校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第十九話

 

 

『ステイ・ハングリー、ステイ・フーリッシュ』という有名な言葉がある。

どこぞの実業家がスピーチの最後を締めくくるのに言ったそうだが、よくも悪くも涼宮ハルヒという人物はこの言葉に相応しい人間であった。

まるで飢えたライオンさながらのハングリー精神と言わずもがなの分別のつかなさ。

間違いなくあいつは変人で、そんな奴にどこまでも惚れていた俺は馬鹿であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涼宮が映画を作るなどと言い出した翌日の放課後。

詳しい話とはなんぞやと思えばなんてことはなかった。

部室に先回りしていたらしい涼宮は俺の到着を視認するや否や手に持った伸縮指示棒をぴしっと俺に突きつけ。

 

 

「あんたの仕事はここに書いてあるから」

 

と俺の右側にあるホワイトボードへ指示棒の先端をかつんと当てた。

そこには団員各々の名前――俺は本名ではなくあくまでキョンらしい――と仕事が簡略化されて書かれていた。

何々。

 

 

「……助監督、撮影、編集、荷物持ちに……その他雑用だと?」

 

「ええそうよ。あんたは超監督であるあたしの右腕としてこき使ってあげるわ。たっぷり感謝なさい」

 

主演女優が朝比奈で主演男優が古泉らしいその映画とやらの脇役は長門ただ一人だけらしく早い話が役者が三人しか書かれていない。

どうすんだ。

 

 

「野球大会の時みたいに適当に引っ張ってくりゃいいのよ」

 

三三五五の集団で映画を作ろうってのが土台無茶な話なのだがその辺をこいつはきっと認識できてないんだろう。

いや、学生が自主制作するレベルの映画なのだから人数の多さはそこまで関係ないだろう。

ところで他に部室にいたのは朝比奈ぐらいであり長門と古泉はクラスの方が立て込んでいるらしい。

我が一年五組とて暇ではないのだろうが、そもそも俺は喫茶店ということしか知らない。

興味がないのでどんなサービスを提供するかなども知らないというわけだ。

結局ロクな説明を受けれなかったのだが、朝比奈はおずおずと挙手をして。

 

 

「あたしが主役で大丈夫なんですか……? それにキョンくんだって映画に出たいんじゃ」

 

「いいのいいの。こいつが画面に映っても誰も得しないんだから」

 

酷い言いようではなかろうか。

思うに涼宮は俺が逆らうつもりがないのを見越してあれやこれをふっかけてきている気がしてならない。

ところで、映画作りに必要なものが今の俺たちには具体的に二つ不足していた。

まず一つ目。カメラである。

 

 

「これから調達しに行くわよ」

 

「調達だと? まるでスーパーマーケットに買い物にでも行くみたいに言ってくれるがビデオカメラ一つ買うだけで文芸部にあてられた費用は消し飛ぶと思うんだがな」

 

「その辺はぬかりないわ。まあタイタニック号にでも乗ったつもりであたしに任せなさい」

 

ふふん、といつも通り息巻いている涼宮だがタイタニック号と泥船だったらはてどちらが沈没しないのだろうかと俺は考え始めた。

かくして俺たちは部室を後にして長門と古泉を除く三人で学校外へ行動することに。

言うまでもなく朝比奈はメイド服などではなく制服姿だ。あんなんで往来に出られたら変態女だ。

急こう配な坂道が長ったらしく続いていることに定評のある北高から離れて先導する涼宮についていくとまず市内の私鉄ターミナルこと北口駅にやってきた。

駅に行くということはそれすなわち電車にのるということであり、三駅分移動したその先は駅前通りを突っ切った先に商店街がある例の駅であった。

この時点でまさか、と俺は思い始めていたのだがそのまさかだった。

ついに商店街の中にまで入ったかと思えばどこか見覚えのある電器店の前で涼宮が立ち止り。

 

 

「ここよ」

 

指差す先もまた電器店であった。

はぁ、特別大きくもなければここも例外なく時代の流れにのまれそうなシケた店なのだが値段も特別安くもない。

生き残るつもりがどこにあるのかわからないこんな店――店名を大森電器店という――に頼るよりももっといい店はいくらでもあるはずだ。

なんなら隣町まで行けば大手チェーンの家電量販店が駅から十分ぐらいの場所にあったはずだ。

 

 

「だめよ。そんな安っぽい店に頼ってるようじゃまだまだなの。SOS団は地域社会に貢献するのよ」

 

「チェーン店なめんなドサンピンが」

 

「もう、いいからあんたはそこでみくるちゃんと待ってなさい。あ、これ持っててね」

 

と早速学生鞄を持たされるという雑用っぷりを発揮させられた俺とその横で棒立ちの朝比奈。

眼鏡をかけたおっさん店長と涼宮が何か語り合っているのをただ遠くで眺めていた。

 

 

「涼宮さん、本当に大丈夫なんですかね……?」

 

朝比奈が何を心配しているのか知らないがむしろ俺は柔和な笑みを終始絶やさないあの人の良さそうなおっさん店長の方が心配だ。

涼宮の相手をしているだけでハゲてしまうかもしれんぞ。どうなってもしらんぞ。

そんなことを考えながら数分が経過した。すると涼宮は満面の笑みでこちらに引き返してきた。

 

 

「むふふふふ……どじゃーん!」

 

やたらテンション高めな彼女が両手に抱えていた箱は、その箱に描かれている画像が間違ってない限り某メーカが販売するデジタルハンディビデオカメラのそれであった。

なあ、どうやったらこんなもんがタダで貰えるんだ? こいつが金を払っている瞬間を俺は見なかったんだからな。

もしや変な書類にサインしてないだろうな。後で身体で払うとかってのもナシだぞ。

 

 

「なに馬鹿なこと言ってんのよ」

 

曰く映画を撮りたいから寄越せと言ったらくれたとのこと。

なんだそれは。願望を実現する能力とやらであのおっさんの精神は操作されてしまったのか。

何でもありかよこの女は。

いや、驚くにはまだ早かった。

お次に涼宮が向かったのは同じ商店街に並ぶ一件の模型店。

 

 

「お前、まさかあの時『使えそう』とか言ってたのは……」

 

「何事も下準備が大切ってことよね」

 

お前がやったのは冷やかしという体の下見だろう。

その模型店はかつて夏休み最後の日に俺と涼宮が足を運んだ場所の一つであり、ともすればこいつはモデルガンをこの店から頂戴するつもりらしい。

一体全体、どんな映画を撮るつもりなんだ。

 

 

「……ま、今日のところはこれでいいでしょ」

 

そんなこんなでヤマツチモデルショップという店名らしい模型店からものの数分で50口径とは名ばかりの豆鉄砲二丁を獲得したのであった。

ビデオカメラ含め荷物持ちはいぜんとして俺の役目である。

しかも学校に戻るのが面倒なので明日まで俺の家で預かってろときた。

鼻歌を歌いながら気分よく商店街を後にしていく涼宮の後ろ姿に対して俺は。

 

 

「ここいらでお前に訊いておきたい事があるんだがよ」

 

「何かしら?」

 

「その映画とやらのテーマを教えてくれんかね。後、脚本はどうなっている」

 

「心配しなくていいわ。ちゃんと全部あたしの頭の中にあるから」

 

映画以前の問題であった。

きっとこいつを露伴先生が能力で本にして読んだら絶叫して感動するに違いない。

そしてすぐに涼宮ハルヒが主人公の漫画が描かれるようになるのさ。

題名は【リボンカチューシャの少女】だな。

 

 

「どうやら馬鹿丸出しはお前の方らしい」

 

「なに? 文句あんの?」

 

「監督は大人しく監督業だけに専念すればいいじゃあないか」

 

「だったらどうしろってのよ」

 

じとっとした目線で立ち止りこちらを振り向く涼宮。

自分が見られているわけでもないのに朝比奈は「ひっ」と怯えた声を上げた。

こんなちんちくりん――胸だけ一人前――に主演女優を張らせるのがどれだけの無茶振りなのか。

俺は目の前の変人に対して自信満々に言ってのけた。

 

 

「シナリオだがな、オレに任せろ」

 

どうせ作るの少しでもならマシなものの方がいいではないか。

しかしながら俺がこう言うや否や涼宮だけでなく朝比奈からも唖然とした表情で見られたのだが何故だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういえばこの日、文芸部に割り当てられた費用は使わずに済んだのだが、ついぞ俺はそのお金がどこへ消えたのかなど知らないままだ。

気がついたら唯一の文芸部部員こと長門の管理下ではないようで、余計な詮索はしなかったが涼宮が着服したに違いない。

どこまでも悪逆非道の限りを尽くしているようにしか見えないのだが、これで王道を行く映画を作ろうってんだからちゃんちゃらおかしい。

 

 

「……ふーん」

 

で、翌日学校に到着した俺は一晩で考えたプロットを早速後ろの監督殿に見せてやった。

ルーズリーフ一枚に書かれたそれは涼宮が昨日俺に見せたキャスティングよりはいくらかまともなものであることを補足しておく。

 

 

「どうだ?」

 

「あたしが考えているものとは違うけどね。……いいわ。たまには下っ端の意見も尊重してあげないとね」

 

なんだかんだで素直なところがあるのがこいつの可愛さである。

中一の時、俺はこれにやられてしまったわけだ。

 

 

「ただし監督はあくまであたしなんだから、あたしのやり方に従ってもらうわよ」

 

「お好きにどーぞ」

 

「そうと決まればさっさと形にするだけね」

 

ところで涼宮は脚本と台本の差がよくわかってなかったようなので俺が説明したのだが、どっちも作ればいいじゃないなどと簡単に言いやがった。

事実、そうするべきなのは違いないものの俺の認識は甘かったとしか言いようがない。

頭でこそ涼宮には変態的超自然的スーパーパワーが宿っているのだと知らされていたが心で理解していたのかと言われればこの時の俺はそこんとこ未だに微妙であった。

 

 

「じゃ、他のメンツの出演交渉もあんたに任せるわ」

 

こいつの脳内には監督業や映画撮影という仕事がとんとん拍子にいくもんだとインプットされているんだろう。

すっかりやる気の涼宮なのだが、できれば出演交渉ぐらいはお前がやってほしいもんだったんだがな。

そうして昼休みが訪れた。

アホの谷口や馬鹿の巣窟になんでいるのかわからない国木田と飯をつつくのにも慣れたもんではあるが、俺はこの日昼食を取るよりもオファーを出すことに追われていた。

初っ端から話しかけにくい相手であるそいつは何が楽しいのか女子の群れの一人であり、中心人物でもある。

そんな中にいる奴にこの俺が声をかけるのだから、いよいよ俺がトチ狂ったのではないかと他の女子連中に思われたのだろう。生暖かい視線が俺に集中した。

とりあえず廊下で話をしようとだけ言って俺はそいつを引き連れて教室を出て今に至る。

 

 

「……私になんの用かしら?」

 

長門とは違い表情豊かな宇宙人こと朝倉涼子。

本能的に俺は彼女の危険性というかなんやかんやを察知しているらしくあまり相手にしたくないのだが弱音を吐いてもいられない。

さっさと話をつけることにする。

 

 

「涼宮が映画を撮りたがっていてな。それでお前にも出演してくれないだろうかという事だ」

 

「映画? あなたたちはいつスタジオを設立したの?」

 

「オレに訊くな」

 

そんなもんなくてもあいつは手当たり次第に近くの人間を巻き込むだけ巻き込んでやってのけるだろう。

事実として今まさにそれが行われようとしているのだ。曲がりなりにも宇宙人なら協力しやがれ。

 

 

「クラスの話し合いに参加してないと思ったらそんな事しようとしてたのね」

 

「で、引き受けてくれるのか? 無理なら涼宮を連れてくる事になるだけだが」

 

「知っての通り平日は忙しいからあなたたちの集まりに参加できるのは主に土日ぐらいになるけど、それでも構わないならいいわよ」

 

委員会やらクラス企画やら、忙しい原因は自分でほいほい引き受けたからだろうに。

こいつも大概な変人なんだろうが他の連中からすれば太陽みたいな存在に見えるのかね。

俺には何がいいのかさっぱりわからんよ。

とにかくこうして朝倉涼子を巻き込み、ついでと言わんばかりにもう一人部外者が巻き込まれた。

朝倉をクラスへさっさと帰すと次に俺は二年二組の教室へと足を運んだのだが。

 

 

「なんだいキョンくんっ? あたしに話でもあるのかなっ?」

 

朝比奈づてに呼び出したお方は野球大会の時に顔を合わせた彼女の友人の鶴屋であった。

どうせ朝比奈をメインで置こうというのならフォロー役が居た方がいいだろうという俺なりの申し訳程度の配慮である。

涼宮が言うことにはアクションシーンが重要らしい。朝比奈一人では荷が重い。

 

 

「今度の文化祭でSOS団で映画撮影をするんだが……」

 

「ああ、みくるから聞いたよっ。ハルにゃんも面白いこと考えつくよねー。映画研究会でもないのに映画撮ろうだなんてキミたちぐらいじゃないかなっ?」

 

げらげらと廊下で笑い声を上げる鶴屋。

ちなみに俺は朝倉涼子よりは彼女の方がまだ好きである。

涼宮も鶴屋くらいの人当たりがいい性格に落ち着けば変人度合いも校内一とはならないだろうに。

 

 

「なら話は早いな。お前さんにも出てもらいたいんだが」

 

「いいよ」

 

予想はしていたが快諾であった。

彼女も涼宮同様にお祭りごとが大好きな人種なのだが他人を巻き込もうとして何かしないだけでこうも違うのか。

もし俺が鶴屋と同い年で中学校からの顔馴染みであったのならば攻略を真剣に考えていたかもしれんな。

 

 

「うちのクラスは焼きそば喫茶やるんだけど、あたしの仕事は当日だけだからねー」

 

一年五組とは大違いで役割分担やら話し合いがままなっているんだろう。

ますます朝倉涼子が哀れな存在だが俺は悪くない。悪いのは谷口に代表されるアホな連中なのだ。

無能な奴は不要なのがこの世界の掟なのさ。

 

 

「でさあ。どんな映画なのかなっ?」

 

「そうだな――」

 

映画の内容自体は普通のものを考えている。

アクションとかなんとかあるが、結局のところは勧善懲悪。

でもって朝比奈と鶴屋の二枚看板からなる構成であり、まあ、わかりやすく言えば。

 

 

「――脚本はまだだが、【映画 ふたりはプリキュア Max Heart】みたいな素晴らしい作品が出来上がればいいと思っているぜ」

 

それから数分間も鶴屋に笑われ続けて俺の昼休みは終わったのであった。

何故だ。

 

 

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