校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第十七話

 

 

我ながらゴリ押しであった。

小一時間ほどかけて――拘束時間をとる分だと言われ追加で飲み物をオーダーされた――涼宮を説得。

不思議は待ってくれないだの五人で探そうとするから警戒して逃げられるから二人なら大丈夫だの、俺自身も市内探索とやらの趣旨をいまいち理解していないが適当に言葉を並べた。

それが昨日の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でもって今日、八月三十一日の午前八時三十分ごろ。

飽きもせずに駅前公園で待ち合わせすることになって向かったのだが、俺が到着すると既にあの女は腕を組んで待っていた。

指定時間は九時なので俺は三十分も早く朝の時間を割いてやったというのにこいつは一体何時から居たのだろうか。

 

 

「自分から呼び出しといて遅れるだなんて信じらんない!」

 

「指定時間には一秒たりとも遅れてないんだが」

 

「あたしより遅けりゃそれはもう遅刻なの。下っ端の団員が団長より遅くてどうすんのよ。とんだ重役出勤じゃない」

 

こいつはきっと自分がどこかの国の女王かなにかだと勘違いしているに違いない。

理不尽この上ない発言をいけしゃあしゃあと口から出せるんだからな。

 

 

「へいへい悪うございやした」

 

「あんたからは成長しようって気概が見受けられないのよ。だからいつも遅刻すんの。わかってる?」

 

言ってることは一人前のようだがそんな崇高な精神がこいつにあればエンドレスなサマーを繰り広げようとはしないはずだ。

正直なところ、俺はこいつのやり残した何かなんてものは皆目見当がつかない。

よって俺は俺がやりたいことをするしかないだろ。どうせループするんだったら一回ぐらい俺の好きにさせてくれ。

いや。

 

 

「……二回目、なのか……?」

 

そうだ。

長門有希は俺たちがこの現象に気付いたのが一万五千といくらかの回数に差し掛かってからと言った。

うろ覚えだが前回と今回の回数間の差はループ初回と俺たちがループに気付いた一回目の回数よりも圧倒的に短いはずだ。

前回ループに気付いた時の俺はどうした。黙っていたままだったのか? 

いやそんなことはないはずだ。似たようなアクションを起こしたはずだ。

ということはアタリを引けなかったってことだ。

このままブラブラ一日を消費するだけじゃ満足しないらしい。

わがままプリンセスだな。

 

 

「ちょっと、なにぼけっとしてんの?」

 

「考え事だ」

 

「ふーん。考えなしに動くよりは頭使った方がいいけどね、重要な事を見落としちゃだめなんだから」

 

こいつの方が説教好きなんじゃないかと最近思い始めたのだがどうだろうか。

でもってまずは探索場所の方針決めとやらをすべく合流早々どこかで一息入れることになった。

喫茶店が二十四時間営業なわけもないのでこんな朝っぱらから行っても無意味である。

かくして俺たちは近場のファストフード店に入ってその一角に現在居るというわけだ。

俺はジュースとフライドポテトだけを頼んだのだが、こいつは朝食でも抜いてきたのかもしくは俺の奢りだからなのか普通のセットメニューを注文しやがった。

そもそも一番遅い奴が奢りって風潮はどうなんだ。

 

 

「で、あんたは何かアテでもあんの?」

 

もちゃもちゃと片手に持ったバーガーをかじりながら涼宮は俺に訊ねてきた。

アテというのはもしかしなくても俺が不思議な何かに心当たりがあるのかということなんだろう。

あるわけねえだろ。いや、あるにはあるがいつぞやこいつに説明した時は信用しなかったしな。

確実な証拠――長門の斥力場やら古泉の赤玉変身やら朝比奈の時間移動――を見せれば別だがそれをするとマズいらしい。

こいつだけが知らないってのもそれはそれでかわいそうなもんだが。

 

 

「ノープランだ」

 

「……バカじゃないの?」

 

「他の罵倒句をそろそろお願いしたいところだな」

 

「ちょっと期待して損したわ」

 

こいつは何を期待したのだろうか。

かくして白昼堂々と不思議探しという体の普通の男女の物見遊山が開始された。

夏休み最後などといったことはお互い気にしていなかったように思える。

駅前通りとは名ばかりの田舎らしく手狭な道路を道なりに二人してあちこちに視線をやりながら進んでいく。

この日は陽射しこそあったがそこまで暑苦しいもんでもなかった。気持ちの問題か。

 

 

「あんたはさ、何かやりたい事はないわけ?」

 

やがてお昼前になると俺たちは探索というか散策にうってつけな川沿いの河川敷を並んで歩いていた。

北口駅からはそこまで遠くないのでどこかのお店に入ろうと思えばすぐに行ける距離というわけだ。

某公園内にある河川敷には桜の木が何本も立ち並んでおり、青々しい新緑の桜並木と化していた。

そんな中、意味もなく徒歩で北上していると涼宮が俺に訊ねたのだ。

やりたいことと言われてもな。

 

 

「夏休みの話か?」

 

「違うわよ。もう終わりなんだから今更そんなこと聞いても無駄でしょ」

 

確かにそうなのだが、お前は終わらせるつもりがないみたいだしな。

むしろ俺の方こそ涼宮のやりたいこととやらについて気になるわけなんだが。

 

 

「そうさな……ま、少なくともそんなもんがハッキリしてる奴は北高にいないだろ」

 

「夢も希望もないのかしら。つまんないわね」

 

「夢ならあるさ……」

 

黙秘権を行使させてもらうがな。

三年前のお前に聞けば教えてくれるだろ。

もっとも俺と三年前に出会った北高生が同一人物とは思わんだろうが。

俺は横顔が仏頂面の変人に向かって違う話題を提供することにした。

 

 

「ところでお前」

 

「なによ」

 

「自分が世界でどれぐらいちっぽけな存在か、って考えた事あるか?」

 

俺はある。

小学生のころサッカー教室に参加した事があってな。

朝も早々にこんな片田舎を飛び出して県をまたいで移動した。

今でこそ引退スレスレなお方だが当時は全盛期だった某有名選手に会いに行くのが目的だったさ。

でもってお遊戯同然の交流会を終えた後にその選手が言った言葉なんだが。

 

 

「よくある、夢は必ず叶うみたいな……そんな感じの言葉だったと思う」

 

子どもに夢と希望を与える存在としては間違ってない在り方なんだろうが現実ってのは意外と厳しい。

俺にはついぞ蹴球の才能なんぞなかったわけだが、恐らくその時俺の他に参加してた連中もそうだろう。

競技人口とプロ選手の割合を考えただけでも嫌になってくる。日本だけで何百万人もいるらしい。

ともすればワールドカップのような大舞台に出られる野郎なんてもっと少ない。雀の涙より小さいに違いない。

絶望的になったことなど数知らず。自分は有象無象の中にある塵一つでしかないのだ。

 

 

「だがな、そんな事はわかりきってる事だ」

 

「……それであんたは他の連中みたいに、普通の面白くもない人生を生きようと思って北高を選んだの?」

 

「さあ、そこんとこだがな……オレにもよくわからん」

 

北高に進学したのは俺じゃないからな。

俺は誰かさんの空いた穴を埋めなきゃいけないってことで北高にいるわけであって。

ただ、俺にもよくわかることがある。

 

 

「某選手が言った、夢は必ず叶うってのは『どんな事でも出来る』って意味じゃあない」

 

「どういう意味なのよ」

 

「きっと、『夢を間違えるな』って意味なんじゃあないか? 餅は餅屋って言葉にもあるように人間にゃ適材適所っつーもんがあるだろ」

 

「それって身の丈相応の夢を持ちなさいってこと?」

 

「きつい言い方をすればそうなるな」

 

でも、それさえロクにできない奴だって世の中には山のようにいるだろう。

些細なものだろうが夢を持たない人間の心などたちまち死んでしまう。

世の中は荒んでいるに違いない。

 

 

「結局のところ、何を選んだかよりどれだけ多くの選択肢があるのかって方がオレは大事だと思う」

 

「勉強するのは視野を広げるためであって、頭がよけりゃその分選択肢も多くなる。……みたいな話ね」

 

こいつと話していると説教臭くなるのはどうしてだろうか。

単純に俺が捻くれているのか、いや、言い訳するでない俺よ。

涼宮ハルヒとまともに会話しようと思えるほど俺は素直になれないだけなのだ。

彼女は負けず嫌いで有名だが俺も俺とて負けず嫌いだ。

 

 

「やりたい事、なんてのは少しずつ増やしてけばいいんじゃあないか」

 

「……ちっぽけな人間に出来る事なんて限られてるわよ」

 

「全部やれとは言わんさ。今回みたいに夏休み中にやりたい事を全部出来たなんてのは稀有なケースだ」

 

「そうね……」

 

この時の涼宮はどこか暗い表情であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼食をファミレスに入って適当に済ませると、午後は午前のスローモードと打って変わって何かに後押しでもされたかのごとくハイスピードで市内、いや隣町までも電車を利用して駆け巡った。

浴衣を買った時に立ち入った商店街で涼宮は何を考えたのか模型店に興味を示し、俺もそれに従ってついていった。

店内のガラスケースに置かれている自動小銃や拳銃――もちろんモデルガンだ――をキラキラした眼差しで見つめて。

 

 

「ねえ、これ使えそうじゃない?」

 

「何に使うんだよ」

 

「部室にあって困らないでしょ」

 

ただでさえ文芸部とは程遠い物がこれでもかと置かれているあの部室にモデルガンを置いてどうしようというのか。

こいつは単身で第三次大戦でも仕掛けるつもりなのか。とんだワンマンアーミーである。

 

 

「模型店に入ったからてっきりプラモデルでも漁るのかと思ったんだが」

 

「あんなもんちまちましてて面倒なだけね」

 

失敬な。

あれはあれで楽しいもんだぞ。

ターンXが発売されるのを今か今かと俺は待っているんだからな。

とはいえスニーカー集めほど熱中はしていなかったが。作ったのも二体程度だし。

まして城や戦車など流石に作ろうとは思えん。

 

 

「さ、次の店に行くわよ」

 

そして惣菜屋の値段にケチをつけたり、次は電器店に入ったかと思うと小一時間ほどかけて中にある商品を全てチェックしていた。

他にも商店街を後にしたかと思えば涼宮が先導してしばらく歩いた先は一人では絶対に足を運びたくないような少々いかがわしい外装のお店。

 

 

「……お前、ここに何の用があるんだ?」

 

「前々から行こうとは思ってたんだけどね」

 

知るか。

隣町の某雑居ビル三階の一角に位置するコスプレ衣装専門店らしいそこは涼宮が部室に置いているコスプレの仕入れ先の一つらしい。

涼宮はネット通販で様々なコスチュームを仕入れているので実際にやって来たのは今日が初とのこと。

そんな情報はさておきビルの廊下で仁王立ちする涼宮と、げんなりしつつある俺。

 

 

「いくらでも待っててやるから見てこい」

 

「あんたも来なさい。やっぱり男性目線の意見も取り入れなきゃね。みくるちゃんをもっと改造しちゃうんだから」

 

服だけでなくカラーコンタクトやウィッグまでも熱心に吟味している。

中学生の時の涼宮からは想像もできないなにかが今の彼女には存在していた。

 

 

 

――だったらWhy、何故?

どうして涼宮は夏休み後半の二週間を繰り返すのだろうか。

こいつに明日はないのか。いや、そんなわけはない。

俺はいよいよ現実逃避したくなった。間違っているのは俺ではなく異端者三人の方なのだ。

そうだ今までのだって壮絶なドッキリにでもしておこう。

なんて風に考えるには今更だった。

 

 

「……ったく、結局なんもなかったじゃないの」

 

夕暮れ時の駅前通り。

右往左往いや奔走に次ぐ奔走の末に、いつしか時間は過ぎていきここらでお開きの時間となったわけだ。

お店というお店を巡ったのだがついぞまともな買い物はしておらず、俺の支出は朝と昼に入った飲食店の分だけであった。

右横にいる涼宮に気を取り直せと言わんばかりに俺は。

 

 

「そう簡単にはお前の望むエイリアンやらタイムトリッパーやらサイキッカーやらは出て来ないらしいな」

 

「当り前よ。あいつらったら逃げ足だけは一人前なんだから」

 

逃げも隠れもせずについ昨日までそいつらと俺たちは顔をつきあわせていたんだがな。

そんなこともいざ知らずに涼宮は今日を終えようとしている。仕方のないことだ。

なんとなく、俺は目の前で溜息を吐いている涼宮に訊ねてみることにした。

 

 

「今日のこれは無意味だったと思うか?」

 

「ええ。何の成果も得られてないし……」

 

流石の涼宮も精神的には疲弊するらしい。

俺も同じだ。みんな同じに違いないんだぜ。

やれやれって感じだ、結局俺は自己満足のために一日を使っただけに過ぎない。

だってそうだろ?

きっと俺は最初にループに気付いた時も今日と同じことをした。

それで満足してくれなかったみたいなんだぜ。

正解ではなかったんだ。俺がやり残した、というか俺がやりたかったことをしただけだ。

 

 

「……ただ、べつに『損だった』とまでは言わないわ」

 

涼宮の苦笑しながら放った一言で俺はハッ、とした。

正解か不正解かはこいつが決めることであって、こっちが勝手に絶望したところでしょうがない。

やがて涼宮はきびすを返して。

 

 

「じゃ、今日はここまででいいわよ。前みたいについてこられても落ち着かないの。一人にしてちょうだい」

 

ゆっくりと、しかし確実に俺の傍から立ち去るべく歩き始めた。

いいや何を言ってやがる。俺は一言も『いい』だとか『充分だ』とか言ってない。

俺の脳内で渦巻く奇妙な感覚は違和感であり既視感でもある。

そうだ。俺は一度、既に同じ体験をしている。

しかしながら今回は違う。

一回目と二回目の決定的な差がある。

 

 

「待て!」

 

こっちを振り向けい、涼宮ハルヒ。

ややうんざりしたような表情で俺に向き直る数メートル先の彼女。

あっちは戻って来る気配がないのでこっちが近寄ることにした。

 

 

「もう……なによ!」

 

「しておきたい話があってな。もう少しばかり同行させてもらえねえか」

 

「……いいかげんにしてよね」

 

そう言いながらもこいつはNoを出さなかった。

再び並んでの徒歩を再開することに。

 

 

「お前が前に興味ないとか言った恋愛の話だ」

 

「今度から耳栓を常備しといた方がいいのかしら」

 

「大した話じゃあない。……知ってもらった通り、オレは好きな奴がいるんだが、頃合いを見て告白でもしようと思っている」

 

「……あっそ。うまくいくといいわね」

 

何をこいつは不機嫌になっているのだろうか。

中坊の涼宮は応援してくれたんだがな。

 

 

「問題はその頃合いだ。いつがいいんだろう」

 

「そんなのあんたの好きにすればいいじゃない。いつやろうが結果は変わんないから」

 

「だろうな。きっとうまくいく」

 

「ふん……」

 

残念なことに決行日は今日ではない。

数日前に古泉が言っていた通称アイラブユー作戦を、今、ここでやってもいい。

やってもいいが他に手段があるかもしれないのにどうしてそれを探そうとしないんだ。

なにより俺はこいつに言ったではないか。お前の髪が長くなってから、ってな。

今はまだ中途半端な長さでしかない。肩から先にようやく行くかどうかって感じの長さだ。

 

 

「どうしてお前はそんな無愛想な態度しかとれんのかね」

 

「あたしの勝手でしょ」

 

そうだ。

お前は昔からそういうふうに生きてきた頑固な女だった。

だのに気がついたら野郎にキスされた程度で心変わりするくらいにちょろい女の子になっていた。

 

 

「お前はオレより頭がいい」

 

「あんたが馬鹿なだけね」

 

「女子のくせしてオレよりスポーツセンスもいい」

 

「根性ナシね」

 

「おまけに容姿端麗ときた。はっきり言ってオレがお前に勝っているところなんて社会的には存在しないだろうさ」

 

でも、どうしてだろうな。

ループ現象のことを知ったからだろうか。

 

 

「オレは全っ然お前を羨ましいとは思わん」

 

「……だから?」

 

「お前、もしかして自分が他人より優れているから周りを見下して一匹狼でも気取ってるんじゃあねえか? いや、そうだね。オレはそう思うね」

 

「売られた喧嘩は買うわよ。近くの公園に行きましょ。……安心して。あんた、人を怒らせることに関してはあたしに勝ってるみたい」

 

ギロっと睨む涼宮。

その程度でビビる俺じゃないぜ。

 

 

「中学時代に何人も男と付き合ってたみたいだな」

 

「付き合ってるうちに入るのかしらね。みーんな普通の野郎だったわ。で、あんたは何発あたしのパンチを受けて立っていられるの?」

 

「知るか。その男どもは例外なくお前から振ったってことらしいがな――」

 

まさか俺がこの女と喧嘩をするつもりなどない。

昔から言うではないか。逃げるが勝ち、と。

再三言わせてもらうが俺だって負けず嫌いだ。

 

 

「お前みてーなブスなんかに誰が付き合ってられるかよ!」

 

「……なっ、なによ! あんた死にたいみたいね――」

 

「うるせえ口だけ女! 散々オレを馬鹿と罵ってるが、馬鹿って言う方が馬鹿なんだぜバーカ! 文句があるなら明日言いやがれ!」

 

俺は多少の衰えを感じつつも未だに速かった己の足で一目散に退散。

自宅まで遁走し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

朝、目覚まし時計が鳴り響くよりも早く俺の布団はひっぺがされた。

 

 

「朝だよーっ!」

 

ぽかぽか俺の脚や腹を叩いたり俺の腕を引っ張ったりしている愚妹の仕業だ。

どうしてこいつは落ち着かないんだろうか。

 

 

「……顔は洗ったのか」

 

「もう洗ったよ?」

 

「なら二度寝でもしてろ。とりあえずオレの部屋から出てけ」

 

ぶーぶー騒がしい愚妹を追い出すと、俺は目覚まし時計のデジタル表示された日付を確認する。

俺の勘違いでもなく、また俺の目に狂いでもない限り、今日が九月一日と俺は認識した。

どうやら箱の中にあったハズレクジが底を尽きたらしい。

最後の一枚がアタリだったのだ。とでも思わなきゃやってられん。

一ヶ月ぶりの通学路に感動の一つでもあればよかったが俺は急こう配の長ったらしい坂道を相手に感動するような変人ではない。

かくしてこれから俺の通算二度目の高校一年生としての生活も二学期を迎えた。

 

 

「しっかし夏だってのに箸にも棒にもかからない女ばかっただったぜ」

 

「谷口さあ、その言葉の使い方間違ってるんじゃないの?」

 

始業式を終えてクラスに戻っていく廊下で野郎二人が何か話していたが俺はそれどころではない。

一年五組の教室に到着すると、さっさと全員が自分の席についた。それから数分後に担任がやってきてホームルーム。

わざわざ学校に行く意味があったのかってぐらい何事もなくこの日の放課後が訪れた。

で、帰りのあいさつが済むと俺は後ろをちらっと見た。

 

 

「……」

 

いつもならばさっさとどこかへ消えてしまうのだが涼宮は座ったままそっぽを向いていた。

清掃員のオッサンが休み中に大掃除をしてくれたおかげでこの日の掃除当番は無し。

とはいえたむろするのもいかがなものかね。

 

 

「調子はどうだ?」

 

「……あんたと話すことなんかないわよ」

 

「そう言うなって。ほんの冗談だったんだ」

 

「ただの暴言ね。今すぐに謝罪と賠償を要求するわ」

 

どこまでも涼宮の声は冷淡なものであった。

そんな様子を見て、不謹慎ながら俺は笑いそうになった。

 

 

「夏休みボケってあるだろ。お前がそれに引きずられないように手助けしてやったのさ」

 

「はあ?」

 

「頭の血の巡りがよくなっただろ? おかげで二学期もいいスタートダッシュが切れそうじゃあないか」

 

「……あたしは猛烈に激怒してんの。それを抑えているのはあたしの理性が宇宙一素晴らしいものだからと言っても過言ではないわ」

 

その後も小一時間ほど小言を言われ続けた俺なのだが、何を言われたかはもう覚えていない。

最終的に涼宮は気が済んだのかなんなのか。

 

 

「ま、いいわ。この落とし前はしっかりつけてもらうから覚悟しておきなさい」

 

と邪悪な笑みを浮かべていつも通り教室を後にした。

疾風のような女であることには間違いない。ともすれば人間台風だ。

俺もとりあえず部室へ向かうとしよう。

 

 

「ふふっ。ご苦労様」

 

クラスメートの委員長からそんな声をかけられた気がするが、どうでもいいことである。

部室棟の文芸部部室には宇宙人女こと長門有希の姿はなかった。

無理もないだろう。単純計算してみたが、考えたくもないくらいの途方もない日数だ。

そんな中で記憶を引き継ぎながら同じことの繰り返しをし続けていたらしい彼女。

正気じゃいられないだろうし、疲れない方がおかしい。

ただ何とも言えない。俺にはどうすることもできないからだ。

しかし部室には長門がいない代わりにしては彼女の代役になどなってほしくもない奴が居たが。

 

 

「どうも」

 

パイプ椅子に座りながらハンサムな笑顔を俺に見せつける古泉一樹だ。

仕方がないので俺は長机越しにそいつの向かいに座る。

 

 

「いやあ、お見事としか言いようがありませんね」

 

「……さあな」

 

「僕はあなたが具体的に何をなさったのかまでは知りません。涼宮さんを四六時中監視するわけにもいきませんからね。もちろんあなたにとっても余計な監視の目など不快でしかないはずだ。その代わり、あなたたちが安全に生活できるよう梅雨払いをしていますのでどうぞご安心ください」

 

「具体的には?」

 

「あまり聞いていて愉快な話にはなりませんよ。何事も穏やかが一番でしょう?」

 

どうやら『機関』の連中は物騒なことをしているらしい。

確かに考えるだけ落ち着かないものではあるが、物騒なことをせざるを得ないって方が俺は恐ろしいね。

きっとそれは涼宮を狙っている連中がいるってことなのだろう。

腹立たしい。何も知らないあいつに対して責任を押し付けないだけSOS団の異端者三人はマシな連中なんだろう。

 

 

「あいつは何をやり残していたんだかな……」

 

「僕が思うに、もしかしたら彼女はやり残した事などなかったのかもしれません」

 

「おいおい。それじゃあどうして八月を延々ループさせてたってんだ」

 

「さあ? 重ねて言いますが、彼女に訊ねてみてはいかがでしょうか。この夏にやり残した事はなかったか、と。きっと彼女は『ない』と答えるはずですよ」

 

他に理由があるならそれは何だって話なんだがな。

いや、本当は俺は薄々感付いている。

だからあいつを煽るような発言をしたのさ。

 

 

「お前さんには絶対に教えてやらんがな」

 

「なるほど。二人だけの秘密というわけですか? なかなかロマンチックですね」

 

「言ってろ」

 

中坊涼宮は、俺に告白するならクリスマスにしろと言った。

きっと告白のタイミングなんていつでもいいってスタンスは今も昔も変わりないんだろうさ。

ただ、俺の自意識過剰かもしれないが、あいつはいずれ俺に告白されるのが不安だったんだ。

素直に受け入れる勇気があったら世界を創り変えようとはしないさ。

だから俺から逃げるように八月の中に閉じこもっていたんだ。

俺があいつに素直になれないのと同じで、あいつだって相当な捻くれ者でへそ曲がりで変人だ。

そんな涼宮ハルヒを振り向かせるには普通の方法が一番だってことなんだろう。

 

 

「……オレだけを見ろ、ってな」

 

古泉にも聴こえないくらい小さくかすれた声で俺はそう呟く。

部室の窓際の端に立てかけられる形で安置されている七夕の時に用意した竹はもうとっくに葉っぱが枯れてしまっている。

そこに、しぶとく短冊だけが未だに何枚も結び付けられていた。

 

 

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