活動でさえない宙に浮いた架空の存在だ。
俺たちこそが一番の不思議だと思うね、少なくとも北高内においては。
かくしてSOS団は平素通りに無意味な放課後を過ごしているというわけである。
考査期間故に人数の集まりは悪いものの最終的には全員揃う。
揃わなくても問題ないと思うんだがな。
今、俺の視線の先には団長席に置かれたパソコンが。
「……で、なんの話だって?」
「だから――」
わざわざ腕を引っ張らなくても俺は逃げやしないというのに涼宮に引きずられて部室に押しこめられた。
コンビニエンスストアよろしく年中無休で営業している部室内には既に他メンバが揃っており。
「あっ、涼宮さんとキョンくん、こんにちは」
と営業スマイルの割りには光度が高い気がしないでもない笑顔をふりまくメイド女子。
そしてテスト期間だろうが部室で勉強する気配はないボードゲーム野郎と黙読女子。
「お疲れ様です」
「……」
古泉からは挨拶があったものの上っ面程度にしか聴こえなかった。
長門と揃って俺を労うなんて態度からはまるで全然程遠いんだよな。
そして先ほどの俺が涼宮に慌てて連れてこられた用件を訊ねる場面となったのだ。
聞くところによるとこのSOS団という非公認団体には驚くべきことに公認ウェブサイトが存在していた。
だがなんてことはない。
肝心の中身ががらんどうなんだからな。
『Welcome to HomePage』
という定型文をSOS団のサイトへようこそと変化させただけの画像テキスト。
後は連絡用にと書かれたホットメールとキリバンなんて一生見れないのではないかという低数値を叩き出しているアクセスカウンタだけ。
これを俺が作ったというのだからきっと"キョン"は本当にやる気がなかったんだろう。
そんなSOS団ウェブサイトトップページに自作のエンブレムを張り付けたいと涼宮は言い出した。
現在進行形で寄生虫がうねうね這いずりまわったかのようなイラストと画面越しに見つめ合っている俺。
辛うじてSOSとこいつは伝えたいんだろうなってのが伝わらなくもなかった。
ページ開いて一発目がこれだったら俺ならブラウザバックする。
「……お前が描いたんならお前がやりゃあいいだろ」
「やり方わかんないからあんたに頼んでんの」
得意げに腕を組みながら言ってくれた。
俺に何を期待してるか知らんがな。
「オレを一流のウェブデザイナーかコンテンツプランナーだと勘違いしてないか?」
「あんたが作ったんだから最後まで責任持ちなさいよ」
「トップページに大きな画像を張ると重くて見辛くなるし、なによりこのサイトにはトップページぐらいしかアクセス先が存在しない。コンテンツを充実させる方が先決だと思うぜ」
「いいからやりなさい」
「じゃあ画像追加しかやらんからな」
このご時世にHTMLオンリーのハリボテサイトと対面するとは思わなかった。
90年代を引きずるにしてはいささか引きずりすぎだ。
レトロってのはデザイン性のことであって手抜き感に起因するものではない。
そんなものから懐かしさなんざ感じられんだろ。
Javaさえ導入されていない最新型パソコンはプログラミングとは無縁らしい。
最低限JSPくらいは使ってからホームページを名乗れるかどうかだ。
HTMLエディタに刻まれた小学生でも打ち込めそうなコードを見てからⅰmgタグを打ち込み手早く画像を張り付けた。
元の画像が大きすぎるために縮小させたが誰も見ないだろうし無意味な行為だった。
ものの数分もせずに終わらせて団長席を立ち。
「終わったぞ」
「ご苦労様」
古泉とリバーシ対決をして時間を潰していた涼宮に報告する。
無駄な努力がご苦労様と自分に言ってやりたいね。
なにか俺に褒美はないのか。
「あんたに仕事を与える事そのものが一番の褒美だと思わない?」
畜生のようなハルヒイズムを俺に語りながら彼女は盤面に白石を置く。
誰がどう見ても黒こと古泉が太刀打ちできる戦況ではない。
接待プレーとはこんな状態なんだろうか。
「オレはワーキングプアになるためにここにいるわけじゃあないぞ」
「資本主義の原則は自由競争なのよ。弱肉強食なの。あんたはこのまま社会に出ても通用しないわね」
だから俺にシゴキを入れていると言わんばかりの態度。
なるほどこれでは手抜きホームページを作りたくなる心持ちがわからんでもない。
俺も自ら改良のために手をつけようとは思えなくなった。
とはいえ、頼まれたらやるが。
――そんなこんなで期末考査は全日程が終わった。
この時俺がアップロードした涼宮画伯の前衛的アートが原因で事件に巻き込まれたりしたもんだ。
宇宙生物がカマドウマという虫に擬態して巨大化した末に閲覧者を誘拐したらしい。
その生物と長門による宇宙バトルの一部始終を見せつけられた俺は。
「ああ」
こいつ宇宙人だったっけと改めて認識した。
古泉はなんやかんやで超能力が発揮できており、俺と朝比奈は完全にお荷物であった。
夏休み直前のことだ。
かくして俺の二度目の高校一年生一学期はどうにかこうにか終わった。
終わって夏休みに入るや否や涼宮がSOS団で夏合宿をすると言いだして夏休み初日にしてそれは敢行された。
絶海の孤島とやらにある古泉の親戚の大富豪所有の別荘で三泊四日。
移動費以外は全てタダ。
当然のように豪華な食事が振る舞われる。
避暑地にうってつけの場所であり、無人ではあるものの海水浴場もあった。
ここで俺と涼宮は茶番に巻き込まれたのだがそれはまたの機会に話すとする。
今回の話はともすれば今までで一番悪質でいてそして純粋でもあるような事件だ。
「……はぁ」
八月。
夏真っ盛りと言わんばかりに外は火炎地獄さながらの灼熱地帯だ。
父母の家には顔を出し、我が家での生活に再び戻るとお盆は過ぎていた。
東京のお盆は七月にあるそうだが都会の連中はせっかちなのかね。
そんなことはいざ知らず十七日のこの日、俺は昼間から居間のソファでくつろいで夏の風物詩こと甲子園中継を眺めていた。
後年振り返るとこの時2006年の甲子園は凄かった。
数年後に日本球界を代表する投手と遅れてプロ入りしたものの二軍落ちになってしまった投手が決勝で対決。
ともすれば後の二軍投手が在籍するチームが優勝したのだから人生何があるかわからない。
わからないと言えば去年の日本シリーズもそうだった。
ニュース番組では33-4の点差が累計でついたとフリップが出ていて笑ってしまった。
パシフィック・リーグの圧勝だった。
俺と並んでルールもよく知らないだろうにジュースを飲みながらテレビを眺めている愚妹は。
「お兄ちゃん、ひま。やきゅーつまんない」
「どっかダチのとこでも遊びに行け」
「今日はみんなだめだって」
友達が少ないのかこのちんちくりんは。
さっきから暑いだの暇だの文句しか言わない。
俺と同じクラスの委員長、朝倉涼子なら絶対に口にしないだろう台詞だ。
オレンジジュースをちゅーちゅー吸っているチビが俺に何を命令できるだろうか、いや、できない。
見てくれどころか味覚までお子ちゃまなままの小学五年生。
こいつの友達の一人である吉村ちゃんはこいつとは発育が雲泥の差。
中学生どころか高校生でも通用する。
朝比奈より大人びているしこれは家庭教育の影響なのかと俺が真剣に悩み始めた時だ。
ぴろりろと俺の横から発せられた電子音が耳まで入る。
ソファに置いておいた携帯の着信音らしい、すぐに応じる。
発信者は涼宮ハルヒと表示されていた。
「どうした。オレの声でも恋しくなったか」
『あんた今日暇よね』
俺の第一声をスルーしたのはさておき人の予定の空きを決めてかかるのはよろしくない。
日中の活動は控えているだけであって日が暮れたら俺も外に出たりする。
今日はすっかり俺の部屋から失せてしまったスニーカー達をしのんで新しい奴を買いに行こうかと思っていたところだ。
暇人と一緒にするな。
『日中暇なら暇人なのよ』
「そう言うお前は暇人じゃあないってか」
『ええ。当たり前じゃないの』
なら何故俺に電話をかけた。
煽りたかったってのか。
それからまくしたてるような涼宮の説明を一方的に聞かされた。
要約するとSOS団で遊ぶからお前来いということだ。
これが涼宮と二人きりなら乗り気だったし、他二人の女子がオプションで来るのもまだ許せただろう。
両手に花に興味はないが悪い気にはならんだろうさ。
だが絶対ハンサムマンが来るのだけは度し難い。
夏休みに何が楽しくてあんな奴の顔を見なければならんのか。
谷口よりはマシだがマシなだけだ。
拒否権がない俺は生返事で了承して友達づきあいなんぞをするはめになった。
じーっと俺を見る愚妹に一言。
「オレはちょっくら出かけてくる」
「えーっ」
「言っておくがお土産はないから心配すんな」
更にぶーぶー文句をたれ始めた愚妹。
オレンジジュースが注がれていたコップはもう空だ。
暇ならどうせ終わってないんだろうから宿題でもやっていればいい。
ついに腹を立てたのか。
「お兄ちゃんのばか。べーっ、だ!」
顔を歪ませてそう言うと愚妹はどたどたと居間を後にした。
自分の部屋にでも引っこんだのだろう。
しかし宿題には手をつけず寝るに違いない。
そして飲み終わったのならコップを自分で片付けなさい。
あいつの今後が心配だ。
――準備を終えてから出発、そして到着までにはだいたい二、三十分ぐらいかかった。
集合場所は北口駅駅前公園であり、俺が着くとそこには他四人の姿が見受けられた。
びしっと俺に右手人差し指を向けて。
「遅いわよ!」
とか開幕早々怒鳴りつけられる。
急な予定にしちゃ迅速な行動だったと思うのだが。
しかも待ち合わせ時間からは十五分も早い。
こいつが文句を言わない世界を誰か俺に教えてくれないだろうか。
夏らしく、俺たちは一様に涼しい恰好である。
約一名休み中だってのにセーラー服を着た宇宙人が目立つがそれがこいつの良さなんだろう。
それでも一応訊かずにはいられない。
「いつも制服だが、お前はオシャレに興味ないのか?」
「……べつに」
そのクールビューティな態度だけで涼しくなれそうだ。
ハリキリガールの妖怪リボンカチューシャとは大違いだ。
涼宮は見ているだけで汗をかきそうな感じだからな。
その熱血女は。
「ペナルティよ。後であんたのオゴリだから」
なにやらこの集まりというのは休日の際、喫茶店に行くのが通例らしい。
駅前にある某店の飲み物一杯分を俺からたかるつもりだ。
俺が田舎のじーさんばーさんからたかった金だぞ。
お前一人なら喜んで出してやるがこれまた古泉は除外しろ。
俺は死んでも野郎に金なんか払わんからな。
「ひさしぶりですね、キョンくん」
俺の名前を斜めにして読もうとキョンとは読めないのに朝比奈にそう呼ばれる俺。
他のクラス連中もだいたいがそうだ。
涼宮と谷口以外の東中出身者も俺をそう呼ぶ。
イジメなんじゃないかとも思えるんだが。
すると俺に向かって白い歯を見せつけながら会釈をした野郎が。
「僕もあなたとはお久しぶりですね。ご機嫌いかがでしたか」
久しぶりと言っても最後に顔を合わせた合宿から一ヶ月も経過していないんだ。
時間感覚まで常人じゃないんだろうかこいつらは。
吐き捨てるように溜息を口から出すと早速といった様子で涼宮は。
「それじゃ、ようやくキョンも来たからこれで出発ね」
「待て」
どこへ行こうと言うのか知らんがな、一つ疑問がある。
俺はさっき電話越しに涼宮から自転車で来るようにと命じられた。
てっきりサイクリングでもするのかと思ったさ。
水着も持参しろとも言われたからプールに行くのかもしれない。
詳しい話は俺も聞いていないからだ。
「で、サイクリングをするには少々疑問が残るメンバ構成じゃあないだろうか」
「どうしてよ?」
どうもこうもあるかってんだ。
自転車なのは俺と古泉だけ。
お前ら女子三人は徒歩にしか見えん。
でなけりゃ自転車を駐輪場にでも置いてきたのか。
「いいえ。あたしたち女子は自転車に乗って来てないわ」
じゃ先に自転車が不要だと言え。
近場に不法駐輪でもするはめになるのか。
こんな俺の愚痴のようなコメントに対して涼宮は呆れた顔で。
「はあ? 男子が女子を乗っければ済む話じゃない」
「人数的に無茶だ。三人乗りに一組なってしまう」
「そう。無茶だけど無理じゃないわよね?」
ジーザス。
夏休みも終わり間近にして無茶なスケジュールが待ち受けているとは夢にも思わなかった。
これもしょうがないことなのだ。