校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第二十一話

 

 

思い返せばこの映画撮影は何かのきっかけになったのかもしれない。

俺にとってでも涼宮にとってでもない。

もっと別の誰かさんにとっての話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

秋、いや暦の上では既に冬ということもあって陽が没する時間帯は前のめりになりつつあった。

もっとも夕焼けなどどうでもいい俺は帰宅して部屋に戻ったらさっさとベッドに身体を預けてしまいたいぐらいであった。

そんな俺を待ち構えていたかのように三毛猫シャミセンがゆっくりと玄関先にやってきて外靴を脱いでいる俺を見つめている。

 

 

「何か話したい事でもあんのか」

 

にゃー、と普通の猫らしい返答が帰って来たがこれはおそらく肯定なのだろう。

愚妹の遊び相手と化していたシャミセンであるが当然愚妹はこいつが喋ることを知らない。

もし知られたらどうなってしまうことやら。

俺は逃げるようにシャミセンを確保してさっさと部屋に引っこんだ。

 

 

「……この家では『にゃあ』以外の言葉で喋らないでほしいと言ったはずだが」

 

『キミのことが少々気になったものでな』

 

朗らかなバリトンボイスがまさかちょこんと佇む三毛猫から発せられるとは誰も思わないだろう。

猫のくせに【忍者ハットリくん】に出てくる忍者犬の獅子丸みたいな声なのが気に入らないが。

こんなことをしでかした涼宮の頭をどこぞの研究室に送って解剖してもらえばそれだけで人類の進化に繋がるかもしれんスペクタクルだ。

俺は学習机の椅子に座って、床にいる三毛猫を眺めながら。

 

 

「気がかりってのはどういうこった」

 

『猫に九生ありとはよく言うが、流石の私もキミたちに捕まった時は生きた心地がしなかった』

 

「野良なんだからたくましく生きろよ」

 

『私は珍しさから追い掛け回されることもしばしばあったが、あの時は遁走を図る気にもなれなかった』

 

「どうして」

 

いっそ逃げてくれた方が良かった。

猫が発言権が欲しかったとも思えないし。

シャミセンは後ろ足で身体をかいてから。

 

 

『キミたちのほぼ全員が私より数段希少な存在だったからだ。もし敵対したならば命がいくつあっても足りないだろう』

 

「……なんだって?」

 

『キミもそうだろう。まるで近くて遠い隣のような場所からやって来たような存在だ。私は今までキミのような人間を見たことがなかった』

 

「お前は何故そんなことがわかる。猫は全員そうなのか」

 

『私ぐらいだと自負しているが』

 

なんてこったい。

この猫は俺がこの世界とは違う世界の住人だったってことを見抜いているらしい。

きっと涼宮の変態的パワーや古泉の超能力や長門と朝倉のスピリチュアルオーラや未来人朝比奈のことだって知っている。

確かに俺もそんな連中に囲まれたら逃げる気をなくす。殺されるかもしれん。

 

 

「涼宮からお前を歓待するように言われている。今のとこはオレもお前を売りさばこうとは考えちゃあいないからここにいたけりゃいればいい」

 

『ご厚意に預かるとしよう』

 

「後は妹と仲良くしてやってくれ」

 

『……そうか、キミは……』

 

シャミセンは何かをぶつぶつ呟いたと思ったらそれから黙ってしまった。

ところで猫の去勢について俺は詳しいことがわからんからどうするべきなんだろうか。

スプレーをしないようにきつく言っておけばなんとかなると信じたい。

この三毛猫も立派な異端者だからな。それぐらい融通が利くだろ。

 

 

 

それから数日後、俺の必死の編集作業の甲斐あってどうにか映画という体裁だけを取り繕った映像が完成した。

SOS団の団長席に何故か置かれているパソコンには動画編集ソフトが入っており、チャチな特殊加工もしておいた。

後はDVDにでも焼くだけだ。長時間かかってしまうがこれまでの苦労よりは短い時間さ。

 

 

「……ふぅ」

 

いよいよ文化祭も明日なこの段階の放課後にクラスをほっぽり出しているのは俺と涼宮くらいだろう。

異端者三人は文芸部部室に来ていない。

連日の昼休み返上で完成したそれを涼宮に見せつける。

彼女は長らくじーっとディスプレイにかじりついていた。

 

 

「どうだ」

 

「……もうちょっとどうにかなんないの?」

 

「具体的に言ってみろ」

 

するとえらく具体的に、このシーンはこんなビジュアルエフェクトを追加しろ、だのここの音声編集が甘い、だのアマチュアのくせしてやたら偉そうな指摘が二つ三つにとどまらずに涼宮の口から飛んできた。

ジーザス。

 

 

「お前、文化祭は明日なんだぜ。DVDに今日焼いて明日の朝一で映研に渡すので手一杯だろ」

 

「だから?」

 

「そんなことしてたら間に合わんと言っているんだが」

 

「いいからやってちょうだい」

 

「最善を尽くしたが我々の技術ではこれが限界だ」

 

三文芝居に登場するような情けない医者が吐くような台詞を涼宮に浴びせた。

俺も帰って一休みしたいところなんだよ。

涼宮はびしっとつき出した人差し指で団長席に座る俺の額をぐりぐりしながら。

 

 

「泊りがけでやれば出来るでしよ」

 

「お前の中ではこれが未完成なんだな?」

 

「うん」

 

しょうがねえ。

ここまでくれば立派な精神病だがこの女に頼まれたとあってノーを出すのは難しい。

マジックアワーが外を支配しつつある今ならまだ誰かの協力を得られるかもしれないからな。

 

 

「……あたしも手伝ってあげるんだからね」

 

一人じゃ無理ってこった。

まあ泊りがけと言えど編集に関して言えば本当に日をまたいでの作業とはならなかった。

作品としての下地はあったのだから後は自分との戦いだ。

涼宮はすぐにダウンして長机に伏していた。彼女は何を手伝ったんだろうか。

時計の針も午後十時を刻み始めたかという時に涼宮を揺り起こし、寝ぼけていた彼女が覚醒するまでワンクッション置いてから最後の確認。

 

 

「ま、ギリギリ赤点回避って出来栄えだけど……いいわ。あんたが頑張ってくれたみたいだし」

 

とにかっとした表情で言ってくれた。

そうだ。この一言のためだけに俺は大して思い入れもない映画の仕上げをしていたのだ。

むしろ泊りがけの作業になった要因は編集ではなくDVDに焼く作業であり、いっそのことパソコンの電源を付けたまま帰りたかったのだが万が一に失敗したら困る――それに誰かに電源を落とされるかもしれないし――ので俺と涼宮は結局学校で寝るはめになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところで涼宮によってかき乱された現実世界をどうやって修正したのか。

よもや夢オチなんかで映画を片付けてしまったらそれこそあいつは怒るだろう。

涼宮ハルヒは無意味なバッドエンドの次に嫌いなのが夢オチであった。

 

 

「なるほど。盲点ではありました」

 

涼宮が映研に乗り込んでいたあの日、俺は簡単に奥の手を説明した。

なんてことはない。かねてより考えてはいたことだ。

古泉は適当な相槌を打ってから。

 

 

「涼宮さんにも出演していただく。そういう手段が残されていましたね」

 

シンプルな話だ。

あのやんちゃ女が現実と妄想をごっちゃにしているのは彼女が映画監督という立ち位置だからだ。

映画の中なら何やっても許されるという思いは、現実に立っている涼宮に起因するもの。

ならばあいつも映画の中に引きずり込んでしまえばいい。

 

 

「……チョイ役の予定だがな」

 

「現実と虚構の境界線を彼女にまたいでもらうことによって明確化しようというわけですね。いい作戦だと思いますよ。もっとも問題は……」

 

わかってるさ。

ちらっと朝比奈と長門を見るも、この二人じゃ無理だろうし古泉でも無理だ。

涼宮の相手は俺の役割らしいからな。

 

 

「オレが涼宮に頼み込めってことだろ」

 

この翌日に俺は涼宮に映画に出てくれるように依頼した。

校舎の階段を駆け登った末にある屋上、へ出るためのドアの前でマンツーマンの対話だ。

ちなみに屋上へ行こうにもそのドアは普段施錠されているので勝手には行けない。

四階より上の階段は美術部の倉庫扱いとなっていてよくわからない資材があちこちに散乱しており手狭かつ薄暗い半ば閉鎖された空間であった。

そんな場所で俺は絶賛土下座中だ。

冷たい床に頭を擦り付けながら。

 

 

「この通りだ……」

 

「監督のあたしに出ろっての?」

 

「そういう映画だって世の中には山のようにあるんだぜ。なんなら監督が主演張ってるのだってある」

 

ところでみなさんは土下座という行為がどういったものか理解しているだろうか。

某銀行の常務は土下座に関して「情に訴えるだけのくだらないパフォーマンスだよ何の意味もない」とか言っているがそんなはずはない。

土下座とはすなわち頭を下げるということであり、頭を下げるとは低空姿勢であること。

裸の王様な涼宮をその気にさせるぐらいはわけない。

それから更に数分間の問答の末。

 

 

「……しょうがないわね。いいよ、オーケイしてあげる」

 

どうにかこうにか了承を得たわけだ。

 

――さて、文化祭当日について語る前にもう少しだけ他の話をさせてほしい。

いざ編集作業を残すのみといった大詰めの段階になって俺は異端者三人からそれぞれの持論を押し付けられたのだ。

まず最初は古泉一樹。

何の巡り合わせかある日の部室はこいつと二人きりであった。

俺がディスプレイを睨んでいるとふいに彼は語り始めて。

 

 

「ここらであなたには念押ししておかねばなりません」

 

「……何だよ」

 

「涼宮さんとそれを取り巻く環境について、です」

 

野郎の方を窺う。

彼はプロブレム本片手に一人寂しくチェスをしていた。

 

 

「今回の件でも発揮されたように彼女には願望を実現する能力があります。彼女が一点の疑いもなく本気で願えば次の瞬間に地球の自転は逆回転することでしょうね。そこに既存の物理法則は一切通用しません。何が起こるかもわかりません」

 

「それで?」

 

「神にも等しき力ですよ。こんなことを良からぬ人間が知ったらどのようなことを考えるか……そのような輩が彼女を日夜狙っているのが現状です」

 

「……気に食わねえな」

 

度々それとなく言われていたが、実際に水面下では血みどろの抗争が行われているそうだ。

俺や涼宮があずかり知らぬところで誰かが犠牲になっている。そんなもんだ。

 

 

「わざわざオレに念押しする必要がどこにあるって? お前さんだってオレに言わせりゃあ気に食わねえ連中の一人なんだぜ」

 

「簡単に言いますと、あなたには覚悟があるのかということです」

 

古泉は黒のルークをa8からh8に動かす。

b7の白のポーンを手に取って、次の一手を思考しているらしい。

 

 

「我々『機関』の考えと長門さんや朝比奈さんの考え方はそれぞれ異なります。本来であれば僕たちがこうして一堂に会しているのは奇跡としか言いようがないほどにあり得ないことなのですよ」

 

「涼宮が願ったから、じゃあないのか?」

 

「結果論ではそうなります。僕たち三人が異なるのはその過程なのですよ。涼宮ハルヒというブラックボックスの中身のね」

 

そうかい。

覚悟とか言うのはどっかの漫画だけで充分だろうに。

 

 

「あなたは彼女に好意を抱いている。彼女の方もそうでしょう」

 

「だからどうした」

 

「もし、宇宙人と未来人と超能力者が敵対関係になり、我々の関係が崩壊したとして――」

 

古泉は白のポーンをb8へ。

ポーンはクィーンにプロモーション。

 

 

「――あなたは彼女を我々から守ることが出来ますか?」

 

さあな。

お前さんたち『機関』は涼宮のための集まりだって俺は聞いたんだがな。

なら、そのチェスの盤面について言わせてもらうが。

 

 

「お前が白か? だったら次の一手で白はチェックメイトをかけられる。成り上がる暇があるならキングを逃がすんだな」

 

白のキングはg1に置かれていて彼を守る部下はまばらになっていた。

黒のクィーンがh3で待機しているこの状況。次に黒がクィーンをh1まで動かせば終わりだ。

キングが反撃しようにも黒のルークが後ろに控えている。

 

 

「おや。……本当ですね。では、仕切り直しと行きましょうか」

 

苦笑しながら古泉は駒をまた動かしていく。

こいつの勝負のセンスはどうなっているんだろう。

また、ある時の放課後は廊下で朝比奈に引き止められ。

 

 

「古泉くんには古泉くんの考えがありますし、長門さんにもあっちの都合と理論があるの」

 

「……あんたの持論ってのは? 涼宮が神って言いたそうな顔じゃあねえが」

 

あなたは神を信じますか、だなんて街角で女に言われた日には全力で逃げるね。

宗教問題には関わりたくないしいくら美人だろうがほいほいついていくわけがない。

制服姿の朝比奈はおどおどしながら。

 

 

「涼宮さんは世界の法則を変えているわけではありません。真実に到達しているだけなんです。この世界のどこかに隠されている何かを発見する。それが彼女の能力……ってあたしたちは考えています」

 

それが本当ならジョルノ・ジョバーナも泣いて逃げ出すような能力だな。

どうあがいても真実に到達するなんて考えたくもない。

現にあいつの前に宇宙人をはじめとする異端者は引きずり出されたわけだ。

そして最後に魔女装束の長門がこれまた部室で本を読みながら。

 

 

「……朝比奈みくると古泉一樹。この二人の発言が真実とは限らない」

 

「お前は涼宮の能力の詳細がわかるのか」

 

「わからない。わたしの言葉が真実であるか、我々の考えが間違っていないか、その結果は未だに出ていない」

 

結果ね。

長門が言うにはよくわからん進化が目的なんだが、はたしてそれが俺にとって何の意味があるのやら。

しかし眼鏡魔女っ娘ってジャンルはどうなんだ。属性が多すぎやしないか。

 

 

「……彼女は創造主でもなければ探究者でもない」

 

「はっ。ただの女子高生だ」

 

「あなたにとってはそう」

 

な、押しつけがましい連中だろ。

俺がわかることはこの三人は人でなしと大差ないってことだ。

誰一人として涼宮ハルヒをかわいい女の子として見られないんだからな。

どこがかわいいのかって?

そりゃあ。

 

 

「――お疲れ様」

 

文化祭当日の朝の話だ。

長机に突っ伏すようにしてなんだかんだで部室で一夜を過ごした俺と涼宮だが、先に起きていたらしいあいつは俺をを慈しむような微笑みで起こしてくれたとこ。とかな。

 

 

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