まず俺が何を言いたいかと言えば急すぎやしないかって話だ。
自称、超能力者っぽいハンサムマンをはじめ追々と眼鏡女子とメイド女子の秘密も知っていく事になる。
しかしながら一番の秘密はやはり俺であった。
古泉は何かを察したみたいだがそれでも結論には至っていないらしい。
俺が自力で考え付く事などたかが知れている。
少なくとも涼宮を神だと思うわけがないんだからな。
結局のところ、自分と言う存在は他の誰かの代用品でしかない。
俺に限らずみんなそうだ。
それが集団生活であり集団社会だ。
宇宙人、未来人、超能力者。
他にも一人二人でないくらいは居るらしい。
じゃあ俺は何なんだ。
俺は一体、何者なんだ。
なんて事を考えるのは少し後の話であり、この日の俺は五月の暑さの中での登山通学に二日目にして嫌気がさしていた。
イモムシのように這っていく事を真剣に考え始めた時、俺の右肩が後ろから叩かれた。
「いよう」
顔を向けると馬鹿の谷口であった。
済まないが朝っぱらからお前を見たいと思う奴は誰も居ない。
顔に汗が出ている。
寄らないでくれるとありがたいんだが。
こんな不快感を表現するかのように野郎と俺の間に間隔を空けて歩いている。
県道から既に坂道という訳になるが朝っぱらから交通量がそれなりに多い。
だのに歩道は狭い。
申し訳程度に設置されたガードレールが鬱陶しく思える。
「谷口。お前さんは超能力者を知っているか?」
「……ああ?」
割りと真面目に質問したが当然の如く何言ってんだお前といった顔をされる。
こいつのペットの駄犬の話を展開されるよりはよっぽどマシかなと考えたんだが。
「お前よお、昨日から大丈夫か? お前まで涼宮みたいになっちまってるんじゃねえか?」
「涼宮みたいってのはどういう事だよ。エキセントリックボーイって事か」
「ソー、クレイジーって事だ」
こいつ英語なんか知っていたのかという感じでむしろこっちが驚いた。
では涼宮と超能力者に何か繋がりはあるのかと訊ねた所。
「入学式の日、ホームルーム中の自己紹介での涼宮を忘れちまったか? 『宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたらあたしのところに来なさい』って盛大な爆弾を入学早々とクラスに叩き込んだろうが」
「……なるほどな」
話が少しばかり見えて来た。
昨日の古泉による不思議体験ツアーではない。
何故彼が超能力者とか言ってその証拠を俺に見せれる本物であったかと言う事だ。
つまりあいつが言う所の"願望を実現する能力"とやらの成果で呼ばれたって事らしい。
もしかしてあの文芸部は収容所か何かかもしれない。
彼の口ぶりでは眼鏡女子もメイド女子も普通じゃないみたいな感じだったし。
その谷口はやれやれって感じの表情で。
「に、してもお前はいいよな。涼宮のわけわかんねー集まりに毎日顔出してるみたいだが、あの長門有希と朝比奈みくるさんも居るんだろ? うはうはだぜ」
「何を言ってるんだ? 毎日無意味な時間を浪費しているだけ……らしい。オレの仕事なんざただパイプ椅子に座ってるだけだ……多分」
「じゃどうしてキョンはそうしてんだ。俺が思うにお前はスゲー奴だ。あの涼宮と長時間まともに会話出来るんだからよ」
どうしてもあるか。
俺が訊きたいぐらいだが。
そして俺には対涼宮用コンタクトスキルが備わっているのか。
我ながら大した奴だな。
何時の間にそんな存在になっていたんだか。
「普通の野郎に興味がないって中学時代から公言してた涼宮だぜ。お前も充分普通じゃないってこったな」
「普通の定義をオレに教えてくれないか。きっと涼宮とオレとでは引用している辞書が違う気がする」
「そりゃ心身ともに平穏を願って生きる奴の事だ。トラブルとは無縁のな。それが世間一般で言う所の普通の奴だぜ」
「オレはその定義で言うとものの見事にパターンマッチングするわけだが」
「嘘つけ。普通の奴は校内一の変人と関わろうとしねえ。涼宮ハルヒはトラブルメーカーだ」
とっくにご存知である。
それも、超弩級が頭につく人間災害。
トラブルどころかテロさえ起こしていく勢いの女だ。
あいつの脳内が一番面白いって事をあいつは自覚していないのかね。
妙に常識人な面があるって事ぐらいは。
「お前に言われなくても知ってるさ……」
古泉一樹よ。
ともすれば俺の呟きに過剰反応した谷口は。
「やっぱりお前もどうかしてるぜ。夏の暑さにやられるにはちと早くねえか? 頭の不調の原因は涼宮の毒だな」
「あいつは毒性のあるもんを培養してるってのか」
「って言われても誰も驚かねえだろ?」
だとしてもバラ撒かれた日には本物の災害だ。
人災と自然災害は別もんだからな。
「うまくやれよな。……とにかくお前はすげぇって事だ」
今一度谷口に肩を叩かれる俺。
社会に出て女性相手にやったらセクハラだからな、それ。
やっとこさ教室まで辿り着くも達成感なんて俺には存在しない。
成し遂げるような事はないからな。
昨日癇癪を起したハルヒスズミヤは糸が切れた操り人形のようにダウンしていた。
いや、単にやる気がないだけか。
机に突っ伏している涼宮だが思い返せば昔からそうだった。
冬だろうがこいつにとって面白くなければ起きて目を開けて世界を見渡す価値がないらしい。
灰色の人生だな。
昨日の閉鎖空間とやらがこいつによるものならばそれはきっと涼宮の心象風景なのかもしれない。
……なんてな。
「流石の涼宮センセーも暑さには勝てないのか?」
と煽るように後ろの奴に呼びかける。
かく言う俺も勝つ気はサラサラない。
扇いでほしいぐらいだ。
やる気のない顔を見せながら涼宮は。
「……エネルギーを温存してんのよ」
「それは夏バテって言うんじゃあないのか」
「あんたと一緒にしないでちようだい」
手厳しいな。
これのどこがまともな会話だ。
女子と会話しているというのにまるで喜べんぞ。
1ミクロン程度でもいいからあざとさを見せてくれないだろうか。
漢らしい女に需要があるとでも言うのか。
それは潜在的ホモ野郎の需要でしかないぞ。
俺はお淑やかな女性がタイプなんだ。
決して気が弱いのがいいって事じゃないからな。
勘違いするなよ。
あ、野郎の言う『勘違いするなよ』ほど気持ち悪い物はないよな。
「なにぶつぶつ言ってんの? 気味悪いわね」
「呪文を唱える事で世の中の異常事態発生に貢献しているんだ。お前も唱えれば何か出てくるかもしれんぞ」
「ほいほい出てきたらあたしだって苦労しないわよ」
こいつの何処が苦労していると言えるのか。
東京大学の入学を目指して何度も浪人して勉強し続けている学生に聞かせてやりたいね。
馬鹿でも受かるんなら手始めに谷口を仕向ければいい。
一生かけても東大合格はあいつに無理だろうぜ。
「ほーんと。つまんないわ。退屈……」
今更何を言っているんだこいつは。
まさか高校進学程度で世界が変わるとでも思ってたのか?
期待してたのか?
そんな期待が叶うわけねえだろ。
「……なあお前、【プリキュア】観てるか?」
「はあ?」
「プリキュアだよプリキュア。日曜の朝にやってるアレだ」
「観てるわけないでしょうが」
形容できないような物凄い顔で見られた。
俺の正気を疑っているらしい。
失敬な。
「妹が居間のテレビを独占して毎週観ててな。オレもちょろっと観ているんだが、これが結構面白い」
「しょせん幼児向けのアニメの話でしょ? 妹ちゃんはいいけどあんたが楽しみにしてるなんてとんだ悪趣味ね」
「なんだ、プリキュアに文句があるのならオレが聞くぜ」
「馬鹿。あんたに文句を言ってんの」
お前はこの世の全てに文句がありそうなもんだがな。
とにかく話を続けさせてもらおう。
窓際というのはありがたくも思えるが窓を全開にしたところで夏の暑さからは逃れられない。
私立だったら冷房があるのだろうか。
公立にない事だけは確かである。
「今年に入って【Splash Star】とかいう誰も得しないシリーズに突入しちまって残念だ。主人公交代らしい。オレが好きなのは【ふたりはプリキュア】で、ほのかちゃんだったのに」
「……知らないわよ」
「キュアホワイトだ。初代のエンディング観るの楽しみだったんだぜ。眼鏡かけた白衣姿の一枚画がかわいくってな」
「……」
「お前、プリキュアをたかが女児向けアニメだと思っているようだがこの歳のオレでも楽しめたね。戦闘シーンなんてそこらのバトル漫画顔負けだ。ズタボロになっても立ち上がるし、汗や涙を流しながら女の子が勢いよく殴りかかる」
「……」
「勧善懲悪を地で行く作品なわけだがそれだけじゃない。人と人との繋がりだとか、沢山の事を教えてくれるような素晴らしい作品だった」
ラスボスとの戦いなんて壮絶だったね。
デコボココンビが根性だけで乗り切る。
愛とか友情とか、そんなもんより先にやるかどうかって事だ。
どこの世界にヤクザキックかます女の子が居るよ。
涼宮ならやりかねないが。
「……月並みじゃない」
「ああ。だからいいんじゃあないか」
「あたしは普通って事を言いたいのよ」
「お前にはそんな気高くもない普通の精神があるのか? 人の心に何かを伝えるって事はたいそういい事だ。"いい事"は滅びない。お前が『退屈』とオレに言うのだってそうさ。だがな、人類の対話力なんてまだまだ未熟なんだ。"カス"が残っちまうのさ。"恨み"って言う名のカスがな」
「あんたはいつから説教好きになったのかしらね……」
最初からだ。
変わっちまったのは俺以外の方なのさ。
きっとこの時イライラしていたのは涼宮だけではなく俺もだったのだろう。
俺はこうするのが正しいかのように彼女と接している。
それで良かったのか?
未だにわからんよ。
チャイムが鳴り響いて授業時間にシフトしていったんだからな。
ここが限界だったらしい。
やがて特筆すべき事も無く――昼休みにアシカ野郎の名字が"国木田"という事がわかった――放課後になり、仕方なしに文芸部へと足を運ぶ。
ここいらで俺は認識を改める必要があったんだろうか。
何を、と言われると反応に困るが、決断の時が刻一刻と迫っていた。
おかしいだろ。
自分が誰かの代用品だとして、俺に当たる必要があるのか。
俺が何かしたって言うのか。
……そこに近づくのはもう少しばかり先の話になる。
今日も今日とて無意味な時間を過ごしてはい終わり。
と、思っていたんだからな。
部室に入るとメイド女子――こいつが朝比奈みくるとやらだそうだ――が笑顔で俺に対応。
「こんにちは、キョンくん」
「うぃっす」
適当な返事でいなす。
ちなみに彼女は実は俺の先輩である二年生らしいのだがそれに気付くのも後の話だ。
具体的にはこれからする話の後ぐらい。
ま、いつかなんて気にしなくていい。
部室の奥には相変わらず根暗オーラ全開で読書する眼鏡女子――こっちが長門有希――がちらりと俺を見る。
「……」
すぐに読書を再開した。
何なんだかな。
昨日と同じくパイプ椅子に座るとテーブルの上でリバーシを置いていた古泉が。
「一戦いかがですか?」
「時間つぶしにはちょうどいいな」
超能力者のわりに古泉は弱かった。
ゲームの才能がないんじゃないかってぐらいに白黒入れ替えても古泉は敗北した。
しばらくして涼宮が部室に到着。
ここが彼女の王国なのだと理解するのにかかった時間はそう長くない。
女子らしくぎゃーぎゃー騒いで、俺と古泉を追い出して朝比奈みくると一緒にバニーガールに扮したり。
こいつなりに日常を愉しんでいるのか。
なら、いいじゃないか。
俺は大人しくしていればいい。
十二月になれば何かわかるかも知れないんだから。
もう一度言わせてくれ。
――と、思っていたんだがな。
そうではなかったらしい。
涼宮にとっては最後の晩餐みたいな、そんな感じだったんだろう。
俺にまともな情報さえ与えられずに好き勝手しようってんだ。
この世界にプリキュアが居るのならお願いしたい。
あの女を倒してやってくれ。
さっさとおうちに帰りなさいとはよくぞ言ったもので、昨日とは打って変わって一日が早く終わった。
言い換えるならば"終わり"が早くやって来たと言う事になる。
帰宅して、適当に過ごして、飯を食って、つまらないテレビでも眺めて、部屋に引っ込む。
それから歯でも磨いていい時間になったら就寝。
夢の中ぐらいはまともな世界である事を祈ったもんだ。
ああ。
祈りはへし折られたとも。
「――ねえ」
まどろみの中、誰かに呼ばれた気がした。
頬もぺちぺち叩かれた。
妹の仕業か。
あの小娘の悪戯にしては睡眠妨害などとねちっこい事をする。
もうそんな歳になったのか愚昧よ。
「起きてよ。キョン」
うるせえ。
誰だよ。
そして"キョン"ってのも誰だ。
俺じゃない。
「ねえ……起きなさいよ……」
しょうがねえな。