校内一の変人のせいで憂鬱   作:魚乃眼

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第四十一話

 

 

今更語るべきことでもないが人間の感情というものは複雑であり、合理的な試算に基づかない行動を起こすことなどしばしばだ。

よって最近ハルヒが憂鬱そうでも溜息を吐くわけでも退屈ってこともなくまさか消失なんてしないものの涼宮式暴走特急は運休中らしくその原因に精神的動揺があるかといえば微妙な、そんな二月の頭。

彼女を一言で形容するならばそれはもしかしなくても『おとなしい』ということになる。不気味なぐらいに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺はハルヒが大人しいという事実に対しては歓迎的なスタンスだし、古泉も恐らく賛同してくれるに違いない。

では何が気がかりかといえばハルヒがおとなしいのは精神的な積み重ねに起因しているのかどうかという一点につきるのだろう。

なんてことを気にしたところで彼女の無意識とやらは超能力者にもわからなければ宇宙人はそもそも感情なるものを理解していないらしい。

つまりなんの力も持たない俺なんかがハルヒの能力原理についてわかるはずもないので結局は気にしてもいないのが現状だ。

二月ともなればいよいよ学校行事なんてものもなく、冬が立ち去るのを今か今かと待ち続けている今日この頃。

珍しく放課後の部室で古泉と二人きりになったかと思えば野郎は口を開いた。

 

 

「以前申し上げた通り、タイムトラベルにおける矛盾への解答として平行世界論が存在します」

 

「なんだよ急に」

 

「僕なりに色々と考えてみたのですよ。あなたが存在していたという異世界について」

 

前々から感じていたことではあるがどうやら古泉はSFやらオカルトやらミステリやらの類が好きな人種らしい。

だからといって実在するかも疑わしいような異世界について考察していたとは恐ろしく暇人なのかこいつは。

 

 

「そもそも"平行世界"という表現が適切でないのかもしれません。口頭では"並行"と混同しがちになりますからね」

 

「並列に存在しようが交わらなけりゃ平行だろうぜ」

 

「確かにその通りです。僕が言いたいのは、この世界と異世界とで時の流れが同じだとは限らないということですよ」

 

言ってしまえば基本的なことであり、異世界なんだから時間が違おうとなんの問題もないはずだ。

 

 

「あなたは以前、自分の世界で過ごした最後の記憶は去年の十二月にあると言いました。そこから五月のこの世界へ移動したと」

 

「……みたいだな」

 

もっとも俺は最近、異世界人というものに対して我ながら懐疑的になりつつある。

自分の記憶や認識が改ざんされていないという保証がどこにもないからだ。

大人朝比奈や長門をどこまで信用するかという話にもなるが、彼女らは俺の知らない何かを知っているのは確かだろう。

 

 

「時間軸を移動したから世界が変わったのではなく、世界が変わったから時間軸も変わったということです」

 

「話が見えてこないんだが」

 

「当然ですよ、結局は何一つとして結論が出せませんでしたから。鋭意考察中といったところでしょうか」

 

本当に時間の無駄を惜しまない野郎だ。その熱意を他のことに使えばどれだけ生産的だったか。

苦笑しながら古泉はなんてことないように。

 

 

「何故ならあなたがこの世界に存在しているという事実は今や確定された情報なのですよ。いくら過去の情報を調べようとあなたの経歴には何一つとして矛盾がないのですから、これはもう異世界人などではなく最初からこの世界の人間だったと考える方が自然です。事実、我々はそう判断していたわけですからね」

 

「それを言ったらおしまいだろ。オレはオレが狂ってないってことを信じるしかないのか」

 

「さて、僕は平素ではなんの取り得もない男子高校生ですので、真相をつきとめることなどゆめゆめ不可能ですよ」

 

期待はしちゃいないから安心して普通の高校生活を少しでも楽しんでいればいいさ。

学校に居る間は少なくとも超能力者じゃないんだからな。

 

 

「真相ねえ……」

 

今更感が半端ないとしか言いようがない。真相がどうあれ俺が俺として存在してる以上は俺にとってはこれが正解なのだ。

異端者三人も、まあ、多分悪い奴ってことでもないと思うのでSOS団もそこまで苦痛ではない。

それに。

 

 

「――はいはい、持って来たわよ!」

 

勢いよくドアを叩っ壊さんばかりに部室のドアを開けてやってきた涼宮ハルヒ。

彼女がいれば大抵のことは気にならないのさ。うむ、浮かれているな。

やってきたのはハルヒだけではなく長門と朝比奈もだ。彼女たちは今まで買い出しに行っていたのだ。

 

 

「ふふん、やるわよ」

 

「えっと……何をやるんでしょうか?」

 

女子三人は各々パンパンに中身が詰まったコンビニ袋を手にひっさげている。

ハルヒに質問した様子からどうやら朝比奈は目的も知らずに買い出しについていったらしい。

そう、本日は二月三日。つまり節分ということになる。

 

 

「豆まきに決まってるじゃないの。鬼は外、福は内よ」

 

七夕をわざわざやったあたり察しはつくがハルヒは行事をそれなりに重んじているようだ。

もっとも鬼みたいに厄介者扱いされているのは他ならぬ彼女自身なのだが。

とにかくコンビニ袋の中には大量の豆が入っているそうだ。最寄りのコンビニといえば例のあそこだがそれでも時間はかかる方だからな。

未だに外は寒く、申し訳程度の熱を提供してくれる電気ストーブ前を陣取ったハルヒに対して俺は確認する。

 

 

「ご苦労なこって。……それで? まさか部室でバラ撒いてやろうなんて言わねえだろうな」

 

「べつにどこでもいいけど部室だと掃除が面倒でしょ」

 

「しかし廊下に撒いたらちょっとした騒ぎになるぞ」

 

「そうね。だったら外に投げるのはどう? 渡り廊下の上から中庭に向かって」

 

それはそれでどうかとも思うが外なら野鳥どもが餌としてついばみに来ることもあろう。

屋内よりは掃除の手間もかからないだろうし、まず俺たちが片付けることにはならないだろうさ。

少なくともハルヒはそんなこと考えていないに違いない。

 

 

「誰が一番遠くまで投げられるか勝負よ!」

 

そうだ。ハルヒが考えることなど例え世界が変わったとしても他の人を巻き込まずにはいられないようなことだ。

豆まきのなんたるかを豆の袋の説明書きから読み取ろうとしている朝比奈や一人将棋を始めていた古泉や帰還早々に読書を開始した長門とてそれぐらいは重々承知なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後で委員長キャラの朝倉に何か言われそうだなと思いつつもハルヒの独壇場は放課後の校舎でなんの前触れもなしに始まった。

女子三人が升を片手に、渡り廊下に並んで外に向かって豆を撒く。俺と古泉はといえば豆の補給係に徹している、

 

 

「この世はアホだらけなのか……?」

 

俺がそう呟きたくなるもの当然で、この世というよりは北高のアホどもがしだいに中庭に集まり始めて女子三人が投げる豆を捕ろうとしていた。

もっともハルヒの豆まきは12番ケージのショットガンさながらの速度で飛来しているので捕れるわけもなく、むしろ当たらないように立ち回っているようだ。

きっと連中は女子が投げる豆だからおこぼれを頂戴しようとしているんだろ。馬鹿馬鹿しい。

俺は廊下の陰でせっせか袋から豆を捕り出して升に詰めている古泉に向かって小声で。

 

 

「お前さんが投げたら女子が集まって来るかもな」

 

「僕ですか? ご冗談を」

 

自分のルックスに自信がないというよりは色恋沙汰に興味がないとしか思えない古泉一樹。

谷口曰く彼は北高男子生徒の敵の一人であり、女子からの人気もなかなかあるんだとか。

この様子を見るに本人にとってはどうでもいいことなんだとよ。

 

 

「我々にとっては世界の平和こそが最優先ですので」

 

「おお、ヒーローみたいな台詞だ。オレも一度でいいから言ってみたいもんだぜ」

 

「正直なところ僕としてはあなたこそが僕のような役割を務めるべきだ、なんて考えているのですよ」

 

しかし超能力者になったとはいえ限定的かつそこまでかっこよくもない能力ってのはどうなんだろうか。

いつぞや巨大カマドウマ相手に見せた手から球体を出して投げるあの技の方が変身よりもかっこいい。

 

 

「仮にオレが超能力者候補だったとしても遠慮する。オレには荷が重い」

 

「あなたには彼女を背負う責任がありますからね。いや、羨ましい限りですよ」

 

意外にもこの手の話題にすんなり乗ってきた感を見せた笑顔の古泉。

彼は升を長門に手渡してから。

 

 

「その手の話題はどうやら僕と縁がないようですからね」

 

「谷口が聞いたらお前さんに殴りかかりそうな台詞だな」

 

「色々な意味で気になる相手はいますが……」

 

ちらりと虚空を眺めてから古泉は何事もなかったかのように。

 

 

「……機会があればお話ししましょう」

 

古泉が気になる相手とはどのような人物なのだろうか。

ひょっとすると知り合いだったりするのかもしれない。

俺は心にもなく。

 

 

「楽しみにしておいてやる」

 

と、返してやった。

 

 

さて豆まきを一通り終えると――まだまだ豆は残っていたが教師が嗅ぎつけつつあると言うことでその場から退散した――文芸部部室に戻った。

余った豆は朝比奈が淹れたお茶のお茶請けとなる。

 

 

「……」

 

が、長門はお茶も飲まずにばりぼりとひたすら豆を手に掴んでは口へと運び続けている。

彼女は何を気に入ったのかコンビニでもらった赤鬼のお面を頭につけていた。思えば夏休みの時に特撮モノのお面を縁日で買っていたっけ。

もしかするとお面好きなのかもしれない長門の手が少し止まったタイミングを見計らって俺は彼女に訊ねた。

 

 

「豆が好きなのか?」

 

「……おもしろい食感」

 

「そ、そうか」

 

「そう」

 

豆だけに飽き足らず食べたのはぶっとい恵方巻き。ハルヒはとことん節分ムードを一日限定で味わいたいらしい。

さて今年の恵方もよくわからぬままに俺たち団員は団長殿の無茶な指示に従い。

 

 

「こっちよ、こっち。今年は北北西だから」

 

と五人揃って北北西らしき方角を向いて恵方巻きに噛り付くといった意味不明な団活時間を過ごした。

はっきり言うと俺は日常と非日常の差をそれなりに楽しんでいたわけだが、流石に十二月のように半殺しにされるのは勘弁だ。

先月俺が眼鏡坊主を助けたのは大人朝比奈の指示によるものであって、彼女から送られた手紙の内容を要約すると。

 

 

『あの少年は未来にとってなくてはならない存在。彼がいたからこそ未来人の技術体系が確立された。しかし、彼が万が一に死んでしまえば未来はよくない方向へと進んでしまう。過去に干渉できるのはその時代の人間だけ』

 

だからこそ都合よく俺にお鉢が回って来たというわけだな。だが、どうにも腑に落ちない。

大人朝比奈はどうやって彼が危険な目に遭ったという情報を得たというのか。

本人に訊いたのかもしれない。だったら俺が彼を確実に助けた過去は存在しているという理屈だ。

しかしながら俺は本来の予定ではあの場所に行く予定ではなかった。

 

 

『選ぶのはあなた』

 

――もし俺があの場に居なかったら?

あの時あの場に他の人は見られなかった。暴走車両に眼鏡坊主は吹き飛ばされていたに違いない。

むしろ彼を助ける必要があったからこそ俺はあんな手紙を送られたわけなんだろ。

じゃあ、彼が死んだ世界ってのはどういう世界なんだ。

 

 

「もうおなかいっぱいです」

 

「みくるちゃんって本当に小食よね。どうやったらそんなに大きくなるのよ」

 

いつも通り朝比奈に絡むハルヒ。

 

 

「……」

 

「さて、一局打ちませんか?」

 

食事を終えるや否やすぐさま読書に入る長門と、勝ったためしもないのに将棋を挑んでくる古泉。

 

 

「いいぜ。食後の頭の体操だ」

 

この光景こそが異常だという認識をどうやら俺は捨てつつあるようだった。

俺と彼女がよくわからぬ陰謀に巻き込まれていくのはここから数日後の話となる。

二月七日。

 

 

「……ねえ」

 

しぶとくも寒い風が吹き付ける朝の通学路を並んで歩く俺とハルヒ。

すると思わせぶりな様子で彼女が口を開いた。

 

 

「どうした」

 

「いや……やっぱなんでもないわ。あんたに訊こうと思ったのが間違い。気にしなくていいから」

 

あんまりな態度ではなかろうか。

 

 

「そうかい。なら深く追求しないでおいてやるよ」

 

「……能天気ね」

 

日に日にハルヒの大人しさは俺の印象に深く刻まれるようになっていった。

節分の時にぱっと盛り上がったのが嘘のようでもある。

 

 

「いつもいつもオレの扱いが雑な気がするんだが、それは信頼の裏返しととっていいのか?」

 

「どうしてそうなるのよ」

 

「じゃあなかったらオレとお前の関係性は何に基づいているんだかな」

 

彼氏彼女など結果でしかないだろうに。俺とて健全な男子高校生であって、せめて彼女といちゃいちゃぐらいしたいものだ。

どうにもこうにもハルヒは根本が昔と変化していないようであり、つまりは基本的に態度が刺々しい。

俺を好いてくれているから付き合ってくれているのではないのだろうか。

その旨を述べると。

 

 

「好きじゃないと付き合っちゃいけないわけ?」

 

ちょっと心がへし折れかけたがハルヒはそっぽを向きながら小さな声で。

 

 

「……真に受けないでよ。ばか」

 

やはり精神的に俺は浮足立っていたに違いない。

好きな人といるだけでだいたいのことは許せそうな気がしていた。

ちくしょう、素直じゃなくてもハルヒはかわいい。

 

 

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