校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第三十一話

 

 

それから長時間に及ぶ俺の体験談が駆け足かつダイジェスト風に語られた。

おそらくだがライトノベルにして四、五巻分の濃さであり、アニメで言えば二期ぐらいの長さになるだろう。

要所要所で端折りはしたものの話し終えたころには俺のホットコーヒーはとっくにぬるくなり、涼宮のフライドポテトもしなびているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――それが本当であれば、驚くべき話なのでしようね」

 

やはりというか、先に口を開いたのは涼宮ではなく古泉の方であった。

こいつはここぞとばかりにこういう時だけ自己主張するような奴だ。それは変わりないらしい。

 

 

「常套句ではありますがにわかには信じがたい話ですよ。ええ」

 

「……こちとら信じてもらう他ねえんだが」

 

「宇宙人、未来人、僕は超能力者であなたは異世界人。涼宮さんは神様ときましたか」

 

どうでもいいが文句があるなら俺に言わないでほしい。

お前の横の女と同姓同名で同じ顔をした奴の仕業だったんだからな。

古泉はいつも通りの営業スマイルで。

 

 

「あなたの口ぶりでは、ただ世界を移動したというわけではなさそうですね」

 

「ああ、涼宮がオレの顔を知らないってんだろ。オレは名前も変わっちまってる。これじゃあまるで"キョン"に近づいたみたいだ」

 

「その通りかもしれませんね」

 

腑に落ちない点が何点かある。

朝比奈みくるのことではない。

 

 

「他の連中がオレをキョンだと認識するのはそういう設定だからで解決する。だがオレはどうなんだ? 顔まで変えられて気づかないってのか」

 

「あなたが仰る世界の住人達は何でもありなのでしょう。僕には確たることは言えませんが、あなたの認識を操作するぐらいはわけないのでは」

 

あまり考えたくない説ではあったがやはりそうなのだろう。

何故俺が自分の記憶を保ったまま認識だけを弄られているのかは知らないが俺は俺をまだ見失っていない。

記憶も異世界人も、何もかも定義や実体は曖昧だがせめていい方向であることを願うばかりだ。

 

 

「異世界……平行世界移動であれば考えられる可能性は二通りです」

 

「オレが移動したのか、世界が変わっちまったのか」

 

「どちらにしても謎は残りますね。もしキョンというお方の実体が僕の目の前にいるあなたの身体だとしたら、まるであなたは意識だけが移動したということになります。さながら幽霊のようですよ」

 

幽霊。この世界の俺が死人だとしたら笑えない話だ。

当り前だが俺としては後者を支持したいところだね。

この場合は先ほど述べたように俺が俺でいられる理由が不明だ。

古泉は拍手をするかのように両手をかざして。

 

 

「すみませんが、僕にはよくできたお話だとしか――」

 

「ねえ」

 

彼の声を遮るように、それほど大きくない声だが、しかし確かに耳に届くほどよく通る声で涼宮が声を発した。

彼女は俺がした長ったらしい話の内容を反芻するかのように語り始めた。

閉鎖空間、世界の崩壊、新世界、巨人と超能力者、万能すぎる宇宙人、すると気持ち悪くなるタイムワープ。

 

 

「そしてあたしには、神さまみたいな力がある」

 

「そうだ」

 

「……ふふ、ふふふふふふ。……いい! いいわ、実に面白いじゃないの!」

 

高らかに宣言するかのように大きな声で言った涼宮。

平日の昼前の店内は人がまばらではあるもののいい迷惑である。

が、やっぱりこいつはそんなことを気にしないような奴らしい。

 

 

「あたしはあんたを信じたい。だって、その方が面白いから。今日のあたしはツイてるわ。異世界人と話せるなんて最高!」

 

涼宮は笑顔になっていた。横の野郎は苦笑しつつも悪い様子ではなさそうだ。

俺だって気持ちが楽になったさ。自分の立場を打ち明けたというのもあるが。

 

 

「眼鏡っ娘の宇宙人ねえ、それに巨乳メイドの未来人ですって。やっぱりそういうのって特徴的な連中が多いのかしら」

 

「涼宮さん、一応言っておきますが僕は超能力なんて使えませんよ」

 

「わかってるわよ。……ああ、いいなあ、そっちのあたし」

 

涼宮と話ができたってだけでこうも気持ちが違うのだろうか。

わかりやすいほどに、スペシャルな馬鹿だな、俺は。

なんて構えているとずいっと涼宮が身を乗り出してきて。

 

 

「でも、ひょっとするとあたしにも願いを叶える力があるかもしれないわよね?」

 

「あ、ああ。オレにもわからんがお前にあってもおかしくないんじゃあねえか」

 

それはいいが涼宮よ顔が近い。

彼女は俺の言葉に更に気分を良くしたのか。

 

 

「だったら話は早いわ! 眼鏡っ娘もメイドっ娘もあたしのもんよ」

 

「何が早いって?」

 

「決まってるじゃない」

 

わかってるさ。

これは確認だ。

 

 

「宇宙人と未来人にも会いに行くのよ!」

 

漫画でいえば壮大な擬音が涼宮の後ろに貼り付けられていてもおかしくない。

不敵な笑みを浮かべるこいつの中では古泉がすっかり超能力者認定されている。

よかったな、古泉よ。そんな超能力者(仮)は空元気な様子で笑いながら。

 

 

「ははは……。しかし涼宮さん、会いに行くというのはつまり北高に行くということですよね?」

 

「もちろんよ。あっちが来ないんならこっちから行かなきゃ」

 

「とはいえ僕たちは部外者です。教職員に見つかってしまえば面倒なことになりますよ」

 

「大丈夫。いい作戦を思いついたわ」

 

まさにたった今自分が考えたみたいなことを言う涼宮。

こういう時のいい作戦だとかいい考えってのは往々にして失敗の予告でしかないんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は放課後になったかというような時間帯。

冬の坂道を上っていく野郎二人と女一人。

俺はいぜん変わりない姿ではあるものの、古泉と涼宮は服装が変わっていた。

 

 

「あんたの家に服ぐらいあるでしょ」

 

とは涼宮の弁であり、よもや代えの制服など満足にない。

辛うじてあったのは夏服で、シャツと薄いズボンのみ。

他に北高生として潜入するうえで誤魔化せそうなのはジャージぐらいだった。

俺の自宅には都合のいいことに三毛猫ぐらいしかおらず、母さんは出かけていたようだ。

文芸部で帰りが遅いことなどとっくのとうに織り込み済みらしい。

そんなこんなで俺の家に上り込んだ二人は着替えた。

古泉は北高の夏服で、涼宮は青ジャージ。

 

 

「この恰好で外を出るのは……いえ、なんでもありませんよ……」

 

カーディガンぐらい羽織ればいいものをこいつは持参していなかった。

コートはあるので寒風摩擦には至っていないが俺より寒いのは確かだろう。

 

 

「あっちの世界のお前さんは『寒いと思うから寒い』とかぬかしてたぜ」

 

「……我ながら至言ですね」

 

しきりに肩を震わせているのは見逃してやってくれ。

でもハイペースで先導していく涼宮のおかげで少しはいい運動になっただろう。

俺の家を経由してから二十分もせずに北高の門が見えた。

 

 

「さて、鞄を隠さなきゃ」

 

もちろん光陽園学院と北高の学習鞄は異なっているのでそこからでも怪しまれはする。

泣く泣く古泉はコートを脱いで鞄に被せ、涼宮もジャージを脱いで自分の鞄に被せた。

 

 

「ジョン、あたしのはあんたが持ってなさい」

 

そう言って俺のジャージでぐるぐる巻きにされた鞄を投げつける涼宮。

ちなみに"ジョン"ってのは俺の呼び名らしいがキョンと大差ないので新鮮味もなかった。

やはり部活動以外の生徒は失せているようで、トラブルに巻き込まれる心配はなさそうだ。

校舎を眼前にしてTシャツ女は仁王立ちしながら。

 

 

「まずは巨乳ちゃんからよねー。どうせ眼鏡っ娘は文芸部に居座ってるみたいだし慌てなくてもいいわ」

 

居座ってるも何も元々長門の居場所であり、もっと言えばキョンの居場所でもある。

涼宮の中ではもう既にあの部室が自分のものだとでも思っているらしい。

 

 

「は、はやく校舎に入りませんか……?」

 

古泉に言われるまでもなく涼宮は次の瞬間には生徒玄関目指して駆け出していた。

こいつらの上靴などあるわけないが来客用のスリッパをくすねるぐらいは平気でするだろうよ。

 

 

「うーん、ま、サイズはどうでもいいか」

 

いや、それどころか涼宮はだいたいの生徒が帰宅しているのをいいことに靴箱から誰ともわからぬ奴の靴を拝借していた。

古泉もばつが悪そうに彼女に倣う。いよいよもってSOS団らしくなってきたな。

 

 

「それじゃあお客さん二人を案内してやるぜ」

 

俺は宙に浮いたような感覚を感じながら校舎の床を踏みしめて先導していく。

もっとも俺のクラスの連中に見つかったりしたら厄介なので駆け足だ。

朝比奈みくるの居場所の見当はついている。彼女はSOS団に入れさせられる前は書道部にいたという。

つまり書道教室に行けば彼女は確保できるだろう。

 

 

「こんにちわー! 朝比奈みくるさんいますか!?」

 

書道教室の扉を勢いよく開けるなり大きすぎる声で室内に呼びかけた涼宮。

こいつには目立たないで行こうとか、怪しまれずにいようとかって考えがないのか。

見ろ、書道の最中らしい朝比奈の身体は硬直してこちらを見る目は点になっている。

 

 

「……どれが朝比奈さんなの?」

 

「あの栗色のふわっとした髪のお方だ」

 

「ふうん」

 

確認するなり涼宮はずんずかと室内へ突っ切っていった。

朝比奈が問答無用で連行されるはめになったのは言うまでもなかろう。

かくして、俺たちは三人から四人になった。

そして最後は。

 

 

「お待たせ!」

 

文芸部部室、昨日と変わらぬ様子で長門有希がパイプ椅子に座り読書をしていた。

ぞろぞろと入っていく四人。突然の出来事に長門は慌てふためいていた。

長門だけではなく朝比奈もだ。

 

 

「ひぇっ!? なんなんですかここ。あ、あたし生徒会に連れてこられたんじゃ」

 

「……キョンくん……?」

 

心が痛むかもしれないが痛みというのは一瞬だ。

慣れてしまえばどうということはない。

 

 

「静粛に」

 

ガチャリと内側から部室に鍵をかけて涼宮がそう言った。

ずっと前から彼女がここにいた。そんな風に錯覚してしまえるほどだった。

 

 

「……ふふふふふ、はははっはは! とうとう念願の連中に出会えたわよ!」

 

涼宮が高笑いしようが女子二人は置いてけぼりである。

発起人は俺ながらなんとも言えない光景だ。古泉と顔を見合わせた。互いに苦笑。

 

 

「未来人の朝比奈みくるさんね?」

 

「ふぇ? 未来人ってなんのことですかぁ……? そ、そんなことよりあたし書道の続きを――」

 

「だめだめだめだめだめだめだめ! あなたはこれからここに来てもらうわ。書道部はやめなさい。これからの活動の邪魔だから」

 

「ええっ!? そんなあ……」

 

ちょっとゴリ押しじゃないかって。

いや、そんなもんさ。

涼宮は朝比奈の肩に右手を回し、左手で彼女の胸を揉み始めた。

 

 

「いいわ、いいわいいわぁ! 最っ高じゃないの! これが未来のおっぱいなのね!?」

 

「ひぇぇぇえええ!」

 

この絶叫で教師が来ないことを祈るばかりだ。

すると俺の目の前まで長門がやってきて。

 

 

「こ、……この人たちは、誰……?」

 

きっと二人の空間だったに違いない。

混乱もあるだろうが、焦りみたいなものも長門からは見えた。

だからもうネタばらしだ。

 

 

「長門、実はオレ、キョンじゃあねえんだ」

 

「……えっ」

 

「ジョン・ドゥ。名乗るほどの者ではないが、オレを呼ぶならジョンと呼んでくれ」

 

「……」

 

キョンはどうなったのか、なんてことは俺にもわからないのでこれ以上のことは何も言えない。

小馬鹿にされたと長門は思っているかもしれない。その通りだ。

涼宮は長門を見てこれまた喜んでいた。彼女もストライクゾーンらしい。

それから涼宮による勝手な自己紹介が一通り行われた後、すっかりご満悦な涼宮は思い出したかのように。

 

 

「ねえ、SOS団だっけ? それってなんて意味なの?」

 

「さあな。実を言うとオレもそこんとこよくわからん」

 

「じゃあたしが決めていい? どうせあっちのあたしが決めた名前なんだもん、問題ないわよね」

 

「好きにしな」

 

さて、涼宮はどんなネーミングセンスなのやら。

――って。

 

 

「おい、まさかお前はここでもSOS団を作るつもりなのか?」

 

「ここがあたしたちのアジトよ。んーでも、ちょっと不便ね。あたしの家からはそんなにだけど光陽園からは遠いし」

 

いつも通り聞いちゃいねえ。

朝比奈や長門に会いたいって時点で想像はついたがこいつはその気らしい。

落ち着かない様子ではあるものの、このままなんとかなるんじゃないか。

そう、涼宮には神様パワー以外の力があるんだ。

 

 

――ピロッ

 

なんて、思ったその時。突然妙な電子音がしたかと思えば何かの光が漏れ始めた。

音はパソコンの方からで光っているのもパソコンの画面らしい。

 

 

「な、何? 突然どうしたのよ」

 

パソコンの前には長門が突っ立っている。

彼女がつけたのか。いや、昨日までそんな音は聞こえなかった。

まさか。

 

 

「ちょっといいか」

 

長門を立ち退かせてパソコンの前を陣取る俺。

いつの間にか画面はブラックスクリーンと化していた。

ハードディスクからは音が聞こえないんだぜ。なあ。

 

 

「……やっぱりすげえよ」

 

涼宮。これは間違いなくお前の力だ。

よくわからないが、きっとそうだ。

やがてコマンドプロンプトが起動されたのか、いつか見た文字が画面に躍り出た。

 

 

YUKI.N>あなたがこれを読んでいる時、

あなたはあなたではないだろう。_

 

 

「ああ」

 

YUKI.N>このメッセージが表示されたということは、

そこにはあなた、わたし、涼宮ハルヒ、朝比奈みくる、

古泉一樹が存在しているはずである。_

 

 

「ああ」

 

YUKI.N>それが、鍵。_

 

 

おいおい、こんなに簡単なことだったのか。

俺はすっかり考えるのをやめていたんだ。

涼宮ならなんとかしてくれる、っていう考えに甘えていた。

それでよかったのかよ。

 

 

YUKI.N>これは緊急脱出プログラムである。

起動させる場合はエンターキーを、

そうでない場合はそれ以外のキーを選択せよ。

起動させた場合、あなたは回帰の機会を得る。

ただし、無事は保証できない。_

 

 

「……どうやらいなくなってたのはオレの方らしい」

 

やっぱりな。確信した。

ここは、俺の世界だったようだ。

俺の認識なんていくらでも操れるのさ。

 

 

YUKI.N>このプログラムが起動するのは、一度きりである。

実行されたのち、ただちに消去される。

非実行が選択された場合は起動せずに消去される。

 

――Ready?_

 

 

「……ああ」

 

気がつけば俺以外の四人も画面を覗き込んでいた。

目の前のキーボードがやけに遠く感じる。

 

 

「ねえ、なんなのよこれ。なんかのイタズラなの?」

 

「プログラム、ですか……思わせぶりなように見受けられますね……」

 

勝手に分析し始める古泉とちんぷんかんぷんな涼宮。

朝比奈と長門はというと。

 

 

「あたし、パソコンとかよくわかんないんですけどこういうものなんですか? なんだか、不気味です」

 

「……キョンくん、これ……?」

 

脱出、ね。

俺は俺として生きるべきなのか。

 

 

「それとも」

 

俺は俺の世界で生きるべきなのか。

答えはとっくに決まっている。

 

 

「長門よ」

 

安心してくれ、多分、すぐに"キョン"は戻って来るさ。

そんな気がするんだ。俺にはわかる。

 

 

「涼宮」

 

ありがとう。

短い間だったが、お前にまた会えてよかった。

 

 

「朝比奈、さん」

 

って、今更さんをつけるなんて、らしくないか。

とにかくこの集まりは楽しい。だからあなたもすぐに楽しくなれるさ。

 

 

「……古泉」

 

お前、涼宮のことが好きなんだろ?

ちっとばっか癪だが、任せた。

 

 

「オレには待ってる奴が居る。半年は待たせてるんだ、これが」

 

イブに間に合うなら構わんさ。

だから俺は長門に明後日のお出かけを持ち出したんだ。

気分転換にはなるかもしれないってな。

だがもう時間がないんだろ。

 

 

「ジョン!」

 

涼宮。最後ぐらい、俺の名を呼んでくれないか。

死んだ奴を思い出すのは今日が最後でいい。

 

 

「……忘れろ」

 

「  」

 

ああ、そうだな。

何故なら俺は。

 

 

「あいつと約束したのさ。お前じゃあないんだ。悪い、根性ナシでよ」

 

――Enter

 

 

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